
安理 由香(あんり ゆか)
橙くんはひとりで寝られない(だいくんはひとりでねられない)
第01巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★(4点)
莉子のヒーローだった、隣のお家の橙くん。6年ぶりに再会した彼は、超プレイボーイの大学生になっていて!? 変貌した橙くんを受け入れられない莉子。でも昔と変わらず優しくてかっこいい上に、更にセクシーで料理上手になった橙くんにドキドキさせられっぱなしで…!? ケダモノ年上男子ラブ。
簡潔完結感想文
- 憧れのお兄さんに幻滅しながら幻惑されていく。性行為は橙くんにとって弱みを隠す手段。
- クズなトラウマヒーローに対して一途な当て馬 幼なじみだけど、題名からして勝ち目なし。
- ワケありな人たち、三角関係など読者の喜びそうな設定を用意しているが奥行きがない。
橙くんを含めたトラウマヒーローは まず心療内科行こうね、の 1巻。
本っ当に失礼なことを言うけれど、私には刺さらなかった作品。女性関係にだらしないトラウマヒーローに一定の需要があるのは分かるのだけど、どのキャラも深みを出せないまま連載1回分の内容がない。いくら月2回の連載である「マーガレット」でも1話分で こんなに中身がないことがあるのかと驚いた。連載は ずっと初期設定を なぞっているだけで、謎の核心に触れないことに腐心の痕跡が見える。見せ方で演出したり肉付けしたりすることなく、素材をそのまま小出しにしている感覚が最後まで続いた。この内容なら全2巻で終わらせられるだろう。
そして後述するけれども『1巻』だけでも大きく2つの疑問が浮かぶ。想像力が端々にまで及んでいないから、再読・熟読してみると会話や行動に不自然さが浮かび上がってくる。繰り返しになるが設定以上のものが何もない。
少女漫画読者の大好きなトラウマを匂わせたヒーロー、ヒロインを巡る三角関係、そしてサスペンス風味の味付けで一定数の読者を早々に惹きつけようという狙いなのだろう。確かに『1巻』の段階ではバラバラのピースが散らばっており、それが どんな絵柄を浮かび上がらすのか気になる。
それなのに興味を持てないのは余りにもヒロインとヒーローに魅力を感じられなかったからだろう。どうも作者の中では飼い主に見捨てられた犬を飼おうとするヒロイン=聖女で、女性の扱いが上手くて影のあるヒーロー=セクシーという浅いキャラ設定らしい。男性のトラウマに どうしても萌えてしまう種類の人なら楽しめるのだろうか。


作中でヒーローの橙(だい)は、昔から彼に憧れていたヒロインの莉子(りこ)から幻滅され「クズ」と なじられるが、橙は まさにクズ以外の何物でもないように見えるから困る。トラウマに加え、下半身のだらしのない「クズ」だけど私が救うというヒロインの特殊性が読者の承認欲求を満たすのだろうか。ヒロインもヒロインで思い上がりが甚だしい。
性的な面以外でも橙を「クズ」だと思う理由は彼の背景に生活感(主に金銭)が見えてこないからではないか。まず第一の奇妙には、一人暮らしの橙が家族向けのマンションに引っ越してくること。これはJKと一人暮らし男子の お隣設定で よくありがちだけど、一人で住むには広すぎる。この橙が住むマンションの部屋は彼の名義になっている物件なのだろうか。そして橙が どうして このタイミングで昔 住んでいた家に帰って来たのかが謎。大学進学を機に ではない。完読すると現実逃避として利用した節が見えるが、この家である必要性は低い。単純に莉子が恋愛可能年齢(もしくは読者の想定メイン年齢)になったから隣に帰って来たように見える。これに関しては何らかの補足説明が欲しいところ。
