音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第04巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
復活祭のエッグハント大会で賑わうお邸!エスターが最下位になったら、レオンへキスをしないといけなくて!?そんな最中、レオンの許嫁だという女性が…。レベッカと名乗る彼女は、レオンの遠縁にあたる、完璧なレディで…!?社交界デビューを控えたエスターが揺れるハーフ吸血鬼(ダンピール)のシンデレラストーリー、第4巻
簡潔完結感想文
2人での共同作業から1人での独断専行、の 4巻。
内容が充実していた『3巻』に比べると、今回は巻末と新展開を合わせるためにページを埋めている印象が拭えない。社交界デビューの一連の動作の説明、あんなに いるだろうか。作者は きちんと時代背景を調べているのが端々から窺えて それが作品の厚みになっているのは間違いがない。でも ここまで あからさまには説明ゼリフがなかった本書で、今回の説明量は異質に思えた。
『4巻』の大きな流れはエスターの願望の明確化だろう。レオンとの日々が楽しくて契約結婚であることを忘れてしまうほどエスターだが、「自信のなさ」が影響してレオンの一族の言葉に耳を傾けてしまう。少女漫画的展開に必要なのは分かるが、ここまできてエスターがレオンに何も言わずに独断で別れを選ぶのも強引な流れのように思える。
今回もあったが、毎度毎度エスターはレオンから離れて単独行動をすると、ピンチや男性キャラに遭遇する。もう ここまで来るとエスターはレオンが追いかけてくることを分かっていて単独行動をしたいだけなんじゃないかと思う。
作中で流れた1年弱の時間で どれだけレオンに大切にされようとも、それを正しく認識しないのも「自身のなさ」が原因なのだろうか。そろそろ色々と わざとらしくなったところで、エスターの独断があり、ちょっと気持ちが理解できなかった。
以前と違って今回は あからさまに次巻への引きを用意しており、そのためにページ数を合わせているようで楽しめなかった。


エスター視点では切ない。彼女がレオンと一緒いたいという夢を持った途端に許嫁が現れるし、社交デビューが社会的身分の確立ではなく、上流階級に別れを告げる卒業式になっているのも悲しい。ようやく自覚したレオンへの恋は、やはり身分の差によって阻まれる。エスターは自信のダンピールという特性の上に成立している関係だと思い込んでいるから、それが障害になることは恋の絶対的な未成就を意味している。
…が、上述のように これはエスター側の意見。レオンの意見が違うのは読者は分かっているし、特に『3巻』での回想でレオンにとってのエスターの唯一性が描かれているので、彼が納得する訳がない。だからこそ今回の別離が茶番に思えてしまう。
もし あの睡眠薬の効果が もう少し遅く表れれば、レオンは初めてエスターに素直で単純な言葉を言えたかもしれない。でも それが出来なかったからこそ2人は引き裂かれる。
1年かけてもレオンの愛を信じられないエスターも鈍感が過ぎるが、1年かけてもエスターに信じられる愛を届けられないレオンも悪い。物語上、レオンがエスターに愛を囁くことに制限はない。考えられるのはレオンはエスターの自発的な愛の告白が欲しいから、自分で彼女を誘導するようなことをしたくない、という男性側のロマンチックな理想がある、という考え。その割に やや強引に屋敷に連れてきたり、セクハラをしたり、最初のキスは強引になったりとレオンの態度に誠実さはない。
彼らの仲で相手への恋心が募っていることは分かるが、それが相手に全く影響を与えていないことが読者の徒労感に変換されてしまっている。要するに間延びしている。
この一件が2人の関係を離しはするものの、その後に大きく接近することは自明なこと。ただ今回は読者の望む展開よりも遅いから悪い方向で焦れる。このところ1巻を通じて描きたいテーマが明白だったけれど、今回ばかりは1巻の縛りが裏目に出ているように思えた。
『3巻』で大きく話が動いたからか冒頭はイベント回。このイースターの催しは現代劇なら学園祭回などに相当するのだろうか。レオンはエスターが大義名分があればキスを拒まないと知り、その大義名分を作るためにイースターを利用する。西洋では罰当たり、という概念はないのだろうか。
エスターがキスを拒むのは契約結婚だから という いつも通りの理由。エスターが聖女的な行動をした後に、決して清廉な女性ではないという、彼女が抱えるレオンとの暮らしを望む欲望があることを描くのが上手い。そして甘いキスの後に許嫁の登場という展開も残酷で面白い。
レオンほどの家柄なら許嫁がいても おかしくないとエスターは自分を納得させようと必死。その女性 レベッカ・ウィンターソンはエスターが考える理想の淑女そのもの。だがエスターは彼女の立場を羨望するよりも憧憬を描く。ウィンターソンの名前の通り、レオンの遠縁にあたり、社交界では青薔薇と称されるレディキラー。レオンが白、ゲイリーが赤、レベッカが青という担当カラーらしい。
