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少女漫画と小説の感想ブログです

「まだ帰らないで…」から始まり「今日は帰したくない…」で終わる約400ページの虚無

「彼」first love〔小学館文庫〕 (3) (小学館文庫 みC 11)
宮坂 香帆(みやさか かほ)
「彼」first love(かれ ファーストラブ)
第03巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

単身赴任中の父親に交際を反対される中、クリスマスの夜に花梨の部屋を訪れた桐矢。「まだ帰らないで…もっと一緒にいて」ふたりの情熱はますます高まるが、お正月に桐矢のバイト先で花梨の父親とバッタリ!?そこで花梨の目に飛び込んできたものは…。今、最もホットなピュアラブストーリー!!

簡潔完結感想文

  • 両親のいる家に忍び込んで性行為に及ぼうとした時点で桐矢の信用はゼロかマイナス。
  • イベント日はトラブルの前兆。「何回こんなこと くり返すんだろ」と花梨も読者も辟易。
  • この世界の王子に みそめられたシンデレラは、別の国の王子に導かれて更に美しくなる。

1人の新キャラ以外は読み飛ばしても話が通じる 文庫版3巻。

性行為をする しないで何百ページ消費するのか。この文庫版『3巻』は「するする詐欺」で始まり、それで終わる。ヒーロー・桐矢(きりや)の家庭の事情やトラウマは早くも概要が明らかになっているため、本書に残るイベントは性行為の完遂ぐらいなのだろう。だから作品は それを大事に大事にする。その一方で性行為ぐらいしか読者の興味を引くことはないから、何度も2人は倒れ込んで、未遂を続ける。性行為を匂わせながら、性行為を思い止まらせる心理的要因を用意するという2つの相反する力が働く。そのためにはヒロイン・花梨(かりん)の両親を何度も利用する。交際を認めたはずが反対勢力になって彼らは言うことが一貫しない。既に1回出てきた問題を何度も こするのも問題で、この文庫版『3巻』は既視感しかない。

だが花梨の両親よりも私の中で最も評判を下げたのは桐矢だ。何と言っても冒頭で花梨の両親が眠る家の中に侵入して、そこで性行為を始めようとする その厚顔無恥さは目に余る。桐矢は花梨の親それぞれに立派なことを言うが、その前に自分が彼らの信頼を失墜させるような行為をしたことで桐矢の言葉から説得力が奪われる。花梨も花梨だ。自宅に桐矢を呼び込むことで、それが もし見つかったら両親が どういう反応を見せるかは火を見るよりも明らかだろう。自分たちが彼らを信用させられないのに、相手からの信用を得られないと怒り悲しむ花梨は幼稚すぎる。両親を恋の障害に設定して、被害者ぶるのも いい加減にしてほしい。

ヒロインたちは全て正しいことをすべきだとは思わないが、それにしても この2人は自分の欲望ばかりを叶えようと必死過ぎる。なぜ こんなに生き急ぐような恋愛をしなければならないのか、私には分からなかった。

そして性行為が なかなか達成されないのは、2人が ずっと喧嘩しているからだ。花梨の自己中心性・情緒不安定さは あまり変わらないが、それをフォローしてきた桐矢が余裕を失ったことも衝突の原因となる。新キャラの高樹(たかぎ)は当て馬ではなく、桐矢に心理的プレッシャーを与える者として存在意義がある。やや俺様ヒーローで、それ故に いつも寛大だった桐矢は、自信を失い、自分も花梨と同じく不安や焦燥に呑み込まれていく。そんな2人の心理状態だから交際は上手くいかないという流れは大変 理解できる。序盤で無敵だった桐矢は もういない。

高樹の影響で桐矢も焦燥や不安を抱え始める。そんな2人の交際は上手くいかない

た同じことの繰り返しといえば、学校内でのイジメも再燃する気配を見せる。イジメの首謀者の成長の無さも頭が痛いが、ただ その中でも面白いと感じられたのは、桐矢という御曹司王子に見つけ出されてシンデレラとなった花梨が もう一度 シンデレラストーリーを掴んだことだった。

それを可能にするのも新キャラ・高樹だった。彼は桐矢の上位存在であり、彼に花梨は見いだされ、CM出演という とんでも展開で世間の注目を集める。
花梨は その美貌で稀有な体験をしたのだ。それが気にくわない人が出てくるというのは自然な流れである。ただ既に八つ当たりによるイジメは描かれたことで、今更 再燃しても嫌な気分になるだけだ。

