《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

殺人鬼ならぬ吸血鬼が潜伏する屋敷でピンチに陥ることで、星は黒伯爵を目立たせる

黒伯爵は星を愛でる 1 (花とゆめコミックス)
音 久無(おと ひさむ)
黒伯爵は星を愛でる(くろはくしゃくはほしをめでる)
第01巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

下町で花売りをするエスターは、母を亡くし、双子の兄とも離れ離れ…。「いつも笑顔でいれば、素敵な王子さまが現れるわ」 そんな母の言葉を支えにしていたある日、エスターのもとにヴァレンタイン伯爵が現れ、「貴女は今日から私の花嫁です」と…!? しかし、伯爵には別の顔も…!? 半吸血鬼のシンデレラストーリー!

簡潔完結感想文

  • 設定は違えど、白泉社の平民ヒロインが上流階級イケメンからの溺愛を華麗にスルー。
  • 負けん気だけじゃなく行方知れずの兄を探すことが努力ヒロインの動機付けとなる。
  • 吸血鬼ハンターの家業を知らない人からすればレオンの行く先々で行方不明者続出。

常回よりも最終回が素晴らしい 1巻。

本書は様々な要素を持っている。1つはシンデレラストーリー。下町の平民だったヒロイン・エスターが ある日突然、伯爵であるレオンに拾われ彼の妻になっていまうという1話で胸を鷲掴みにされる読者も少なくないだろう。

シンデレラのように魔法で着飾らなくてもレオンはエスターの本質の輝きを見てくれる

そして本書は それに加えてヴァンパイアストーリーでもある。レオンは貴族という表の顔以外に、「吸血鬼(ヴァンパイア)ハンター」という裏の顔を持ち、エスターは吸血鬼と人間の混血「ダンピール」の能力を買われ、吸血鬼発見器としてレオンに有用な存在だった。

そして恋愛でも この2つの要素が深く関わっている。レオンはエスターを溺愛しているのだが、彼女に自分の真摯な感情を理解してもらう前に吸血鬼発見器としての価値を話してしまったため、エスターに契約結婚と見做されてしまい、レオンの切ない片想いが始まる。こうして上流階級の重すぎる愛に気づかない平民ヒロインという白泉社らしい構図が完成している。イギリスを舞台にした本書は歴然とした身分差があり、更に吸血鬼ハンターのレオンがダンピールの妻を迎えるという見えない身分差もある。

またヒーローの性格設定としてドSにして溺愛という2010年代半ばの受ける要素を巧みに取り入れている点も見逃せない。少々意地悪をされつつ愛される、という少女漫画読者の果てしない願望を叶えてくれている作品だ。特に溺愛ブームは2020年代でも続いているため、2025年に私が読んでも流行に乗った作品のように思えた。全部盛りのような贅沢な作品である。ただ後述するけれどタイトルは いまいち。


の要素だけでも面白いのに作者は連載を重ねていく間に、彼らに背景を作り出しドラマを描いた。前作『花と悪魔』でも そうだったが、日常回を描きながら、最終回の展開をきちんと用意する作者の周到さと実力に敬服するばかり。本書も『花と悪魔』同様に、何度も復活を果たして長編になった作品で、本書は2回の成功を収めた作品と言える。1回目は初期の短期連載での成功、そして長期連載としての成功と作者は重要な局面で いつも結果を残している。大きな矛盾なく話を広げ、深めていて本当に凄い。今回も作者ならではの最終回を迎えることに成功していて、間違いない実力を見せつけている。次回作は最初から長期連載が確約されているのではないか。

少し苦言を呈するのならばタイトルが悪い。読書中、タイトルの「黒伯爵」が黒髪の後発キャラのことを指しているのかと誤解してしまうぐらいレオンが黒伯爵だと思わせる描写が弱い(後発の黒髪キャラは公爵なのだけど)。黒伯爵というのはレオンがドSで冷酷というエスターの勘違いからの発想なのだけど、早々にレオンが溺愛をスルーされ続ける不憫なキャラになっているので黒伯爵要素を感じない。黒伯爵だと思っているのはエスターだけなので、レオンが社交界で呼ばれている「××伯爵」という名前を作って それをタイトルにした方が分かりやすかっただろう。

