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パーソナルトレーナーの孤独な夜のために最適なメニューを提案する お夜食トレーナー

月読くんの禁断お夜食(1) (BE・LOVEコミックス)
アサダ ニッキ
月読くんの禁断お夜食(つくよみくんのきんだんおやしょく)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

パーソナルジムのトレーナーを務める御神そよぎ、27歳。昼は美の女神とも呼ばれる彼女だが、夜になるとネガティブの波に呑まれてしまう日々――。美味しい夜食でお腹と心を満たしてくれる月読くんとの時間だけが大切な癒やしの時間…! でも、いつもふらりと現れる月読くんの正体は謎だらけ。しかも「恋愛禁止」とか言い出して…!?「ダメになってください。がんばった1日の終わりくらい――」甘い言葉と、美味しい夜食。こんなの絶対ときめいちゃうのに……! トキメキ禁止の、私だけの夜のシェフ。

簡潔完結感想文

  • 午前0時のシンデレラに仕組まれたロマンス詐欺。恋愛禁止の禁断性が かえって胸を高鳴らす。
  • 胃袋を掴む目的があっても、その料理が美味しく感じるのは作り手の心が込められているから。
  • 初対面から初の別離まで。『1巻』は正体不明イケメンをヒロイン側が切望するまでが描かれる。

読くんは本気であって本気じゃない、の 1巻。

作者にとって約10年ぶりの、読者の年齢層の高い「BE・LOVE」での連載。一般的な少女漫画誌を卒業しての掲載誌の移籍にも見えるけれど、作者は新人の頃にも同雑誌で『ナビガトリア』を連載していたのでカムバックが正しい(『ナビガトリア』を既読ですが、全3巻なので感想文の対象外)。

高校生ヒロインの作品と違うのは やはりテンションの高さだろう。青春の激しいボケとツッコミの応酬が見られた過去作と比べると本書は静かで、夜の作品と言える。ただし これまで通り、住む世界が違うと思われていた男女が気持ちを通じ合わせていく過程が丁寧に描かれているし、ヒロインがモテるのも納得の造形。そして恋のライバルたちが いつの間にかに仲良くなっている微笑ましさも健在である。

アサダニッキ史上 最も多くのアクセサリを装着する月読。最も常識的かもだけど…

書は少女漫画に「飯テロ」を加えた作品で、胸キュンと腹ぐぅーが同時に味わえる贅沢な作品になっている。それでいて ただ謎の年下イケメンがヒロインに料理を作りに来るという夢漫画に終わっておらず、お仕事漫画としての側面も成立させている。イケメンにも本音と建前があって、これらの要素を全部 上手に活用して一枚のお皿の上に提供しているところに手腕を感じる。
素性が定かではない男性を家に上げた時点で、大人のヒロインは この一件で何が起きても責任を自分で負う覚悟があるだろう。それでも この関係が近い内に崩壊する予感に読者の緊張感は増す。分かり切った両想いではなくて、回避不可能な関係性の終焉に関心がある。その点も大人の作品と言える。

年下イケメンの月読(つくよみ)の料理を食べるとヒロインの そよぎ は強張(こわば)っていた心まで満たされる。月読は料理を提供するだけでなく、片付けまでこなしてくれる完璧な存在。これはジムのトレーナーである そよぎ が顧客に対して1人1人メニュー内容やコミュニケーションを変えていくように、月読は今 そよぎ が欲するものを毎回 提供しているからだと思われる。そんな月読の働きは食におけるパーソナルトレーナーといえるだろう。

そして その心遣いが結果にコミットしていると言える。月読が本当に料理が上手なだけでは夜に怯えて冷えてしまった そよぎ の心は温まらない。月読に そよぎ への確かな愛情があるから料理に温度が生まれる。しかし月読には事情があり、彼女への想いを隠そうとしている節が見える。それでもアグレッシブな外見と違い月読から生身の心が漏れている点が私は好きだった。彼は私の好きな赤面男子、赤MENなのである。恋愛禁止などが記された契約書は月読が自分の心を縛るための枷であることも うっすら匂わされている。

『1巻』は そよぎ が月読の存在を本当に不可欠なものだと感じ、彼を受け入れるところまでが描かれる。その直前には そよぎ の個人情報を知った上で作られた料理に彼女が疑念を抱いているが、その疑念に蓋をして そよぎ は現状維持を望む。
一方で、この現状維持は月読が本気を出していないからとも言える。彼は お夜食限定のハニートラップでは稀有な才能を示すことが匂わされている。でも月読は仕事として本気を出すのではなく、本気で そよぎ を想うから、プロになり切れない。彼らは2人とも それぞれ思うところに蓋をして許される限りのモラトリアムを享受しようとしているように見える。そこが大人の関係と言えるだろう。


27歳の御神 そよぎ(みかみ そよぎ)は2パーソナルジム(西新宿店)のトレーナーをしている。事務では美の女神と称され、実績のある人気トレーナーなのだけど夜になると その日の反省ばかりしてしまう。彼女にとって夜は魔の時間。どんな1日も夜が訪れるとネガティブに変換されてしまう。

そんな そよぎ の凹みを見計らったかのように登場するのが4歳年下の23歳の月読 悠河(つくよみ ゆうが)。ふらりと来て夜食を作ってくれる人。空腹と指の冷たさを押し殺して眠るよりも、満足して眠る方が心身にメリットが大きい夜がある、そう思うような時に月読は登場する。ピアスや指輪といったアクセサリに襟足は刈り上げられて攻撃的な外見をしているけれど、月読は そよぎ に からあげ の少量の油がハネないよう注意するような人間である(というよりも そよぎ の身体的接近に実は動揺するような人)。

