
リカチ
明治メランコリア(めいじメランコリア)
第08巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
記憶をなくし、未だ大切な人たちとの過去を思い出せない鈴(すず)。一方、愛染(あいぜん)は自らの野望を叶えるための駒として鈴を手にいれようとしていた。愛染が危険な人物と知らぬまま、鈴は愛染と二人きりとなり――!?
簡潔完結感想文
- 名実ともに鈴が秋山の孫になったから動き出す愛染。遠峰の娘計画に続く愛染の嫁計画。
- 『メランコリア』の鈴は怪我が絶えない。幼女じゃなく女性になったから容赦がないの?
- 記憶喪失という特殊状況下でだけ見える春時エンド。今の鈴は春時が好きな鈴なのか問題。
引き続きメランコリア担当は津軽、の 8巻。
『緋色』も『メランコリア』も鈴(すず)を物語の中心に据えるのが上手い。『緋色』では遠峰(とおみね)に目をつけられて最終的に彼の娘になる危機があった鈴だけど(ネタバレか?)、今回は愛染(あいぜん)による嫁計画が発動する。愛染が欲するのは鈴の実家と判明した秋山(あきやま)家の政治力と財産。それを秋山から譲り受けるために愛染は鈴との結婚という事実と、子供という正統な後継者による地盤の強化を狙う。そこに鈴の意思は関係なく、結婚も出産も男性の手に委ねる女性の権利を剥奪された状況に晒される。空白だった鈴の父親の背景を上手く作ることによって鈴が大きな思惑の当事者になる。


愛染は家や男性の都合による結婚の象徴。秋山は鈴に3人の婿候補を見繕っていたが、物語は鈴に3人の結婚相手の候補を用意している。1人が津軽(つがる)。正ヒーローのはずなのだけど『メランコリア』後半では津軽の自発的な行動=鈴の愛される幸福を満たすスーパーハッピーエンドのために これまでにない扱いの悪さとなる。しかも今回は津軽の2年前の行動が鈴の不幸に繋がっており、津軽最大の失敗があることが示される。恋敵に先を越されたり見たくない場面を見たり、人生で初めての屈辱や敗北を越えて津軽は成長する、はずである。
そして2人目の結婚相手候補は春時(はるとき)。鈴の記憶喪失展開に最も恩恵を受けている人なのだけど、記憶喪失中にしか鈴の1番になれないことが運命づけられているようにも思う。鈴に兄としか思われない もどかしさを抱えていた人だけど、自分を兄として思わない鈴は春時にとって鈴と言えるのか、という矛盾も抱えているように見える。
『8巻』最大の驚きは春時が初めて津軽より先に鈴に巡り合えたことだろう。春時は愚鈍(笑) いつだって動き出すのが遅いから遊郭から出す時も、今回の鈴を間接的に助けようと時間をかけたことも すぐに行動しないことが裏目に出ている。しかし『8巻』ラストで大ピンチの鈴を初めて津軽より先に救出できた。これは春時が抱える自分への嫌悪やトラウマ・後悔を乗り越えられるほどの成功体験になるのではないか。鈴の記憶喪失中の春時は無敵。今回、鈴が再度 頭部に衝撃を受けることで記憶が戻るかと思ったけど戻らなかったのは春時にとって不幸中の幸いだろうか。
ただ残念ながらメタ的な視点でいえばラストの春時の行動は、その前に津軽が先んじているからこそ許される行為と言える。少女漫画では1回目が終わっていれば非ヒーローによる2回目は許容される謎のルールが存在する。
3人目が平賀(ひらが)だけど、記憶喪失展開になってから彼の影は薄い。平賀は口うるさいとも言える本来の鈴と言い争いをするのが似合っているから、今の遠慮がちな鈴では手応えがないのかもしれない。津軽や春時が不在時のイケメン不足の補完としてしか用がないように見えてしまう。
