山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第08巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
律主演のドラマの撮影が、二人の通う学校でスタート。律の活躍を大人しく見守ろうとするちろだったが、生徒会の主張に巻き込まれ…!?
簡潔完結感想文
- 幼なじみドラマ撮影中の入れ替わりで2人で二役を演じる。心の中にいる相手は君の姿。
- 律を刺激する当て馬のハルが登場しないから久々に(前)生徒会長を召喚してみた件。
- 天才だと持て囃される律の お手本は いつだって純真無垢な千尋。それ以前も聞いたって。
被害者ヒロインと見せかけて、お姫様待遇が目立つ 8巻。
今回の学校内の別校舎でのドラマ撮影では、千尋(ちひろ)は自ら立候補した訳ではなく再び芸能仕事をすることになる。彼女を巻き込まれヒロインにするために担ぎ出されたのは、とんと出番の無かった生徒会長。時間経過で前生徒会長となった鳴(ナリ)は、千尋をドラマ撮影の現場に送り込むための案内役。体育祭では存在を無視した前会長が いきなり復活したのは、このところ この役割を果たしていたミュージシャンのハルが今回は登場しないからだろう。前会長は ただの代役。なんだか前会長が可哀想になってくる。これはハルや今回の共演者の梨絵(りえ)も同じ。必要な時だけ便利に使われて、役目を果たすと いないも同然になっていく。こういう部分があって本書は好ましくない。
そういえば久々の前会長の出演シーンだったのだから、律は『2巻』で舞台に上がる恐怖に呑み込まれていた千尋を奮起させた前会長への借りを返せばよかったのに。これは宙ぶらりんのままである。


そして千尋は撮影現場に送り込まれ、そこでまた「入れ替わり」の発生によって急遽 ドラマ撮影に挑むことになる。こうしてトラブルに巻き込まれることで千尋は再び被害者になり、そこを律(りつ)をはじめとした男性たちにフォローされる。そして最後に その唯一無二の存在感を称賛されるというパターンに落ち着く。確かに千尋が頑張らなければ いけない部分はあったが、ここまで手取り足取り支えられて、最後に ちょっと自力で歩いただけで褒められているのなら世話ない。どうして こうも本書はヒロイン至上主義なのだろうか。
トップアイドルの梨絵も千尋のための踏み台でしかない。そして最後には梨絵を いつの間にか加害者の立たせ、ハルが千尋を守るために動く展開になっている。よっぽど千尋に思い入れがある読者ならともかく、この過保護は作者の自己満足にしか映らない。
しかも律にとって千尋の存在は いつも お手本になるという展開は『2巻』の学校の舞台の上で やったこと。いつの間にか日舞という2人の共通点は脇に置かれて、華やかな芸能人を どんどん招いているが、結局 同じことの繰り返しになっている。以前も書いたが、物語のゴールが見えない中、だらだらと出口のない話が拡張されているだけのように思う。
唯一 以前と違うのは、入れ替わりを戻る機会を得ながらも律が その継続を望んだことだろう。慣れない現代劇の撮影で律は役作りに苦しむ場面が多く、理解を深められない部分があった。だから今回 入れ替わった千尋に女性役を演じてもらうことで、その千尋の表情や演技を起点として自分の役を深めていこうという目論見を持っていた。これは律が参加する体育祭のために千尋が人為的な入れ替わりを駆使したのと同じことだろう(『6巻』)。もはや2人は入れ替わりを自分たちの利益のために使っている。このところは ほぼ実害の無い ただのトラブル(に見える事件)の発生装置で、1巻につき1回のノルマでしかないように思えてくる。
最近は意図的な入れ替わりによって互いの能力を高めていっているような気がするが、果たして物語は それでいいのだろうか。ちょっとずつ2人の関係は変わっていっているが、解決策のない入れ替わりは作品のアクセントでしかない。それと同じように芸能人キャラであっても2人の関係を刺激するためにしか存在理由がなく、徹頭徹尾 狭い世界の話が続いていく。芸能界という異世界に突入しても、結局 世界は広がらない。それが この中盤の欠点だと思う。
ドラマ収録が始まるが、律は演技面で悩む。そこで梨絵はドラマの設定と重なるプライベートを考えて演技すればと助言をする。律は梨絵に自分の環境がバレていることに動揺するが、それがハルの仕業だと知り納得する。こういう会話で仲を深めていく律と梨絵。だが律のマネージャーである百合は彼らの接近は、騒動を招くことと釘を刺す。律に そんな気持ちはなくても相手はアイドルなのだ。
