《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

戦わずに勝ちたいから自滅してもらう。それが完全平和主義を唱える夫婦の作戦

砂漠のハレム 9 (花とゆめコミックス)
夢木 みつる(ゆめき みつる)
砂漠のハレム(さばくのハレム)
第09巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★★(6点)
 

突如、南州にやって来たアーレフ王。来訪の目的を訝しむミーシェだが、コレルとアーレフの関係を聞かされ驚く。アーレフが去った直後、ジャルバラの王に呼び出されたミーシェとカルム。二人の前に最大の危機が…!?

簡潔完結感想文

  • 監視対象から目を離さないミーシェが単独行動になった途端に現れる妖怪・風呂覗き。
  • 私怨や私情を乗り越えて国のために動ける王子と その妻。そして私欲にまみれた兄王子。
  • またもミーシェは名探偵となり国同士の火種を消す。正妻(候補)による制裁もあるよ。

(せ)いては事を仕損じる、の 9巻。

どうにも性急すぎし、綺麗事すぎる絵空事に思えた。
第三王子・カルムにとって仮想敵は2人。恋愛的な意味ではミーシェを縛る元カレ的存在のアーレフがいるし、政敵では国王就任を阻む第一王子・メフライルの存在が目の上のたんこぶとなる。この2人の仮想敵を一挙に対処しようとして出来たのが『9巻』の内容なのだろうけど、いかんせん納得がいかない。

※ネタバレになるけれども、何と言ってもメフライルの行動が変。なぜ一足飛びに隣国・アナトリヤを侵略しようとするのかが分からない。国王が崩御して国が揺れている中で第一王子が全権を掌握し、国王に就任するために内乱を起こすなら分かる。でも彼は王子という身分のまま他国に侵略する。メフライルの動機は一応『9巻』の中で隣国侵略は母国を より強大にするため と語られるが、そうだとしても自国での権力が盤石ではない状況で望むことではない。あからさまな伏線を張るとメフライルがカルムの敵に回るのが早々にバレてしまうのだろうけど、もう少しメフライルが虎視眈々と権力を狙っている風に描けなかったものか。

この展開はきっと、これまでミーシェが私欲を出さずに後宮内でライバル女性たちを助けることで一目置かれ、遂には正妻候補まで昇格したように、カルムが兄王子と武力衝突をしないまま禅譲という形で国王に就任させるための手段なのだろう。隣国との戦争回避を何よりも望む平和主義の2人は、自分の望みも平和裏に叶えていくというファンタジーを成立させるためにメフライルに意味不明な行動をさせた。せっかく中盤から各キャラに思考を持たせて物語に深みが出たのに、ここにきてメフライルから思考を奪って権力欲に憑りつかれた男にしてしまった。それが とても残念。

性行為も含めてだけど、キャラの心身を綺麗に保つことばかりに腐心して不自然さが目立っている。歴史ファンタジーで手を汚さずにいる綺麗事ばかりなのは いかがなものか。こういう誰とも争わない溺愛モノが読者受けが良くて、流行しているのは分かるけれど、流行や傾向を重視して作品の質が落ちては本末転倒ではないか。

南州が平和すぎて軍事力がいらなかったのか、削減した軍事費を公共福祉に使ったか

たミーシェが隣国・アナトリヤの人質として送られる、という展開も首を傾げる。勿論、この展開によって生まれる膨大なドラマの効用は分かる。2人が完全に遠距離になって身の安全から心配する少女漫画的なクライマックスが演出できるし、ミーシェはアーレフによる支配によって奴隷時代のトラウマが再発しかねないし、カルムも妹のトラウマがあるためミーシェを手元に置いておきたい。しかし それよりも崇高な平和を願う2人は相手の理念を優先する。それは紛れもない高め合う夫婦像そのもので、彼らは既に理想の国王夫婦になっていると言える。

…が、人質はミーシェじゃなくてもいい。一応 物語ではアーレフはカルムに一目置いていて、彼の最愛の存在のミーシェを人質に取れば彼の身動きは封じられると考えているが、それはカルムにおいての話で この国全体の価値ではない。そんな個人的な価値観をアーレフが大切にするとは思えない。それを補強するかのようにアーレフのミーシェへの個人的な思いがあるようだけど、彼が政治に私情を挟むとは考え難い。大願のためなら妻(カルムの妹・ヤスミン)を犠牲に出来るような男だ。アーレフの人選が謎過ぎる。

