
ななじ 眺(ななじ ながむ)
あるいとう
第11巻評価:★★(4点)
総合評価:★★(4点)
くこがいなくなったのをきっかけに、みんな、自分たちがくこに背負わせてた「荷物」について考え始めます。「強さ」と「弱さ」。くこがずっと探してた答えは、一体どこに?
簡潔完結感想文
- 具体的な一歩を踏み出したサブキャラに比べて、抽象的なことに終始するヒロイン。
- 他者にとっての自分という視点から自分にとっての他者という視点を獲得した成長。
- 3人の男性の内、1人が戦線離脱、1人が方向転換したので1人が最終候補、というオチ。
20世紀の震災の記憶が無い子は21世紀の震災をまだ知らない、の 最終11巻。
1995年1月2日生まれのヒロイン・くこ の15歳の5か月余りを描いた作品。感性や性格、年齢的なものが原因で私とは最後までチューニングが合わなかった。その辺の不満は これまでの感想文で嫌というほど書いたので今回は出来るだけ割愛します。
でも読了して気がついた。作者は阪神淡路大震災を描いたけれど、東日本大震災は描いていない。物語は2010年の9月過ぎで終わる。最終回から半年後、日本は16年振りに大災害を経験する。くこ が願っていた「日常」は大きく崩れる。この話は16年間の平和だった日本を描いていると考えると、平和だったからこそ くこ が こんなにも自分のことで悩めるのだと そのモラトリアムでさえ貴重だと分かる。1995年から2011年の間、日本人は災後と災前の狭間に生きていた。最終回から半年後には くこ だけでなく日本中の人たちの価値観が強制的に変えられることになる。その誰も分からない未来が待っている事実に背筋が冷やりとした。
飛躍した考えをすれば、くこ の抱える問題は災害に対して個人で備え耐えるか、公助や共助を選ぶかの姿勢にも通じるかもしれない。この考えだと桜太(おうた)が災害なのか…。
阪神淡路大震災の前に生まれた くこ は震災の記憶はないけれど母親の死という現実が残された。自身に記憶はないけれど親をはじめとした年長者と街には震災が深く刻み込まれている。もしかしたら くこ は その悲しみを忘れさせてくれる存在として周囲に無言のプレッシャーを受けていたのかもしれない。だから くこ は笑顔という表情を固定させる。笑顔は私生活に問題が起きることで崩れる。自分に課したキャラクターに くこ は呑み込まれ少しずつ壊れていたのかもしれない。人前に出続ける芸能人に一定数 心身のバランスを崩す人がいるのと似ているように思う。
95年の震災を序盤で重く扱った作品の割に、それ以降 震災関連の話はラストに出てくるだけでエッセンス的 使われ方だと少し不満だった。けれど作者が意図的に2011年の震災を扱わなかったことで かえって くこ のここまでの人生が大災害と大災害の間の日常だったことが浮かび上がったような気がした。東日本大震災への言及を避けたようにも思えるけれど、その前に神戸で震災の希望として育った くこ が実は間接的に震災の影響を受けていて、それを矯正し、自分の歩幅を獲得するには このタイミングが適切だったのだろう。
神戸で育った くこ が次の震災を知った時、どれだけ心を痛めるのかは想像に易い。くこ はボランティアに動くかもしれない。そして神戸の住人である くこ が次の被災地の助けになる。そんな助け合いを予感する。


読後 考えることはたくさんあったけれど、作品への不満もたくさんある。
早い話、この父子が ちゃんと向き合えば こんなに回り道をしなくて良かったのではないか、と思ってしまうけど、娘の限界まで敢えて放置して、彼女の成長を待つのも愛なのだろう。ただ母親の死を共有する割に交流が少なく、それに向かい合わなかったから くこ が我慢し続けることになったのではないか。震災を扱いながら どうもリンクが上手くない。
あと内容的に、
「ごめんね」っていうと 「ごめんね」っていう。こだまでしょうか、いいえ、誰でも。
という金子みすゞの詩を抜粋した一行で全てが伝わってくると思った。それを全11巻で描いているし、その割に(私には)よく分からない話だった。内容的にEテレっぽいのだけど、Eテレが映像化するほど作品の質が高くないように思える。
作中で くこ が人を見下している自分に気づいていたけれど、作者が少女漫画を見下しているように思えてしまった。自分は高尚な作品を作れると思っているという姿勢が随所から漏れている。その割には…、という反発心にも似た感情が私の本書の評価を低くしている。少女漫画的な面白さと作者が描きたい自己探求を両立させることこそ力量の示しどころだったのではないか。前者を放棄しておいた割にはストレートすぎる内容に思えた。
最後まで くこ の悩みの核心が分からなかったし、その出口も分からないまま。母の不在を含めた震災を乗り越えてトラウマ解消状態になったのかと思ったのに、その後も強い弱いを口にした時には唖然とした。強すぎる自己愛だけは伝わってきたけれど。
