蒼井 まもる(あおい まもる)
さくらと先生(さくらとせんせい)
第05巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★★(8点)
藤春先生と遠くへ出かけたさくらは、誰もいない海辺で先生とキスをします。帰らなきゃと促す先生だけど、帰りたくないさくらは、近くのショッピングモールに先生を誘います。普通のカップルのように楽しく過ごす2人。帰りのバスの時間が近づき、2人は卒業するまでの約束を交わします。そしてさくらは3年に進級し、その約束は守られたかのように思えたけれど!? 先生に片想いラブストーリー、最終巻!
簡潔完結感想文
4月になれば彼女は 彼のことを何と呼ぶのだろう、の 最終5巻。
最後の最後まで本当に素晴らしい作品だった。唯一の誤算は巻末に読切作品が収録されていること。最終回は70ページ以上あるのかと期待していたら普通の連載1回分で終わった。
でも きっと単行本化に合わせて連載を あと1回 延ばすことも出来ないぐらい本書は完璧な作品なんだと思う。どこかに1話いれたら きっと作品の雰囲気が崩れてしまう。そう思えるぐらい本書の構成は完璧だった。ワガママをいえば後日談を1話掲載して欲しかったのが本音だけれど。
2人の本当の意味での恋愛解禁は さくら が高校を卒業して4月1日を迎えた時だろう。長い長い冬の季節が終わり、2人にとっての春は ここから始まる。さくら は藤春先生に この世の春を連れて来てくれる存在なのだ。
その日、2人は どんな気持ちで朝を迎えるのか、2人で会う約束をするのだろうか、など想像するのが楽しい。そして冒頭の一文でも書いたけれど お互いの呼称は どうなるんだろうか。まず さくら からの呼び方が変わるだろう。もう藤春(ふじはる)先生は先生ではない。藤くん?啓介(けいすけ)さん? 藤春先生からは さくら と呼ぶだろうか。作中で一度だけ会話の中で一度だけ読んだ名前(『3巻』)。
どんな呼び方も最初は慣れないだろう。でも その内に そんな頃もあったね、と言えるぐらい2人は一緒にいることは確定している。だって この3年間、2人は少しも気持ちが変わらなかった。さくら は藤春先生と両想いになる前から学校内での噂により自粛を強制された。藤春先生も大好きな さくら の隣にいられない、彼女を喜ばすことも出来ない自分の状況に打ちのめされたはずだ。でも2人は この3年間(両想いを確信してからの2年間)を乗り切った。
特に『4巻』ラストの最初で最後のデートからは2人は相手の立場を守るために相手との接触を避け続けた。学校に行けば会える、近所に住んでいることも知っている。でも2人は まるで相手が別世界にいるかのように振る舞い続けた。これは2人が一度 イエローカードを受けているから、という心理的ストッパーの利かせ方が本当に好き。そして2人は同じように賢いから、この関係が周囲に知られてしまえば、もう2度と交際できないことを知っている。バレてしまえば先生は先生でいられないし、さくら は先生との接触を絶対に許されない。その緊張と覚悟が しっかり描かれていた。
この同一空間での別離期間と言える特異な状況を乗り越えた2人だから、この後に物理的な距離が離れる遠距離恋愛が始まっても何の問題もないだろう。会いたい時に会えないことは2人の関係の基本設定と言える。そして接触がなくても相手を信じられること、それはもう愛と言ってもいいのではないか。
自分の欲望が満たされることよりも、相手のことを守りたい。その基本姿勢が2人とも同じであることが心地よかった。許されない関係が許されるまで、許されないことを忘れない。そこに崇高さが宿っていたように思う。


大好きなのは やっぱりラストの展開。この胸キュンシーンは1話前の前振りが よい落差を生んでいる。在学中は門前払いだった藤春先生の部屋が、卒業後は歓迎される。こんな嬉しい落差は他にないだろう。1話前の行き違いが ただの初めての喧嘩と仲直りを描いただけでなく、最終回への前振りになっているのが本当に素晴らしい。これまで藤春先生が拒絶していたことの全てが、4月からは一転して未来で果たされる約束となる。そこにカタルシスが生まれる。