また『1巻』では それほど感じなかったが、巻が進むほどエスターの目が大きすぎるような気がした。目でバランスを取るような拙い画力ではないからこそ気になる。可愛らしさの表現なのだろうけど、少女趣味っぽく見えてしまい残念だった。


人公のエスター・メイフィールドは天涯孤独の16歳の女性。半年前に母親が他界し、1か月前には双子の兄・アルジャーノン(以下:アル)が突然 貴族の養子になると宣言して家を出ていってしまった。

ロンドンの街頭に立って花売りをしているエスターは、ゆくゆくは煙突掃除のポールと結婚するのが平民としての人生。エスターはアルと人生を分かったことも大人へのステップと割り切ろうとしている。エスターにあるのは「幽霊」を感知する能力だけだった。

そんな時に現れたのがレオン・J・ウィンターソン。ヴァレンタイン伯爵と呼ばれる彼は登場と同時にエスターを花嫁にすると宣言。そのままエスターは馬車に乗せられ、彼の地方にある邸(やしき)に連れていかれる。その道中、レオンは、母の教えを守り 貧しい暮らしの中でも笑顔を絶やさなかったエスターに目を奪われたと告げる。エスターがレオンに対しては自分の身なりのみすぼらしさを恥じている、という描写があって芸が細かい。


はまるで お城で、メイドたちに着飾られてエスターは夢見心地。だが次の瞬間レオンはエスターに銀製の剣を向ける。彼の一家は吸血鬼(ヴァンパイア)ハンターの一族。エスターは知らなかったが、彼女は人間と吸血鬼の混血・ダンピールだったのだ。エスターは吸血鬼の父と人間の母から生まれた存在。エスターが「幽霊」だと感知していたのは吸血鬼だった。その能力こそがダンピールの証。レオンは、人間社会に紛れて生息する吸血鬼の探知機のエスターを逃がさない。妻にもするけど。

ヒロインに特殊能力や隠された出自があるという設定も少女漫画読者のツボをつく

こうして契約結婚のために伯爵夫人に相応しい淑女となるためにエスターは特訓に励む。その達成の困難さを理解できるエスターは拒絶しようとするが、伯爵夫人になれば貴族の養子になったアルの消息を知ることが出来るという希望が彼女の動機となる。

ダンピールは人間であり吸血鬼。いつかエスターが吸血鬼としての本能に目醒める時はレオンが その首を刎ねるという約束を交わす。金髪の王子様の中身は冷酷無情な「黒伯爵」。冷静で事務的な「夫」との暮らしが始まる。


スターの教育は訛りの矯正から始まる。それをレオンは仕事の合間を縫って監視する。そして前途多難ながらも諦めないエスターの態度に感服する。

レオンの一族の中にはダンピールと接触することを快く思わない人もいる。だからエスターは吸血鬼としての覚醒を恐れる叔父からテストを強要される。それがメイドとの閉鎖空間の地下牢で一夜を過ごすという内容。吸血鬼なら好物を前にして食事をしない訳がない、ということらしい。

テスト内容はともかく、エスターは この邸の主の妻。だからメイドは恐縮してエスターと暖を取ろうとしないのだが、エスターは彼女を上手に誘導する。そしてエスターにとっては自分こそ最下層の人間。メイドとして雇われている人は立派なレディだという。

ここでメイドからレオンの経歴が語られエスターは彼の背景を知る。レオンは幼い頃に両親を亡くし、若くして家督を継いだ。それから冷静に仕事をこなすばかりだったが、エスターが邸に来てからは笑うようになった。それはエスターの天然な反応が楽しいからだとメイドは分析する。メイドは それをエスターが愛らしい・愛おしいからだと言いたかったのだが、エスターは頓珍漢な自分を笑われていると思っている。その勘違いがコメディ要素となっている。


オンは叔父を泥酔させ、メイドに代わり自分が地下牢に入る。合法的に成り行きで「妻」と2人きりになる好機だと計算していたらしい。本来は食事抜きのエスターに自分の分の食事を与えるという方便で彼女の空腹を満たす。事務的な対処をしながらも優しいレオンにエスターは困惑する。

この夜、エスターはアルとの別れの日から初めて孤独を忘れた。一族の反対をトンチで乗り切って、そして副産物にあやかる ちゃっかり者のレオンの様子も面白い。
ただしエスターはレオンの真の想いを理解せず、叔父への対外的な説明を彼の本心と思うことでレオンへの信頼感や情愛はリセットされる。
レオンに屈しないというのもエスターの教育への強い動機となる。白泉社ヒロインは鈍感で負けん気が強い、これが基本である。

