なかじ 有紀(なかじ ゆき)
ZIG★ZAG(ジグ★ザグ)
第03巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★(4点)
寮祭の喫茶店も大成功☆ ますます花に魅せられていく太陽。そんな時、応援に行ったラクロスの試合で佐帆の全力プレーに感動する。好きなものを思いっきり追いかけてみたくなった太陽は、苑生と二人で、花で出来ることは何でもやる同好会B・Bカンパニーを立ち上げようとするが…!?
簡潔完結感想文
- 夏休みも部活に励む体育会系ヒロインと、モラトリアムを謳歌するヒーロー。
- ヒロインに刺激を受け一念発起して花に関わることを一気に始めるヒーロー。
- バイトで最初から売り物を制作し、同好会で すぐに結果を出す天才ヒーロー。
なかじ作品は一つのグループ内での男女の恋模様を描きがち、の 3巻。
色々苦言を呈したくなる本書だけど、この『3巻』は面白かった。全体的にテーマが一貫していているし、恋や生き方が前に進んでいるという実感が味わえる。
自分から家を飛び出したため実家に帰りづらい苑生(そのお)が、寮で同室になった太陽(たかあき)に巻き込まれる形で、自分なりの道を進み始めて結果を残す。それにより自分が成長した実感と、母親の愛情に間接的に触れて家に帰る決意を固める、という一連の流れが1巻の内に まとめられていて、本書で初めて作者の技量を感じた。


また これまでバラバラに描かれて目まぐるしく騒がしかった同級生5人が、一つの同好会に会することで作品の方向性が きちんと示されたのも良かった。ここに辿り着くまでが長かった。ここまでを1巻で消費することは出来なかったのだろうか。男子寮設定とか枝葉末節を一気に取り除いたら出来なくもないと思う。太陽が一定時間くすぶって、ヒロインである佐帆(さほ)に刺激を受ける時間が必要だったのだろうか。でも太陽の茉莉花(まりか)への想いがなければ もっと早く佐帆を意識することも可能で、余計な要素となっている気もする。
なかじ作品にはハッキリとした失恋がないために、太陽の茉莉花への想いが継続したのか終わったのかが分かりにくく、それが太陽の佐帆への気持ちが好意なのか無意識なのかを分からなくさせている。以前の作品でも そうだったが、最初は他の人を好きだったのに徐々に別の人にスライドしていく流れが なかじ作品には多く、しかも失恋させないから、最初の恋心が自然消滅できる程度のものに なってしまっている。そこまでして作品内の雰囲気や人間関係を壊したくないのか、と配慮する部分の方向性に疑問を感じる。しかも どの作品でも そうしているから、またかと辟易してしまう。
そして なかじ作品の特徴として一つのグループの成立が挙げられるだろう。
例えば『ハッスルで行こう』だと男女6人が集う職場のイタリアンレストラン、『ビーナスは片想い』だと大学サークル。狭い狭い「内輪」の世界での関係が永遠に続くのが なかじ作品である。
そして上述の通り、なかじ作品ではメインの登場人物が深く悲しむことはない。内輪カップルの絶対成立(余りはいない)、恋心はスライド可能などの絶対的なルールを考慮すると、本書のグループ「B・Bカンパニー」の男女5人の恋の結末を この時点で考察することも可能となる。誰も悲しまないのが なかじ作品の安心安全の根拠なのだろうけど、結局 作者は誰も悲しませる勇気がないだけなのではないかと私は考えてしまう。それはキャラへの愛情というよりも自己愛に近い気がしてならない。
また作者は主人公に甘い。本書では太陽は『1巻』時点では花を使ったブーケすら作ったことがなかったのに、この『3巻』では修行するために入った花屋で初日から売り物を作り始める という謎の展開がある。これまで未経験で何の体系的な知識を持たない太陽が、最初から花屋で戦力になることを作者は疑問に思わないのだろうか。