おそらく政治的にも身分的にも人質は第四王子・ヨハネが適役ではないかと思う。王族を差し出さず、国家間の安定を元奴隷が担っているという展開は絵空事に思えた。


想としては、王の崩御によるカルムとメフライルが国王の座を巡って鍔迫り合いをする内政編を2巻。その後カルムが隣国との新たな関係を構築するに2巻かけてくれれば良かったのにと思う。

本来バラバラの2つの事象を力業で一つにまとめようとするから破綻が起きている気がする。これは全10巻で終わらせようとする編集者側の判断だったのだろうか。確かに内容的には似たような展開が多くて作者の限界が露呈しつつあると思うけれど、ここまで大事に育ててきたものを急いで刈り取るような印象を受けた。

折角、早い段階から設定を作っていたのに、それを ようやく披露する場面なのに力が注ぎ切れていない。作者も漫画の種であるネームに悩んだことを打ち明けているけれど、終盤になるほど話の内容も作画も残念なことが多くなっているように思えた。


ルムの宮殿にアーレフ王がいることに動揺するミーシェ。その横で控えていたコレルはアーレフ王の従妹(いとこ)で隣国・アナトリヤから同盟強化のために嫁いできたことが明かされる。コレルには故郷があって、その手紙を心待ちにしている、という描写は早い内からあった(コレル初登場の『5巻』)。やはり作者は色々な設定を早い段階で考えていたことが窺える。

カルムはミーシェにコレルの監視を依頼する。アナトリヤに不審な動きを見るコレルは、その兆候を見逃したくない。隣国への手紙だけで密偵を疑われる世界なのは『8巻』でのカルムの異母妹・ヤスミンのケースが証明している。
しかし偵察は早々にバレ、ミーシェはコレルを信じる自分を信じて、信頼の上で同じ時間を過ごす。コレルはカルムが自分を疑うことを政治の観点から必要なことだと割り切っている。


室で先にコレルが監視要員をつれて上がった その直後、アーレフが闖入する。お風呂での遭遇が多いなぁ。逆にアーレフがミーシェの単独行動を狙ったのだろうけど、作者は浴室での遭遇が好きすぎないか。以前も風呂を覗れることもあったなぁ。マキノさん『黒崎くんの言いなりになんてならない』と同じぐらい お風呂場で事件が起こる。

アーレフの破廉恥行為を知ったカルムが浴室に駆けつけると、アーレフはミーシェの手を取り身を寄せていた。尋問されるとアーレフはカルムにとってのミーシェの位置を確認したと悪びれない。ミーシェはアーレフの乱暴な働きにトラウマを再発しそうになるが、掴まれた腕をカルムが「消毒」することで彼女の恐怖心を恋心と羞恥心に塗り替える。


妃から招集がありカルムとミーシェは東州に向かう。統治する南、そして西、北ときて最後に国王の統治する東へと赴く。これで全州制覇。
病床の国王は そこからミーシェに同盟維持の為、アナトリヤに人質としてアーレフ王の元に行くよう王命を下される。これはカルムも予想外の行動。アーレフ王はミーシェを差し出し、人質として効力がある間は、この国の もう一つの隣国・カタートと接触しないと言う。ミーシェの人質の価値を調べるために浴室に入ったのだろう。

この条件は分かるようで分からない。一王子であるカルムが寵愛するミーシェは この国全体から見れば それほど価値がない。カルムはミーシェの安全のために衝突を回避する方向で思考し、国の暴走を止めるだろうが、手法として回りくどい。ミーシェを話の中心に据えた上に2人を別離させるクライマックスのための強引な手法に見えてしまう。どうも その裏にはアーレフのカルムへの評価とか、少女漫画的にミーシェへの独占欲があるらしいが、そもそも王が彼女のどこを見初めたのかが いまいち分からないままだから気持ちが追いつかない。

色々と別れる前にミーシェは義理の両親や兄弟を全制覇。正妻フラグ完成です!

