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王子様の父親の王様も 大切な存在との距離感を見失って、自家中毒に悩んでいる

王子様には毒がある。(10) 【電子版限定描きおろしマンガ付き】 (別冊フレンドコミックス)
柚月 純(ゆづき じゅん)
王子様には毒がある(おうじさまにはどくがある)
第10巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★★(6点)
 

ずっとそばにいる。お互いの想いを伝えあい、幸せをかみしめるりずと颯太。でも、2人の前に突然やってきた颯太パパが告げたのは、颯太の監視と退学で…!? ずっと一緒にいるために、駆け落ちすることを決断したりずと颯太。2人の恋の行方は…!? あざとかわいい幼なじみラブ、ついに完結!!

簡潔完結感想文

  • 恋人は、自分の世界の全てを捨てられるほどの存在だから共に手を取り人生を拓く。
  • ラスボスが矛を収めてバトル終了。停戦の最大の功労者は りず の母親 ≒ 聖母!?
  • 子供らしく素直になり颯太の人格は落ち着く。2人の関係にも新展開 + 永遠となる。

三角形は安定している、の 10巻。

本書は ほとんどの登場キャラが自分の意志を貫いていたことが作品の清々しさに繋がっているのではないだろうか。ヒロイン・りず は最初は手当たり次第に恋をしようとしていたが、一番 身近にいた颯太(そうた)への恋心に気づいて、何度も彼に拒絶されながらも自分が どんな颯太も好きだと訴え続けていた。

そして実は りず よりもヒロイン性が高かった颯太も同じ。最初は りず に近づく害虫の駆除ばかりしていたが、やがて りず から好意を向けられて戸惑いながらも受け入れる。その後、達海(たつみ)の登場によってレゾンデートルが危うくなった時期もあったが、自分の目指したい自分を見つけることを目標とする。複雑な家庭で形成されていった颯太にとって「本当の颯太」が何だったのか分からない部分もある。けれど りず に好意や醜い自分の心など隠し事をせずに、周囲にも自然体で装うことなく接する、普通の10代の男子高校生になったことが颯太が平常に戻ったということなのだろう。そして颯太は これまで接点がなく どう接すれば良いか分からなかった父親にも胸を張って自分の意見を伝える。まだまだ父親の扶養に入っているけれど、父との関係の改善を試みようとしたところに彼の成長が見られた。

表の顔で悩殺した人にも、裏の顔で瞬殺した人にも囲まれて、颯太の学校生活は続く

三角関係の一端である達海も同じ。完全に りず に弟として扱われていた彼だが、自分の劣勢を知ってもなお、りず に好意を伝える。それが出来たから達海は自分の足で歩き始めることが出来たのだと思う。また達海の存在に りず が少しも揺らがないことで彼女の強さも見られた。当て馬でありながら、りず・颯太の原点であり、成長のキッカケという何重もの役割を達海は果たしてくれた。

颯太の最初の敵であり最大の理解者となってくれた吾妻(あづま)も同じ。ラストシーン、彼は生徒たちの前でイケメン素顔を晒している。これは彼も地味と派手な2人の自分に折り合いがついたように見える。

その他の個性的なキャラも ほぼ使い捨てのキャラがいなかったことが好感に変換される。それぞれが個性を持っていて、その個性がぶつかって、新しい展開が生まれるというギャグマンガとして優秀な部分が垣間見られた。最後に吾妻と入れ替わりで途中退場した元担任も幸福にしてあげているところに作者の優しさを感じた。りず という同性を好きな みゆ も否定されないのも良い。裏表があっても腐女子でも それぞれの特性が個性として認められている世界だから本書の居心地は良いのではないか。