これまで さくら が学業で好成績を収める度に ごほうび を用意していた藤春先生。今回の特大の ごほうび は、さくら の大学合格や高校卒業という意味だけでなく、大学進学にあたって大きな悩みを独力で乗り越えたことの ごほうび のような気がする。
この推薦による進学を巡る2人のスタンスも本当に良かった。さくら は藤春先生に影響される自分の弱さを自覚しているから彼には相談しないことを決めたし、さくら が推薦先を決めかねていると知った藤春先生は さくら に影響を与えない。例えばそこに遠距離恋愛になる自分の寂しさが少しでも滲んでしまったら さくら は進路を変えてしまうだろう。だから藤春先生は敢えて介入しないことにする。それは藤春先生が さくら の強さを信頼しているからという大人同士の関係性の構築なのだと思う。
この一件があったから藤春先生は さくら に自宅の合鍵を渡したのではないか。私は ずっと藤春先生は さくら の心情を注意深く見極めているのでは、と思っていたが、卒業によって変わるのは生徒と先生という立場だけでなく、子供と大人という先生の中の意識もあるのではないだろうか。もう子供扱いはせず対等な関係になる。
一人の立派な女性になりました、という先生からの合格届と卒業記念品が合鍵なのではないだろうか。
さくら も藤春先生も忍耐強く本当に頑張った。禁欲的だったからこそ2人の本気度が高まっている。以前も書いたけれど少女漫画として派手な場面は本書にはない。だけど それと記憶に残ることは全く別問題である。私は本書で忘れられないシーンがたくさんあるし、2人のスタンスが本当に好き。しばらく「教師モノ」の作品を読んだ時に、本書と比べてしまう予感がする。2人ほど相手のことを想い、自分を律してきた恋愛は見られないと思う。
一度きりの藤春先生からの好きという言葉の後、帰路につこうとする藤春先生にワガママを言って一緒の時間を延ばそうとする さくら。そこから2人でショッピングモールに向かう。普通のカップルのように、普通に買い物して普通に手を繋いで普通にカップルであることを認める。でも交際に物的証拠を残してはいけない。
そこから先生も帰ろうとせず、2人での時間を延ばしてくれることが本当に嬉しい。でも それは先生が本題に入る合図。かつて さくら が先生への3か条を決めたように(『3巻』)、藤春先生は交際の3か条を用意していた。必要以上に話さない、待ち伏せしたりしない、お互いに2人きりにならない。これが2人の約束。もう一緒に花火を見られなくても、一緒に月が見られなくても、一緒にそれを見た記憶は消えない。
寒空の下、一分一秒でも長く一緒にいようとした2人は 少し風邪を引く。でも その共通点は誰にも見破られない。さくら が藤春先生にワガママを言えるのは遠く離れた地だったし、藤春も自戒を緩めるのは これが最初で最後のデートのつもりだったからだろう。世間にとって普通のことが尊く描かれているから当たり前の幸せが とてもありがたいことだと思える。
藤春先生が担任だった2年生が終わり、3回目の春が到来する。
3年生は1年生の再現となりルナと瀬戸(せと)と同じクラスになり、担任も1年生の時と同じ。この頃、ルナは さくら が藤春先生とのことを話さず、学校でも2人は不自然なぐらい話さないことが気になっていた。そこでルナは放課後、部活終わりの さくら を ある場所に連れていく。それが藤春先生の住むマンション。騙される形で さくら は藤春先生と遭遇する。
帰宅した藤春先生は さくら が自宅前にいることに絶句。それは明らかに約束違反だからだ。さくら は事態が分からず状況を説明しようとするのだが藤春先生は帰りなさいと言うだけ。ルナの登場によって おおよその想像はついたようだが、会話せず彼は自宅に入ってしまう。
ルナは尾行によって藤春宅を見つけていた。彼女も良かれと思っての行動なのだが、それが裏目に出た。
さくら はルナにも2人の現状を話していないが、今回の行動は その逆だと藤春先生に思われても仕方がない。分別と我慢が利かない10代女子が自分の教師生命を危うくする。そういう価値観と危機感の違いを藤春先生が実感した事例となってしまった。