この3人(実質2人)の中から鈴が誰を選ぶのかが『メランコリア』のテーマだろう。同じぐらい魅力的な男性から自分が選んだ人と結婚する、それが明治の世を生きる先進的な女性代表としての鈴の役割。家や男性の都合ではなく、男性と対等な自由恋愛をして自分で結婚を選ぶことが大事なのだ。
愛染も ひな も目的のためなら手段を選ばない。彼らは冷酷で、そして少し短気に見えてしまう。『メランコリア』では鈴が成長したため、幼女だった『緋色』よりも遠慮がない。ずっと男性に殴られ続けている。容赦がないから『緋色』よりもピンチの描写に緊張感が増している効用もあるけれど。
また遠峰のように真綿で首を締めるのではなく、愛染組は すぐに暴力で訴えるから小物に見える。今回、愛染の動機が語られるが、そこにあるのは強すぎる自我や自己愛だと一刀両断できるものだった。自分の力を見せつけるために他者を利用する愛染の野望が思いの外 矮小で俗物的だから、それに呼応する ひな も また不思議な発言を繰り返すだけで実は何も見えていない気がしてくる。愉快犯の遠峰は狡猾だから苛々させられたけど、愛染はラスボスとしての魅力に欠ける。津軽が赤子の手をひねるように愛染を制圧する結末しか見えない。最終決戦で頭脳戦が見られるか心配になる。
春時が ひな に拉致される場面を河内の2人の妹たちが目撃。手茉莉子(てまりこ)が津軽に連絡、手瑠璃子(てるりこ)は人力車で追跡という分担となる。手瑠璃子は春時の連行先で、彼の身の安全が保障されていないことを知り、鈴のような救出作戦を決行する。自身がピンチに陥り、救出するはずの春時に救出されながらも手瑠璃子は春時と監禁場所から脱出。だが春時は手瑠璃子に佐之次(さのじ)への言づてを頼んで自分は現場に戻る。それが鈴の身の安全を保障できる手段らしい。
鈴は記憶喪失後に もう一度 秋山(あきやま)家の現状を知る。また偶然、平賀(ひらが)の養母との言い争いを目撃してしまい彼の来歴を教えられる。でも それを知ると秋山の目に留まった人材とはいえ、この出自で婿候補というのは無理がある気がしてならない。そもそも秋山の構想では平賀は養子候補で婿養子とは別の話で、息子を失った穴を埋めるような存在だったらしいけど。秋山は平賀の養子先の窮状を救うことで平賀との縁が途切れないことを願っていたようだが、潔癖な平賀は秋山の世話にならないと縁を断つ。その決然とした態度が秋山に寂しさを生じさせる。
そんな心境の秋山のピンチを鈴が救い、トラウマの再来を回避したことで秋山は変わり始める。ヒロインが誰かの心に簡単に入り込む様子は詐欺師の手口に見えなくもない…。秋山は鈴を孫として認め、そして孫には孫の人生と人権があると思い直す。その転向で愛染(あいぜん)の計画が狂い、彼は秋山の排除に動く。
津軽は夜の秋山邸に潜入し、鈴の部屋をベランダから訪問する。マント姿もあり まるで怪盗のような風貌だ。それにしても よく鈴の部屋を特定できたなぁ(ご都合主義?)。『緋色』の遠峰(とおみね)家の軟禁の時は鈴が邸内の配置や様子を手紙に記していたが、今回は何もないのに…。
そこで津軽は愛染と ひな に注意するよう伝える。鈴は津軽の非合法で非常識な訪問に戸惑いつつも危険を冒した津軽の行いに感謝する。束の間、情報交換をする2人は以前に戻ったように感じられたが、春時 > 津軽の鈴の現状を確認させる作業でもあった。
