《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

探偵が犯人(と黒幕)を名指しするために関係者が不自然に集合。盲点となるのは証拠

天は赤い河のほとり(8) (フラワーコミックス)
篠原 千絵(しのはら ちえ)
天は赤い河のほとり(そらはあかいかわのほとり)
第08巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★★(8点)
 

婚礼のためエジプトに向かうヒッタイトのザナンザを、国境まで見送りに行く夕梨。だが、ヒッタイトとエジプトの友好を望まないナキア皇妃は、2人に刺客を放っていた。ザナンザは殺され、夕梨も大ケガを負う。必死の思いでヒッタイトのカイルのもとへ帰ろうとする夕梨。そこへ、1人のエジプト兵が現れて…。その頃、ヒッタイトにはザナンザと夕梨が死亡したという悲報が届く。エジプトの仕業だと思い込んだ国王は戦争の準備を始めてしまう。一方エジプト側も、言いがかりをつけられて憤慨。両国軍は、国境をはさんでにらみあった。話し合いも平行線をたどるだけ。そしてついに、戦闘開始の合図が響きわたり…!?

簡潔完結感想文

  • 重傷を負っているユーリを助けない最強の当て馬・ラムセスと「最悪の出会い方」をする。
  • 魔力を失ったかのようなナキアの地味な働き。ユーリを雑に殺害し、戦地に赴く謎行動を連発。
  • 物語の争点が将来の帝位から目前の皇太子へと一歩前進。自身の好評と相手の悪評の一石二鳥。

力は歴史に介入することを禁じられてる? 8巻。

『4巻』の感想文で戦争という少女漫画読者が気絶しかねないパートの前にはイケメンが補充されて目と読書欲の保養がなされる と書いたけれど、今回のエジプトとの一触即発の状況でもイケメンが補充された。それが作中最強の当て馬であるラムセス。これまでイケメンの当て馬枠の在位はザナンザや黒太子・マッティワザなど2巻~3巻ぐらいだったけれど、このラムセスは ここから10数巻 当て馬として君臨する。ユーリの本命であるカイルは帝位を狙う存在で、ラムセスも またエジプトの歴史に名前を残す存在。カイルと並び立つ存在になり得る逸材だから当て馬としての在位が長いのだろう。ラムセスも当然イケメンに描かれておりルッキズムが発動しているのだけど、彼の場合は(後の)社会的地位も含めて優遇されている。オリエントの覇権を握るような人じゃないとヒロイン・ユーリの相手役になれない という白泉社作品のような身分フィルタが存在している

最悪な出会いは印象的な出会いと同義。あと重要なのは容姿と社会的地位だよ☆

『8巻』は後に最大の三角関係を勃発させる3人の邂逅が描かれる少女漫画的な重要な巻。どうもカイルとラムセスは似た者同士というか似たような展開が用意されていて、最初にユーリのピンチを助ける そして彼女の強さを知り傍に置きたくなるというプロセスが一緒。関係性を構築しないまま いきなりキスするヒーロー行動も同じ。ユーリがエジプトに召喚されたら同じような本書と展開でラムセスに惹かれていったのだろう。

最強の当て馬が登場した余波なのか作中でザナンザの追悼が少ないように思えた。『8巻』はカイルをメンタル的に参らせたい内容で彼は身内を続けざまに亡くしている。そんな彼を支えようとする立ち位置にユーリが動くからか、ユーリのカイルへの罪悪感や後悔が割愛されているように見えた。もっとティトの時のように自分の愚行を悔いると思ったけれど。


して いよいよ気になるのがナキア皇妃(または皇太后)の魔力消失疑惑。ナキアが最後に魔力を使ったのは いつだろうか。『3巻』でザナンザ皇子を「バラ色の水」で性欲全開の野獣にしたのが最後か。

マジックアイテム「竜の眼」は出て来たけれど使うことなく行方不明状態(そして二度と出てこない)。また今回は あれだけ血を欲していたユーリを殺害するという行動に矛盾が見られる。それだけでなく手を汚さずに黒幕として暗躍していたナキアはエジプト軍との戦地になりかねない土地に赴いたり ちょっと驚く行動をしている。また魔力が及ぶ範囲が個人限定なのか人心を操るために彼女にしては慈善事業とユーリの評判を落とすための偽者という これまでとは違う地味な動きをしている。少なくともユーリの偽者は魔力の水を含ませる機会もメリットもあるはずなのに それをしないのが謎だった。これも自分と距離が離れすぎているなどの裏ルールがあるのか。そのルールを開示しないままなのは少年漫画では許されないだろう。こういう少女漫画らしい あやふやな設定は落胆する部分となる。