弁明しようにも約束が邪魔をする。そして藤春先生は さくら の言葉に耳を貸さない。頑固さが見え隠れする。藤春先生との初めてのケンカ状態である。そしてケンカは これからも一緒にいるための2人の経験則を確立するために必要な儀式と言える。
事情を知る瀬戸は、雨の日に藤春先生の目の前で さくら を相合傘に誘う。それは彼なりの藤春先生への制裁。この2人の相合傘は2年ぶりである(『1巻』)。
自習時間に生徒からの学問や人生、プライベートの質問を受ける藤春先生に さくら は「とても好きな人」との行き違いについて相談する(ルナと藤春先生の驚愕具合が面白い)。藤春先生は その人は逃げている、意地になっている お子様だと答える。先生の気持ちが聞けて さくら は満足。大人も嫉妬するのである。
藤春先生が自転車通勤した日の帰り道、さくら は彼の横に並んで歩く。降り出した雨に、とても好きな人のことを想うから良い夢が見られそうと さくら は離れていく。それを藤春先生は追いつき、本来 さくら に渡すはずだったカッパを使い、2人で相合ガッパをして坂道を下る。それが2人に許された雨の日の帰り道。そもそも自動車通勤に切り替えた藤春先生が自転車を使っていることが変で、そこに さくら との接点を持ちたい彼の意思が見え隠れする。
夏休み明け、高校3年生の教室は緊張感を はらみ始める。
さくら は指定校推薦が受けられそうだが、良い大学は自宅から遠く、一人暮らし必須。それは意外に近くに住んでいることが分かった藤春先生と離れてしまうことを意味する。でも さくら は藤春先生に相談すると引っ張られる自分を自覚しているから彼には相談しない。そして自分で結論を出す。高校の初日も不安な気持ちで坂道を上った。同じように不安を抱えても新しい世界での出会いがあると信じて決断した。そして離れても自分は藤春先生と ずっと一緒にいられると信じてる。だから遠くに行ける。
藤春先生も さくら の進路の逡巡を感知しながらも口を出さない。そこにあるのは さくら なら自分で結論を出せると言う信頼感だろう。この関係性が とても好きだ。
推薦で さくら の大学進学が決まった次のページでは卒業式目前。そうして無事に卒業を迎えられることになって さくら は初めてルナに藤春先生とのことを全て話す。
卒業式後、藤春先生の方から さくら に声を掛ける。まだ高校生の身分なので約束違反だが、あまりにも味気ないという藤春先生の気持ちを汲んで さくら の提案で握手をして別れる。藤春先生に恋をした3年間。さくら の目に涙が浮かぶと藤春先生は推薦合格の ごほうび として自宅マンションの鍵を渡す。在学中は門前払いされていたが卒業後は許される。その対比が素晴らしい。


この日、藤春先生は違反ではない法定速度ギリギリまでブレーキを緩めて、3か条に記載されていないという逃げ道で彼女にキスをする。学校内でのキスは2度目。初回から もう2年が経過していた。きっと藤春先生が学校内で声を掛けたのは、ここしかタイミングがないから。3月中に さくら に連絡して呼び出すのは教師としてアウト。そして4月は さくら は一人暮らしや新生活の準備がある。だから ここしかなかったのだろう。それぐらい許してやって下さいよ。
2人は秘密を守り通して、互いにとって相手が先生と生徒から ただの恋人になっていく。
「いもうとの家出」…
ある朝、家出を決意した 奈月(なつき)。家に帰ってくるつもりはあるが2~3日は戻らないつもり。通学とは反対方向の電車に乗ろうとする奈月を発見して家出に同行するのは、少し前まで恋人だった裕(ゆう)。終点で奈月と顔見知りのパティシエ・柴田 修二(しばた しゅうじ)に出会う。裕という第三者によって2人の関係、奈月の想いが彼女から語られていく。
奈月にとって痩せることは姉との違いを浮かび上がらせて自分を見て欲しいというSOSだったのかもしれない。この家出が無ければ、そこに裕がいなければ奈月は心のバランスを崩し、ケーキどころか食事を受けつけない精神状態になってしまったかもしれない。結果的に家出ではなく失恋旅行になっている。裕を利用した奈月が自分を許せるかは分からないが、少なくとも裕は ちゃんと奈月を見てくれる。その安心感が奈月の気持ちを安定させるだろう。蒼井作品の男の人は皆やさしいように感じられる。