柚月 純(ゆづき じゅん)
王子様には毒がある(おうじさまにはどくがある)
第05巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
甘えんぼの男の子、冷たい眼をした男の子、どっちが本当の颯太なの…。揺れるりずの想いは!? そして、ついに颯太の過去が明らかに! 美しすぎる颯太くん、暗躍。あざとかわいい幼なじみラブ!
簡潔完結感想文
- りず の中で2つに分裂していく颯太。それでも りず を守り続ける目の前の颯太を信じる。
- 今まで駆除してきたのが、他者の恋心だと気づき、りず は せめて正々堂々の交際に努める。
- 颯太は長年の弟ポジションを脱却できずキスが出来ないまま。そこに本物の「弟」が襲来。
二重人格が2つの人間に分かれていく 5巻。
前半は、りず が颯太(そうた)の乖離した性格と曖昧な記憶に混乱するサイコサスペンス風味である。
今回で、颯太が「たつみ」という人間の代替としてキャラを作り上げ、その結果 本来の冷徹な颯太と弟のキャラの2つの人格を使い分けていたことが判明する。二重人格の王子様という一発ネタではなく、颯太の性格の背景を ちゃんと用意している点に感心した。


しかも今回のラストで、今の幸せが まるで かりそめ かのような感覚に陥らせるのが凄い。本来なら ここでハッピーエンドでも良いところなのだが、作者は その先の展開を用意していた。しかも この展開は明らかに後付けの設定ではなく、作者が事前に仕込んでいたネタである。当て馬キャラで もう一花 咲かせようという こすい考えではなく、ここからが本当の勝負、という充実した内容があることが意外だった。
今後の展開は絶対に颯太にとって苦難の連続。当初は無敵なドSだと思っていた颯太が、作中で ここまで苦しむなんて予想外だ。そして基本的に りず のことが大好きで、彼女のために人生を捧げていて、そこに苦しみが生まれてしまう。重すぎる愛に自分が振り回される美少年。なかなか読者のツボを押さえた設定ではないか。
また、今回は りず も良かった。颯太との交際が始まって、当初りず は交際を秘匿しようとする。それは学校のアイドルである颯太との交際が他者に与える影響の大きさを考えてのことである。しかし2人の これまで以上の親密さは誰の目にも明らかで、りず は これまで自分が颯太への接近を阻止してきた生徒たちから糾弾される。
その時に りず が単独で この問題に対処したのが本当に素晴らしい展開だと思った。少女漫画なので ここで颯太に登場してもらい、彼の表と裏の2つの顔を使い分ければ、りず への詰問や反感を抑えることは可能だっただろう。でも本書は それをしなかった。それは りず が過去にやってきたことは彼女の罪であって、それを颯太に解決してもらうのは筋違いだからだろう。人を一生懸命に想う恋心を理解できず、想像力が足りなくて彼らを傷つけたのは りず の罪。それは彼女が反省し、収拾しなければ ならない問題。だから作品は りず に単独で対処させる。
これまで通り、りず に悪意や害意を持って近づく人たちには颯太が出てきてもいい。でも りず が発端の問題に颯太は出てきてはいけない。その違いが ちゃんと分かっている作者は凄いなと感心した。一発ネタ化と思われた本書が、この中盤でグイグイ面白くなっているのは嬉しい誤算である。


りず は颯太と記憶の中の颯太に齟齬があることに気づく。記憶を遡ると幼稚園時代の颯太は2つに分裂する。甘えんぼで泣き虫の今の颯太に通じる彼と、りず を冷たい目で拒絶していた男のコ。2人の颯太が同時に存在していることに混乱し、颯太という人間が分からなくなったため、今度は りず が颯太を拒絶する。
そして思い出の品の中から「たつみ」という名前が書かれた りず宛ての手紙を見つけ、自分の記憶の欠落に「たつみ」が絡んでいることに気づく。
