宮坂 香帆(みやさか かほ)
「彼」first love(かれ ファーストラブ)
第01巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★☆(5点)
苦手な男子に接しなくてすむから女子校に進学した花梨だったが、通学バスの中で桐矢と最悪の出会いを果たしてしまう。何故か合コン、さらに一気飲みでつぶれて気がつくと彼の部屋に…!? 甘くせつない初恋の行方は!?
簡潔完結感想文
- 最悪の出会いから間もないキス。メガネにヒビが入り、ピアノの蓋を開ければ本当の自分。
- 自分をシンデレラにしてくれた王子様の出会いの次は、ロミオとジュリエットの波乱の恋。
- 序盤は どんな試練にも無敵のヒーローだが、後半は弱体化し、相手を信じられなくなる。
ヒロインを暴走させて波風を起こしがちな作者の 文庫版1巻。
王道すぎる作品。だからこそ少女漫画を初めて読む人にとって最初の一冊になれる可能性を秘めている。きっと本書の前にも似たような作品があって、本書の後にも似たような作品が生まれる。
本書の どこが上手いかといえば読者の女性の承認欲求を絶妙に くすぐるところだと思う。誰もが持ってるコンプレックスを恋人が反転させてくれること、変身願望、嫌いな人に言い返す勇気、真の友情、日常から非日常への飛躍など、「こんなこといいな、できたらいいな」という夢を叶えてくれる。


少女漫画読者は基本的に入れ替わるものだ。夢見がちな時期は人生において限られた時間だけ。おそらくリアルタイムの読者は3年か4年ぐらいで卒業するのだろう。これは子供がプリキュアとか特撮を約3年で卒業していくのと同じ現象だろう。成長する若者たちは自分を次のステージに移行させる。だから4~5年ぶりに似たような作品が始まっても本当に一部の読者しか気づかない。特に2025年ほどSNSなどが発達していない時代なら、類似点を指摘する声を共有することすらなかっただろう。
特に私は、2007年発表の水波風南さん『今日、恋をはじめます』の元ネタか と思ってしまうほど展開が似ている。2002年の発表の本書は発行部数500万部で、『今日、恋~』が1000万部らしい。
『今日、恋~』と どこが似ているかといえば男性と縁がない地味なヒロインが、とあるキッカケで その世界で一番 格好良いヒーローと出会い、反発しながらも惹かれ合い、慣れない男女交際に戸惑いながら彼との関係を深めていく点。ヒロインの家庭が厳しくて勉学優先主義なのも似ている。自分と真逆の姉(または妹)がいて、姉妹には両親は厳しくないというシンデレラ的な家庭環境も同じ。シンデレラ的と言えば、地味で男性から注目されていなかったヒロインは本当は美人で、変身後には男性から持て囃されるようになるというルッキズムを肯定するような展開も似ている。
そして地味で真面目だったから遊び方を知らない要領が悪いヒロインだからハメを外すのも不慣れで時々失敗する。また身も蓋もない言い方をすれば性行為の完遂までに長時間を要し、その「するする詐欺」で読者を引っ張れるところまで引っ張る。本書は特に長かった。ヒーローのトラウマや彼の家庭の事情などが終盤にある少女漫画らしい王道展開も似ている。
ベストセラーになる少女漫画は間口を広く設けてあるから読者層が広がる。それによって普遍性を獲得しているが、独自性がないことにも繋がる。もっと言えば本書のモチーフはシンデレラやロミオとジュリエットにまで遡れるだろう。結局 大衆の支持を得るような作品は要素が似ている。どこまでも可哀想なヒロインに読者は勝手に肩入れし、彼女の行く末を見守ろうと考えるのだろう。
本書と内容が似た 約4年前後の作品は存在するだろう。要するに こういう展開が少女漫画読者の好みで、そういう内容の作品が連綿と続いている。4年前の該当作品は思い浮かばないけど、『今日、恋~』の約4年後の2011年に八田鮎子さん『オオカミ少女と黒王子』が その系譜だろうか。出版社は違うけどSっ気のある俺様ヒーロー(実は小心者)に振り回されるのが似ているのではないか。ちなみに発行部数は550万部だとか。その後は2014年のマキノさん『黒崎くんの言いなりになんてならない』だろうか。こちらは序盤の展開(ヒーローの髪を切る)が『今日、恋~』そっくりの正統な系譜である。ちなみに610万部(全てWikipediaによる)。21世紀になっても皆、シンデレラストーリーを夢見ているのだ。