しかし深夜に同じ空間にいる2人の男女には恋愛関係は発生しない。そういう契約を そよぎ は月読と結んでいる。契約書の第8条には「互いに恋愛感情及び性的欲求を抱いてはならない」と明記されている。そよぎ は月読が ふとした時に見せる柔らかい表情にキュンとしてしまう時もあるが、その気持ちは許されない。そして それは月読も同じ。契約書は自制のために必要なのだ。

月読が契約書で縛りたかった/隠したかったのは自分の心。飽くまでビジネスライク

よぎ と月読の関係は空腹と寝不足で体調が悪い時に街中で助けられたのが始まりだった。仕事柄、夜食を食べている姿を見せられないとプロ意識を持っている そよぎ は外食もままならない。プロテインバーで空腹を満たすばかりの生活を知り、月読がポトフを作ったのが最初の夜となる。月読は そよぎ に対して免許証を提示し、身分を明らかにすることで彼女の心のハードルを下げる。そしてポトフのおいしさのプレゼンと、そよぎ が自覚している以上に危険な状態であることを分からせる。そよぎ は大人なので、月読を家に上げた後で起こる全てリスクを考える。身体的な危険はもちろん、100万円の壺を買わされる事態も覚悟してのこと。

しかし初日から月読は それ以降と変わらない姿勢で そよぎ と接する。そよぎ の方は初対面の月読の職業や、近隣ではない住所の彼が どうして この街にいたのかなどを湧いた疑問を口にする。しかし その疑問は月読がメニューを変更して作ったピッティパンナを食べることで呑み込まれていく。

この頃の そよぎ が体調を崩すほど悩んでいたのは大手スポーツクラブが立ち上げるパーソナルジムに引き抜きの話が来ていたから。今の勤務先が好きだから断った そよぎ だったが、彼女の心配は大手が起こす業界の激変に今の勤務先が耐えられるのかの方が大きかった。けれど月読からピッティパンナが足りないものを気にするより その日の材料で その出来栄えを受け入れて楽しむ料理だと教えられ、心の整理がつく。

月読に材料費と感謝を示す そよぎ に対して、彼は料理人を目指しているから また食べて欲しいと この関係の継続を提案する。しかし月読こそ大手ジムの引き抜き担当だった。彼女の家に、心に、胃袋に入り込むことで自分の思い通りにしようとしていた。


3話目から2人きりでなく、そよぎ のジムの同僚たちも登場する。本格的に連載化に動き出した感じがする。
大手ジムに引き抜かれるのはトレーナーばかりではない。そのせいで顧客を失い そよぎ は反省モードに突入する。そんなタイミングで現れるのが月読。そよぎ は月読への個人的興味を禁止されていて、月読も そよぎ への恋愛感情を持たないと自制しているけれど、そよぎ の家では彼女の心が見えることがある。反省ノートも その一つ。月読は そよぎ の長所も短所も知っていくことになる。自分用のエプロンを用意してくれた そよぎ の気遣いや優しさに月読はキュンとしているように見える。

この夜のメニュはパンケーキ。美味しい物を口に運びながら、誰にも言えない悩みを そよぎ は口にする。


末、八王子が実家の そよぎ は近すぎる距離もあり帰省しない。帰省する田舎のある人たちの仕事を担い、多忙と過労になった頃、そよぎ の帰りをマンション前で月読が待っていた。そよぎ は寒空の中で待っていた月読の頬の冷たさを手に触れて確かめる。その距離感の近さに月読は耳を赤くしながら素っ気なく対応する。

そよぎ は月読と一緒に食べられる鍋を提案するのだが、彼は頑なに拒否。そこに事情が隠されてそうなのだが、そよぎ は月読が自分が美味しく食べている姿で お腹いっぱい(意訳)と言うので その言葉にトキメいてしまう。しかし石狩鍋風の味噌汁に山椒を加えたことで、そよぎ は月読が自分の経歴を知っているのではと初めて疑う。月読ピンチ!

「触んじゃねーよ、トキメいちまうだろーが」という月読のモノローグが聞こえてくる

ッコんだ質問をしたことで月読は姿を見せなくなったことを そよぎ は猛反省する。ただの風邪だと思い込もうとするが、それを心配しても連絡先も知らない自分たちの関係を思い知らされるばかりだった。偶然、月読を街中で見かけるが、彼は姿を消してしまう。これで風邪でも仕事でもなく月読の意思で来ないことが確定し、そよぎ はまた落ち込む。

この頃、月読は大手スポーツジム・アサヒナ側へ そよぎ引き抜きの件から降りようと申し出たが却下される。飽和状態にあるパーソナルジム業界で大手に所属することは そよぎ の生活の安定になると分かっていながら、月読は彼女のスカウトを諦めようとしている。どうやら そよぎ と恋愛・性的な関係にならないのもアサヒナ側の指示らしい。月読に親しげで、彼に料理を作ってと頼む この男性は誰なのか。

そよぎ は一人の夜に、過去に同じ料理を作ってくれた月読の言葉を思い出しながら自分で夜食を作る。もう月読がいなくても大丈夫ということなのか。作ったのはドイツ料理・カリーヴルスト。勿論、月読が作ってくれた品の方が美味しい。そして彼が満たしてくれたのは空腹だけじゃないと そよぎ は気付く。
だから今度は自分が月読に接近すべく、彼が食材を購入している店で彼の登場を待つ。今度は そよぎ が寒い夜に その人に会うための時間を設ける。そして ようやく見つけた彼を捕獲し、彼が夜食を作りに来てくれることを願う。その言葉に月読は自然な笑顔を見せる。