
安理 由香(あんり ゆか)
橙くんはひとりで寝られない(だいくんはひとりでねられない)
第04巻評価:★★(4点)
総合評価:★★(4点)
憧れの人・橙くんとやっと付き合いだした高2の莉子。でも幸せな時間は束の間で、橙くんから突然の別れを切り出されてしまう。別れの理由を探るが、はぐらかされてしまい…。落ち込んでいたところを同級生の幼なじみ・秀一に「オレなら絶対傷つけたりしない、莉子だけを大事にする」と告白され…!? 切ないすれ違いラブ。
簡潔完結感想文
- 過去を話すぐらいなら莉子と別れる。そうとしか見えない自己防衛本能強めの橙くん。
- 2年前から暮らしていない家も、6年間 住まなかった家も所有し続ける橙くんは不動産王!?
- 彼の事情に振り回されることで ポカンと口を開けるだけの簡単なお仕事。『隣のあたし』?
女性を幸せにしたことがない情けないヒーロー、の 4巻。
以前も書いたけれど、連載開始前に構想された大まかな流れを そのまま なぞっているだけのように見える。構想に演出やキャラ付けが加えられて物語になるのだけど、本書には それがない。だから機械的・無感情という印象を受ける。そして おそらく読者の支持を受けて当初よりも長い連載期間になっても、当初の構想を そのまま希釈しているだけだから中盤に内容がない。


もしヒーローの過去をメインに据えるなら、一つの謎が解けた時、新たな謎が登場する、というような段階的な展開が用意できれば良かったのだけど、連載が長期化しても当初の構想しか引き出しがないから、その一つのネタを最後まで明かさない、という後ろ向きな目的が透けてみえるようになってしまった。
作者は本書をサスペンス風味の作品にしたかったのだろうか。それなら一層 謎を小出しにして次に次に繋げる展開が必要だった。たとえ失敗しても連載中に挑戦的な動きをした形跡が見られれば良かったのだけど、作者は同じネタで勝負し続けてしまった。結果的に恋愛作品としてもサスペンスとしても どっちつかずの、何がしたかったのか よく分からない作品になった気がする。
中盤を支えるために恋愛を動かすことで読者の興味を引かせているが、その恋愛が空疎である。橙(だい)が莉子(りこ)過去を話さない代わりに恋愛感情がある振りをして 誤魔化しているようにしか見えない。これはヒーローのトラウマ解消前だからという理由もあるだろうけど、どうも2人の恋愛感情に信用が置けず、共感できない。
ヒロインの莉子にとって橙が理想の お兄さんや初恋の幻想で美化されているのは分かるが、橙が どうして莉子を選んだのかが全く分からないまま。母の生きていた時代、つまりトラウマのなかった時代を共有できる存在だからか、とか想像できることもあるが、橙の心境は語られない。それなのに橙はホストみたいに愛を囁き、でも莉子が過去を知ろうとすると理由をつけて逃亡する。恋愛関係において良い部分だけを刹那的に楽しもうという姿勢が透けてみるところが卑怯であり不誠実である。
私にとっては莉子も橙も恋をしています、交際しています、という記号でしかなかった。恋をして交際していたから別れがつらいです、という化学反応にしか思えず、ちっとも心に響かない。
ヒロインもヒーローも魅力が無さすぎるし、最後まで引っ張るネタも絶対に大したことがないと思われるから しんどい。特にヒーローであるはずの欠点だらけの橙は痛々しすぎる。以前 違う作品の感想文のタイトルで「トラウマ振りかざして自分だけ被害者ぶるな くそガキ!」と書いたことがあったけれど(水波風南さん『今日、恋をはじめます』)、橙は まさにそれ。
20歳を超え、トラウマ発生から2年が過ぎているのに、何も状況を整理できていない。それなのに中途半端な行動ばかりするから もはや不幸撒き散らしマシーンと化しているのだけど、本人に その自覚はないだろう。そこが最大の欠点で読んでいて楽しくないポイントである。
そんなダメンズヒーローに振り回されることで『4巻』は成立している。ヒロインがポカンと口を開けて翻弄される場面の多さや、コマの大きさで南波あつ子さん の『隣のあたし』などの初期作品を思い出した。
橙が改心するのも、自分が逃げ続けた結衣(ゆい)が自分と同じ症例になっていることに2年経って気が付いたから。そのタイムラグこそ橙の弱さであり罪である。そこに落とし前をつけるために橙は結衣に責任を持とうとするけれど、今度は莉子を放置する。家を出て、莉子との繋がりを断とうとすることは橙の新たな逃避。結局 彼は成長しておらず、莉子が会いに行かない限り 会うつもりもなかった。それは結衣が橙に会いに行かなければ会わなかったのと同じこと。橙は簡単に女性を捨てられる という証拠である。
