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少女漫画と小説の感想ブログです

作者は「僕」を愛しすぎてる。年下ヒロインとの恋愛は僕の感傷の一要素にすぎない

カノジョは嘘を愛しすぎてる(1) (フラワーコミックス)
青木 琴美(あおき ことみ)
カノジョは嘘を愛しすぎてる(カノジョはうそをあいしすぎてる)
第01巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★★(6点)
 

素朴な女の子が、歌姫に…! 幼なじみの男子2人とバンドを組んでいる女子高生・小枝理子は超人気バンドCRUDE PLAYのファン。特に、顔も年齢も非公開という謎めいた存在の、CRUDE PLAYの全楽曲を作っているアキに憧れている。ある日、実家である八百屋の手伝いで隅田川のほとりを歩いている時に、素敵なメロディラインを口ずさんでる男性に出会い、いきなり「一目惚れって信じますか?」と呼び止められ…? その男こそ、理子が憧れていたCRUDE PLAYのアキで…?

簡潔完結感想文

  • 初回からチャート1位の栄華を極めたバンドはヘリで空を舞うが墜落や空中分解の可能性あり。
  • 「彼女」という建前がなければ自分の現状を変えられない天才作曲家の迷惑なセンシティビティ。
  • 旋律に惹かれたヒロインは職業不詳の男性とすぐにキスをする。それが口封じだとも知らずに。

の初恋はキミ以外に捧げている、の 1巻。

いきなり厳しいことを言えば本書においてヒロインは いなくてもいい存在である。今回のヒロインは、一つの恋が始まって実っていく過程を描く少女漫画に必要な要件を満たすための存在ではないか。作中でヒロイン自身の成長もあるけれど、目的は彼女の成功ではない。今回 作者が描きたいのは作中のバンド「CRUDE PLAY(クリュード プレイ)」である。

私は作者の読者を物語に巻き込む力を信じていて、それが今回も遺憾なく発揮されている。特に完読すると作者が何を描きたかったのか、作者の視点の斬新さが ようやく理解できた。※ネタバレになるかもしれないけれど、何が凄いって、作者はバンドが音楽界のトップに上り詰めることをテーマにしていない。作者が描くのは日本有数のバンドとなったCRUDE PLAYが黄金期を迎えたことで起こる停滞やメンバー間での諍い、商業主義への抵抗などだ。いわば第一章が終わったバンドが第二章に向かうために必要な取捨選択を迫られる、トップアーティストの苦悩を描いている

売れることも、売れ続けることもまた難しい。その苦悩を抱えるのは売れた人だけ

架空の歌手やバンドが作中で徐々に日本を席巻していく様子を描く作品は古今東西 多く存在するだろう。読者を巻き込むのは難しいことだけれど、アーティストが巻き起こす旋風を描くことが読者のカタルシスに直結していて支持を得やすい。けれど作者は現在完了形で売れたバンドを中心に据える。ライブ会場を大きくする、各種ランキングの上位を狙うなど初期の目標を達成した後の満たされてしまったバンドマンたちは何を渇望するのか。バンドとして大きく成長した自分たちに伸びしろが残されているのか、という不安と表裏一体の栄光を描かれている。テーマや年齢層を一段階 上げており、掲載誌を「Sho-Comi」から「Cheese!」に移した意味が分かった。

そして それをバンドメンバー本人ではなくオリジナルメンバーであるものの現在は楽曲提供者の男性主人公で描くという視点のズラし方が また巧い。男性主人公はメンバーの気の置けない友人で音楽的支柱。その立場の ややこしさが問題に男性主人公の性格の ややこしさが加わり、一筋縄ではいかない物語が展開していく。


れにしても作者は「僕」を愛しすぎている。作者が描きたいのは男性であって恋愛ではない。これまで作者は長編1作目の『僕は妹に恋をする』で禁断の恋愛に悩む男性主人公を、2作目の『僕の初恋をキミに捧ぐ』では闘病と恋愛を描いた。3作目となる本作は音楽と恋愛を描いているのだけど、前2作に比べると恋愛は必ずしも必要な要素ではない。読者の多くが感情を託すヒロインとの恋は唐突で、前2作のような運命性に乏しい。そういう恋のはじまりも全て男性主人公のためではないかと疑ってしまう。運命的な恋でないからこそ、彼は年下のJKの気持ちが分からないままで、その不安が作者が好む「僕」を形成していく。

作品の中心にいるのが男性主人公・小笠原 秋(おがさわら あき)。前2作はタイトルに「僕」を入れながらも作中の一人称はオレ や おれ だった。けれど秋は一人称が僕で、この「僕」の中に作者の、多くの人を魅了する作曲の才覚を持ちながらも どこか自信なさげな男性像という、これでもかというほど作者のフェチズムが込められている。作者が明確に「天才」を描くのは初めてだろう。それなのに思考はネガティブ気味。「天才の陰キャ」がもたらす周囲への影響と迷惑が本書の一つのテーマだろう。

