
sora
墜落JKと廃人教師(ついらくジェーケーとはいじんきょうし)
第12巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
梅雨の季節と五月病。そして、恋の病――。中間テストを控えるも、身が入らない面々。“好きな人”の話で盛り上がる高校生たちに漂うは瑞々しい青春と、キケンな香り。「分かるように触ればいい?」抱えてきた様々な想いが、今交錯する。キケンなつり橋効果LOVE!ザ花とゆめイケメンで人気を博した「灰仁のモーニングルーティーン」番外編も収録!さらに描き下ろしも!収録:Epidode.66~71&番外編+描き下ろし
簡潔完結感想文
- 1話で2ページしか一緒にいない回の前に1話丸ごと2人きりの回を用意する作者の糖分の配分。
- 好きな人のことを語る好きな人の横顔は美しく残酷。それを1話で2回も用意する周到な配役。
- 『2巻』登場の当て馬が『12巻』で ようやく覚醒。過去編を経た2人に割って入るとか無理ゲー。
目を逸らしたい 貴方の視線の先にいる人の存在、の 12巻。
『12巻』は一馬(かずま)が当て馬として出走を始めるために使われる。『2巻』初登場の最初の新キャラが ようやく当て馬に変身する。
作中で一番のイケメンから想われる展開を読者が拒む訳がない。ただ普通に考えたら一馬の出走は遅すぎる。特に扇言(みこと)と灰葉(ハイバ)は お互いの過去と闇と病みを乗り越え、その負の部分すらも抱え込んだ関係を構築している。一馬が どれだけ高スペックでも そこに入り込む余地は無い。結果が分かっているのに当て馬のターンを始めることは不毛にも思える。


ただし作者は単線ではなく複線で話を進める。その伏線のために この『12巻』までの時間の経過が必要だったのではないか と思える。※ネタバレ要素もあるかもしれないけれど、つまり一馬の物語は なずな の物語でもあるということ。ここまで一馬が動かなかったのは、ここまでで なずな の中に恋を自覚して自分たちの現状を我慢できない心境に追い込むためにあった と言えるのではないか。
一馬が扇言の好きな人がいることを知る彼女の恋する横顔を見る「episode.68」は、無表情の なずな が一馬の辛い横顔見て実は傷ついている。この場面だけで作品と作者が大好きだと叫びたくなる。ダイスキダー!!
『12巻』は一馬が動いているようで なずな が一馬を動かしている。なずな は一馬に いい加減 扇言への恋心を自覚させ、そして行動させることで彼の恋を終わらせようとしている。振られてしまえばいいのに が なずな の隠している偽らざる本音だろう。
だから なずな は一馬が保留し続ける扇言の好きな人問題を ほじくり返す。もしかしたら なずな が それを実行したのは一馬の風邪回で、リモートで現実を見させつつ、リモートだから絶対に行動を阻止できないという計画のもとの行動に見える。そういえば一馬が風邪を引いたのは なずな に傘を奪われ続けたから。雨の日に なずな は一馬に扇言との相合い傘のチャンスを提供しているようで、一馬のヘタレっぷりから それを完遂できないと踏む。そして戻ってきた一馬にも理由を付けて傘を返却せず彼の身体が雨に冷えるようにする。一馬の風邪回は仕組まれたものだったのだ!
一馬と なずな の関係は扇言と灰葉の関係に似ている。灰葉は自虐をしながら扇言のセンシティブな罪悪感に付け込んで彼女の行動を操っている。もちろん これまで書いてきたように扇言の恋心は灰葉のコントロールによるものではない自発的なものだと注意深く描き込まれているけれど。それと同じように なずな は育ちと人の良い一馬を操縦することで一馬が扇言の秘密の恋を暴くことを期待していた。その前提として なずな は一馬よりも先に扇言の好きな人を見抜いていなければならない。高いスキルを持つ作者のことだから なずな が気づいた瞬間も作中のどこかに潜ませている気がする。その視点で もう一周するのも楽しいかもしれない。作者も灰葉も仕込みが多いから本書は何度も読める作りになっている。
男性主導のメインカップルに対して女性が主導権を握るサブカップルという位置づけが出来て、その両パターンを楽しめる。
なずな によって明確な恋心を引き出され、なずな によって知りたくない恋の相手を知る一馬。その相手は読者にとって自明で、一馬にとって最悪の相手だろう。
灰葉を あの扇言が好きになった人と一馬が再定義すると教師のわざとらしさが目に付くのではないか。
