
リカチ
明治緋色綺譚(めいじひいろきたん)
第03巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
少女・鈴(すず)と青年・津軽(つがる)、二人の運命が大きく動き出す。遊郭から津軽に身請けされた鈴は、幼いながらも津軽に恋をする。やさしい時間の中でつのっていく想い。だが、そこに鈴の過去を知る男が現れて……!? 物語はゆるやかに緋色に染まっていく――。
簡潔完結感想文
- 物語はこれまでの短編集から長編へと移行。日常の謎パターンから非日常への誘導が上手い。
- 長編では悪の後ろに一回り大きな悪を用意して奥行きを出す。今は事件の全貌が見えない。
- 津軽の探偵業は個人の依頼から鈴を巻き込もうとする大きなうねりの調査へと性格を変える。
わざと泳がせて黒幕の出現を待つ 3巻。
『2巻』は構成が素晴らしかったけれど『3巻』の構成も好きだ。『3巻』は いつも通り始まる。いつも通りとは短編という意味で冒頭の話は津軽(つがる)の「さがしもの屋」のエピソードの一つ。しかし いつもと違うのは そのラスト。これまでは独立した話で1話完結だったけれど、ここでは次回への引きを残して終わる。
そこからは完全な長編の始まり。そして『3巻』全体を使って鈴(すず)と津軽の親族で唯一出てきていない人を浮かび上がらせているのも巧みな構成。相手が親族である限り幼い鈴でも物語の中心にいられる構図になるのも上手い。
また一つの悪の後ろに悪を用意する展開は作者が作中で繰り返す手法となり、読者を物語の奥へ奥へ誘導する。物語の後半や続編になると その単調さに飽きることもあるけれど、まだまだ新人作家の作品で連載をしながら大きなストーリーを作り出せるのは稀有な才能だろう。ミステリ色の強い短編も面白かったけれど、長編作家としての力量も覗かせている。売れるべくして売れた作家さんと言うしかない。
物語と鈴の絡ませ方が凄く上手い。黒幕に到達する前に導入部となる人物を用意することで謎が より深く感じられる。
また鈴が作中で初めて大きな失敗をすることで、鈴の涙を止めるために珍しく津軽が感情を昂らせている場面が見られるのも良い。津軽の母親が言っていた通り、何でも出来るからこそ上から構えるような節のある津軽が覗かせる熱情は、日常との対比があるからこそ温度差を感じられる。そして それが津軽にとっての鈴の重要性を示しており、広義の愛であることが読者の心を くすぐる。また津軽が許さないことを鈴が許すことで2人の立ち位置の違いがハッキリと浮かび上がっている。年齢に関係なく女性主人公は聖女なのだ。


どうも津軽は『3巻』で鈴を泣かした犯人を敢えて追い詰めないようにしていると思われる。それは その人物を最初から怪しんでいた津軽の観察眼の結果なのではないか。津軽はホームズのように その人の職業や生い立ち、背景などを即座に見抜く能力がある。だから初登場となったキャラの ある程度の背景は一目瞭然。そんな津軽は新キャラは悪行を重ねるものの黒幕ではないと分かっていたのではないか。そして そうするのは自分が黒幕に辿り着くため。お互いに悪意は抱いていない知恵比べとなっている状況を理解していて、そういう知恵比べをするのは今回の犯人ではないと察したのだろう。それを読者にも分かりやすいく提示したのが鈴を助けるシーンだろう。ラストに黒幕が登場するけれど、もし登場しなくても今回の犯人は手駒であって本当の悪ではないと読者は よく分かる。
ホームズでいえば推理の切れなどのミステリ的要素と同じように、魅力的なライバルの存在がシリーズの人気を高めた(読んだことないのだけど)。そういうシリーズ物の面白さが この『3巻』から続く。『2巻』でちゃんと探偵役の津軽、そして鈴を好きにさせてから長編が始まるのも用意周到に思える。読者が作品を好きになり夢中にさせる このテクニックは自覚的なものなのか本能的なものなのか。もちろん手探りな部分もあるのだろうけど、シリーズ構成が しっかりしている。編集者との二人三脚が相当に上手いのだろう。