平民それもダンピールを妻にする困難を乗り越えようとするのがレオン側の努力

はデート編といえるオペラ鑑賞。ここでエスターは初めて、社交界におけるレオンを見る。彼は注目を集める容姿をしていてエレガント。初めて外の世界に出てヒーローの優秀さを演出している。

この劇場でエスターは吸血鬼を感知するが、レオンは社交中。そこでエスターは自分の有用性を示すためにも単独で行動し、そしてピンチに陥る。当然それを助けるのレオンで、エスターは彼の吸血鬼ハンターとしての仕事も初めて目の当たりにする。レオンが銃を使ったため騒ぎが大きくなりオペラの公演は中止。レオンはデートを邪魔されて拗(す)ねる。レオンの武器選択は携帯する武器が短剣か銃かしかなかったからなのだろう。まさか1話でエスターに向けた銀製の剣を持ち歩く訳にはいかないのだろう。

レオンの本心が分からなくてエスターは問う。すると本当にレオンは自分を見初(みそ)めて選んでくれたことを知る。こうしてエスターの中でレオンは黒伯爵ではなく王子様となる。…はずだったのだが、レオンの愛の告白は伝わっておらず、長期戦になりそうな予感が生まれる。


期連載が継続することで、その長期戦が始まる。
まずレオンを悩ませるのはエスターからの呼び方。エスターを呼びよせてから2か月が経過しても彼女はレオンをヴァレンタイン伯爵と呼ぶ。

レオンは吸血鬼ハンターの仕事も兼ねて、周辺で人が消えるという不穏な噂がある邸にエスターを伴って向かう。絶対に事件が起きると分かって乗り込み、そして脱出不可能のクローズドサークルが成立するのは本格ミステリといった趣である。ただしエスターによって犯人(吸血鬼)は すぐに特定されるので倒叙式ミステリといったところか。

レオンはエスターと出掛けられることは嬉しいが、エスターにとって上流階級の人々との交流は自身の生まれとの違いを痛感する場所になってしまう。訛りがあるから会話が出来ないのではなくて、知識や背景が違うから会話が出来ない。その現実を忘れるように酒をあおってしまい気分が悪くなる。


うしてレオンの足を引っ張るような事態になってしまいエスターは奮起する。またもや事件に巻き込まれるかと思いきや、今回は人間の男性と遭遇する。そこでの会話でエスターは男性を魅了してしまい、更に男性のことを すぐに名前で呼んでいたことからレオンから やきもち を焼かれる。レオンは嫉妬を隠そうとしてエスターの軽率な行動を責めるような言葉を並べてしまう。こうして2人の思いに行き違いが生じる。
ちなみに この時の会話でエスターは この男性から下町訛りに気づかれたり指摘されたりしていない。それは彼女の訓練が成果を上げているということなのだろう。

脱出不可能となった邸だが、レオンがエスターと同じベッドに眠れることに浮かれている。セクハラまがいのスキンシップをしているが、これも溺愛の一種なのだろう。

しかしレオンが洗面室に行っている間にエスターが今度こそ軽率な行動をすることで事件に巻き込まれる。エスターが芯の強さを見せた後、レオンが登場。
今回の吸血鬼は高位らしく、その身を霧に変えることが出来るタイプ。さすがに苦戦するレオンにエスターが彼の眼となって夫婦の共同作業で吸血鬼を倒す。これはエスターがレオンに庇護されるだけでなく、彼の隣に並び立つ初の例となる。それがエスターの望む自分の姿だった。だから今回はレオンが吸血鬼にとどめを刺す様子から目を背けない。それが自分の役目で存在意義だから。

この夫婦の共同作業で2人は身を寄せ合って戦っただけでなく、エスターが初めてレオンの名前を呼んだ。そのことがレオンは とても嬉しい。今回の話で世の中には吸血鬼だけでなく幽霊も存在することが実証されてしまったが、物語はオカルトの方向に進まず、吸血鬼だけ扱う。

ちなみにレオンが この邸に乗り込んだのはアルの手掛かりがあるかもしれないから。エスターのために行動するのがレオンの動機なのだ。