中盤以降のダラダラとした展開は葉月かなえ さん『好きっていいなよ。』を連想した。きっと この頃になると愛読者は漫画における恋愛リアリティショーを見ている感覚で、主人公たち2人の交際の様子が見られれば それだけで一定の満足を得るのだろう。同じような展開が繰り返されても、後付けの試練や とんでも展開が起きても、それがリアルだと思えるのだろう。
読者に共感や興味を覚えさせれば どこまでも引き延ばせるのが少女漫画。だから序盤の出会いと展開が大事。だから本書のように王道の「最悪な出会い」があって、合意もなく突然 キスするような性的暴行(イケメン無罪)が まかり通るのだ。
作品の欠点としては作者の前作『微熱少女』同様に、ヒロインの暴走によって物語が動くところだろう。最後まで自分ばっかりで、少しも自分が好きな人の事を信じられないヒロイン像しか作者は描けないのだろうかと今回も残念に思った。特に中盤以降は上手くいかない描写の方が多くて、2人の愛が確かなものになっていくという実感が持てない。
冒頭はヒーロー・桐矢 葵(きりや あおい)との穏やかじゃない出会いから始まる。そして学校の中で「友達」を自称するクラスメイト・ユカとの主従のような対等ではない関係性を描き、一気に読者をヒロイン・狩野 花梨(かりの かりん)に肩入れさせる。そして花梨がユカに表立って反論できない小心者であることも、まるで花梨は自分だと思う人が多いのではないか。


「友達」自称者・ユカと その一派の頭の悪い集団の他に、自分の意見を持つクラスメイト・綾瀬(あやせ)を用意して今後の布石を置く。ヒロインが通う高校は女子校。男子が苦手だから接しなくて済むことと、親の機嫌を損ねない程度の進学校であることから選んだ学校だった。
最悪な出会いをしたヒーロー・桐矢だが、それは花梨の勘違いで、彼は花梨が落とした写真集を わざわざ届けてくれた。それが接点となり男子校に通う彼と女子校のメンバーで合コンが開催される。ユカによって花梨も強制参加させられるが、用意周到なクラスメイトと違って花梨には着替えがない。そこで桐矢が花梨の服を見繕うことになる。ここも一つのシンデレラ展開だろう。男性の手によって少しずつ変わっていくヒロイン。早くも花梨は桐矢を見直し始める。
合コン中にユカは花梨を笑いものにし、それに耐え切れなくなった花梨は帰ろうとする。が、桐矢はユカたちの悪乗りを認めつつ、花梨が帰ると加害者と被害者が鮮明になると考え、花梨を帰らせようとはしない。それは帰ったことで花梨自身が惨めになるという気遣いでもあった。しかし花梨が飲酒したことで気持ち悪くなり、結局 桐矢は花梨を送っていくことになる。高校生が、事故ではなく普通に飲酒していたのは いつぐらいまでなんだろうか。物語は普遍的なものだが、コンプライアンスとケータイ電話が時代を感じさせる。
花梨が目覚めたのは見知らぬ部屋。そこには桐矢がいた。そこで桐矢は花梨のメガネのない素顔に驚く。そして いきなりキスをする驚きの行動に出る。私の中では1話または開幕直後でキスする作品に名作はない。ただの小手先の驚愕の展開である。キスをされてから花梨は相手が桐矢であることを理解する。その前に憎からず思い始めた相手だからセーフという判定なのだろうか。
この日の朝、学校に遅刻しそうになる花梨を桐矢はバイクで送る。バイクの2人乗りは免許取得後1年が経過しないと出来ないって桃森ミヨシさん『ハツカレ』で学んだんですが、現在高校1年生である桐矢は1年経過している訳がない。文庫版『5巻』で桐矢の誕生日が4月15日であることが明かされる。ということは免許自体は何とか取得できるのか(費用をどうしたのか謎だが)。ちなみに親に無断で外泊した花梨だったが、姉がアリバイを用意してくれて事なきを得る。