実際、律はドラマと自分が重なるところを見つけ、千尋相手に台詞を発して役を身体に入れる。だが千尋はドラマの台詞だと知らないから見事に律の発言に動揺し、台詞だと知って もてあそばれたことに腹を立て、それが2人の距離となる。
学校でのドラマ撮影を前に、目立つことの好きな前生徒会長・鳴(ナリ)が生徒会執行部役員を招集する。前会長はエキストラとして出演したかったが学校側が一蹴。それに納得できない前会長は演説をし、テレビ出演の機会を生徒たちで勝ち取ろうとする。
そんな時に なぜか同席していた右近が、千尋とドラマ監督が顔見知りであること、律は身内も同然と話しかけてきたので、前会長から親善役に任命されてしまう。これは『1巻』での新入生歓迎会に律に出演交渉を頼まれたのと同じ展開である。横暴な前会長に巻き込まれることで千尋を被害者にし、そしてドラマ関係者と対面させようということなのだろう。
律が前会長に捕まる千尋を助け、それによって千尋はドラマ関係者のいる校舎に自然と入ることが出来て、それぞれ挨拶を交わす。そして千尋がドラマ監督にエキストラの件を話すと、千尋の参加と学校側の許可を条件に それが許される。いつだってヒロインは特別な存在なのです。監督は以前のPV撮影の経験があるから千尋のそばにいる律が調子を上げることを知っている。だから千尋を引き込んだのだった。
こうして前会長の他、今回も右近と左近たちも撮影に参加する。撮影後、千尋は監督の寵愛を受けているから見学を許可される。本来なら見なくて済む役者として女性芸能人に接する律を わざわざ見てしまう。
けれど自分の現代衣装を着ての女装姿を見られたくない律は千尋を遠ざけ、それが2人の距離感となる。そんな千尋の悲しみを救うのは右近。お姫様は色々な男の人に守られて お過ごしになるのだ。千尋のために右近は律の事情を考えず、律の態度に立腹して強制入れ替わりを久々に発動させる。よりによってドラマの撮影中のハプニングである。
こうして千尋が律の女子高生姿になり、撮影に挑むことになる。ただでさえ梨絵はハルから2人の間には異変が起こることを教えられており危ない状況なのに。
しかも慣れない撮影で千尋はパニック。そこに右近を捜し出せなかった律が戻って来て台本を千尋に渡し、彼女に代役を任せる覚悟を決めた。台詞は自分の身体が覚えているから千尋にも出来ると律は励ます。
けれど実際には泣きの お芝居が要求されるシーンで千尋は絶体絶命。そこで律は敢えて千尋を突き放す一言を浴びせることで千尋を呆然自失のショック状態にして涙を流させる。このシーンは褒められ、今度は律が千尋の水準で芝居を続けなくてはならなくなった。こうやって舞いでも演技でも互いを高め合うのが この2人の関係なのだろう。舞いと同じく千尋は純粋で無垢。これが千尋の力である。そして この世界は千尋に無垢さを失わせないために、男性たちが あれこれ世話をする世界なのである。
こうして お芝居は乗り切るが、まるで別人のような表情で泣く律の姿は梨絵に違和感を与えてしまう。
ようやく右近を捕獲するが、律は入れ替わりを解除しなくていいと言い出す。それは律が千尋の演技を見続けてみたいから。この入れ替わり中でも自分の要求を通すのは、千尋における体育祭と対照になっているような気がする。あの時も千尋は自分のワガママを通すために律を巻き込んでいた。ということは今回の千尋の受難も因果応報と言える。


律は千尋の演技で自分の演技を高めるキッカケにしたい。珍しい律の懇願に千尋は折れ、演技に挑む。
これまで律が千尋を思い出して梨絵への演技をしてきたように、千尋は律の表情を頭から離れないようにして彼への気持ちを演技に込める。どうやら男性を演じる律の演技は千尋に影響を与えたようだ。
2人の接近は狐たちにとって嬉しいことだが、右近は そこに恋愛感情が流れ始めているのを察したのか不機嫌になり、開始と同様に強制的に入れ替わりを終了させる。
こうして千尋は自分の身体に戻り、そこに梨絵から声を掛けられて彼女と女性同士の交流をする。ハルに続いて梨絵とも交流し、千尋は個別認識され親しくなる。だが千尋は、テレビの世界で仕事をする律のことを自分よりも梨絵は分かっていて、近しい距離にあることを痛感する。律には律の世界があることは分かっているんだから、入り込まなきゃいいのにと思う。
その心の距離感を目敏く感じ取った左近は、これを入れ替わりの売り込みのタイミングだと考え、千尋に律になることを提案する。右近に比べれば人畜無害だと思われた左近だが、なかなか口八丁で人を巻き込もうとするようだ。だが少しまとまり始めていた話は右近の登場によって立ち消えになる。
そして梨絵が千尋と接触し、いじりたいと連絡してきたことにハルが千尋を守るために行動を始めるようだ。これでは まるで梨絵が千尋の加害者のようだが、この作品では そうやって男たちに守られる存在が千尋なのである。