
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第17巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
扇言の想い人は灰仁では…?という噂がたってしまう。秘密の関係、秘めた想いを公には――。そんな中、灰仁の「死ぬまでにやりたいことリスト」を一緒に消化することになった扇言は…!?「この距離に耐えられなくなったその時は――…」秘密の関係が濃度を増していく――キケンなつり橋効果LOVE!
簡潔完結感想文
- 秘密を守る噂によるミスリードは防波堤になると理解しつつも理解が追いつかない乙女心。
- 「最大級 保険かけとかないと怖」い、とか言った二話後で学校で制服デートをする二枚舌。
- 電車で酔うほど不眠に悩まされ座り込んでしまう灰葉に手を差し伸べる15年前の再現と救済。
あれから15年経ってるってことよ、の 17巻。
またまた巻末の「Postscript」の作者の言葉を借りると「墜落は この辺から終わりを見据えて描いてい」る と言う。再読すると その終わりに向けて扇言と灰葉のメンタルを整えておこうという狙いが見えた気がした。
『14巻』の海回で扇言(みこと)の過去や死の希求が救済されたように今回は森回で灰葉(ハイバ)の過去が成仏に向かう。この森は扇言と灰葉の出会いとなった場所。今回 灰葉の年齢が完全に明かされたため、中学3年生だった彼が幼女・扇言に出会い、相互に救済した時から15年が経過していると思われる。その15年で扇言は成長し、やや停滞している灰葉の精神年齢に追いついたため(追い越したため)、今度は扇言が人生を前進させることに躊躇のある灰葉に手を差し伸べて あの家に帰宅させる。その鏡写しの構成が大変 良かった。年齢や弱さを含めた灰葉の全てを扇言は受け止めてあげられる存在になった。大仰な展開はないまま2人が静かに回復しているのは本書ならではで この温度感が私は好き。
作品的には1年前の灰葉の誕生回は入れ込む余地が無くて描けなかったと思われるけれど、ラストイヤーの今年は それを描いた。これは上述のように この1年で扇言が死の誘惑を克服したからとも考えられる。そして扇言の心身双方のプロのストーカーである灰葉は それを考慮して彼女を15年振りに あの森に連れていったのではないか。もし1年前に連れていったら、兄のことを整理できていない扇言は心のバランスを崩し、一層 鬱を こじらせた可能性がある。でも今の扇言は他者への迷惑はともかく、自分のことで自分を罰しようとしない。だから灰葉は彼女と聖地巡礼をして、そこからの再出発を試みたのではないか。
1年間で最も灰葉が自己否定する日に、扇言は彼に手を伸ばし帰宅させた。15年前と同じく自分の存在を気に掛けてくれる女性がいることを再確認した灰葉は死ではなく生を選ぶ。誕生日を前に灰葉が作成した「バケットリスト=死ぬまでにやりたいことリスト」は きっと灰葉の生きる希望に変化していくのではないか。少なくとも7項目書かれた そのリストの半分は したくてもいいこと だと思うけれど、もう半分は扇言はなんだかんだで叶えてくれそうな気がする。


最早 日常になり過ぎたからか余程 精神のバランスを崩した時しか吸わないタバコの描写は灰葉の精神の安定と共に少なくなればいいと思う。それとも愛煙教師の属性のために止めることはないのか。また おそらく扇言との誕生日デートが楽しみすぎてではなく、自分が年齢を重ねていくことへの忌避から不眠に陥っている灰葉が この日を境に少しずつ眠れることを願う。「俺が飽きるまで添い寝してもらう」という灰葉の願いは本編では見られないだろう。これまでに描きためられた番外編の中では そういう描写が見られるだろうか。
あと年齢の話をすると作者自身は お幾つなのだろうか。今回のような展開では白泉社新人作家の多くがヒロインがヒーローを助けるドラマチックなクライマックスを用意するところなのに、ここでも静けさを保ったままなのは肝が据わっていると思った。
相変わらず気になるのは2人の関係の我慢とか保険とか言った すぐ後に人に見つかるようなアラサー灰葉の学生コスプレをしている点。見られてはいけないという禁断の関係による緊迫感が教師モノの肝なのに、この2人は交際バレの危機の後も何も学習していないのは残念すぎる。学校って2人だけの空間なの??と首を傾げる展開は、それまで作品が醸成してきた雰囲気を自分で壊しているようで不毛に感じる。特に この2人は お互いの家に自由に出入りできる環境が整っているのに、青春ゾンビの灰葉が欲望を優先して我慢を放棄するのは誕生日とか死の概念を持ち出しても許されないと私は思う。いっそタイトル詐欺になってもいいから、灰葉が学校から去る社会的な誠意を見せた方がスッキリする気がする。教師モノが許されない息苦しい世界には決して なってほしくないけれど、教師モノの雰囲気を拝借したフリーな恋愛は望んでいない。口が達者だから世間への言い訳を用意する意思の弱い2人にも見えてしまう。