本当に文庫版『3巻』は高樹以外に新鮮味が感じられない。決して話の完成度は高くないのに500万部売れるんだから、少女漫画世界は よく分からない。どう考えても不幸のバランスが多すぎると思うのだけど、この切なさがターゲットの読者には良いのだろうか。私には ちっともわからない。


リスマスイヴの夜、自宅に寄ってくれた桐矢を家に上げ、交際を快く思わない両親がいる中で性行為を始めようとする2人。完遂できなかったことより、この状況下で事を始めようとする2人は やはり親からしてみれば未熟だと思われて当然。桐矢にプレゼントを貰ってよかったねとか、そんな彼に何もしてあげられない忸怩たる思いに共感するよりも、親の気持ちを少しも理解できない花梨に呆れる。これなら家を飛び出して桐矢の家に行った方が ましだ。

桐矢からのプレゼントは花梨が あけていないピアス。それを花梨は桐矢を喜ばすために あけようとする。独占欲とか支配欲を隠さない桐矢のプレゼントセンスも、それに簡単に応えて愛を証明しようとする花梨も好ましく思えない。

そして性行為の機会を早々に作ろうとする桐矢を拒絶すると2人の仲は険悪になる。もう既に1回ケンカのターンはやっている。幸福なクリスマスを迎えた数日後にケンカ勃発。これでは彼らに永続的な愛情なんてないように思えてしまう。


年、家族4人で写真を撮ろうとした花梨の一家だが、カメラが壊れたため、写真館での撮影をする。桐矢は そこでバイトしており(わぁ偶然)、父親は桐矢の家庭の事情や、ここでの働きぶりを知り、彼の撮影した花梨の写真を見て、認識を改める。
そこで父親は桐矢に撮影を任せる。そして最後に桐矢を含めた5人での撮影をする。そして桐矢との交際を認める。ただ以前、母親は交際を一度は認めながら味方にはなってくれなかった。父親もいつ意見を翻すか分かったもんじゃない。花梨も含めて この一家は気分屋というしかない。

苦労話を聞いて偏見を改める父親。でも自分から謝ったりしないのは さすが花梨の父親か

この一件で2人は仲直りの機会を得るのだが、また同じことを繰り返す予感しかしない(そして予感は的中)。
仲直りの儀式として花梨は自ら桐矢からのピアスをつける意思を表明する。これは疑似的な性行為なのだろうか。桐矢の手でピアスが挿入される、というのが意味深である。

この話では桐矢をロマンチストとして描く一方で、男性の性欲に対して辛辣な意見を述べる綾瀬(あやせ)を用意している。こういう少し生々しい男女交際のハウツーが学べる点も人気の一つなのだろう。


親の理解によって週末は門限が解禁されたことで桐矢は花梨を写真撮影に遠方に誘う。自然豊かな場所に行ったら起こるのが天候の急変。それが少女漫画あるある。
そこから避難するために見つけたのはラブホテル。お決まりの展開で、するする詐欺が始まるかと思われたが、花梨がピアスを紛失したことに気づき、雨の中を飛び出す。

その時に遭遇するのが新キャラ・高樹 真二(たかぎ しんじ)。桐矢が憧れる天才カメラマンである。カメラの才能においては桐矢よりもスキルの高い人間を用意することで、桐矢を焦燥させる存在となる。そして高樹は桐矢の兄・ユウジの友人でもあり、自分の知らない過去の話をする彼らに花梨は疎外感を覚える。

そんな花梨に高樹は声を掛け、実は服に引っ掛かっていたピアスが落ちるのを見て、それを黙って拾う。ダイヤモンドのピアスだから売ってしまうのではなく、それは高樹と花梨が接触する脅迫材料として使われることになる。


宿泊したホテルで するする詐欺が再開される。
だが今回は桐矢が自分の写真に対する高樹の辛辣なコメントを立ち聞きしてしまうことで、彼が意気消沈。しかも高樹と親しげな様子だった花梨に八つ当たりを始める。作品内で ずっと俺様だった桐矢のプライドが傷つき、それをヒロイン・花梨が癒やすことで桐矢の花梨への想いが強まる。だが桐矢は今の自分が冷静ではないという自己分析があって行為を中断する。花梨の側に覚悟があっても今回も完遂は出来なかった。