翌日、春時は脱出の制裁を加えながらも佐之次によって無事に救出される。こうして春時は鈴の安全を守ったはずなのに。鈴は祖父側に草津での療養を提案され、津軽の忠告を無視する形で家を出ていかざるを得なくなる。
草津への手配が愛染によるものだと判明した直後、鈴たちの乗る馬車は襲われる。家側の護衛も愛染側の人間で、秋山は息子と同じように暴漢に殴打される。祖父を鈴が庇い、彼女は傷つきながらも反撃し、運よく助けが入るまでの時間稼ぎに成功する。
頭を殴打された鈴が目を覚ました時、同じ部屋に愛染がいた。運び込まれたのは彼の別荘で、愛染は偶然 遭遇した救世主を演じる。同行していた女中や下男は口封じされたようだ。てっきり2回目の頭への衝撃が鈴の記憶の復活になると思ったけれど記憶は失われたまま。
愛染は鈴に丁寧な紳士を演じるが、津軽の忠告や記憶喪失を彼が知っていることなどの違和感が重なり、今回の襲撃の違和感を浮かび上がらせる。自分たちは襲われたが生かされた、そんな愛染の狙いを鈴は推理する。鈴は秋山と再会できたものの、秋山との過剰な接触は許されない状況。口止めするために「痛み止め」で眠らされており、秋山は足を骨折させられており動けない状況が作られる。
そうして精神的クローズドサークルを作って、愛染は鈴の囲い込みを始める。自分が彼女の婚約者だと名乗り、自分の半生を語り始める。愛染の家は徳川幕府の終焉と共に朝敵とされた。最後まで幕府のために戦ったことが悪とされ一族は今の政府を認めない。その一族の思想を愛染は吹き込まれた。しかし成長後は官僚になり、家柄は申し分のない相手(ひな)と結婚し、中央での出世を夢見た。しかし愛染の望まない密偵という日陰者の役割を押し付けられ、政府の在り方への疑問が再燃した。
その愛染が もう一度 返り咲くために必要なのが秋山の後ろ盾。鈴は愛染の この物言いに嘘を感じないが結婚は受け入れられない。自分には今 春時、そして津軽という2人の男性が気になっている。
けれど鈴に拒否権はない。愛染が狙う秋山の後ろ盾は政治的影響力だけでなく莫大な遺産も含まれている。鈴との結婚がなければ それは手に入らない。鈴は この家から逃げられないこと、傀儡(くぐつ)の妻として扱われることを悟る。


鈴たちの異変は、彼らを追って草津に向かった平賀を通じて津軽に知らされる。春時が鈴を守るために わざと時間を稼いだことが裏目に出ているのが彼の不幸を象徴している。いつだって春時は間に合わないのだ。
津軽は ひな たちのフランスでの罪が許されるように動いた。それは「先の短い」ひな に同情したため。しかし ひな が鈴に危害を及ぼすのなら津軽は ひな の敵になる。いつでも理性が勝つ津軽の怒りは鈴だけのもの。でも ひな は津軽の怒りを引き出させたことに満足を覚える。それが自分の生きた証になるから。ひな は愛染が鈴が子供を産むよう既成事実を作っていると告げる。鈴の居場所を言わない ひな に津軽は彼女の価値観に沿い、気分屋の彼女の口を開くような心理を作る。
鈴は本当に愛染から「手籠め」にされそうになるが、周辺を探索する平賀の存在が愛染の警戒を強め、彼は指示のため その場を離れる。その隙に鈴は一瞬で複雑な計画を立案する。本当に一人で こんな早業が出来るのかと思うほどの作業量をこなし、秋山の安全を確保しつつ愛染を一時的に無力化する。
そして近隣の者に助けを呼ぶために屋敷を脱出。しかし追手に遭遇し、森の中で身を隠す。一度立ち止まると感覚と感情が戻り、鈴は恐怖に襲われる。そこで思い出すのは かつて誰かに言われた言葉。しかし今の鈴は それが津軽だと分からない。やがて鈴を救出する男性が現れて…。
