
夢木 みつる(ゆめき みつる)
砂漠のハレム(さばくのハレム)
第01巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★★(6点)
「俺の30人目の妻になれ」超強気なケダモノ王子登場!身寄りがなく貧しかったミーシェは、ジャルバラ王国第三王子カルムの目に留まり、30人目の側妻に迎えられる。俺様でケダモノなカルムに振り回されるが、その優しさも知り…!? キングダムファンタジー、華麗に開幕!!
簡潔完結感想文
- 砂漠のシンデレラですが、多動性・暴力性などヒロイン像は白泉社のテンプレ。
- 取り敢えず暴力からの改心。それって腹黒な第四王子と変わらないメンタル…?
- 第三王子ですが国王になる野心のあるトップ オブ トップ(予定)。目指せ その正妻。
政敵が多い第三王子は性的に魅力、の 1巻。
まずは大きな疑問から。どうやら作中で第三王子のカルムが この宮殿に来てから5年ほど経過しているらしい。なら舞台となる後宮も その頃に開設されたのだろう。…ということはヒロイン・ミーシェが後宮に迎え入れられた時には既にカルムの子供が何人もいる状況が普通だろう。なのに誰一人として出産・妊娠している様子がない。これはカルムの男性機能に問題があるのではないかと疑いたくなるし、この先の世継ぎ問題も心配になる。何がファンタジーって こういう都合の悪いことは無かったことにするのがファンタジーである。
本書は白泉社らしい庶民(本書では奴隷)ヒロインと、後に名君と崇められるであろう王子様との恋模様を描いた砂漠のシンデレラストーリである。中盤以降、強固な世界観が提示されてファンタジーらしいスケールの大きさが味わえる作品となっている。
けれど『1巻』では本書のヒロイン・ミーシェは第三王子のカルムを同級生の生徒会長ぐらいにしか思っていないらしく、暴力・暴言・暴走のオンパレード。新人作家さんには こういう動いてくれるヒロインが便利なのだろう。でも それによって どこかで読んだようなキャラクタになってしまっている。
特に2010年代(連載開始は2014年)に流行ったケダモノ・俺様ヒーローを踏襲したカルムの造形だけど、絶対に脳筋という意味でミーシェの方がケダモノ(野性的)と言わざるを得ない。無理矢理な設定を強引に進める展開は白泉社作品に飼い慣らされた人のための、その好みに合わせた作品という印象を受ける。
しかも身分差を感じさせない上に実質的にヒロインは姫として扱われているのが気になった。いつも王子に気に掛けられ、王子は彼女のためだけに何日も領地を離れたりする。ミーシェが感じるべき身分差は無いに等しいのに、カルムは彼女を最初から宝石のように大事にする。その描写こそ少女漫画読者のツボを突くのだろうけど、設定が設定でしかなくて読みたいのは こういう話じゃないとも思った。
同じ白泉社作品だと可歌まと さん『狼陛下の花嫁』などもそうだけど、後半が面白くなる作品でも長すぎる日常回とかテンプレ展開で安直な人気獲得をしようとしてるなどの理由でお薦めしにくい。本書は後半のダイナミックな展開が好きなだけに読んでもらいたい作品なのだけど、『1巻』でギブアップする人も少なくないのが分かる。


特に本書は時代や土地の設定で、ヒロインの前には王子には29人の側妻(そばめ)がいるという特殊な条件下で始まる物語なのだけど、時代設定や身分差、最遅・最下位からの大逆転劇など設定を活かした話は皆無と言える(特に『1巻』)。最初から1対1の関係のように2人は惹かれ合い、認め合う。29人の側妻は まるでモブのクラスメイト。時に嫉妬し時に友情を芽生えさせるだけの存在である。
そう、最も残念なのは作者や作品が この29人の側妻の扱いに困っている ということ。焦点になるのはミーシェ以外の側妻はカルムと「夜伽」をしているか、ということなのだけど、そこは一切 描かれない。それは どう描いてもカルムが「詰む」からではないか。
カルムが側妻と してなかったら、カルムは夫としての責務を放棄している。女性を囲うだけ囲って、彼女たちに妻としての喜びを与えないのは女性にとって苦しい時間だろう。カルムは側妻に特技などで価値を与える一方で、彼女たちをただ政治の道具として使っていることになる。その割り切り方は非情と言えよう。でも逆にカルムが全員と夜伽をしていたらミーシェとの特別性が消失してしまう。ミーシェに惹かれながらもカルムは彼女以外の側妻を抱く。それは少女漫画ヒーローとして間違っている行為だから、作品は その問題に着手しない。
