南 塔子(みなみ とうこ)
恋のようなものじゃなく(こいのようなものじゃなく)
第08巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
この先もずっと隣を歩いていきたい 修学旅行で北海道へ向かう未仁(みに)たち。千耀(ちあき)くんとのお付き合いは順調だけど、気になるのは親友の七緒(なな)ちゃんと一途に恋する牛尾くんのゆくえ。交わす愛のことばの先に、『恋のようなもの』は、本当の恋になるのか――幸せあふれてはじけだす完結巻。
簡潔完結感想文
- 修学旅行回で 混浴の事故と布団に一緒に隠れる の両方をやる、ベタと貪欲。
- 千耀が元カノの家で教わった彫金技術で作った品が未仁の宝物。モヤる…。
- 最終回で性行為をぶっこむ南作品の悪い癖。結婚エンドみたいな終着点なの?
交際し始めたら相手を全肯定、の 最終8巻。
いきなりネタバレから始まりますが、最終回で未仁(みに)と千耀(ちあき)は性行為に及ぶ。『ReReハロ』でも唐突な同じ現象に戸惑ったけど、今回も同じ。これは一昔前の結婚エンドの代わりなのだろうか。恋愛イベントを完遂したことで一区切りをつけて、最終回の大団円としているのか。でも『ReReハロ』と同じように交際期間が短い(または巻数が少ない)まま、いきなり性行為に及ぶから唐突に思える。
以前も書いたけど、作風と性行為に及ぶことが あまりマッチしているとは思えないので、唐突さが出るぐらいなら描かなければいいのに、と思う。まだ『ReReハロ』に比べれば本書は交際期間も長いし、その前の混浴の場面で千耀は未仁の身体に興味を持っている描写があったように思えるけど。
ただし この性行為でも 何だかなぁと思う場面があった。
一つは未仁の純粋性を最後まで守ろうとすること。結果的に性行為に及んだ2人だが、未仁の方は全く意識していない、予定外の、でも嫌じゃないという、彼女の あざとさが最後まで見えてしまった。わざわざ千耀に親がいない週末に家に来て、と言っているのに、未仁は そんな考えは全くないという わざとらしさ。その一方で未仁は あっという間に恐怖心や羞恥心を乗り越えて、自分の欲望に従う。交際まで ずっと逡巡し続けていた人なのに、判断が早い。修学旅行回でのスキンシップが その布石なのかもしれないが、最後まで何でもかんでも未仁の思い通りになる世界に見えて、あまり愉快ではない展開に思えた。
そして もう一つは千耀は女性側に仕掛けられたことに まんまと乗っているような気がすること。元カノ・遠藤(えんどう)との交際では千耀は彼女の仕掛けた罠に はまって、なし崩しに交際が始まり、既成事実を作られることで自分が遠藤の彼氏だ、この人を好きなんだと感情をコントロールされていた面がある。
今回の未仁も遠藤と どこが違うのか と思ってしまう。未仁は自分に性欲なんてありません、という自己認識なんだろうけど、2人きりの家に千耀を誘って、結果的に既成事実を作っている。これ、遠藤が千耀とキスをした時と何が違うのか。誘導され既成事実を作って逃げられなくする、そんな遠藤の罠に最後まで千耀は気付かないまま、彼女を傷つけた罪悪感を抱いて別れる。千耀は上手く女性にコントロールされているだけなのに、未仁と遠藤が まるで聖と悪に分かれている。
最後まで未仁は純粋な存在として描くのか、と呆れる。もっと力を入れるべきところが あるだろう。
また元カノ・遠藤関連で言えば、千耀の彫金技術は遠藤の父親に由来するもの、という事実が物語を曇らせているように思えた。
交際後 初めてのクリスマス、未仁は千耀から彫金で作ったペンダントトップのついたネックレス(ペンダントではないのか?)を贈られるのだが、その彫金は遠藤との関わりで身に付けたもの。そこにも少しモヤる部分があるが、それ以上に疑問に思うのは、千耀は遠藤にも手作りアクセサリを贈っている事実。遠藤と同じことを未仁にも している感じがして、あまり喜べない。これなら既製品を買ってくれた方が私は素直に喜べた。
しかも千耀は手作りアクセサリを贈った遠藤とは破局している。アクセサリは少女漫画において愛の結晶。だからこそ未仁は以前に千耀から贈られたウサギのキーホルダーを封印していた。でも その効力が永遠ではないことが遠藤で示されてしまった。未仁が宝物に思っている2つの品が、遠藤との交際で習得した技術であること、遠藤にも贈られたこと、そして破局の前例があること、が幸福感を曇らせる。これは私の考え過ぎだろうか。せめて彫金技術と遠藤を切り離してくれれば、千耀の純粋な特技として認識できたのに。
ここまで驚くほどの奪略愛の言い訳を重ねてきた作品にしては、処理が余りというか、考えが及んでいないように思える。以前も書いたけれど、キャラの処理の仕方や こういうエピソードの不完全さなど、南作品はノイズが多いのが気になる。キャリアを積んでも、4作目の長編でも改善の余地があることは、伸びしろなのか、それとも…、と思ってしまう作品だった。
修学旅行回。
この大イベントは七緒(ななお)と牛尾(うしお)のカップル成立のために使われる。しかし七緒は牛尾に幸せになって欲しいと思っているからこそ、自分のような恋愛が長続きしない人との交際を避けている節がある。
そのことに気づいた未仁は、七緒の力になれないことを千耀に相談し、千耀は ずっと味方でいれば それでいいと未仁を励ます。意地の悪い見方をすれば、幼稚すぎる未仁は七緒の力になれないから何もするな、と言っているようにも聞こえる。