しかしレオンは許嫁であるレベッカにエスターのことを妻だと紹介する。そして『1巻』で登場したレオンの叔父にもエスターを利用するのではなく正式な妻として扱うことを宣言する。これが後半の伏線なのだろう。
レオンの扱いを嬉しく思いつつもエスターは自分の出自を恥じ落ち込む。この邸で暮らしたいというエスターの中に生まれた願望は勘違い甚だしいものとエスターは自分に言い聞かせ涙を流す。
その精神的な落ち込みをレオンは優しく包み込む。…が 今回もレオンの言葉は上手く伝わらない。
エスターは社交シーズン開始までレベッカから淑女レッスンを受けたいと願う。レッスンの仕上げだ。ここの男装レベッカは、エスターのダンスの相手としてレオンが許容でいるギリギリのラインだろう。
シーズンに入り社交界デビューをするエスターにとって大切なのは王室の方々への挨拶の儀式。どうやらレオンは この日までにエスターに書面上の身分を与えようとしているらしい。本書は ちゃんと この時代の貴族の生活が描かれていることや作者の知識が背景として機能している。
レッスンでミスばかりのエスターだが、レベッカは彼女に一番足りないものは自信だと見抜く。労働者階級出身でダンピールというエスターの出自が彼女の視線を下に向かせる。そういえばレベッカは お嬢様なのだから そんな出自のエスターと話すことにも嫌悪感を覚えてもおかしくない。悪役令嬢としてエスターをイジメるには ぴったりの立場である。でもゲイリーもレベッカも最初からエスターに対して好意的だ。これは彼らのレオンに対する信頼感が そうさせているのだろうか。
このレッスン(交流)で彼女がレオンと結婚する意志はないこと、好きな男性と結婚したいが恋をしたことがないことが明かされる。その話を聞いてエスターも恋をしたことがないと答えるのをレオンが聞いたらショックで寝込んでしまいそうである。ここまできて まだまだ恋愛的な進展は先になりそうである。
レベッカの恋の相手はゲイリー。彼を目の前にすると赤面し動悸を覚えるレベッカだが それが恋だとは気づかない鈍感な人。エスターの同種である。


社交シーズンが始まりエスターは生まれ育ったロンドンに戻る。
レオンと ゆっくりロンドンを周るのは初めてでエスターは彼から模造品の指輪を買ってもらう。左手の薬指に それを嵌めてもらう。レオンは すぐにでも本物を渡すつもりでいるが、エスターは その日は来ないと思い込んでいる。模造品なのは自分たちの関係だとでも思っているのだろう。
エスターが単独行動すると男性キャラに出会うのが基本で、今回は下町で仲の良かったポールと再会する。そこにナンパからヒロインを助けるが如くレオンが登場。レオンはエスターの過去のキスの相手であるポールが憎くて仕方がない。嫉妬から2人の関係がおかしくなる直前にエスターは単独行動をした理由である彼へのクリスマスプレゼントを渡す。どうやらエスターはレオンから渡されている僅かな小遣いを貯めて、ようやく目標額に達したようだ。
それぞれにプレゼントを渡し合った素敵な一日になる。
ロンドンの家にエスターが一人でいるところを見計らってレオンの叔父が訪問する。そこでエスターは叔父から改めて、吸血鬼ハンターの一族に混血のダンピールを血脈に加えることへの一族としての反対意見だった。叔父は頑固なレオンは言うことを聞かないことを知っているから、エスターが自分で出ていったという状況が欲しい。エスターには ある商家の老夫婦の養女としての暮らしを与えようとする。エスターは養女待遇ではなく どこかの家でメイドをして暮らすことを望む。それは偶然にも彼女の母親と同じ生き方である。
だから社交界デビューをエスターはレオンの妻としての最後の役目として考えていた。このデビューはレオンが与えてくれた淑女への道の集大成。それが叶うだけでエスターは嬉しい。
エスターは王室の方々への拝謁を滞りなく終える。しかし そこでエスターに与えられた身分が間違っていた。レオンが手配した家の「落胤」ではなくて「ギルモア侯爵」の娘になっていた。その名前を聞いてエスター以外の者は凍り付く。異常を察したエスターだが この一件はレオンに預けることになる。デビューの日にクリスの姿があったことから彼の企みがあったようだ。
デビューを終えたエスターは、叔父から与えられた睡眠薬を使い、無断で家を出る。その裏切りの行為がレオンを傷つけ、エスターを諦めると叔父は考えていた。エスターは緊張しながら薬の入った お茶をレオンに勧める。
レオンはエスターの異変に気づきながらも彼女のしたいようにさせる。どこにも行くなと全てを見通すような発言をして、薬が効く その瞬間までエスターを愛し続ける。睡眠を確認してエスターは お別れの準備を整える。
こうして1年弱のシンデレラは終わり、魔法が解けたエスターは下町暮らしで着ていた服に身を包み、この1年で育ったレオンへの愛情を自覚しながら家を出る。