宮坂 香帆(みやさか かほ)
「彼」first love(かれ ファーストラブ)
第05巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
フォトコンテストで1位をとりカメラを続けると父親に宣言した桐矢。しかし倒れかけた父親をかばい事故に。骨折が治ると、桐矢はひとり家族の思い出の地に向かう。迷いを抱えたまま戻ろうとした桐矢を花梨(かりん)が待っていた。そしてそこには時ならぬホタルが…。思わずシャッターをきる桐矢だが…!?
簡潔完結感想文
- 怪我を負って気弱になっている桐矢を支えるためなら花梨は無敵になれる。
- 自分の将来が決まり、跡継ぎ・家庭問題が解消された桐矢は無敵になれる。
- 無敵感に支配された10代は結婚を約束。それはシンデレラ物語 完結の合図。
ヒロインの将来の選択のヒントは作品の中に限定される、の 文庫版 最終5巻。
まず良かった点から。ヒロインの花梨(かりん)が恋人・桐矢(きりや)の実家で母親とピアノを連弾し、それが この一家の回復へと繋がる。ヒロインがヒーローの家庭の事情に介入し、トラウマを解消させるのはオーソドックスな展開である。
そこで素晴らしかったのは、花梨が蓋を閉めて封印していたピアノの蓋を開けさせたのは桐矢だという点。あの日、桐矢が花梨の全てを認め、彼女が好きだったものを取り戻す手伝いをしたことが、この未来に繋がってる。情けは人の為ならずではないが、序盤の桐矢の無限の優しさが彼を将来的に助けているという流れが良かった。花梨の方は芸は身を助ける で、自分の好きなことが彼の家の問題を救っている。桐矢の家に関しては2人の これまでのエピソードが上手く作用している。事あるごとにピアノは花梨のターニングポイントになっており、それが様々な意味で彼女の将来を決定づけることは納得が出来る。ピアノは桐矢が回復させてくれた花梨自身の「好き」という感情なのだ。それを一生大事にしていくことが花梨の桐矢への愛情となる。


最終巻では これまで つまらないことで喧嘩していたのが嘘のように、2人の愛は永遠となる。将来の進路を決めた途端、結婚話が始まるのは、最後まで波乱万丈な展開を貫き続けた本書らしい唐突さと言える。よく指摘しているけれど、少女漫画における結婚は終戦宣言である。これ以上、ライバルは登場しないし、不安にもならない作品のピリオド。途中の経過がどうであれ結婚は全ての問題を強引に解決する万能イベントなのである。
特に本書は中途半端なことが多かったような気がする。序盤から中盤に登場し続けたイジメの首謀者・ユカは終盤になると存在を抹消された。彼女は痛い目に遭って敗退することの連続だったが、しぶとく花梨に嫌がらせを続けた。CM出演など世間の注目を集める花梨に対して、嫌がらせの画像を拡散した割に何の報復も受けず、存在自体を無視されるという憂き目に遭った。これは同じ頃に桐矢の元カノが登場し、ポジションが似通ったという事情もあるだろう。最後に花梨は ずっと出来なかったユカに本音をぶつけるシーンがあっても良かった気がする。
花梨の両親の干渉も波があった。作中で何度も花梨が家に帰ってこない日があったり、帰りが遅くなったり、心配な日々が続いていたのに、過干渉といえる一時期を過ぎると、一般的な親よりも寛容なぐらいだった。その中で母親は交際を一度 容認しながらも、桐矢を牽制し、そして最後も娘の進路に異議を唱えながらも、父親の主導により その意見は黙殺されてしまう。母親を一人の女性として見た時に、彼女は自分が幸せな人生を歩んでいると考えられるだろうか、と心配になる。父親は逆に桐矢との交際を認めてからは何も言わなくなり過ぎている。
作中で花梨が両親に対して自分の存在を認めさせるようなシーンが無かったのが残念。これはユカに対して一人前の意見を述べなかったのと似ている。父親が認めたのは花梨じゃなくて桐矢の方だし。