スボスは颯太の父親。けれど颯太にとって全てが上位存在である父親には敵わない部分が多すぎる。だから彼らは父親の支配下から脱することしか出来ず、その現実が骨身に沁みることで颯太は一層の成長を誓うのだろう。だから颯太も、そしてヒロイン・りずも直接的に父親とは対峙しない。颯太の父親に対峙するのは、りず の母親という対等性が良かった。母親が隣人として同じ親として接することで父親は大事なことに気づかされている。少女漫画ヒロインが他人の家庭の事情に介入する展開より こちらの方がスマートに見えた。

そして颯太の父親もまた不器用な人で、颯太とは似た者親子であることが次第に判明していく。
彼らの共通点は、3人で安定していた人間関係が、その内の1人を失ったことで、残された もう1人に対して接し方に悩んだ、という点ではないか。

上述の通り、颯太は りず・達海の3人で同じ幼稚園に通い、りず を中心に楽しい時間を過ごしていた。だが達海がアメリカに旅立ったことでりず の精神が不安定になり、彼女の心を守るために颯太は、本当の自分を押し殺して達海のポジションになろうとした。そして その強制的なキャラ変が後に颯太の心のバランスを崩すことになる。

一方、颯太の父親は妻と息子の3人の暮らしが最も幸福な時間だったのだろう。だが妻と死別したことで父親は颯太との距離感を見失う。元々 仕事が多忙だった人みたいだが、もしかしたら妻と暮らした空間に戻ることは父親にとって とても辛いことだったのかもしれない。だから息子の存在を黙殺して、父親は一層 仕事に没頭することで自分を守った。颯太が達海の穴を埋めるのとは反対に、父親は母親の不在という現実から目を背けたのだろう。

りず が どんな性格の颯太でも受け入れると心に決めたように、颯太の父親は りず の母親に大事なことを教えられることで、颯太を自分の掌中に収めるのではなく、彼の人格や人生を肯定的に捉えることが出来た。

その意味では りず の母親は颯太の父親にとってヒロインである。りず の家には父親がいる気配がないが、今後 りず たち子供たちが義姉弟になってしまう、という展開はあるのだろうか…。ただ りず の母親は颯太の父親の容貌を見ても色めき立ったり色目を使ったりしない。これは りず の父親もまた美形で見慣れているからなのか、母は結婚相手に愛を捧げたからなのか。

今後、作者がネタに困ったら、ヒット作である本書の続編として、お隣で幼なじみの恋人同士の2人が、親同士の結婚により義姉弟になってしまうドタバタラブコメを描いたらいいと思う(適当)


親の意向を無視して自分が学校に残ることが りず の祖父の会社に悪影響を及ぼすと知った颯太。他作品なら ここで颯太が りず を守るために一方的に突き放す場面となり2人の交際の危機となるが、本書の場合、その展開は直前で終了している。

だから颯太は りず と2人で問題に対処する。父親の目論見も全て彼女に話し、それでも りず と一緒にいたい本心を伝える。これは これまでになかった展開である。颯太側の事情、自分を守ろうとしてくれている優しさに触れ、りず は颯太の父親の影響下から逃れるため、駆け落ちに賛同する。

友人と母親に別れを告げ、りず は早朝 家を出る。出発の直前に声を掛けたのは達海だった。彼には自分の迷いも含めて話し、それでも颯太と生きる道を選んだことを告げる。達海は引き留めることなく、りず に実家を含めた母親の面倒を見ると約束してくれる。達海としては失恋が決定的になる辛い道だけど、彼らは本当の姉弟に見えた。やっぱり そのぐらい特別な関係である。


後、颯太はデイトレードで資金を稼ぎ、起業することを考えていた。株の知識は吾妻(あづま)家の居候時代に かじったらしい。吾妻が一教師なのに豪華な住居、派手な外車に乗っているのは副収入の お陰なのか。調べたら どうやら教師は投資は してもOKらしいけど、作中では颯太が握る吾妻の弱みとして描かれている。