恋愛的な決着もない。結果的・将来的な授(さずく)エンドなんだろうけど、自分大好き くこちゃん は恋愛する様子がない。授は飽くまでもヒーローの最終候補に残っただけ。くこ から選ばれた訳ではない。
桜太への思慕を切り離せていないし。授にだけ僅かに可能性が残されたという感じなのだろう。くこ は自分が恋愛することへの抵抗が大きくて、恋する自分に対しても弱くなったと嘆くことは目に見えている。ならば震災と同じように始まる前に恋愛を予感させるだけで良いのだろう。不意打ちとはいえキスをしたのも授だけだし、くこ が弱さを吐き出し続けたのも部外者の授だけだった。2作連続 彼女がいる男性の心を奪ってしまう魔性ヒロインの誕生である。
授に関しては異邦人であった自分が神戸に根付くようなエピソードが欲しかった。サックス演奏の技術を人に乞うたり、人前で演奏したり、彼が変わっているのは伝わってくる。
というか客観的・具体的な面において、本書で一番変化がないのは あれだけ騒いでいた くこ ではないかと思う…。
くこ を傷つけた桜太には恋愛する資格はない。けれど くこ との関係は良好にさせたいから最後に登場させて友情エンドを選ばせる。そして くこ が気にしていた桜太が放棄した絵も復活させて くこ の心の棘を抜くことも忘れない。あれだけ陰気だった桜太が強く逞しく見える。有名(うな)の言っていたような、首筋に頼りがいが出てきたか。
キヨは自分で結論を出して、くこ への想いは恋より愛だと判断する。この自主的撤退は くこ にキヨを傷つけさせないようにする配慮に見える。そして衣舞(いぶ)との関係も くこ の罪悪感の軽減に見えてしまう。それぐらい唐突。キヨは素直な部分があるから(単純だから)あっという間の心変わりを任せられたのだろう。そして作品的に一組ぐらいカップルを成立させようという打算的な処理にも見える。
衣舞も告白じゃない告白をして真のヒロインっぽいのだけれど、彼女の人生は これからどうなるのか心配だ。高校に進学せず少女漫画を読み、誰も望んでいない「説明おばさん」を演じていてくれただけ。少女漫画をメタ的な視点で解説していた衣舞だけど、もしかして作者的に不足しがちな少女漫画成分の補完だったりするのだろうか。こういう楽しみ方をしてね、という余計なお節介にしか見えなかったけれども…。彼女の人生や考え方も半年後に大きく変わるのだろうか。
阪神淡路大震災から15年が経過した設定で作品を描いたけれど、今年2026年は東日本大震災から15年。作者なら どう描くのか、そして くこ たちが どう感じたのかを今こそ描いて欲しいと願う。連載中は向き合い方が難しかったことに今なら向き合えるのではと この先の物語を待望する。それは次作の終了後の動向が分からない作者の復活への願いでもある。
くこ が自分を溢れさせたのは震災の追悼行事の会場となる公園。毎年1月17日に神戸の人々は奥に潜ませていた悲しみを溢れさせるように、くこ は その公園で我慢せずに涙を流した。
迎えに来た知人・友人の4人に囲まれても、彼らの前でも憚らず涙を流す。それは くこ の浄化。そこからの帰り道、4人は それぞれ くこ に背負わせていた物を反省する。大切な人たちを再確認して、くこ は家に戻る。
帰宅後は父親に怒られ、いつものように笑って何もないように装うとしたけれど、この日だけは父親は それを許さない。父子で母親のことを偲び、そして くこ に呪いのようになってしまった名前に託された母親の願いの真意を、そして父親としての願いを伝える。それが くこ に響いていた内なる声を鎮めていく。
この騒動を経て それぞれが動き出す。授は これまで忌避していたライブ出演を決める。そこに くこ を誘い、彼女が望む音を出すのが目標。


そこに桜太も招待され(この2人は いつ連絡先を交換したのか…)、そこで有名(うな)の夫・乱(らん)の現状を くこ に伝える。乱は一命を取り止めるも右手に麻痺が残る。けれど乱は生来の芸術家で表現方法が残されているなら その手段で絵を描くと指差し文字によるコミュニケーションで伝える。その生き様に接し、桜太は自分との明確な違いを感じたことだろう。それでも桜太は働きながら絵を描き続けると宣言。それは趣味の範囲かもしれないが、絵を好きと言い切れる今の自分の気持ちに正直になる。桜太の絵の世界への復帰は くこ の棘を一つ抜く。
キヨは衣舞を誘う。それはキヨが自分を視界に入れてくれているということで衣舞は嬉しい。そこで衣舞は心が溢れそうになるが我慢して、告白しないことを宣言する。それはもう実質的な告白で そんな衣舞の姿にキヨは心が動かされる。
授は演奏後にステージ上から くこ に向けたメッセージを届ける。この場面は演奏で全てが分かるというエスパーな展開になっていないのが良い。それが出来るほど授の技術は高くない。そして くこ の感度も低い。
ラスト、くこ は4人に向けて謝る。それは自分のことを気に掛けてくれる人の存在を気に掛けなかったことへの謝罪。それどころか他者の期待を重荷に変換してしまった。それが負のスパイラルの入口。これからも悩み続けながら自分を模索する。でも そんな自分を抱えて歩いていく。