花梨は桐矢との交際を認めてもらうためには予備校通いや成績の維持が条件だったはずだが、作中で これらのシーンは少ない。むしろ予備校の時間を利用して、サボって桐矢の家に行っていたという印象が強い。成績に関しても要領の悪い花梨が本当に こんな安定感のない毎日で勉強が頭に入っているとは思えない。
恋に生きるだけでなく、花梨が親に感謝して その恩返しをするために実績を作るようなことが無かったのが残念。最終回で桐矢は自分の幼稚さや未熟さを痛感し、親に感謝し、自分の愚行を反省していたのに、花梨には それがないまま。桐矢との交際もそうだし、家庭内での約束もそうだし、将来の進路的にも花梨は割とワガママが許されている。少々、読者の身代わりであるヒロインにとって都合が良すぎはしないか。
振り返ってみると本書で最も目立ったのはバイトシーンではないだろうか、と思う。
桐矢は生活費の全てを稼ぐために いくつものバイトを掛け持ちしていたし、花梨も はじめは旅行資金を貯めることから始まり、プレゼント代、そして将来 桐矢を支えるための資金を貯めようと働き続ける。印象としては予備校よりも真面目に こなしている。
作者が そこまで考えていたのかは分からないが、結果的に高校時代に稼いだ お金の全ては、10代で結婚したであろう彼らの結婚生活を支えていくのではないか、と思われる。親に金銭的に依存しないで結婚すること、そのための資金を貯蓄し続けることが彼らの高校生活で一番 重要だったように思えるエンディングである。
冷静に読んでしまうと、これまでの2人の性格的な危うさや これからの収入的な不安定さなど思うところはある。けれど劇的な出会いから始まって、花梨はシンデレラのように花開き、王子に出会った作品だから、その結末は結婚が相応しいのだろう。
その意味では最後まで少女漫画読者の夢を詰め込んだ作品で、こういう恋愛をしてみたいと思わせ続けた作品だと思う。さすがに中盤の「するする詐欺」の長さと、些細なことでの喧嘩の繰り返しには辟易する部分があった。それでも人の死、トラウマ、恋愛の障害などドラマチックな展開の連続が読者を魅了したのは理解できた。
作者が凄いのは このオーソドックスな作品が自身最大のヒットになったものの、その一発屋で終わらず、ここから人気作家としての地位を一層 盤石にしている点である。ここまで2作品読んで、話の運び方の上手さを実感したので、今度は話そのものの上手さを実感したい。作者が この作品のヒットの後で どういう作品を用意しているのかが楽しみだ。
自宅前で桐矢は父親を庇って右手足骨折の大怪我を負う。桐矢の病室を訪れた警察官が置いていった現場に散乱した物の中に桐矢家の家族写真があった。それは桐矢のではなく父親のもの。彼は父親が家族を大切に思っていることを実感し、気持ちが混乱する。
その後、自宅療養になった桐矢が家を飛び出したという連絡が家政婦を通じて花梨に入る。彼の行き先のヒントが家族写真の風景にあると考えた花梨は父親の書斎に入る。家政婦の許可を得ているとはいえ、父親の私室に勝手に入るのはダメだろう。そこで花梨は父親が薬を服用していることを知る。その場面を父親に見られ、花梨はコンテストの結果が出るまで、いや金輪際 秘密にしてくれと要望される。
そうして複雑な思いを抱えたまま花梨は桐矢を迎えに行く。花梨は父親の思いも、父親に寄り添おうと揺れる桐矢の気持ちも分かるから何も言えずにいた。その日、まだ季節には(4月の中旬)早い蛍が飛び交う。淡い光に包まれる花梨の姿を思わず撮影した桐矢は踏ん切りのついた表情を浮かべる。
そのフィルムを携えて帰宅した桐矢は長らく眠っていた母親が目を覚ましたことを知る。だが桐矢は母親と顔を合わせることなく、彼女の精神の安定を第一に考える。
気持ちに余裕のない桐矢は、かつての花梨のように恋人に刺々しい態度を取ってしまう。でも今の花梨は桐矢より寛大で余裕がある。だから自分から歩み寄って距離を縮めようとする。そして共通の友人である綾瀬(あやせ)のアシストもあって2人は仲直り。