『3巻』は前進があって好きなのだけど、あまりにも簡単に太陽が結果と成果を出していることに まるで説得力がない。苑生は花に触れ続けてきたというバックボーンがあるが、太陽はない。しかし2人の能力に差がないという意味不明さが私は受け入れられない。特に直前に読んでいた餡蜜さん『高嶺の蘭さん』内の園芸男子が花屋で商品として出せるクオリティの花束を作るまでに数年単位の苦労をしていただけに、本書の「お花畑」感が悪目立ちしているように感じられた。
今回は褒めようと文章を書き始めたのに、結局 苦言が続いてしまった。
夏休み突入。いつもは80人以上いる寮生は大部分が帰省し、夏休み中は8人きりとなる。
太陽は お盆に両親が帰って来るので、転勤で両親のいる沖縄には行かない。沖縄は太陽にとって無縁の土地なのだ。苑生はプチ家出中で実家に顔を出しづらい。そこから始まる寮の怪談話。寮生の人数が減って広くなった空間に幽霊が入り込むのだろう。新キャラ・鯨井(くじらい)は出てくる必要あったのだろうか…。
無理に共学設定にせず、男子校の寮生活を描けばいいのに、と思うが、過去作と同じことをしたくなかったのだろうか。その矜持があるならば作風とか展開とかも変えて欲しいものだけど。
夏休み中盤のお盆に太陽は両親と再会する。苑生父もそうだったが、太陽の両親も若い。せいぜい20代にしか見えず、太陽の兄姉にしか見えない。作風もそうだが絵柄の幅も狭い。この5か月の寮生活で太陽は自分の好きなことは分かったが、それを具体的に形にする手段がない。それはプチ家出中で家に帰りづらい苑生も同じだった。
新学期。所属するラクロス部でレギュラーになれた佐帆は太陽に試合を見に来て欲しいと伝える。本書で初めての具体的な恋愛アプローチではないだろうか。その現場を目撃した苑生は佐帆の恋心を理解したらしい。
試合に負けてしまった佐帆だったが、その彼女に太陽は作ってきた花冠を渡す。その優しさに思わず佐帆は太陽に抱きつき、太陽は戸惑いながらも彼女を抱きしめる。いとこ の茉莉花(まりか)への恋心は何もしないまま終わったが、それが佐帆ルートの開通に繋がっているのだろう。
佐帆の部活での頑張りを見続けてきた太陽は自分も夢中になれるものを探す。花に関わる部活として華道部や園芸部を求めるが、この私学高校は2年前まで男子校だったという設定のため、その部活は存在しない。そこで太陽は「花で できること なんでもやっちゃうクラブ」の「花部(はなぶ)」設立を希望するが、担任教師には却下される。最低でも5人集めないと同好会にも出来ない。
そこで身近な人に声を掛ける。諏訪(すわ)はバスケ部所属で一途だから入部拒否。佐帆にはラクロス一筋だからと最初から聞かない。そして同じく新しい一歩を踏み出したい苑生に声を掛け、彼は部の名前を再考することを条件に承諾する。
そして太陽は、今更 花屋を営む日向にバイトとして修行させてもらうことを願う。夏休み中 暇だったのに、このタイミングにしたのは全てのことを一気に動かそうとする作者のタイミングだろう。くすぶる時期も必要だったのかもしれない。
太陽が勇気を出した時に日向が怪我をしていたため、太陽は自然と手伝うことになる。でも日向にとって太陽は何の修行もしていない素人という認識だろう。なのに商品を作らせるのは花屋は誰でも出来るという舐めた描写に思えてしまう。日向にも ちゃんとプライドを用意して欲しい。
その後、太陽は苑生にも日向の手伝いをさせる。苑生を一番 上手く操縦できるのは太陽だろう。苑生は『2巻』の寮祭の時に日向に世話になった恩を返すために働く。苑生は ともかく太陽のスキルの高さは本当に謎。花屋での仕事に戸惑う様子が まるでない。一つも壁にぶち当たらないのが なかじ作品の主人公なのだろうか。