2人の駆け落ちは監視をしていた颯太の父親にすぐに把握され、追跡隊が組まれる。そして すぐに りず たちの居場所を捉えるが、颯太は自分の得意技を使って切り抜ける。そうして追っ手を振り切った先に辿り着いたのは寂れた民宿。人心地つく場面だが、りず は駆け落ち中であるが お泊り回であることに緊張する。だが初日は颯太が寝落ちで終了。

しかも翌朝には追手が近づき、2人は森を抜けて逃走する。少女漫画で森や山に入ったらトラブルの元。りず が転倒し、雨にも見舞われる。2人は思い出の秘密基地のような横穴に避難。だが そこで りず を優先していた颯太の体調が悪化する。


2人は身を寄せ合って温め合い、そこで颯太の誕生回でも同じように雨に降られたこと、颯太が知っていて わざと雨具を用意しなかったことが語られる。その頃から颯太は自分を大切にしてくれていた、りず はそう感じる。

また颯太の半生が語られ、幼い頃から母親が病弱で床にふせていて颯太は常に孤独だったことが語られる。母の死後、颯太は幼稚園に通い出し、そこで りず(と達海)に出会った。それは颯太にとって初めて人の優しさに触れる出来事で、その優しさを与えてくれる りず を独占したいと思うようになった。その話の中で、りず は達海を失った幼い頃の自分が颯太を傷つけたことを思い出す。そして颯太が懊悩した彼自身のキャラは りず がキッカケで生まれたものだった。

一方、颯太をロストし、彼らが遭難した可能性があると知った颯太の父親は焦燥する。その焦燥の余り、りず の母親に責任を負わせようとするが、母親の娘たちを信じる姿に接し、自分の非礼を詫びる。颯太が実は不器用なように、父親も同じであるように感じられる。

遭難は、親の敷いたレールからの脱線か。父親は支配することでしか息子に関われない

太のスマホに着信が入り、りず は選択を迫られる。颯太を助けてもらうと別れが待っている。そのリスクがあっても りず は颯太の安全を優先する。たとえ離れ離れになっても心は一緒だと今なら信じられるから。

やがて颯太の父親も森に到着し、りず たちは病院に直行する。父親は颯太と直接 顔を合わせないが、りず に ある物を颯太に渡すように託す。それは颯太が本当に幼い頃、母親が飲ませてくれた幼児用のジュースだった。その記憶が父親には ちゃんとあった。そして今も颯太に それを渡そうとする優しさが存在する。

だから颯太は自分から父親に会いに行き、未熟さを熟知しながら自分の意志を きちんと示す。その息子に父親は釘を刺しながらも、颯太が以前の環境で暮らせるように手配を始める。その父の配慮に颯太は素直に ありがとう と伝える。こじらせることなく自分の好意や感謝、そして不満を伝えられること、それが颯太の成長だろう。


うして日常が戻る。颯太の周囲には彼を心配する人たちがいる。そして颯太は彼らに対し、キャラを飾ることのない素直な言葉を発し、今度は天然に人を魅了していくのだった。日常が戻ったところで自宅での お泊り回が唐突に発生。そして最終巻の最終回なので完遂する。

ちなみに『2巻』冒頭で怪我による休職をしていた吾妻の前の元担任は年下の美女と再婚したらしい。教師として本書で復帰することは叶わなかったけど、幸せにしてあげようという作者の配慮か。

そして2人は2年生となる。達海は日本の学校を無期限休学して日本中を旅している。ラストは主要キャラたち全員での海回。結局、本書で使い捨てキャラとなってしまったのは颯太の親衛隊の隊長ぐらいだろうか。

海回は りず の誕生回で、彼女のリクエストで颯太が女装し、男性たちの視線を釘付けにする。そこから颯太のヒーロー行動が見られたり、彼の魅力が存分に出る回となっている。颯太が男女問わずモテることに心配の尽きない りず だが、颯太は誕生日プレゼントとして左手の薬指に指輪をはめてくれた。こうして2人の愛は永遠となる。

そういえば吾妻が皆の前でイケイケの裏の顔を見せているが、それに対する人々のリアクションはない。