
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第03巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
「アキ君は…本当に馬鹿だな…」「――…」「そんなに不機嫌そうにしないでくださいよしょうがないじゃないですか本人がやらないって言ったんだから」「…聴けばやったよ」「そうでしょうねーだって彼声フェチだもんなーこんな声聴いたら絶対宝物にしただろうな…」「……」「そんなにアキ君にやらせたかったんですか?」「……」「でもすみませんカノジョは僕がもらいました僕の宝物にします」
簡潔完結感想文
- 恋人と別れるために利用され、商業主義に利用され、男たちの暗闘に利用される理子。
- この作品に理子の人格は必要とされない。アキの彼女という立場と その声帯があればいい。
- 一度も触った描写がない秋が自作曲を なぜかピアノで披露して疑問が先に浮かぶ。
三角関係(に見えなくもないもの)が始まる 3巻。
秋と心也の関心度は、秋における心也(または その逆)>>>>> 理子 である。それが この世界の真実だッ!
揺れ動く感情が少女漫画の原動力ならば、本書で一番大きな感情の揺れは恋愛ではなく、相手に言いたいことを言えず満たされながら渇望し こじらせている男性2人が相手に抱える感情である。


どこまでもヒロイン・理子(りこ)に残酷な物語である。これまで述べてきたように秋(あき)が理子を必要とするのは潔癖な自分が穢(けが)された交際から離脱するための手段。そこに恋は なくていい。そして秋は元カノとなった茉莉(まり)と同じように誰かに絡め取られる存在になってほしくなくて理子に歌を封じさせる。しかし理子の才能は簡単に発見され、彼女もまた歌の道に進む。
今回、対象が理子だと知らず秋はプロデュースを依頼されるが、本当は理子だと分かっているから秋は逡巡する。その逡巡に心也(しんや)が割って入って、理子のプロデュース権を奪い去る。その行動は心也の秋への「嫉妬と憧憬」の産物であって、理子という人格は無関係。なぜなら理子だと予感している秋と違い、心也はプロデュースの対象が誰だかも知らないで話を引き取っている。心也にとって大切なのは、高樹(たかぎ)が見込んだ才能で秋に回そうとしている話、という状況だけ。秋にとって高樹から回される話は茉莉と同じ轍を踏む可能性があるから自分の先行きの不幸ばかりに囚われる。しかし心也にしてみれば高樹の音楽的信頼を全面に受けるプロデュース権を放棄することは信じられない。だから それを奪って見せる。
秋が全く知らない理子を恋人という立場に仕立て上げて自分の望む状況に進んだように、心也は理子のプロデュース権を得ることで自分の立場を得る。当初の彼らにとって理子は物理的な存在でしかない。自分には恋人がいる状況が欲しい、自分は歌手をプロデュースしてみせる、そういう男性たちの欲望に呑み込まれる存在として理子は描かれる。だから必要なのは頭が弱くて状況に流されるけど嘘の気配を察して、天性の声帯を持つ人。そういう必須要素を組み込んで生まれたのが理子なのだ。話の核心に触れられる資格を持つことが重要で、そこに心の有無は必要ではない。理子は そんなフランケンシュタインみたいな人工物に思える。
これまでも作者が描きたいのは恋愛の過程ではなく作中のバンド・CRUDE PLAYだと書いてきたけれど、もっと言えば描きたいのが秋と心也の関係だろう。それが明確になってきた。
理子という存在があるから、少女漫画の定番である『3巻』から始まる三角関係っぽい演出になっているけれど、それは作者の「嘘」ではないかと思う。理子は飽くまで描きたいことの入口に読者を運んでくれる存在で、駒に過ぎない。それは秋と心也における理子も同じで、相手に取られるぐらいなら自分が動く、という秋と心也の間に働く心情の渦の大きさを表すために具現化された存在ではないか。2人とも理子が好きなのではなく、相手が恋人として/歌手として手元に置く存在だから彼女への執着が肥大化していく。理子は自分に役割を与えてくれる、自分の くすぶっている現状を脱却させてくれる、そういう人。
やっぱり作者が描きたいのはナイーブな「僕」なのだ。恋そのものを描きたいのではない。愛する人が妹だったり、自分の命が長くなかったり、どうしても嫉妬と憧憬を同時に抱えてしまったりする傷つきやすい「僕」なのだ。恋愛は その付随物にすぎない。今回は それがより顕著になり過ぎていて、作者の「嘘」が露わになりすぎている。