ナキアの側近のウルヒも どこにでも姿を現すフッ軽なスキルは見え隠れするものの、意外と直接的に人を刺殺することが多く武闘派である。彼は神官だけど魔力は無いのだろうか。魔力設定の曖昧さにモヤモヤする。

魔力はユーリ召喚の説明に必要だけど、実際の歴史の動きには使用しない という作品内のルールでもあるのだろうか。だから皇帝が崩御し、次の皇太子問題が出てくる この転換期に魔力による介入が出来なくて、一般人と変わらない権謀術数だけを駆使しているのか。メタ的に考えると魔力による操作は序盤で出し過ぎたし展開のバリエーションも多くないため、魔力は封印されているのかもしれない。

序盤で あれだけ派手な動きをしてユーリを苦しめ続けたナキア皇妃のアイデアの枯渇は作品の失速にも感じられる。その代わりユーリは単独行動をして自分から嘲笑の対象になることで健気なシンデレラポジションに戻って読者に共感されようとしているように見えた。


子の帝位のためなら戦争も厭わないナキア皇妃は、ザナンザ皇子の暗殺をエジプト側の犯行に仕立て上げる。この時 ユーリも背中に矢を撃たれ重傷を負い、自分の体を動かすことさえ出来ないユーリを愛馬・アスランが背に乗せて砂漠を走る。

エジプト側は王(ファラオ)になるザナンザの到着の遅さに不信感を抱く。この時のエジプトの描写からウルセ・ラムセスが初登場する。彼の名前は中盤まで数十ページ明かされない。誰だろう、何と言う名前なんだろうと新キャラへの興味を引かせる演出であり、ラムセスという名前を聞いて彼が歴史上においても重要人物だと分かるネタバレを防ぐためでもあるか。キャラデザに力が入っている時点で重要性は分かるのだけど。


々 他国からファラオを迎えることに反対だったラムセスは皇子の捜索という方便で仕事を放棄。単独行動中にユーリとアスランを発見する。ラムセスがユーリの懇願を無視する「最悪な出会い方」は少女漫画的な印象深い出会いになっている。

ユーリの第一目的は戦争の阻止。誤解と誤情報での開戦はカイルやザナンザが望まない状況で、命を落としたザナンザのためにユーリは重傷でありながら命を燃やす。そのユーリに ほだされラムセスは行動を共にする。背中に刺さった矢を抜かないまま意識を失いそうになりながら目的を遂行する心の強さにラムセスは感心する。見た目は今の彼好みじゃなくても、やがてユーリという人にラムセスの好みが変わっていく。


ッタイト帝国ではザナンザ襲撃の証言者が到着し、ウルヒは その者が皇帝に謁見する前に偽証の物証としてエジプトの矢を渡す。
疑問なのは あれだけユーリの血を欲し、生存状態での捕獲を目標にしてきた(だからこそ失敗してきた)ナキア皇妃がユーリを雑に殺害していること。ユーリさえいれば魔力で息子・ジュダ以外の皇子を簡単に殺せるから その手法に執着していたのに魔力以外の方法で一人ずつ抹殺し始めている。魔力は歴史に介入しないということか。

カイルは証言者の生存の都合の良さを訝しみ事実確認のためエジプトとの国境地帯に向かう。だが そこで得られる情報はザナンザたちの生存は低いという事実ばかり。ちなみに皇妃は心配で同行したという理由で出向いている。皇妃が こんなに移動したのは初めてで作品全体でも最初で最後の描写かもしれない。やや不自然だけど この後のドラマのためだろう。皇妃は目の前で戦争が始まったら一目散に退避するつもりだったのだろうか。またザナンザ殺害の主犯も報酬を手にして逃げるのではなく、わざわざ この戦場に来ている。


軍が対峙する一触即発の状況の中、二国間の会談が始まる。最初からエジプト側に敵意を剥き出しにする父王をコントロール出来ないほどカイルも迸(ほとばし)る怒りを鎮められずにいた。

会談は決裂し、両軍の衝突が始まる間際にラムセスとユーリが戦場に到着する。ユーリは そのまま戦場にいた襲撃犯を名指しする。それに動揺した犯人は皇妃に助けを求めるが皇妃は のらりくらりと かわす。
久々の女性2人の対決となるが、ユーリの告発もまた本人しか証人になり得ず水掛け論となる。しかしユーリは唯一の物証を持っていた。それが背中に刺さったままの矢。この矢じりの形で犯人が どちらの国に属しているかが判明し、糸の巻き方で個人も特定できる。そのためにユーリはラムセスの治療を拒否し、苦しみに耐えてきた。