修学旅行で未仁たちはスノボに参加。特別なイベントなんだけど、何だかプール回と同じような内容に見える。未仁の千耀の全肯定も飽きた。簡単に罪悪感を消滅させていて、これまでの悩みはなんだったのかと呆れるばかり。
少女漫画で山(雪山)に入るのは遭難の前兆。本書でも一時、遭難フラグが立ったが無事 回避。その代わりに起こるベタなイベントは偶発的な混浴。昭和の時代から続いているであろう このハプニングを令和の時代に平然とやるとは…。千耀の尽力で どうにか好奇の目に晒されずに未仁は脱出。このエピソードは未仁の裸を意識しまくる千耀が大事で、これがラストの性行為への布石になっているのだろうか。
3日目の夜、未仁と七緒の部屋に千耀と牛尾を誘うことで お節介を焼こうとする。ここでもベタな見回りの教師から隠れるために一緒の布団に入るイベントが起こる。その前にあった「愛してるゲーム」は どこをどう楽しめばいいのか本当に分からない。
どうしても私は交際前まで あれだけ距離を取っていた2人が急速に(作品内では3か月ぐらい経過しているのだけど)距離を縮め、スキンシップを過剰に取っているような気がしてならない。未仁にとっては実質 初めての交際で、あれだけ想っていた千耀(しかも幼なじみ)との時間なのだから、もう少し気恥ずかしさがあってもいいと思う。けれど、ただただ甘いだけで2人ならではの交際模様に思えないのは、私が この2人に思い入れがないからだろうか。
4日目の自由行動で、七緒は牛尾と別行動することを選ぶ。
直前で牛尾の所属するフットサル部のマネージャーが彼に告白する情報を入手して七緒は牛尾との行動を断ろうとするが、未仁が それを阻止。これは七緒が千耀に八つ当たりしたのと似た状況だろうか。自分の「推しカップル」を成立させるためなら過干渉も厭わないのが彼女たちの友情みたいだ。
この自由行動で、未仁は千耀と七音(ななと)と行動するのだが、千耀と七音が仲良くなったエピソードなんてない。そういう人との関係性を ぼんやり描くのが作者の甘いところ。もう少し、七音が千耀に対する気持ちや その逆を描けていれば作品の奥行きになるのに。作者が描くのは恋愛それだけ。それ以上の世界観が いつも見えてこない。
七緒は牛尾と行動したものの、告白を決意しているマネージャーの存在を知って遠慮しようとしていた。だから牛尾から改めて告白しても、自分との交際は長続きしないこと、牛尾を想ってくれる人は別にいることを伝える。
けれど それは牛尾の決める幸せではない。牛尾は七緒と交際したいし、交際できたら それがずっと続くように努力を続ける。その誠実な態度に七緒は折れる。それは妥協ではなく、自分への挑戦だろう。これまでとはタイプの違う人と交際してみようとする。そう思うのは七緒が牛尾のことを信頼できると感じたから。だから未仁が見たことのない笑顔を、牛尾と一緒に居る七緒は浮かべるのだ。
しかし七緒はマネージャーが近くにいるのを知りながら告白を受けている。七緒なら雰囲気を察して、別の場所に移るとかしそうだが そうしない。しかもマネージャーは その後、存在が描かれない。これは七緒の幸福を濁らせるからなんだろうけど、じゃあ なんで近くにいる設定にしたのか謎である。七緒の心の引っ掛かりとするなら、別に朝に見た光景を回想するだけでいい。ちょっとずつ描写に違和感を覚える、それが南塔子作品である。


交際した途端、七緒が迷いを吹っ切って、牛尾を全肯定するのも よく分からない。これは未仁にも見られた現象。それまでの逡巡や悩みはなかったことになるのか。
それに七緒と牛尾の関係は実質、恋の始まりと決着の2回分しか描かれていない。途中経過があれば七緒の少しずつ変わっていく心が分かりやすいのに、それがないから牛尾の努力も半減して伝わる。この辺も もうちょっと上手く織り込めないものか。
最終盤に分かれる訳がないけれど、交際後1か月が過ぎたクリスマスでも七緒と牛尾の2人の関係は続く。どうでもいいけど、未仁が千耀に渡したクリスマスプレゼントのマフラー、袋から取り出した途端に2倍ぐらいの大きさになっている気がしてならない。未仁は千耀がペンダントトップを作ったネックレスを貰う(ペンダントなのかネックレスなのか…)


最終回の、年明けの初詣回は全員集合。これまで存在しか明らかになっていなかった中学時代から交際をしている七音の彼女も登場する(後ろ姿だけで顔は見せない)。流絃(るいと)や その彼女たちも久々に登場。伊鶴(いづる)や序盤にいた女友達は省略されたようだ…。
その際に未仁は両親が旅行で不在の週末に千耀を家に誘う。その幸せの前に、おみくじに書いてあった お告げを気にして2人が不安になるが、これは幸福の布石。
当日、千耀は交際を申し込む際(『7巻』)に失敗した花束を渡して、未仁を笑顔にする。勿論、未仁にとって花びらが落ちてしまった花も大切な宝物。それは千耀が初めて未仁の部屋に入って、その花がドライフラワーになって大切に飾られていることで理解できた。
未仁は千耀が部屋に入ってきて初めて2人きりであることを意識する。未仁がトラップを仕掛けた訳じゃないという作品最後の未仁の純真無垢設定が発動する。だから千耀が我慢できなくなって、未仁も それを受け入れて2人は性行為に及ぶ。ちゃんと避妊具も装着するが、それは千耀が用意している。
こうして2人の初恋物語は幕を閉じる。未仁は最後まで何もしなくていい、それが徹底された作品だった。