ルムがミーシェのアナトリヤ行きを反対するのは、実質的にミーシェが奴隷状態に戻るから。トラウマが再発して精神を病みかねない状況をカルムは看過できない。またカルムにとっても大切な女性をアナトリヤに向かわせることは妹のトラウマの再発になりかねない。

その気遣いを理解しつつも、宮殿内で二国の危うい情勢を目の当たりにしたこともありミーシェはカルムの目指す理想のために自分を利用する。ミーシェの決意を聞き、カルムは承諾する。2人のトラウマによる恐怖心を乗り越えようとする その姿勢は『8巻』から描かれていた。

その後、ミーシェは宮殿内の人々に お礼参りをする。コレルに会った際、彼女が16歳であることが発表される。ちなみにミーシェは16~20歳くらい。暗黒の時期があるため記憶が定かじゃないようだけど、作品的には年齢に幅をもたせて読者とミーシェを重ねてもらう手法なのか。
思い出がいくつも根付く宮殿を駆け抜けて最後にカルムに会いに行く。彼が与えてくれたものが自分に幸福を教えてくれた。カルムは、ミーシェがカルムの戦争回避の願いを尊重しているように、ミーシェの考えを尊重し堪え難きを耐えようとしている。そして1年以内に自分の手元に戻すことを目標にしている。この別れの夜に性行為があっても おかしくないけれど何もなかったと後に断言される。


年後、ミーシェは与えられた場所は閉鎖された城の片隅の一室で行動規制を受けながら鳥籠の鳥として暮らしている。同行したのは王妃候補になってからお付きになった双子姉妹と元海賊のモルジアナ(『3巻』)。モルジアナは2人への恩を返すために離れたかった嫌な土地に戻って来てくれた。

その頃、初めてアーレフ接触する。彼はミーシェの行動規制を一部解除し、戦争を推進する者を炙り出す囮として利用しようとする。ミーシェのリスクが高すぎるとモルジアナは反対するが、ミーシェは要請を呑む。戦争回避はカルムとミーシェの第一の理念である。


中に出たミーシェだったが、そこで宮殿内でミーシェを嗅ぎ回っていた洗濯係の少女に遭遇する。この土地に暮らす彼女を案内係に異国の地を周る。孤児の集まる育児院や各州を周った時もそうだけど、現地の少女と出会って その少女がキーパーソンになるという展開が似ている。誘拐劇も多いし、ちょっと話のバリエーションに欠ける。

ミーシェは囮としても探偵としても優秀で、犯人を特定する。誘拐劇でも名探偵になっていた。序盤ならカルムが助けてくれるような場面でアーレフが登場するのが この国ならではの展開となる。ミーシェはアーレフから与えられる褒美にカルムの情報を願う。そこで知らされるのは国王の崩御、そして隣国へ出兵を企てる第一王子・メフライルと、その阻止に動く第三王子・カルムの衝突予想だった。


州を出発したメフライルは東西の州の一部の加勢を受けながらカルムのいる南州へと到着しようとしている。メフライルは南州の宮殿をアナトリヤ侵攻の拠点にするつもりらしい。彼我兵力差は1万5百と150。相手の1%余の兵力でカルムは兄軍に対処しなければならない。カルムは兄の出鼻を挫くための作戦を考えているらしいが、その作戦は珍妙なものに見える。一つだけ言わせてもらうと宮殿の書庫の書物を孤児院に寄付しても、子供が読んで面白くないと思う。

コレルを含めた側妻たちも避難生活を送らせる。カルムは父の崩御までの3か月間で こういう事態に備えて準備を整えており、その猶予が出来たのはミーシェという人質の働きがあったからだった。

南州に到着したメフライルはカルムと対峙。メフライルはジャルバラ王国を強大にするために他国に侵略しようとしている。そのために弟に宮殿の明け渡しを要求するがカルムは拒絶。兵に囲まれ兄に髪を掴まれている状況となる中での命を賭けた反対意志となるが、そこに宮殿が燃えているという情報が入る。それこそカルムの狙いで、その報告での動揺の隙を突き、髪を切り落とし、拘束から解放される。そして自分の周囲を燃やして炎の中に消える。隣国侵攻の拠点にしようとしていた宮殿は崩落し、メフライルの計画は破綻。そこで彼は二の矢を放つ構えを見せる…。

「特別編」…
即興シンデレラ。カルムが性別が変わっているけど性格は変わらず、百合エンドということなのか。愉快な作品だったけど本編がシリアスだから、収録場所を考えて、と言いたくなる。