文化祭の準備が始まり、2人はファッションショーに花を使った衣装で参加することを決める。その際に団体名が必要となり、苑生の提案した「B・Bカンパニー」が正式名称になる。BはBee(みつばち)という意味で「花を求め花が無くちゃ生きられない、花好きの集まり」を意味しているらしい。ということは苑生は自分が花好きという自覚はあるのか。華道を離れた苑生が花を自分から求めるような描写はなかったが、作者の中では そういうことらしい。この作品における苑生のスタンスが私には分からない。
太陽はモデルを佐帆と芽(めい)に お願いする。芽は苑生に恋をしているの自分の上がり症を無視して参加を承諾。そして太陽は女性たちに衣装の制作を お願いする。その衣装を飾る花は男性たちで作るという役割分担なのだろうが、モデルを頼んでいる部活動所属者に衣装制作を頼むのは一方的な相談ではないか。無自覚とはいえ自分に惚れている女性に貢がせるような形にも見えて ほんの少し不快だ。
もちろん太陽も衣装作りを手伝い、佐帆と2人きりの時に佐帆のラクロス部の練習と試合に刺激を受けて、自分は好きなものを追ったと佐帆への感謝を示す。2人が こんなに落ち着いて会話しているのは本書で初なんじゃないか。ここで佐帆が太陽への好意を募らせるのは よく分かる。こういう場面を ずっと見たかった。
そして太陽の中にも佐帆への好意が芽生え、佐帆の いとこ で彼女が好きな寮長との三角関係が静かに始まる(そのうち静かに終わる)。また対決と言えば苑生の双子の弟・悠生と太陽は、苑生の理解度などを巡って争う。私にとっては苑生の行動は子供っぽいワガママでしかない。いつか苑生のことを ちゃんと理解できる日が来るのだろうか。
文化祭準備で初めて4人が一緒の空間で作業し、そこで苑生が佐帆の恋心を見抜いていることが佐帆本人に伝わる。その反面、苑生は自分の芽からの恋心に気づいていない。その辺がジグザグということなのだろうか。
そして本番当日。苑生は太陽を含めた3人を着飾る。…だけでなく苑生もモデルとして参加。そんな話あったっけ?? その衣装は自分で作ったのか、描かれていないことが多すぎて謎の展開になっている。優勝はB・Bカンパニー。寮長の圧倒的な人気かと思ったが、太陽の女装姿が男子生徒の心を撃ち抜いたらしい。佐帆は自分の女子力が低い自覚があるだろうが、芽は作中で可愛い設定じゃなのだろうか。モデルに参加したのにクイーンの座を男性に奪われた女性の屈辱感は全く描かれない。
後夜祭のキャンプファイヤー(というかたき火?)を太陽は佐帆と手を繋いで見る(佐帆の手が異様に大きくて変)。この時の太陽の心の動きは全く分からない。佐帆の怪我をした指を舐めたり手を握ったり、好意がないと出来ないようなことをしているが、その好意は薄っすらとしか知覚できない。
その後、芽がモデルとして所属していることを知り諏訪が加入。そして5人になれば同好会として認められることを知り、女性たちがモデルではなくメンバーとして加入すると申し出てくれる。これにて仲良し5人組が一つの集団の中にいることになる。
この集まりで苑生は佐帆と太陽の接近を邪魔するような動きを何度もするのだが、この苑生の動機は私には分からない。邪魔するのが楽しいという子供じみた動機なのか、それとも本気で太陽を奪われたくないのか。これは作者の中で楽しい描写でしかなく、私は少しも楽しくない。
後日、男子寮を苑生の母親が訪問する。苑生はバイト中で、母親と知り合った太陽が彼女を部屋に案内する。そこで文化祭の賞状や写真で苑生の学校生活を垣間見た母親は安堵して、息子に会わないまま帰っていく。これは太陽がヒロインだったら相手方の家族との交流である。これで太陽は苑生の家族4人全員と顔見知りになっている。
同好会の始動、文化祭での優勝、そして日向から正式にバイトとして雇われ、何でも太陽の思い通りになる。そして同好会の顧問となってくれた担任は彼らに部室を用意する。そこは壊れた温室。そこを自分たちで手入れすることで彼らは学校内で居場所を作る。自分の一歩が形になったことで苑生は実家に帰ることを考え始める。