ただ秋は これまでの男性主人公以上に僕が似合わない。25歳という年齢設定の高さもそうだし、バンドメンバーは親友と呼べる仲間たち。そんな中で僕という呼称は違和感ばかりだった。僕という響きの中に秋の弱さや自信のなさなどを滲ませているのだろうけれど、それは秋が言うのなら俺という一人称でも変わらないように思えた。

また作者のもう一つのフェチズムの煙草を吸う男性を描きたい願望が今回も隠せていない。今回は年齢的にセーフだけど2026年の読書という時代的背景もあるだろうけれど、煙草シーンでの違和感が拭えなかった。登場人物の多くが、ボーカリストだって煙草を吸う。タバコが出てきたら、ここが作者にとって格好いい場面なんだろうなと思うようにしている。


回のヒロイン・理子(りこ)に与えられた役割は何も知らないこと。理子は読者の案内役となり、何も知らないヒロインが少しずつ作中のバンドの内情や芸能界のシステムを知っていく。その商業主義というシステムを理解した上で、そこに呑み込まれながらも輝きを放つバンドの存在が眩しく感じられる。

確かにヒロインは男性主人公を大きく変える存在なのだけど、恋愛関係は おまけ程度。むしろヒロインは男性たちの関係性を大きく変える「ファム・ファタール(運命の女)」という位置づけが適当に思える。音楽作品としてはミューズだろうか。

問題があるとすれば冒頭に書いたようにヒロインが飾りであることだろう。ヒロインが女子高生のため、青木琴美ファンは これまでと同じような内容と感動を期待して、だからこそ裏切られたと思ってしまいかねない。

アキ作曲の曲は理子の琴線に触れる。アキの口ずさんでいたメロディが恋の入口

書は『1巻』『2巻』同時発売ということもあって『1巻』だけでは全体像が見渡せない。『2巻』まで読んで ようやく作者の描きたい世界観が分かり始める。

確かに『1巻』は色々と読みづらい。私は過去に2回ほどギブアップして、3回目の挑戦で ようやく完読できた。それは力が入り過ぎて格好つけ過ぎた作品序盤のスタンスの問題と、群像劇を描こうとしている作者の姿勢への疑問があったからだ。以前から作者の画力には疑問を持っていたけれど、今回バンド関係者だけでも5人の男性が登場する作品で、全員が同じ顔であることに耐えられなかった。
これは作者の「僕」への異常な執着と同じで、作者が生み出したバンドのキャラの顔は自分が一番 格好いい顔にしてあげたい、という過保護が原因だろうか。メイン顔かモブ顔か、2種類しかない作者の画力だから お気に入りのキャラたちには前者を与える道しかなかった。誰もが目、鼻の描き方が同じで笑ってしまう。バンドものを描こうとするなら顔のバリエーションを増やせばいいのに、と思うけれど、それが出来ないのが作者の不器用さなのだろう。連載中のオーバーワークを含めて、自分をコントロールすることが上手くなさそうだ。

CRUDE PLAYは同じ輪郭が5つ並ぶ。個性など無い

バンド内のイケメン設定と その他のメンバーに、美貌のシンガーとヒロインに歴然とした差を感じない。顔も体型も1種類で勝負している。特に美貌のシンガーの体型の垢抜けなさは作品的に問題。画力のある作家さんならば その美貌だけで圧倒する場面となるところを、作者は これまで自分が描いてきた体型にしてしまう。どうして こうも自分の描き方を少しも変えないのだろうか、と この融通の利かなさは作者の特性なのではないかと思えてきた。きっと無理に手法を変えると壊れてしまうのは作者自身だろう。そういう不器用さを編集部側は理解しているような気がする。

本書が男性に力を入れているのが分かるのはヒロインの髪形が完全にネタになっているから。最初は特徴ある髪型だったかもしれないけれど、中盤からは作画の省エネのためにザックリと描かれる。作者が これでOKを出している時点で作者は自分の生み出したキャラを愛しすぎていて客観性を失っているように思えた。


た作中のバンドCRUDE PLAYが大金をつぎ込んでCDを制作しプロモーションしているように、本書も大きな力が動いている。企業の実名を出したり、タイアップや連載中のイベントの多さ、おそらく早々に決まった実写映画化など作品への周囲の期待は最初から大きかっただろう。それに対してプレッシャーに負けず作者はその実力で応えている。作風や絵は好みじゃないけれど、少女漫画界を代表するストーリーテラーだと改めて思わされた。

やっと本書を完読できたので みきもと凜さん との長編3作品の3連続同ジャンルを全部 読めた。
これを発表順、また青木作品・みきもと作品の順で並べると、

1.禁断の恋  『僕は妹に恋をする』]・『近キョリ恋愛』
2.闘病モノ  『僕の初恋をキミに捧ぐ』・『きょうのキラ君』
3.芸能人モノ 『カノジョは嘘を愛しすぎてる』・『午前0時、キスしに来てよ』

となっている。青木さんは4作目を完結させているけれど長編5作目は手掛けていない(2026年02月現在)。みきもと さんは4作目が未完結のまま5作目に突入?という謎の状態。早く長編4作目の内容を比べたいものだ。