4月は2人の誕生月で、桐矢は花梨からのプレゼントに好きな曲の演奏を依頼する。その場所は桐矢の実家。立派なグランドピアノで花梨が演奏していると そこに母親が顔色を変えて登場する。桐矢の好きな曲は一家の思い出の曲で、その曲に影響され母親は顔を出した。そこで母親が目覚めて初めて母子の会話が交わされる。
そして かつて倒れた花梨を見舞いに部屋に友人たちが集まって母親が安心したように(文庫版『1巻』)、今度は桐矢の部屋に友人たちが集まって賑やかな声が豪邸の中に響き渡ることで、母親は この家の温かさを思い出す。
今回は実家に戻って、怪我を負って、精神的に色々なものを抱えている桐矢を周囲の人たちが心配して勉強会を開いた。桐矢は無理をしていないというが、勉強するのは跡継ぎになろうとしていることは誰の目にも明白。桐矢は揺らいでいた。
ある日、桐矢を訪問した花梨は、ピアノのある部屋から曲が流れていることに気が付く。それは桐矢の母親の演奏だった。まだ身体の自由を戻せていない母親の状況を知った花梨は、片手を引き受け、1つの曲を母親と連弾する形を取る。
花梨は母親と桐矢の話をすることで、すれ違ってしまった母子の気持ちを復元させることの手伝いをする。ヒーロー側の問題を解決するのは いつだってヒロインの役目である。
そんな女性2人の光景を見た桐矢は、これまで放置していたフィルムの現像に動く。今まではコンテストに写真を提出し、自分が目標とライバル視している高樹(たかぎ)から辛辣なコメントを述べられることを、恐怖していた。だから勝負をしないことで自分が傷つかずに跡継ぎへの道を進もうとした。けれど彼に勇気を取り戻したのは一人の聖女・花梨の存在があった。
だから桐矢は これまでは吐露できなかった自分の弱さや迷いを花梨に預けることにした。それが出来るようになったのは桐矢の中で花梨は どんな自分も受け止めてくれるという信頼が生まれたからだろう。
不安を抱え眠りに就きにくくなっている桐矢のために花梨は、彼の好きな曲をピアノで演奏し録音する。ピアノの演奏をしていて親に咎められるような時間だったのに、その後に桐矢の実家を訪問しているが、こういうことは問題にならないのだろうか。
そして花梨の働きは桐矢の父親にも知るところとなる。
花梨に支えられながら応募したコンテストの結果は3位相当。父親と、カメラを続ける条件に出した1位は獲得できず、彼の未来は閉ざされる。そのことを桐矢は花梨に告げられない。
更に悪いことは続き、バイト先で先輩が売上金に手を付けている場面に遭遇し、桐矢も巻き込まれてしまう。まるで花梨における学校でのイジメの件や補導のようである。花梨の時と同じように警察署で身元引受人となるのは父親。桐矢の疑惑は既に晴れているが、劣等感に苛まれている桐矢は父親が自分に落胆したと怯え、そしてヤケになる。そんな息子に家族としての責任と愛情を訴える父親だったが、その途中で病気の症状が現れる。
父親の病気は一生 治療を続けていくものだと桐矢は病院で初めて知る。自分が見ようとしなかった父の覚悟と愛情を知り、桐矢は頭を抱える。それを支えるのは花梨の他にいない。花梨との会話で覚悟を決めた桐矢は、父の病気や思いを知った上で、カメラの道を続けたいと頭を下げて懇願する。
その後、コンテスト受賞作が展示される作品展で父親は桐矢が撮影した蛍の写真を認める。そして年若い受賞者の桐矢に注目が集まり、雑誌の特集のオファーが舞い込む。
桐矢の進路が決まったことで今度は花梨の番になる。自分の足で立とうとしている桐矢を見ると今度は花梨が焦燥に駆られる。ここで花梨の問題にテーマが移ると、これまで花梨の行動を静観していた両親が再び口を出すようになる。
そんな時、花梨の姉が、大学の友人の結婚式でのパイプオルガン演奏を依頼する。花梨にとっては文化祭以来(文庫版『2巻』)の演奏機会だったが、母親は花梨が恥をかくだけと娘の やる気を削ぐ(文化祭も演奏は出来なかった)。
周囲の人が進路を早々に決めていることも花梨の焦燥になる。そんな花梨の様子に気づき、久々に桐矢がヒーローとしての役割を全うする。持ちつ持たれつが2人の関係なのかもしれない。