そして肉親であった母親を亡くしたらしいけど、優雅に暮らしている。部屋も広いし、買い物の額や気前もいい。立派な花束を買う余裕もある。20歳を過ぎた大学生なのに生活費に苦労していなさそうに見える。ジゴロな大学生というより無職のダメンズに見えてしまう。バイトに精を出す場面が少しでもあれば かなり見直したの思うのに。
この金銭的な背景は最終『5巻』で明らかになる部分もあるけれど、それでも納得できない部分も残る。
基本的にクズでダメ人間なのに、犬が好きで料理が得意だと その評価が甘くなる。そんな作者のフェチズムみたいなのが混入しているようで不快感が湧き上がり、私は その価値観を押し付けないでくれ、と思ってしまった。
感想の一行目に書いた通り、橙は自分のトラウマを自覚し、夜を恐れているなら、さっさと心療内科に行けばいい話。少女漫画ではヒロインがヒーラーになるから不必要なのかもしれないが、20歳を超えて自分の行動を客観視できず、逃避を繰り返し、周囲と軋轢を生むヒーローは厄介すぎる。事故物件の匂いがプンプンして私は近づきたくなかった。それなのに優良物件である当て馬よりも愛されるのだから少女漫画界のヒーロー観は歪んでいる。


そして前述した『1巻』で気になったところは、
まず1つ目が莉子と橙の再会の日、なぜ橙が昼間から情事に耽っていたのかが謎。彼にとって大事なのは夜を平穏に越すこと。その確約が無いのに 取り敢えず性行為から済ますのは、莉子に生々しい情事の痕跡をみせるという話の都合上としか思えない。昼に爽やかな橙と再会した莉子が、夜に もう一度 部屋に訪れると女性がいた、ではダメなのだろうか。
これにより莉子は橙を女性を とっかえひっかえする「クズ」と思うのだろうけど、じゃあ なぜ橙は先に行為を済ませたのか、その動機が私には分からない。やることやったら女性が帰ってしまうリスクがあるなら、相手が簡単に帰れない夜まで引き留めるか、夜から女性を呼べばいい。橙のルーティンとして動きがおかしい。
橙にとって性行為は夜に誰かと一緒にいる手段。そして「ひとりで寝られない」ことを隠蔽するための照れ隠しでもあろう。作品は橙を ただの「クズ」にしないためにも性欲は二の次であると読めるようにすべきだったのに、そうなっていない。
そして2つ目が2話で、莉子が橙の部屋で女性のピアスを発見し、橙が思い当たる持ち主の候補の多さに莉子は幻滅する場面。でも この時点で橙が引っ越して2日目でしょ? それなら莉子が両者とも目撃した2人の女性の内の どちらかでしかない。「誰の」ではなく「どちらの」と言うべきなのではないか。作者の言葉選びのセンスや想像力の欠如が気になるところ。早くも橙は「いろんな女 家に上げて」る設定になっているが、参考書を借りる話の時系列から2話は2日目であることが確定してしまっている。
本書はトラウマに手を出しても必要以上に重くなったりしていないが、その代わり軽率で軽薄な場面が散見される。そういうところが初期設定を なぞっているように見えてしまうところではないか。
高校2年生の今泉 莉子(いまいずみ りこ)は6年前までマンションの隣に住んでいた4歳年上の松本 橙(まつもと だい)が再び隣の部屋に越してくることを楽しみにしていた。しかし期待と裏腹に橙は部屋に行きずりの女性と身体の関係を持っていた。理想の お兄さんというイメージを抱いていただけに莉子の失望は大きかった。
橙は飼育放棄された近所の飼い犬を莉子の家で飼えるように計らってくれた人。犬を大事にする人に悪い人はいない、というのが本書のルールらしい。その思い出が一層 莉子の中の橙を美化していた。
