
天乃 忍(あまの しのぶ)
ラストゲーム
第06巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
「柳だったら、嫌じゃないよ」 九条にとっての友達の距離感に悩み悶える柳。だけど酔った柳は夢だと思って、九条にまさかの!? 同窓会、誕生会、夏合宿…楽しい夏休みは、柳、相馬の眠っていた衝動を呼び起こし、ドキドキ事件の連続に!! 最初に溢れ出たのは、誰の想い──?
簡潔完結感想文
少しでも前に進みたいと渇望する 6巻。
色々なイベントが起きる『6巻』だけれど、今回は尚人(なおと)・美琴(みこと)・相馬(そうま)・桃香(ももか)の恋愛関係者4人が それぞれの原点に立ち返るエピソードが描かれているように思えた。
そして10年に亘って尚人に希望を抱かせるのも、相馬を当て馬に覚醒させるのも、桃香の価値を認めるのも、全部 美琴、という構成が笑える。この四角関係を ややこしくしているのはヒロインその人。無自覚に相手の自己肯定感や評価を高める言葉を紡ぐヒロインによって全員が諦めない態度を維持してしまう。
相馬や桃香が自分の黒歴史を乗り越えた上で本格的に恋愛に参戦することで、これまでとは違う恋愛バトルが繰り広げられるのだろう。以前と同じように見えても全然 違うんです。違うんですよ…。
まず尚人と美琴の原点は出会いの場となった小学校。10年前に埋めたタイムカプセルを掘り返すことで彼らは原点に戻る。尚人は そこで10年前と変わらない美琴への想いや素直になれない自分に落ち込んでいる。けれど この10年は決して無駄ではなく、美琴にとって尚人と一緒にいる時間が当たり前になりつつあることを実感させるものとなっている。尚人の長年のストーキングの効果が ようやく見えてきた。尚人の想いが美琴に全部スルーされるのではなく、ちゃんと美琴の心に響く部分があることが読者の確かな手応えとなっている。


相馬は今回、忌避していた実家=原点に帰り、そこにサークルメンバー(主に美琴)がいることで相馬が何から逃げ出していたのかを考える機会を与えられる。相馬は自分を田舎者だと卑下し、トラウマや黒歴史から逃亡し続けてきたことを自覚する。自分の負の感情と向き合うことはトラウマの解消に似た効果を生み出し、それにより相馬は新たな黒歴史やトラウマを回避するために自覚的に封印していた美琴への想いを解放することになる。相馬にとって美琴は聖女。それが確定したことで いよいよ恋愛は混沌とした様相を呈するのだった。
桃香の尚人への気持ちも封印されることはない。『5巻』の遊園地回で、尚人は美琴と桃香を間接的に選ぶ場面があり、美琴を選んだ。それによって恋愛の勝敗は決したかのように見えたが、桃香は諦めない。そこにはまた美琴が関係していて、美琴が自分の黒歴史である元デブ、そして努力の結晶である現在の容姿も認めたことで桃香は、自分の成長の証拠として尚人の恋人という地位を欲する。自分が何を望むのか、桃香も もう一度 原点に立ち返って再起動している。
ただし、ライバル役として便利な桃香だけど、尚人や相馬の行動を逐一チェックする面倒くさい人間だからか『6巻』後半では何かと理由をつけて身動きを封じられている場面が続いていた。
当て馬とライバルが本気になったことで いよいよ本番。彼らが動いてくれている間は尚人と美琴に大きな動きがないという意味なんだろうけど…。
美琴に自分の黒歴史がバレたと戦々恐々としていた桃香だったが、相馬を強制的に伴って美琴と接触する。そこで結局 桃香は自分が元デブであることを自白してしまい美琴の前でキャラ作りを忘れて逆ギレする。それに対し美琴は桃香の太っていた過去も綺麗になった努力も認める。相馬の時と同じく自然体が一番だという結論だ。
ここに尚人が出現し、四角関係の関係者が大集合。桃香は尚人を諦めていない様子。サークルにも久々に顔を出し、自分の噂が拡散していないことを確認して、それでも美琴とライバル関係にある姿勢を崩さない。桃香に拒絶されたら それを成長材料にしようと前向きに考えるのが美琴。こういう天然の言動が桃香の怒りを買うのだろうけど…。
尚人による美琴への距離感測定は遅々として進まない関係が進んだように見せる読者サービスのようなものだろう。
10年前のタイムカプセルを掘り起こすという小学校のクラス会の案内が2人のもとに届く。尚人は美琴を誘い2人で参加することにする。
クラス会ということで桃香や相馬を排除し久しぶりに2人だけの世界。尚人は10年前の自分からの手紙に攻撃的な文面とは裏腹に美琴への想いが溢れていることに悶絶。そして また10年後の自分に手紙を書く。
その後は飲み会。元クラスメイト達は尚人と美琴がライバル関係にある記憶しかないが、今の2人は自然に話かける夫婦のような雰囲気を醸し出す。美琴は無表情だった自分の変化を指摘され、その裏に尚人の存在があると自覚する。そして美琴は尚人の隣にいる「普通」が10年後も継続していることを願っていた。
夏合宿の計画を立てるサークルメンバーたち。この時、春合宿が1泊だったと言っているけど、遭難した夜と天体観測をした夜で2泊してないか…(『3巻』)?