桐矢は、2人の出会いのキッカケになった写真集の間に自分の連絡先を描いたポラロイド写真を挟んで花梨の鞄に入れていた。写真に写っていたのは花梨の知らない自分の姿だった。桐矢は どんな自分でも好意的に見てくれる。それがキスの一夜で分かったこと。
その後も、偶然の出会いや強引なセッティングで花梨は桐矢に接触し続ける。そこで いつも桐矢は花梨という個人をしっかり見てくれていること、困っている時、ピンチの時に助けてくれることが重なり、花梨の想いは明確になっていく。何より桐矢とは好きな物が一緒。最初の出会いとなった写真集はユウジという写真家の本で、桐矢は花梨のセンスと同じ。そこはユカが桐矢に近づこうとしても絶対に入れない領域なのだ。
そうして自分を認め続けてくれる桐矢に好意が溢れるが、だからこそキスが遊びだったと気に病む。その思いを桐矢に思わず ぶつけると、桐矢は いい加減な気持ちではないと告げてくれる。
花梨は、桐矢の落とし物を届けることで、桐矢のアルバイト姿を見る。そこは写真スタジオで桐矢の真剣な顔が花梨の胸を打つ。その お礼に桐矢は花梨を食事に誘う。高そうな店で2人とも制服姿なのは場違いに思えるが、そこも桐矢のバイト先で融通が利くようだ(服を買う展開は重複するし)。
こうして花梨の中で桐矢への特別な想いが育っていく。自分の中にある「好き」を見つけた花梨は、学校生活が自分の好きとはかけ離れていることを嫌悪し始める。そこに自分の中の好きに対して胸を張って生きている綾瀬の姿勢にも影響を受ける。だから花梨は自分が変わるためにメガネを外し、コンタクトを装着し始める。その前にメガネにヒビが入っていたのは、抑圧され続けていた花梨の心のヒビなのだろう。
だがユカが花梨と桐矢が密な関係を気づいていることに気づき妨害を始める。ユカは桐矢と接触し、花梨を貶めるが、桐矢は花梨の言うことだけを信じるという。序盤の2人は無敵だ。もし中盤以降で同じことが起きたら、桐矢は花梨を信じなかった気がする。
桐矢から見向きもされない現実を認められないユカは花梨に嫌がらせを始める。そこで花梨は桐矢と接触しないことで身を守ろうとするが、桐矢の優しさに触れると どうしても気持ちが揺らいでしまう。
花梨は桐矢に写真集を返す際に彼と出会い、2回目の お部屋訪問となる。そこで桐矢にはカメラを教えてくれた兄がいたことが明かされる。しかし その兄は1年前に海の事故で他界したという。そうしてトラウマも共有し、桐矢は花梨との交際を望むが、花梨はユカからの報復が怖くて彼を遠ざけてしまう。
だが そんな花梨の防衛行動も、ユカによるイジメの苛烈さの前には無意味だった。そんな時、都合よくバスの車内で桐矢の友人たちが桐矢の失恋情報を話すのを聞いて、花梨は自分が桐矢を傷つけたと知りながらも桐矢に近づくことは出来ない。
花梨は、こちらも彼氏と上手くいっていない綾瀬に誘われてクラブに繰り出す。花梨もヤケになっているところは あるが、だからといって慣れない場に わざわざ繰り出す心理が分からない。ここでは綾瀬の手を借りて花梨は最後の脱皮をしたということなのだろう。こうして誰もが振りむくような素敵な女性になった。綾瀬はシンデレラにおける魔法使いだろうか。そう考えれば このクラブは現代の舞踏会とも言えなくもない。
当然のように ここでもピンチになった時に桐矢が登場する。偶然が重なるから運命なのか、運命に仕立て上げるための偶然の連続なのか。そこで桐矢は、自分が選んだ色の口紅をつけている花梨を見て、彼女の気持ちが分かるが、それでも花梨は桐矢を遠ざける。
綾瀬や周囲の人がたしなめてもユカは嫌がらせを止めない。そこへ駆けつけるのがヒーロー。女子校に当然のように侵入して、女性ライバルであるユカに完敗を痛感させて、花梨は彼に選ばれる。そんな桐矢に花梨も強情を解く。