どうやら橙は病んでいるようで自分に優しくしてくれる女性に甘える。それはJKの莉子にも同じ。ランドセルしょっているイメージの莉子に簡単に発情できるようだ。現実が整理できない莉子は夢に逃げ込むが、その後 母親が橙を夕食に誘い連れだって帰宅。しかし母親は所用で出掛け、莉子はケダモノ男子である橙と一緒に夕食を完成させ、食す。橙は料理上手で莉子は感心する。
警戒しつつも橙が あの日、命を救った犬のことを覚えていることにトキめく莉子。そこで橙の評価は好評に傾くが、翌朝 彼の部屋から別の女性が出てきたのを目撃し また失望する。
翌日、学校から帰宅した莉子を橙は待ち伏せていた。莉子の嫌悪感を相殺するのは橙がケーキを作ったという言葉。食い気に釣られて交流は続く。
ユカに女性物のピアスを発見し莉子は再び幻滅。ずっと莉子が橙に幻滅し続けるばかりでは読者のトキめきが少ないので、最初から莉子を好きな幼なじみとして秀一(しゅういち)が用意されている。当て馬街道を驀進する彼は幼なじみ以上になれない優良物件。事故物件の橙よりも問題が無いのに、それだとスリルがないから選ばれない残念な男性。
秀一は莉子の心の動きを つぶさに観察しており、橙への感情も把握。そして自分のライバルになりそうな莉子には敵意を剥き出しにする。


莉子は橙のことを考えて眠れず寝坊して、犬を飼う時に約束した世話を母親に頼む。しかし帰宅すると その犬は調子を崩しており、莉子が犬を抱える場面を橙が目撃したことで助けに入り、莉子の精神を落ち着かせて動物病院まで連れていく。
犬は経過観察となり莉子は犬との永遠の別れではない気配に安堵する。逆に橙は突然の別れを経験したことを匂わせる。帰宅する頃には日が暮れており、この日もまた橙は女性と過ごすことを知り莉子は彼の乱れた(性)生活を正そうと踏み込む。橙が回避したいのは1人で寝ること。特定の彼女でも毎日は一緒にいられないから、色々な女性に声を掛け、一夜を過ごす。橙のトラウマを理解していない莉子は彼を「クズ」と呼称する。
莉子は恋愛に理想を持っているから一途な人がいいと言い切る。…ということは秀一エンドなのだが、そうならないのが少女漫画。ここから どう莉子の心境が変化するのか。莉子は自分の恋愛感情を滲ませて感情的に「クズ」と言ったことを反省。その日の橙は莉子と犬のために尽力してくれたのだ。
翌日、またも遭遇した橙に対して(こいつは徘徊してるのか…?)、莉子は お礼をしたいと伝えると、橙は放課後デートを提案した。デートの出欠は莉子の意向次第。莉子は お礼という名目を使って彼に会う。そこに莉子の友人から放課後デートの話を聞いた秀一も参戦。またもや三角関係の3人での行動となる。こういう振り回されている姫という感じが読者に受けているのだろうか。
しかし秀一に塾の予定があることを知っている莉子によって彼は排除される。これは莉子の遠回しに2人きりにさせろっつーの、という意向だろうか。
2人きりのデートでは莉子が自分の服を買うかどうか財布と相談していると橙がカードで買ってくれる。彼は何をしてる人なん?? 結局、莉子は橙のために何も買わずにデートは終わる。それを気にする莉子に橙は朝まで一緒にいてくれることを望む。性的な意味でなく精神的な意味で、というのが段々と読者には分かってくる。
当然ながら莉子は警戒心を緩めないでいると、橙は早速 違う女性を手配しようとする。それが我慢ならない莉子は自分が橙と朝まで過ごすことを希望する。
親への言い訳を考える莉子だったが、橙の部屋の前に女性を発見する。結衣(ゆい)と呼ばれる女性からの連絡を橙は無視し続けていたようで、彼女の登場に驚く。だから橙は莉子を「彼女」に仕立てて結衣から逃避。そうして結衣を やり過ごしてから莉子を解放する。朝まで一緒にいる約束を律儀に守ろうとする莉子に、危機意識の甘さを指摘し橙は部屋のドアを閉ざす。
