
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第05巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
抱きしめたカノジョがあまりにも小さくて、僕まで泣きそうになった。「…前から思ってたけど、リコって痩せすぎじゃない?」クスッと笑うカノジョに、僕は本気で言う。「もうちょっと太った方がいいよ!マジで!」「歌うなら…なおさらだよ」その夜、僕は初めて、カノジョの歌声を聴いた。1度聞けば忘れられない声。無敵の楽器…!
簡潔完結感想文
- 自分の株を下げても、相手を醜聞から守るような鼓動をしてくれる仲間が心也にはいない。
- カノジョが全ての嘘を理解した時、僕はもうカノジョの声を手放していた。渇望は続く。
- この世に良い音楽が誕生するなら、失恋が約束された時限爆弾を設置する高樹という狂気。
金の卵を産むニワトリを死なない程度に飼い慣らす、の 5巻。
相変わらず作品の中心にいるのはCRUDE PLAYで、描かれるのは恋よりも強烈な同性間の愛憎。決して男性間の恋愛を描いた作品ではないのだけれど、女性キャラの放置と軽視は その手の作品における扱いに近い気がする。
秋(あき)は満たされないことで楽曲を生んでいるが、同じように心也(しんや)も満たされていない。そして心也は楽曲を発表する場所がなく、そういう立場を望まれていない。そこが心也の秋への嫉妬の着火剤となる。
もし2人が幼なじみだったら、もし2人が同じ高校だったら、もし2人が同じ楽器を弾いていなければ、おそらく2人は気の置けない仲間になったはずだ。けれど2人は互いに自分の欲する才能を持っている。秋のベース演奏を心也は無価値にするし、心也の楽曲は秋のそれの足元にも及ばない。そういう葛藤を抱えているから心也には どこにも仲間がいない。一番 分かり合える、高め合える存在と仲良くなれない、それが心也の不幸だろう。
秋には自分を醜聞から守ってくれる仲間がいて、楽曲を生み出すために お膳立てをしてくれる保護者がいる。それらは心也にないもの。人は自分に満ち足りている物よりも不足を数える。心也にとってベースの才能は当たり前にあるもので、当たり前じゃないものだけが どうしても欲しくなる。
やっぱり作者が描きたいのは傷ついた「僕ら」であってカノジョじゃない。


更に全ての事象は高樹(たかぎ)によってコントロールされている状態なのが明確になり爽快感が皆無。青臭い衝動に襲われながら商業主義に呑み込まれていくミュージシャンの葛藤、そんな作品の印象が強すぎて やっぱり理子(りこ)が部外者のような位置付けに感じられる。
今回、理子は秋の本名、彼のCRUDE PLAYとの関係性や歌姫が元カノであることを知ったりと多くの情報を得ている。だからと言って理子が物語の中心にいるかと言えば そうではない。秋は多少 理子に恋愛感情を持ち、彼女を大切にしようと努めているのが見えるけれど、それは秋と心也の愛憎劇の前提条件の成立のために思える。まだまだ作者が描きたい男性たちの相克の準備段階に過ぎない。
これまでも書いてきた通り、理子という具現化された対象を これまで直接的にぶつかったことのない秋と心也が恋愛面・音楽面のそれぞれのアプローチで取り合う。理子は その両手を素敵な男性2人から引っ張られているのだけれど、作者は理子ではなく、どうして彼らが そこまで意地になるのかを描き続ける。
その材料を提供するため作者は それぞれの視点から物語を紡ぐ。それによって分かるのは秋・心也の進んできた道、抱えてきた葛藤。間違っても理子の恋心ではない。エピソードの重複が多いから『5巻』は再確認することばかり。連載1回分のページ数が減ったので、楽曲でいうサビのようなキャッチーな部分が生まれてテンポは生まれ始めたけれど、それでも読み返すと大したことが起こっていないような気持ちになる。
また上述したように、作中で燦然と輝くCRUDE PLAYというバンドも高樹という商業主義の権化によってプロデュースされた存在だから、作中が顕現した神の支配を受けた世界に見えてしまう。その成功は高樹の能力の高さで、どんな手段を使っても良い音楽を世間に届けたい、一つでも多く名曲を誕生させたいという気持ちは彼の音楽への信奉だと思う。その狂気とも言える信念を、いつか秋たちが利用するのだろうか。高樹からの卒業をしない限り、どこまでも高樹の一人勝ちに思えてしまいそうで怖い。