『2巻』では鳴りを潜めていた津軽の「さがしもの屋」に美人探しの依頼が舞い込む。嫁探しみたいなものだという相談者の男性は美しい女性を見つけてくれれば あとは自分で何とかするという。それだけの自信があるのに出会いを求める彼の真意は何なのか。
美人探しは女性が大好きな河内(かわち)が担当。津軽は彼の動機や背景を探る。それは身分違いの恋を諦めるための相談者の踏ん切りだった。この前、似たような自分に嘘を付いて今の恋を忘れようとする男性の話を読んだばかり(青木琴美さん『カノジョは嘘を愛しすぎてる』)。
相談者が見えていない複雑な女心を説教するのは鈴の役割。おそらく気づいているであろう津軽より幼女に言われる方が相談者も強く殴られる気がしただろう。河内は女性の身なりや言動を見抜いていたのだろうか。
この回から本編の中でも鈴が学校に通い出した設定が出てくる。そしてラストに遊郭に姉妹で売られた後の没落華族の顛末が語られる。外聞があるため姉妹は遊郭ではなく それぞれ嫁や養女に出されたことになっている。そして母親は病死、父親は自殺、残された長男は行方不明だという。
鈴が華族であることを知る紀伊 佐之次(きい さのじ)が登場。彼は鈴の屋敷で下男として働いていた長身の男性。奉公先を追い出された佐之次の窮状を知った鈴は津軽に彼の処遇を取り計らってもらう。佐之次は家が没落したことは知っているが姉妹が遊郭に売られたことなど醜聞となる真相は知らない。


佐之次が追い出されたのは値段の張る商品の仕入れの数を間違えたから。鈴から助けを乞われた津軽は自分の実家で実演販売をする場所を用意する。最初は誰も足を止めなかったが鈴が商才を発揮し、人の足を止めさせ販売目標を達成する。
呉服屋本店のシーンなので津軽の両親が揃って登場している。津軽の父親は息子と同様、色街遊びを毛嫌いする潔癖な人。だから そこにいた鈴も同じように最初から毛嫌いしてしまう。津軽や母親は鈴本人の資質を見ているけれど、父親は肩書や経歴で判断している。
失敗を挽回した佐之次だったが、奉公先に もう席は無くなっていたので津軽は自分の店に彼の就職先を用意する。
佐之次は その恵まれた体躯と穏やかな性格で呉服屋に馴染む。それは佐之次を雇ってもらう形になった鈴を安堵させる材料となる。そして佐之次は呉服屋が売り出すはずの商品が持ち逃げされた危機を救う。しかし それが店の評判を落とす結果になる。
その事態を聞いた鈴は佐之次が与えられた部屋に行くが、そこは もぬけの殻。店に行くと津軽の両親は お詫び行脚に出向くところで、父親は あからさまに失望していた。母親は自分たちの落ち度だと鈴に責任を押し付けないが、彼らに迷惑を掛けたこと、そして佐之次に裏切られたことに鈴は大粒の涙を流す。
津軽は この騒動で得をしているライバル店の調査に乗り出す。その一環として実家に出向く。ここで弟の淡路(あわじ)が登場。影の薄い彼の最後の登場は いつなのだろうか…。
ライバル店は店主が交代して格段に繁盛していた。その店長は背の高い佐之介(さのすけ)という男性だった。津軽は佐之次と出会った直後から彼の言動を怪しんでいた。その人の背景を見透かすのは津軽の得意技だ。佐之介は自分は別人だと振る舞うが、怒りを覚えた津軽は それを許さない。そして知恵比べを受けて立つ。騒動を糸引く者の存在を少しずつ浮かび上がらせる。
鈴も一定時間落ち込んだ後に復活する。状況証拠で佐之次が犯人にされているけれど、それが本当なのか佐之次を捜して問い質そうとする。津軽は鈴が悲しむ結果が見えているから阻止しようとするが、自分が側にいれば慰められると思い同行する。しかし津軽の接触もあり「佐之介」はライバル店から姿を消していた。鈴は佐之次の性格を鑑みて張り込みでの確保を計画。予想通り姿を現した佐之次は佐之介として対応するが、結果 根底にある鈴への優しさ顔を出す。そんな彼に鈴は、佐之次には戻る場所があると感謝と共に佐之介に伝言を託す。