本当に今更だけど教師モノと長期連載って相性悪いよね…。過去作品でも同じ単行本20巻の河原和音さん『先生!(未読)』ぐらいか。全29巻の椿いづみ さん『俺様ティーチャー(未読)』は教師モノなのだろうか。年々 教育者が生徒に手を出すことを問題視する風潮が強くなるばかりの21世紀では言い訳を用意しないとキスも難しい。そんな時代でもネガティブラブコメを徹底した本書は凄いことをやってのけているのだろう。
2人は それぞれ灰葉・扇言との仲を詮索される。モテないレッテルを貼られたくない灰葉が噂を否定せず、更に信頼と実績がないのでイマジナリー彼女疑惑まで噴出。一回り年下の教え子たちから証拠の提出を要求されたアラサー男は嘘彼女の写真で乗り切る。それが元 同級生・一升(いっしょう)。このために彼女は用意されたのか…。ただし灰葉の詭弁は この場を乗り切るためではなく、扇言への誠実さを示すことに使われる。灰葉が見せた写真には扇言の服の一部が移っていた。その見切れ画像こそ灰葉の匂わせの本命。こうして扇言は安路川(あじがわ)、灰葉は一升とカモフラージュが用意される。この回では灰葉への迷惑を考えて久々に扇言が死を考えている。ただし この時点での死という概念は2人の愛の証明になり得るものである。


台風が直撃する不要不急の日も灰葉は命懸けで家に閉じこもっている扇言の安否を確かめる。非日常と停電も相俟って 心を寄せ合う2人。扇言は灰葉が偽彼女を持ち出した心の動きが知りたい、という自分の本音を吐き出す。重複を避けるために今回はお泊り回にならなかったけれど、基本的に以前の雷回(『4巻』)と同じで お互いの我慢や自制心の話も既視感ありあり。以前と違うのは兄・詞(つかさ)が灰葉のお泊りを黙認している状況だろうか。
夢追い人を彼氏に持つ薫子(かおるこ)に破局の危機。他者の恋愛相談に乗る2人は他者の話が自分たちの話に すり替わる。大切な友人をクズ男と別れさせたい扇言と、クズ男属性のある灰葉は別離と復縁派に分かれて論争を繰り広げる。灰葉の自分たちの別れ(正式には付き合っていない)の危機だと思って熱弁して擁護する彼の姿に読者は満足する。そしてダメンズ好きは一定数いる。
突然 灰葉がバケットリスト、いわゆる死ぬまでにやりたいことリストを作ってきたので2人で それを叶える。青春ゴッコがしたい灰葉のために扇言は備品の制服を彼に着させて校内で過ごす。コンプライアンスの関係で少女漫画は飲酒はもちろん自転車の2人乗りも徹底的に不可能なのか…? しかし2話前に我慢や自制心とか言っている人が、生徒や教師に いつ見られてもおかしくない状況で、言い訳が苦しい格好をしている(灰葉が)ことをするのは呆れる。
引き続きバケットリストの消化となる連載100回記念デート回。扇言はデートを すぐに強行しようとする灰葉の様子がおかしいと感じていた。
行き先は『10巻』の遺書の中で回想された灰葉が「先生」と買い物をしたデパート。当時の2人は先生と生徒(灰葉)だったため人目を避けるために遠方まで足を伸ばしていた。この終盤にきて灰葉の容姿をモブ女性に賞賛させるシーンが挿入されるのは、笑いと事情を知らない第三者からすれば2人がカップルだと見られるという扇言の緊張の緩和のためなのだろう。でも外でJK呼びするのは色々と問題がある。
次に灰葉が向かったのは扇言と出会った今の住まいの近くの森林。わざわざ遠出して酔い止めを買って帰ってきただけの灰葉…。ただ灰葉が眠れないのは彼の精神が一層 不安定だからだろう。この森で灰葉は行動を急いでいた動機を話す。
この日は灰葉の誕生日。そして扇言の誘導で灰葉は自分の年齢を正式に発表する。扇言の計算が早いのは理系だからか。灰葉はジャスト30歳。扇言とは一回りの年齢差だと判明する。ただし扇言は灰葉の遺書を読んだ時に年齢を推察済み。前回で学校の黒板に日付が書かれているコマがあったのは10/1が灰葉の誕生日だと教えるためなのか。
10数年ぶりの この場所で、年齢を重ねることへの忌避がある灰葉に今度は扇言が手を差しのべて帰宅を促す。死の誘惑からその人を救うことは その人への敬愛となる。改めて灰葉は扇言に恋に墜ちるのだろう。
別々に一緒の家に帰宅する前に扇言は花屋で灰葉へのプレゼントを悩む。悩みに悩んだ結果、不適当なものをチョイスしてしまう不器用さが愛おしい。そのミスも灰葉はフォローできる。少女漫画に限らず花言葉に登場人物の真の感情を託して感動を演出する展開が頻出するけど、それは つまり多くの人にとって花言葉が認知されていないことの証明になっていて、花言葉の無意味さを感じざるを得ない。
灰葉はプレゼントとして扇言という花を頂戴する。『6巻』のキスマークと似たような展開だ。そして灰葉の痕跡は他者の興味を引くようで新キャラ召喚の依り代となる。