トラウマが解消され、橙が真のヒーローになっても この罪は消えない。あと一巻で彼が積み重ねてきた愚行は雪がれるのか。もう既に大失敗の予感がするけれど…。
結衣の今の暮らしを目の当たりにした橙は ある決意を胸に帰宅していた。玄関前で彼の帰りを待っていた莉子は橙の異変を察する。おそらく これまでも結衣(ゆい)と会った後の橙の様子の違いを知っているから、今回も確信の前から直感的に橙が結衣と会ったことが分かっていたのではないか。自分と距離を取ろうとする橙を引き留めようとする莉子だったが、橙は関係性のリセットを告げる。
莉子の家族から公認の仲になろうと言っていた人が、この交際が「色々と無理」だという理由で別れを告げる。ここで莉子が結衣の名前を出すと、踏み込まれたくないからヒール役を演じる。橙は本当にクズだよね。自分を守るためなら何だってする。そこに相手の感情を慮(おもんぱか)る気配が一切ない。自分、自分、自分。年の差があるだけ幼稚さが目立つ。
一度は逃げ込むように自宅に戻るが、一度 涙を流し、帰って来た母親との会話で少し気持ちが整理され、冷淡な発言が橙の本心ではないと考え始めた。だから夕食に誘う名目で もう一度 彼と向き合おうとするが、彼の部屋に結衣が入るところを目撃する。莉子は怯まず、橙の部屋のドアが閉まる前に突入し、橙から説明を求む。しかし橙は莉子もまた女の子の中の1人であることを告げ、ドアを閉ざす。
莉子の異変に秀一(しゅういち)は気付いているが、既にフラれた身なので負担になると考え莉子に接触できない。でも彼女の体調の悪さを一番に気が付くのは秀一で、メンタル面による食欲不振や寝不足で莉子は倒れてしまう。保健室で秀一と対面し、何があったか質問された莉子は これまでの経緯を話す。そこで秀一は莉子の女友達に喝を入れられ、もう一度 莉子の恋愛対象になるべく土俵に上がる決意を固める。
莉子の女友達が怒りのまま突入した橙の部屋には知らない男性が居た。彼は橙の大学の友人で、橙から この部屋を借りて住むことになったという。橙は大学をやめて引っ越すと友人は聞いていた。
呆然として帰宅すると母親が2時間前に橙が挨拶に来て、莉子にフラワーアレンジメントを渡してくれと依頼したという。その贈り物の お礼と現況を知りたいメッセージは既読にならないまま放置される。プレゼントを寄こすぐらいなら、徹底的に つき放して欲しいと考えるが、橙がプレゼントを買ったのは別れを選択する前である。でも それを結局 渡したのだから つき放していないことにはなるか。
橙という存在が莉子の目前から完全に消滅して秀一は動く。彼女を映画に誘い出し、自分が どれだけ誠実かをアピールする。しかし その途中で橙から元気だという報せが莉子に届き、彼女の心は あっという間に戻る。一途で自分を傷つけない人が目の前にいるのに、それを自分は選ばないことを直感する莉子(2回目)。
その莉子の様子を見た秀一は、映画ではなく橙が引っ越したと思われる過去の居住地に行くことを決断する。長い道中、莉子は秀一の献身の理由を聞くが、それは利己的なものだと彼は答える。映画に誘ったのも、橙に合わせるのも全部 自分のメリットになり得るから。橙との再会で関係や恋愛感情が完全に断ち切られることを秀一は望んでいる。


乗換駅で莉子は橙と その隣に立つ結衣を発見する。互いに違う異性を連れて再会する2人。結衣が強引に橙を誘導し、どうしても2人の間に莉子を入らせないという意思を見せるが、秀一によって結衣は引き離され、動き出した電車には莉子と橙が乗ることになった。
そのまま2人は橙が高校時代を過ごした土地に向かう。どうやら想像通り、橙は大学進学で この土地を出たらしい(じゃあ どこに住んでいたのか)。そして高校時代に暮らした家は橙が所有しているらしい。転居の際に家を買ったというのも不自然だから、母親の実家なのか。説明が欲しい。一方で6年前の転居からマンションも引き続き所有していたのか。全く謎だらけである。
橙は相変わらず自分の過去に莉子を関与させたく無いようで、彼女を帰宅させようとする。しかし莉子は拒否し、今度こそ橙の過去を知ることを望む。そして結衣を救うために自分と別れたという推理をぶつける。
その前に、と いつものように すぐには話さない橙が向かったのは結衣の母親のいるスナック。ここで橙は結衣の高校卒業まで彼女のそばにいる決意を母親に告げる。一緒に住んだりしないが、結衣を監視し生活や精神を立て直すつもりらしい。それは橙の贖罪だということも明かされるが…。