こうして2人の想いは通じる。花梨を助けるために雨に濡れた桐矢を心配して、花梨は彼を自宅に誘う。誰もいない家で2人きりとなった誕生したばかりのカップル。桐矢の家に写真があったように、花梨の家にはピアノがあった。祖母から贈られたピアノに夢中になった時期もあったが、親の顔色を窺い、勉学に励んでピアノにはカギをかけてしまった。この花梨の心のカギを開くのは桐矢。花梨が好きだったものを知りたいという彼のためにピアノを弾く。
緊張もあり ぎこちない会話が続くが何とか距離を縮めていく2人のもとに母親が帰宅する。花梨は自分の部屋に桐矢を連れて行き、そこでキスをしてから彼を2階のベランダから帰らせる。シンデレラの次はロミオとジュリエットだろうか。


結局、母親は桐矢の存在を見ており、花梨は門限を7時に設定されてロミジュリ状態に突入する。
そして本当の友達となった綾瀬にデート情報が伝わると、彼女はコンドームを渡してくれた。ここから長い長い「するする詐欺」の始まりである。1話目のキスで読者を惹きつけて、性行為を匂わせて読者を繋ぎ止める。少女漫画の基本的な手法である。
初めてのデートの服装に悩んだ花梨は制服で出掛ける。そこで桐矢好みの服を買ってもらう。だが花梨は その服を着るのを拒否し、そして繋ごうとして伸ばされた桐矢の手を払ってしまう。
自分の態度が桐矢を不機嫌にさせたとショックを受ける花梨だったが、交際直後の2人は無敵なので、すぐに仲直り出来る。ぎこちなさも緊張もあるけれど、少しずつ2人の関係を築いていくのが交際初期なのだ。
花梨は せめて桐矢への気持ちが嘘ではないと、桐矢の部屋で今日 買ってもらった服を着る。そこで桐矢から甘い言葉を囁かれると花梨は門限を頭から追いやって、甘い時間を優先する。だが電話が鳴り響き、桐矢が冷静になって花梨を送る。門限を設定した花梨の母親は働いているらしく約束の午後7時には ほぼ家にいない。だから花梨は平気で親を騙せる。意味のない門限は花梨の障害のためにある上に、花梨を親を欺くような人間像にしてしまっている。
お互いの家に行き来する、特に一人暮らしの桐矢の家に出入りするのも展開が早いが、沖縄への旅行回が提案される。まず親を説得しなければならない花梨だったが、綾瀬がアリバイ作りに協力すると言ってくれる。そして桐矢も いきなり2人きりの旅行は花梨の負担になると考えたらしくグループ旅行へと方針転換する。
しかし楽しみの前に苦難があって、母親は娘が派手になっていくことに気づいていて、花梨に塾通いを強要する。母親を説得するために好成績を取らなくてはならないと重圧を感じた花梨は勉強に集中しようとするが空回り、落ち込む。この辺は『今日、恋をはじめます』と そっくりである。
そんな彼女をフォローしてくれるのは今は無敵状態の桐矢。塾に友人から借りた自転車で迎えに来てくれるのだが、もしかしてバイクの2人乗りの件で指摘があって、方針転換したのかもしれないと深読みしてしまう。
ちょっと物事が上手くいかないとヤケになりがちな花梨は、家に帰りたくないから桐矢の家を逃避先にしようとする。こうして深夜11時までファストフード店で過ごす。そんな花梨の投げやりな態度に桐矢は亡き兄の妻であった祥子(しょうこ)を呼び出す。彼女に車で送ってもらい、花梨は母親に対面する。当然、母親は娘を叱りつけるのだが、そこに桐矢が自分の責任だと割って入る。
だけど花梨の要領の良くない行動は母親の不信感を高める結果となり、花梨は結局 桐矢を遠ざける(またか)。自信のない花梨は桐矢との交際自体を遠ざけようとするが、それが桐矢の逆鱗に触れる。
何も上手くいかない毎日に花梨は学校を無断欠席する。その情報を綾瀬経由で聞いた桐矢が家を訪問し、花梨が倒れているところを発見する。
心配して集まった仲間たちが勉強の手助けを申し出てくれ、母親も血相を変えて駆けつけてくれたことを知り花梨の精神は安定する。そして桐矢の真摯な態度は母親に旅行の許可を引き出させる。そもそも姉妹でダブスタを駆使している母親だが、桐矢が頭を下げて許すのはチョロすぎる。子供同士の旅行なんて親からすると心配なだけだと思うが、序盤のヒーローは万能なのが少女漫画である。