中のバンド「CRUDE PLAY(通称・クリプレ)」は最初から頂点に君臨している。チャート1位のお祝いにヘリをチャーターして空中で祝杯をあげる。この場面でCRUDE PLAYのメンバーのベースの心也(しんや)だけが幼なじみではないことが分かる。作曲家のアキ(秋)と他メンバー3人の計4人がオリジナルメンバーで、心也だけが別のルートでバンドに加入した。

秋とクリプレのボーカル・坂口 瞬(さかぐち しゅん)は5歳の頃には もう一緒にいた。裕福だった瞬が10歳でエレキギターを手にしたが、秋は自分の家が貧乏で欲しいと言えなかった。だから瞬の家に入り浸りギターを鳴らし続けた。それを見かねて14歳の頃に父親が自分の生活費を切り詰めて楽器をプレゼントしてくれた。それが秋の音楽人生の始まり。秋が熱望していたギターではなく、楽器が良く分からない父親がベースを買い与えたため秋はベーシストになる。そして瞬と楽器が違うからこそバンドを組んだ。

心也の加入はCRUDE PLAYのデビュー直前にアキが「ヘソを曲げて」メンバーから抜け、その代打に起用されたからだと心也は説明する。だから心也はアキの復帰までの穴埋めという位置づけで この数年間、仕事をしている。ただ そういう自分の立ち位置の理解を心也は他のメンバーに隠さない。自分が居候だと言う心也に対して瞬は、このバンドは心也の居場所でもあると彼の意義を認めるソツのない発言をしている。この場面での あるセリフは終盤の伏線として作者が用意したものだろう。読み返して感心してしまった。

序盤はアキの作曲能力の高さに焦点が当たっているけれどクリプレはアキの才能だけで売れている訳ではない。特に瞬はボーカルとしての能力だけでなくスター性があり、インタビュアーさえ すぐに味方に付けてしまうような人当たりの良さを持っている。

秋が裏方に引っ込んだお陰で秋は肩書に惑わされない、身近な小さい恋を発見する

チャート1位を取ることはアキにとってバンドが「終わった」と思われない安心材料。でもバンドが売れ続けることで生活は豊かになるが、普通の日常が遠くなるばかり。そんな中、アキだけは覆面の作曲家として電車に乗り、ナイーブな不安を抱え、その当たり前の不安を曲に変換する。

目下のアキの悩みはクリプレのプロデューサーでもある高樹 総一郎(たかぎ そういちろう)と、彼がプロデュースする女性歌手・茉莉(まり)を「共有」していること。その事実に揺さぶられながらも茉莉との関係を続けるアキは、高樹からのゴーストライターとして編曲依頼も断れない。幸せになれないことが作曲の源泉であることに本人は気が付いていない。

商業的な成功と恋愛的な不幸で ぐちゃぐちゃの精神状態の中、秋は名前も知らない女性をナンパする。秋にとっては通りかかっただけの女性だったが、女性は すれ違いざまに秋が口ずさんでいたメロディに魅了されていた。出会った女性を髪形から「マッシュ」と呼び、秋は自分に「彼女」が出来たことを既成事実にして茉莉と別れる理由にする。そうしなければ茉莉と別れられない優柔不断な自分を熟知しているのだろう。ヒロインの小枝 理子(こえだ りこ)は相手も自分も名前を知らない恋人に浮かれるが、その関係は嘘にまみれていた。


は高樹を嫌悪しつつも高樹のペースに巻き込まれる。嫌われても自分の思い通りの方向に物事を進めてしまうのが高樹の商業プロデューサーとしての能力だろう。音楽的な才能は秋に劣っていても、その秋を高樹は自由に動かしてしまう。高樹が秋の恋愛問題に口を出すのも、高樹のテクニック。秋の作曲の源泉が不幸にあると知っているからこそプライベートにまで口を出し秋の心を揺さぶろうとする。

その雁字搦めの日常から逃避するために、秋は全く知らない「マッシュ」に希望を見い出す。だから秋は自分がクリプレの作曲者のアキだとマッシュに言うつもりはない。ただの秋として接してマッシュを安息地にしようとする。けれど秋が音楽的才能を持っているからこそ、マッシュ(理子)の声が音楽の住人のそれであることを知ってしまう。

音楽家との自分を秘匿するために秋は理子に自分を25歳のニートであると設定する。最低限の心配をさせないように不労所得があることも匂わせる。これは印税がガッポリ入っているため嘘ではない。そして理子と付き合う直前まで、いや同時進行で彼女がいたことも隠す。

出会って間もない商業ビルでのキスは、そのビルの仕組みを利用したいだけで必然性があるとは思えない。秋側の心境は理解できるにしても理子が簡単に受け入れるのは この恋が一層 軽薄なものに見えてしまう。嘘にまみれているから丁度いいのかもしれないけれど、読者が理子の感情を追いかけられなくて困る場面だ。

秋は理子の口を塞ぐ。最初は手で、次は口で。そして自分の彼氏という立場を利用して彼女から歌を奪う。自分の心の平穏のために。どこまでも理子は物語の外にいる。彼女は徐々に物語に関わり出すが、それもまた秋を困らせるためのように見えるのは私の見方が穿っているからだろうか。