また私を含めた一部読者が期待する女性同士の後宮バトルも ほとんどない。折角ミーシェは最遅で最下位の側妻という立場から始まって、彼女が努力によって一番(正妻)に上り詰める下克上が見られるかと期待したけれど、女性同士による緊張感を孕んだバトルは見受けられなかった。これは作品側が溺愛モノであろうとした結果なのだろう。間違っても後宮バトルのドロドロで足を引っ張り合うような展開にしたくなかったのだろう。
じゃあ なぜハレム設定にしたんだ?? という疑問が湧かざるを得ない。前出の『狼陛下の花嫁』は多少の不自然さを無視してもヒロイン一人だけが後宮にいるという設定を選んだ一方で本書はハレムを構築した。なのに その設定と正面から向き合わないことに違和感を抱き続けた。設定だけ頂いて、作品やヒロインに都合の悪い設定は無視するという態度に納得がいかない。
30人の側妻はカルムの武器であり、彼の度量の大きさとして描かれるけど、結局 彼女たちの存在意義を作中で描いてあげていない。ヒロイン1人でいいところを、設定の斬新さを狙って29人も人数合わせで集められただけ。カルムは側妻を大切にして権利を与えているとしながらも、作品側は彼女たちに居場所を与えていない。序盤の日常回などで、側妻たちの得意分野を活用してカルムが より国王に近い存在になる、という展開は出来なかったのだろうか。
あまり好ましく思えないヒロインだけが優遇される正しいけれど間違っている内容で楽しめなかった。
隣国の奴隷出身のミーシェは突然ジャルバラ王国第三王子のカルムの三十人目の側妻(そばめ)となる。後宮入りする女性は身分が高いか何かの才能を持った者がほとんど。そこに王子になびかない庶民ヒロインが入る。
出会いのきっかけは王子の馬の前に飛び出してきた子供をミーシェが守り、逆ギレしたから。現代劇なら馬が車になるのだろう。子供側の不注意を咎めず王子に逆ギレするミーシェもイタい人間だけど、カルムほどの者が子供に注意を向けていなかったというのも矛盾に感じる。ミーシェが王族を嫌悪するのは自分が王族に翻弄された過去があるから。そうであってもカルムの人柄を見る前に王族と一括りにするミーシェの単細胞っぷりが目に余る。
王族に楯突けば殺される、と思いながらも何度も暴力を振るうミーシェ。王子の好みは自称・しとやかな女。しかし どの時代でも俺様ヒーローは気の強い女性が好みだということは共通しているらしい。カルムは いずれ王位を継ぐ野心を持っているので、王族に立ち向かえるミーシェに妃としての資質を見い出した。


ジャルバラ王国は5年前に国王が病に倒れたため国の一括統治がむずかしくなり、国を4つの州に分け、東州を国王が、その他を上の息子たち3人に治めさせている。カルムは一番 荒れていた南州を任され、この5年で国で一番の都に変えた。
カルムにとって側妻たちは道具ではなく、自分の地位の向上に役に立ってもらうために集めている。王族に消費されるだけでなく女性に人権と才能に見合った生きがいを与えてくれている。だから側妻たちはカルムに忠誠を誓い、相互の信頼関係が成立しているようだ。
そこに旧時代的な王族を体現するのが第二王子のユーゼフが登場する。カルムとユーゼフの違いを知ってミーシェはあっという間に意見を翻す。先日までカルムを殴っていたのに、その時の行動も女性への敬意があったと言い出す。即座にカルムの真価を見定める判断力がない自分を棚に上げているし、私には権力になびいたようにも見える…。
恥をかかされたユーゼフによる側妻誘拐事件に巻き込まれた時は早くもカルムを信頼して、彼が幽閉場所を見つけられるように目印を残す。この時、ミーシェはユーゼフの退屈凌ぎのために舞い、それが奴隷時代のミーシェを買った隣国王族によって訓練されたものだと示される。この「訓練」は、それを理由にミーシェに様々な素養を与えることが出来る便利な設定である。
ミーシェの働きによって他の側妻が脱出し、ユーゼフが逆上してミーシェに斬りかかったところでカルムが登場。ユーゼフのしたことは国の安定を揺るがす滞在だと思うけど、その後もユーゼフは王子として存在し続ける。甘すぎないか、この国。
タダ飯食らいは良くない、という建前を用意するものの、ミーシェは側妻としてカルムの側にいるという決意が生まれたらしく後宮で花嫁修業を始める。ただしカルムとのスキンシップは未だに苦手、という白泉社のパターン。
そんな中、カルムの飲み物の中に毒が混入される事件がある。ミーシェによる犯人探しが始まる。カルムには暴走するな、と言われているが、白泉社ヒロインにとって それは お笑い芸人の押すな、と同じ意味である。1話では側妻の誰もがカルム王子を慕っているという話だったのに、2話では側妻の中でも忠誠心に濃淡があるという話になっている。