名探偵ユーリ「まず こんな僻地にナキア皇妃がいることが不自然なのですッ!!」

刺さってから日数が経った矢を抜くと激痛が走り、ユーリは その痛みに耐え、抜けた矢でカイルが改めて真犯人を告発する。逃亡した犯人が捕まる前にウルヒは犯人を殺害する。犯人が口を割ると不都合が多いから その前に口封じをした。

矢を抜かれる際のユーリの表情にラムセスは目を奪われる。そしてカイルは皇子としてエジプトへの疑義を謝罪をする際にラムセスと対峙する。ラムセスはユーリの資質を理解してカイルが彼女を傍に置きたい理由が分かった。


地で療養し首都に移されてもユーリはケガによる発熱が収まらない。そしてユーリの回復と入れ替わるように皇帝が感染後7日以内に死ぬと言われる伝染病に倒れる。以前も いくつもの都市を死滅させた伝染病に首都は揺れる。
こうして緊急事態宣言による行動自粛・ステイホームが推奨される。『8巻』が発売された1997年の読者よりも、2020年以降の読者の方が伝染病の怖さは理解できるだろう。カイルは自邸にこもりつつ、政治が滞らないように仕事をこなす。

そんな頃、エジプト軍との和平交渉の中で駐在武官の交換の取り決めでエジプトからハットゥサに着任したのがラムセスとなる。ユーリは初めてラムセスの名を知り、ぼんやりと歴史の授業の中でラムセスの名を聞いた覚えがあるようだけど断定するほどの知識はない。ラムセスは自由にカイルの宮に出入りしてユーリにキスを交わすぐらい積極的な接触を試みる。イケメンに次々 狙われるヒロイン様は健在である。


皇帝が意識不明のため後継者問題や この国のシステムが改めて語られる。皇帝はカイルの兄の現皇太子がなり、カイルは皇太子になる予定。しかし皇帝が変わっても本人の死までナキア皇妃が就く「タワナアンナ」の地位は変わらず、その次の帝位をカイルにしないために皇妃は今まで以上に邪魔をする最大の正念場が到来する、とイル・バーニは踏んでいた。そしてカイルが帝位に就けなければカイルも臣下も未来はない。

カイルは父と言葉を交わせないまま永遠の別れとなる。作品開始からミタンニ、エジプト、ヒッタイトと それぞれの国でトップが倒れている。

新しい皇太子の候補にカイルとジュダの名前が挙がる。ジュダ本人の意思を無視して皇太后となったナキアは息子の帝位に執着する。そしてカイルとユーリの人気を落とすために皇太后の名で保健・福祉事業を始める。

この頃からユーリは黒太子・マッティワザの額飾りをチョーカーとして身に着ける。マッティワザの姉への想いを覚えておくためという理由は少々苦しいが、ユーリとアクセサリが一緒に動くことが今後の展開のために必要なのだろう。カイルはチョーカーにヤキモチを焼くが、ユーリの宝物は『5巻』でカイルから送られたハートマークの粘土板だった。


太后が人心を掴むために行ったのは伝染病の治療施設だけでなく、偽イシュタルの創出であるとユーリはラムセスから教えられる。カイルの側室だと名乗る偽イシュタルが贅沢三昧をする悪評で相対的にカイルの評判を落とす。福祉事業と偽イシュタルは2つがセットで効果が高くなる。

ラムセスはユーリが自分の偽物問題に どう対処するか見たくて情報を与えた。首都から そう遠くない街にいる偽物を見るために、ユーリは何度目かの単独行動をする。その街にも皇太后の福祉事業が始まっており、同時に偽イシュタルの放蕩による悪評も立っていた。

皇家の離宮にいる偽物への接触を正面からは果たせなかったユーリは女官として離宮に潜入する。そこにいるのはユーリがカイルから贈られることを拒否した宝石に喜ぶ偽物。そんな彼女の野心や承認欲求を操るのは いつも通りウルヒ。
ユーリは偽物がカイルの名に笠に着て傲慢な態度を取ることが許せなくて糾弾するが、そこは味方のいない場所。正義を訴えているのに嘲笑される初期シンデレラのような少女漫画の健気なヒロインポジションを自分で演出している。