桐矢は夏休み中の2人きりの旅行を提案する。そして これまで無断外泊を繰り返している2人だが、今回は花梨の父親に許可を求める。この時、桐矢は立派なことを言っているが、過去の言動や過失があって桐矢を格好いいとは もう思えない。ラストに向けて再び誠実さを取り戻そうとしても無理である。
しかも今回は初めての2人きりの旅行と特別感を出しているが、もう旅行も性行為を済ませているので再放送にしか思えない。
旅行先は北海道。だが桐矢は夜間に撮影をするということで花梨を放置。そこで すれ違いが生じるが、トラウマや家族問題を乗り越えた桐矢は再び無敵タイムに突入中。序盤のような寛容さを見せ、不安に呑まれようとしている花梨の精神を安定させる。
それからも夜の撮影で花梨は放置されるが、桐矢は花梨のための1日も用意して抜かりない。そして北海道には桐矢の兄で、花梨も好きなカメラマンである亡きユウジの墓があった。分骨された兄の墓に花梨を紹介するために桐矢は この地を選んだという理由もあった。
北海道で お世話になったユウジの恩師の夫婦の挙げていない結婚式を用意することで恩返しをし、そこで花梨はパイプオルガンを演奏し、人の心に影響を与える演奏の素晴らしさを再確認する。思えば花梨が正式な場で演奏するのは これが初めてか(文庫版『3巻』の撮影したCMは花梨の演奏が使われたのだろうか)
後日、桐矢が花梨を連れてきたのは その結婚式のあった教会。
桐矢は小さな教会の壁と天井を自分が毎夜 撮影してきた星の写真で埋め尽くしていた。そして その星の一つに宝石を埋め込んで、それを花梨に発見してもらい、桐矢はプロポーズする。桐矢は高校を卒業したら結婚する意志を見せた。それに花梨も同意する。
いかにも少女漫画らしい現実感のなさだが、こういう恋に憧れる同年代・年少の女性がいるのも確かだ。それよりも私が気になるのは、教会に写真を貼る費用、撮影した星を星座に結ぶ手間など、経費と時間だ。桐矢にはコンテストの副賞30万円という軍資金があるとはいえ、何百枚の写真を引き伸ばし、貼り付ける費用には足りないだろう。しかも宝石(ダイヤ・ブランド物の指輪)まで用意している。実家暮らしになってバイト代が浮いているのだろうか。それとも御曹司の貯金で物を言わせたのだろうか。その答えなのかは不明だけど、一人暮らしで自立していると思われていた桐矢だが、マンションの家賃は父親が払っていたことが発覚する。これまで桐矢が労働で得た賃金は全て彼のものとなる。


そして父親の体調も安定し、家族は以前のような交流を持ち始める。ただ後継者問題は白紙だし、父親の病気だって現状維持、しかも亡き長兄問題は ちょっと棚上げされて無視しているような印象を受ける…。それでも全てが父親の手のひらの上だと分かって、桐矢は自分の未熟さを痛感する。ようやく本当に大人になる準備が出来たようだ。
旅行から帰ってきて、花梨は音大の進学を希望する。花梨の本気を受け取った父親は それを許す。これまで親を何度も騙してきた花梨が結局ワガママが通っているような気がしてしまう。
確かにピアノは桐矢と出会ってから、封印が開放されたものだし、これまでも何度か花梨は触ってきた。ただ音大は厳しいと思ってしまうが、そういうリアルな思考は少女漫画には必要ないのだろう。でも、彼氏のために料理だけは頑張ったヒロインが食の専門学校に進学するのとは訳が違う。花梨の唯一の得意分野だから、こういう道を示すしかなかったか。
ラストは高校を卒業して、友達たちが大学に通っている中で結婚式を挙げる2人の様子が描かれる。それぞれ安定した収入を得るのは まだまだ先だろうけど、2人は高校時代に よく働いている。特に桐矢は家賃分の お金が返却された状態なので しばらくは困らないのだろう。
「特別番外編 boys version 桐矢13歳[春]」…
中学1年生の桐矢は、大好きだった兄が結婚して家を出て、同じく大好きだった母は社長夫人として家を空け、父親は多忙。大きな屋敷で孤独感を抱えていた。そんな彼の孤独を紛らわしてくれたのが、本編でも登場する友人たちだったという話。そして最後に花梨らしき女性が登場する。