大人気バンド・CRUDE PLAYはエアバンドだった! 音楽性の高さを絶賛される演奏はスタジオミュージシャンによる録音。それがアキとメンバーたちの最大の秘密で不幸の源泉。
これは高樹(たかぎ)の戦略。秋の超一流の楽曲を貶めないために拙い演奏ではなくプロに任せて完璧にパッケージングする。商業主義に呑み込まれた音楽は そうやって作られる。
この状況にも瞬(しゅん)は腐らずに下手な自分を責める。天性のスターでありながら努力家であり、抱える苦悩を見せないよう翳りを消し輝きを放とうとする瞬に好感を持った。瞬の歌は瞬の才覚なのに、である。これは心也(しんや)以外の他2人のメンバーで描けない悩みだ。
その高樹のプロデュース能力に理子たちが呑まれようとしている。今回の高樹の狙いは等身大や共感性だろう。CRUDE PLAYや茉莉(まり)のように完璧な存在ではないからこそ受け入れられる。そして彼らのプロデューサーに「アキ」を迎えようとする。
歯に衣着せない高樹の物言いに理子は自分がスカウトで舞い上がっていたことを痛感する。自分たちの演奏が未熟だと分かっていても、大人の分別に頬を張り倒されるとは思っていなかった。
秋は高樹のプロジェクトが理子たちのことだと知らずに彼からプロデュースを提案される。高樹の言葉は露悪的だが、本質をオブラートに包んでも絶対に商業主義からは逃れられない。潔癖なアキは その誘いに乗らないけれど、高樹が言う魅力的な声の持ち主が誰か本当は もう分かっている。それは2人がプロだから、理子の声を聞けば虜になってしまうことは一目(耳)瞭然。
しかし秋が揺れかけている心を表明する前に心也が その話を掻っ攫っていく。そして心也は秋が見逃した魚の大きさを知り、そのシチュエーションも含めて理子に固執する。


高樹がまた自分たちと同じような境遇を生み出そうとしていることは あっという間に瞬に伝わり、そこに秋が現れ、その場にいた理子の幼なじみの一人・山崎 蒼太(やまざき そうた)は秋がアキであることを知る。情報の漏洩が止まらない。蒼太から改めて理子が「歌う」ことを聞かされ秋は安堵と後悔を覚える。
蒼太たちは理子がボーカルテストを受けるので先に帰宅。秋は蒼太と一緒にいることで理子の行動を逐一 把握する。秋が ここまで理子に固執するのは、心也に横取りされたシチュエーションが大きい。CRUDE PLAYのベースを譲り/譲られた関係の2人には今も緊張感が漂う。
ここにきて秋が理子に偽名を使っていたことが明かされる。それにより理子が秋が音楽業界の人だと勘付いていながらもクリプレのアキと結び付けなかった理由になっているのだろう。秋が理子に告げた偽名は「シンヤ」。これもまた秋が心也に対して劣等感を持っているからだった。
心也は秋にとって嫉妬の対象であり憧憬の対象。それはバンドの結成とデビューの経緯に大きく関わる。
幼なじみの秋と瞬以外の2人のメンバーは高校のバスケ部で一緒だった。瞬は既に そのルックスと性格から校内で人気で彼がバンドを結成したことで瞬のファンにライブハウスのチケットは完売。楽曲も演奏内容も関係なく人気を獲得した。バンド名を「CRUDE PLAY(粗悪な遊び)」にしたのも瞬のファン相手に阿漕な小銭稼ぎをしていることへの言い訳だった。
そこに高樹が現れスカウトされる。しかし浮き足立った理子たちと違い、瞬は自分が注目されることに慣れており、高樹の甘言に色めいたりしない。瞬がバンド活動をする目的は友達と一緒にやること。
そんな頃、瞬はCRUDE PLAYがオリジナル楽曲を披露すると宣言。それは瞬は秋がずっと楽曲を作っていることを知っていたから。瞬に言われるがまま楽曲を用意し披露する。なぜ秋がピアノの演奏が出来るのかに全く根拠がない。むしろ、貧乏とかベースしか練習していないとか引けない理由の方が多い。瞬の家で弾かせてもらった、という描写があるのはギターだけだ。ピアノじゃないと曲の全体像を掴めないという理由だろうけど。
秋の最初の楽曲は家族思いの姉が嫁いだ心境を歌ったもの。秋の大家族設定は最初から出てきたけれど、それが物語に影響するのは ここが最後だろうか。すっかり忘れ去られる設定である。
この曲に瞬は満足し、なぜか居合わさせた同級生の長浜 美和子(ながはま みわこ)は涙を流していた。長浜という第三者に曲の評価を委ねている。
瞬の顔ばかりが注目されていたCRUDE PLAYに秋の楽曲が加わる。そして秋はベース演奏も周囲の評価は悪くない。だが結果的に秋はCRUDE PLAYのベースでなくなる…。