カルムはミーシェが犯人候補の筆頭になっていることを知り、彼女を牢に幽閉する。ミーシェは自分こそカルムに信用されていないと落胆するが、当然 その後の前振り。しかしミーシェを蚊帳の外(実際は牢の仲)に置いたまま話を進める訳にはいかないので、彼女は脱獄。そして毒殺未遂の犯人とカルムの間に起きる刃傷沙汰に割って入る。犯人は第一王子の後宮からカルムの後宮に入った側妻だった。ミーシェはヒロインとして犯人の死刑を回避しようとするが、カルムも死刑にする訳ではない。彼女の裏切りを忠誠心に反転させて側に置く。ヒロインの聖女性とヒーローの器の大きさが示されるエピソードとなっている。
身分を隠したカルムと一緒に町を散策するデート回。彼は後宮から出られない側妻たちへのプレゼントを購入するために外に出た。そして後宮暮らしに気後れして食欲の湧かないミーシェの息抜きをしてくれていた。この頃からミーシェは正妻という大望を抱くことになる。
この回に登場するのが第四王子のヨハネ。第二王子のユーゼフが謹慎中で その代役として来た。ミーシェはヨハネと年が近いらしく、すぐに仲良くなるが、それによってカルムの嫉妬を買っていることに気づかない。
ミーシェはカルムとヨハネの会話で自分が彼の退屈凌ぎだと言われてショックを受け、しかも何者かによって地下水路に落とされる。閉所と暗所の恐怖症を発症しそうになるミーシェだったがカルムには気丈に振る舞う。しかしカルムはミーシェの演技を見抜き即座に救出に来る。そして すぐに退屈凌ぎ発言はミーシェを実は腹黒なヨハネから守る目的だったということが明かされる。それに安堵したことでミーシェはカルムへの好意を自覚する。ヨハネの腹黒説は当たっており、また暗躍するフラグが立つ。


カルムが自分を避けているとミーシェが心配を抱き始めた頃、ヨハネが再登場する。ヨハネはミーシェの悩み事を知って、元奴隷はカルムの足枷にしかならないと彼女の傷に塩を塗るような発言をする。こうしてヨハネはミーシェを自分のコントロール下に置き、カルムへの駒として利用しようとする。
側妻なのに主人の許可を取ることなくミーシェはヨハネ王子と行動する(一応 ミーシェはカルムに話が通っていると思い込まされていた設定があるけれど)。そこでミーシェはヨハネ王子の本性を目の当たりにし、ヒロインとして彼の根性を叩き直す。
ヨハネが歪んだのは、第四王子の彼には治める土地もなく、末っ子の余り者として扱われているから。王族でありながら恩恵がないから、より下の身分である側妻などに辛く当たるのだろう。
だからヨハネは自分に厳しいミーシェに救いを求め、彼女を自分の正妻にと考え、ミーシェの拒絶を無視して強引に話を進めようとする。これはヨハネのカルムへの復讐でもあって、彼の大事な物を奪略することで一時的にストレスを解消しようとする。ミーシェはヨハネからカルムを守るために自分の身をヨハネに捧げることを考えるが、そこに女装カルムが現れ、ミーシェのピンチを救出する。
今回も救出に至ってカルムは初めて自分の内心を吐露する。カルムがミーシェを避けていたのは自分が彼女に惹かれ始めたから。でも それはミーシェを苦労させる道に進ませるという意味となるから遠ざけようとした。自分の中の矛盾にカルムも悩んでいたのだ。
それを知ったからこそミーシェは、カルムの安心安全のためにヨハネとの結婚式に臨むのだが、花嫁は結婚の宣誓を拒否した上にカルムが花嫁を奪う。兄の鉄拳制裁と正論によってヨハネは改心する。
ラストでミーシェにカルムから正妻に迎え入れる話が出てハッピーエンドかと思いきや彼女は それを拒否。立場を与えられるのではなく、いつか自分が本当に正妻に相応しい人間になった時に正妻になりたいようだ。そういう自分の意志を持つ頑固なミーシェのことがカルムは好きなのだろう。
「私のお稲荷さま」…
入院生活が三か月目に突入し、自分の命が長くないと知った川瀬 美夕(かわせ みゆ)は、ある夜 病院裏の森でお稲荷様を発見する。しかし すぐにそれは瓦解。その瞬間、美夕にしか見えない お稲荷さま・狐珀(こはく)が目の前に現れる。
狐珀の登場によって壊れかけていた母子関係と美夕の心と命が救われ、狐珀が壊れていくという流れが美しい。最後に美夕が母親の心、狐珀が相方の心を理解して物語にカタルシスが生まれている。そして美夕が願い続けることで いつか母たちを含めた会いたいと願う人々が再開する予感を残しているのも良い。