もはや私の関心は、作者が描きたいCRUDE PLAYの栄光が どのような形になるのか、それが商業主義とは違うのか、ということに移っている。
秋は初めて理子の歌声を聞き、楽器としての素晴らしさを知る。そこから理子は自分が歌うこと、スカウトされたこと、心也のプロデュースを涙ながらに伝える。理子は秋に禁じられていたことをしていて、秋は理子に禁じていた自分勝手さに痛めつけられる。秋は理子を抱きしめ何度もキスをする。
それまで見ていた生放送の音楽番組からは茉莉(まり)が途中で歌えなくなったこと、トラブルが起きたことが放送されていたけれど、今の秋には理子しか見えない。
テレビ局のスタジオでは瞬(しゅん)が過呼吸で倒れた茉莉を助け、話題になっていた(瞬たちがいる場所は どこという設定なのだろうか…)。瞬が茉莉を助けたのは、自分がスケープゴートになるため。茉莉の不調から、アキの正体を知るマスコミが『2巻』の密会写真を世間に流出させかねないのを危惧して、瞬は茉莉との熱愛疑惑を先に餌にした。
その行動に心也は感心する。それは秋が天才なのに凡人だと思っているのと同じような自分の価値を過小評価する人への呆れた感心だ。瞬は秋のためなら自己犠牲を、バンドにとって大きなダメージも厭わない。そのバランス感覚が心也には理解できないし、その信頼は絶対に自分に向けられないと考えている。
ちなみに私は作者の作品のタバコに関する描写が全て嫌いなので、瞬と茉莉のタバコを吸う場面は全て激しくダサいと思ってしまう。
秋のマンションから出る直前、秋は帰りが遅くなった責任を取って両親に挨拶すると言い出す。そこで挨拶の練習をする真似をして理子に本名を発表。理子はマンションから自宅の帰り道に通った、『1巻』1話での秋との出会いの場所を通った時、CRUDE PLAYの新曲が あの時の秋が口ずさんでいたメロディだと分かり、秋がアキであることを理解する。
後日、理子たちは高樹のオフィスに再度 出向き、プロデューサーである心也に音を聞かせる。そこには関係者が集っており、瞬の熱愛話から瞬本人が登場し、彼と話していたのが秋だと認めた心也は、わざと知らない振りをしてアキと茉莉の元恋人関係を暴露する。
理子は秋が自分の前に(もしくは ある時期は重なって)交際していた人が歌う女性だということを直感していたので、その事実は意外ではなかった。けれど あまりに大きな存在との交際に戸惑い涙を流す。その涙はCRUDE PLAYの新曲は恋を終えた秋の曲だと承知したから。曲が秋の心情を雄弁に語っていたから。
意気消沈する理子を心也はギターを弾いて歌わせ気を紛らわせさせる。そこまでが心也の計画のように思える。理子も鈍感で元気な自分でいるために その誘いに乗る。
秋視点の心也との出会いが語られていた『4巻』と反対で、今回は心也にとっての秋が語られる。
秋の楽曲を初めて聞いた時から心也は彼の才能に惹かれていた。だから楽曲を理解して秋が望む演奏を提供した。それが秋を傷つけ、彼はベーシストの交代を提案する。そして それこそが高樹の狙い。秋に世間の絶賛が集中して天狗にならないように、彼は間接的にしか世間と関われないように高樹は2人のベーシストを出会わせた。
アキの脱退は それまでのCRUDE PLAYファンを傷つけ、そして その状況が心也を傷つけた。それでも心也はプロとして苦悩を克服してステージに立つ義務があった。
高樹の狙い通りにCRUDE PLAYは売れていき、音楽の幅を広げるために高樹は秋に恋をさせる。自分の女であっても音楽のためなら喜んで出会いをセッティングする。それが高樹の残酷なプロの一面。高樹が仕掛けた時限爆弾により秋が失恋するのも確定された未来だった。


そして今度は心也が今の彼女である理子との破局を狙う。それが秋を傷つけられる最良の手段だから。
「カノジョは嘘を愛しすぎてる ー番外編ー」…
『3巻』で秋の初作曲曲を聞いたクラスメイトの女子生徒視点から見た高校時代の瞬と秋。