これは扇言のような禁断の関係じゃなく灰葉の「仮面」に気づく生徒が現れるというパターンにも読める。灰葉に恋愛感情を抱かない生徒が灰葉が道化を演じていることに気づいたら、灰葉が嘘つき教師に見えるのだろうか。本当にネガティブな考え方をするのなら、相手の力量を見定めて常に その下に自分を位置づける演技を始める灰葉は、ともすると全人類を上から目線で審査している嫌な人間に見えなくもないだろう。なんだか太宰治の『人間失格』のような話ではないか。読んだことないけど。
一馬も灰葉に対して感謝や好意を抱いていただろうから裏切られた気持ちになり、恋愛問題も含めて可愛さ余って憎さ百倍状態になりそうな気がする。
そして これまでは仮想敵に対する嫉妬だけだった灰葉の本物の嫉妬が見られるだろう。あの灰葉の嫉妬だから独占欲から扇言に これまで以上のヒーロー行動をすると推測される。ヒロインを巡る2人の男性のバチバチの火花と恋の火傷、結果は見えていても読者の大好物である。
球技大回。灰葉は泳げないし球技も下手。それでも周囲に呆れられながら慰められるのは灰葉が親しみやすく良い教師だという証拠じゃないだろうか。ただし いつも通り灰葉は目的のために自分を演じている。扇言たちのネガティブをポジティブに変化させる触媒になるし、別の目的があるのなら自分の能力をフル活用する。扇言だけは先生のポテンシャルの高さを気づいているという話。
掃除回はナチュラルに男性宅にいる禁断の関係の2人が、ナチュラルにイチャつけないという話。久々に完全に2人きりで1話を消化しているのは、この次の回が別のキャラのメイン回になるからかもしれない。次の回は2人の会話が過去最小かもしれない。
季節イベント・梅雨回。扇言が図書室で安路川(あじがわ)と勉強しているという目撃情報を得た灰葉が邪魔に入る。そういえば灰葉って生徒を別名(あだ名)で呼びがち。JK、鶴男(つるおとこ=安路川)、るっこ(薫子・かおるこ)など。これは「先生」が灰葉のことを「少年」と呼んだ影響なのか。灰葉の美学は「先生」の美学。
この目撃情報を提供したのが一馬(かずま)で彼は自分の中にある扇言への感情が友情なのか愛情なのか悩んでいた。なずな のアシストで扇言と相合い傘をして帰る一馬。あれ、以前2人の家は逆方向にあるみたいな情報なかったっけ(うろ覚え)?
この時の接近で一馬は扇言に好きな人がいることを理解する。『9巻』の教育実習生の時も そうだったけど、よく視線や表情を観察するから好きな人の好きな人を分かってしまうのが叶わぬ恋あるある だ。
そして恋をする人の横顔を見て辛くなるのは一馬だけじゃない、という結末なのかもしれない。


恋を自覚したと同時に失恋も痛感した一馬は雨に濡れ風邪を引く。一馬の風邪回である。
ただ新型コロナウイルス感染症が社会を揺るがし続ける2021年の掲載ということもありリモートお見舞いが開始される。時勢を取り入れた内容で これまでにない風邪回が始まる。灰葉が一馬と扇言の接近を許さなかったという嫉妬の側面も良い。
なずな の切り込みによって扇言はオフィシャルに好きな人がいることを認め、扇言は無自覚に一馬を殺しにかかる。そこから なずな が扇言の交友関係を探り、サブキャラ同士の絡みが始まるのも新鮮な展開。こうして あっという間に好きな人が特定されそうになる。この世界にプライバシーという概念はない。
しかし灰葉が淳人(あつと)についた兄妹設定の嘘が未だに有効で なずな は灰葉説を完全否定する。それぞれに心の動きや発言があって作品世界の豊かさを感じる。最後に巡り合う年上の男性も面白い。
勉強回。灰葉が これを実現したかったのは安路川との勉強を未だに根に持っているから。安路川は安楽死から大学進学へと生き方を変えて、その進路変更は扇言に原因があるから責任をとれと一緒の勉強を強要する。これ俺様気質の人の誘導に見えてしまう。
灰葉が文字通り死ぬほど勉強して死を求めたように、扇言にとって勉強は灰葉との距離を埋める手段だった。
扇言の合法告白回。その前に灰葉の告白回数が問い詰められ、彼の恋愛遍歴が実質ゼロでだと明らかになった。師走ゆき さん『高嶺と花』なども そうだけどアラサーヒーローの恋愛遍歴は扱いが難しい。ゼロだから元カノ問題とかが出てこないのは安心材料だけど、同時に本当にゼロだと人によっては幻滅要素に なりかねない。年上ヒーローの潔白は どこまで ぼやかすかが問題となる。
今回の初めて扇言が言葉にした好意は灰葉以外の人に伝わる。学校で それに挑戦する扇言の脇が甘いとしか言いようがない。そして伏線の張り方が秀逸。
「episode.EX」…
灰葉のモーニングルーティーン。灰葉の不眠はどの程度のものなのか疑問に思う朝の怠惰。単に夜型人間なんじゃない?