翌日、花梨たちは高樹の仕事に同行する(帰れよ)。高樹の仕事はデビュー曲がヒットした歌手の2曲目のPV。彼もまた桐矢と同じ仕事に対して真摯で情熱的。そうして桐矢の劣等感は強まっていく。


梨はピアスを紛失したことを気づかれたくなかったり、桐矢が落ち込んでいるのを分かっていても何も出来ない自分に悩み、桐矢との距離感が分からなくなる(またかよ)。今回は無敵だった桐矢が弱るという新しい事態ではあるものの、基本的な構造は単純な すれ違いである。
しかも理解を示したと思った花梨の親側が、今回の宿泊のことで また交際への干渉を始める。2人の障害を取り除かなければ物語は続くが、同じことの繰り返しは作品の質を悪化させるだけ。しかも花梨の両親の問題は中途半端に処理される。桐矢も性行為なしの清い交際を誓った割に破ってしまうし。花梨も桐矢も両親も、全員が中途半端な行動を見せることが私は好きになれない。波乱が起きれば良いというものではない。

高樹と別れる際に手渡された名刺に、ピアスの件が書かれていた。だから花梨はバレンタインデーにチョコと身体を捧げる前に、高樹との面会の約束を取り付ける。

そのバレンタインの約束を桐矢に取りつけとするが、彼は花梨の母親からの忠告が効いていて、花梨の帰宅が遅くなったり外泊することに賛同できない。クリスマスと同じくイベント日に何かが起きるのはいいとして、クリスマスに両親のいる花梨の自宅でコトに及ぼうとしていた桐矢が今更 真面目になっても遅きに失している気がしてならない。この時、桐矢が花梨の携帯を借りている時に高樹からの連絡を取る。こうして桐矢は高樹への嫉妬を燃やす。


梨が高樹から呼び出されたのはスタジオ。通された場所にはグランドピアノが1台 置いてあった。そして花梨はピアノを弾いている姿を撮影したいという高樹の要望に対し一度は拒否するが、ピアスの返却を材料にされてしまい承諾する。

そして桐矢との待ち合わせに遅れながらも、高樹に送られ桐矢のマンションに到着する。それを目撃した桐矢は平常心ではなく、花梨も高樹の一件を隠したいのでギクシャクし、バレンタインも上手く過ごせなかった。「つき合ってる間に何回こんなこと くり返すんだろ…」と花梨が言っているが、読者も同じ気持ちである。


の2日後、花梨はCM出演を果たしていた。実質1日でCMを仕上げるって どこの世界の話なのだろうか。そもそも間に合わないし、設定的にも あれだけ こだわる高樹が2日で撮影後の全ての工程を終わらせるとは思えない。未成年で事務所にも所属していない花梨のCM出演は親や学校側の許可は事後承諾。

そして花梨は高樹の仕事に関わったことを桐矢に伝えないまま、花梨以外から情報を得てしまう。そのことで2人に亀裂が入る。花梨の全ての説明も後手に回る。そのことに桐矢は「疲れる」と呟く。恋愛初期なら絶対に花梨を信じていた場面だが、交際を通じて すれ違うことしかしていない2人の関係は悪化の一途を辿る。

そこから花梨は母親が桐矢に釘を刺していたこと、それが原因で性行為を達成できないことを知る。その上、学校ではCM出演を やっかむ者によって再度 嫌がらせが始まっていた(犯人は多分アイツ)。

桐矢はチャラさを復活して、合コンに参加。その参加者の女性を部屋にまで呼ぶが、そこでバレンタインチョコの中に入っていたメッセージカードを見て、花梨が あの日、身体を捧げる覚悟があったことを知る。こうして半分 浮気をした後で桐矢はヒーローに戻る。

花梨の居場所は誰も知らない。桐矢は何度も連絡をし、関係者や交通機関を虱潰しに当たる。花梨は桐矢からの連絡を認識しながらも無視。悲劇のヒロインは相手のことなど簡単に無視できるのだ。

しかし再会した後は急速に仲直り。どちらも意地を張るが、あっという間に その態度を軟化させるのが彼らである。そして文庫版『2巻』のラストと同じく、性行為を予感させて終わる。下品なことを言えば、彼らにとって喧嘩は前戯なのだろうか。