今回 りず の混乱に対処するのは颯太ではなく友人たち。颯太が信じられなくなり始めた りず に対し、友人たちは全部が嘘には見えなかったと答える。それでも自分の中で答えが まとまらない りず は、直近で颯太が優しくしてくれた誕生会を開いた(『3巻』)秘密基地に足を運ぶ。だがヒロインが単独で山の中に入ったら遭難するのが お約束。りず は崖下に転落してしまう。
転落の際に意識を失った りず は、夢の中で、一時期 達海(たつみ)という親戚の子と一緒に暮らしていたことを思い出す。弟のように可愛がっていた達海の記憶と、颯太の記憶を りず は混同していたのだった。
りず が過去の写真を見つけたことを知った颯太は、彼女が秘密基地に向かったのではと推理する。そこで りず の居場所に最接近するのだが、颯太と顔を合わせたくない りず は彼から離れる。当初の場所から離れたことで電波が入るようになり、颯太からの連絡が入る。
そこで颯太は、幼稚園で りず と出会った頃の話をする。幼稚園児にして やさぐれていた当時の颯太は周囲とトラブルばかり起こしていた。だが りず だけは颯太の方にも言い分があると彼の味方をしてくれた。それが颯太には嬉しかった。そして達海を交えた3人で遊ぶようになった。
この颯太の話は りず の記憶にないこと。だから信じられないのだが、その記憶の封印は颯太が仕組んだことでもあった。彼は りず のアルバムや所持品から達海に関わる全ての物を隠した。その後で颯太は達海のポジションとキャラを踏襲したのだった。
動機は達海との別れの際に りず が心を閉ざしてしまったから。「弟」として接してきた者と引き離されて小さな心は壊れかけていた。そこで颯太は りず の前で達海の代わりとして生きることを決めた。りず が不安にならないように ずっと一緒にいることを約束し、りず が受け入れやすいように達海に なりきった。それが幼い颯太の誓いだった。
そして今、記憶の回復で不安定だった りず のもとに、幼い頃と同じように颯太が迎えに来てくれた。その颯太の優しさを りず は信じる。
りず には分からなかったが颯太の方も揺れていた。自分が達海の代替品であることを颯太は承知いていた。そして演じている内に自分の正体が分からなくなり、りず が見ている自分が誰なのかも不安になった。
そんな颯太の心に触れて、りず は達海ではなく颯太を好きになったと想いを初めて伝える。そして颯太も りず に ずっと隠したままだった気持ちを素直に伝え、2人の想いは重なる。
無事に帰宅した りず は、母親から謝罪を受ける。母も りず の心が深く傷ついた達海の一件に触れないことで娘を守ろうとしたのだった。
こうして彼氏彼女になったはずの2人だが、2人の認識の差は大きいまま。
りず は颯太が甘えるついでにスキンシップを求めることを良しとせず、颯太は これまでの我慢があるために りず に触れたくて仕方がない。
でも りず も颯太が自分の知らない部分で成長していること、葛藤していることを今回の騒動で理解し始めていた。だから2人で一緒に関係性を構築することを望むのだが、颯太のペースに振り回される。小悪魔な颯太との交際になりそうである。
また学校のアイドルである颯太との交際が公になった場合、りず の命の危険がある。だから交際は秘密とする。颯太としては りず を狙う輩を一掃したかったのだが、公表での面倒も考え りず に従う。
しかし2人のハッピーオーラは筒抜けで、放課後に りず は多くの生徒に囲まれる。それは過去に りず の妨害によって颯太との恋を邪魔された人々。姉のような立場で颯太に群がる害虫を蹴散らしていた りず が、颯太と交際するなど彼らには許せない。
自分の過去の所業を今となって理解できるから りず は躊躇なく土下座する。いつもなら颯太が駆けつける場面だが、りず は ちゃんと単独で対処した。ここで いつものヒーローパターンになってしまったら、関係性の変化が描けなかっただろう。こういう作者の理解度の高さが私は好きだ。
今のりず には颯太を守れるだけの信念と力があるから、颯太に交際の公表を持ち掛ける。