そこに相馬が親から帰省しろと催促があることを知ったメンバーは相馬の実家が民宿を兼業していることを知り合宿地を相馬の家に決定する。少女漫画でホテルや民宿を経営している知り合いが頻出するが、いつも繁忙期にお邪魔する厚かましさは どうかと思う(今回も8月の第2週)。
合宿前の活動でプラネタリウムに行ったメンバー。尚人と美琴は隣同士で偶然 手が触れあってドキドキ、という中学生レベルの恋愛を楽しむ。尚人だけでなく美琴も同じように緊張していることから彼女の恋愛偏差値も中学生レベルまでは発達していると言えよう。
桃香は尚人への恋(または執着)を諦めていない。そういう外面しか見ない桃香の恋路に相馬は忠告する。しかし桃香も反論し、何もしようとしない相馬に情けないと発破をかける。少なくとも桃香は自分の願望が成就するために諦めずに行動している。その勇気を、勇気のない相馬に否定されたくないのだろう。
合宿というイベント前にサークルメンバーの誕生回という日常回が続く。この回では相馬が尚人をライバルだと思いつつも彼への友情が成立している三角関係に思いを馳せる。相馬が動かないのは2人の仲、そして尚人との仲を壊したいほどの衝動を持てないからだろう。
尚人たちの学年から20歳を超えた大学生ということもあり お酒による人事不省状態が成立する。風邪回と同じぐらい少女漫画での お酒は便利なアイテム。尚人がウォッカを誤飲したためダウン。美琴と密着した尚人を相馬は黙認して、メンバーを この部屋から退室させる。残された酩酊中の尚人は美琴に膝枕された状態を夢だと思い込み、近づいてきた彼女の顔にデコチューをする。ちょっとずつスキンシップをさせて、決して2人の関係性を安定・停滞させないようにしている。物語が続いて欲しい反面、早く決定打をと正直 辟易している。
ようやく夏合宿回。デコチューされた美琴は尚人を意識するが、いつも通り尚人には美琴の自分への反応が分からず右往左往する。美琴はデコチュー時の尚人の満たされた顔に彼には特別な人がいると考えてしまう(お前だよ)。
夏合宿は相馬の個人回でもある。農家の長男である相馬が東京に出ることを快く思わない父親と相馬は反発していた。相馬は東京に出たトラウマ級の失恋が再発し、そして自分は東京に出ても変わらないことを痛感する。そんな不機嫌の心理状態の中で父親から嫌味を言われたため父子ゲンカが勃発。
母親から「反抗期」と言われる相馬の態度だが、それは相馬自身が嫌なことの多かった田舎から飛び出しても自分が中途半端な存在だと認識しているから、図星を突いてくる父親に精一杯 反発してしまうのだ。そんな自分の心理状態を美琴との会話で整理できた相馬は、その後 父親に歩み寄り親子関係は修復される。


そしてヒロイン・美琴によってトラウマを解消してもらい、彼の恋愛感情は解禁される…。
