《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

これって もしかして本当に 私/俺 たち入れ替わってるー!? 君の名は。…うん 知ってる。

オレンジ チョコレート 1 (花とゆめコミックス)
山田 南平(やまだ なんぺい)
オレンジ チョコレート
第01巻評価:★★★(6点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

呼水千尋(ちろ)と姫野律は幼なじみのお隣同士。律は日舞の家元の跡取りで、16歳の女形として大ブレイク中! おおらかなちろには、とある願いがあり、ずっと律に憧れてきた。いっぽう律は名家の跡取りとしての重責が負担に…。そんなある日、ちろの願いがとんでもない事態を招いて…!?

簡潔完結感想文

  • 学ぶことは真似ること。日舞の跡取りが唯一憧れる舞いをするのはヒロイン。
  • 幼なじみの2人に入れ替わりが起きて、互いの才能や社交性など体感していく。
  • 主役の2人以外の登場人物たちの描き込みが不足していて、世界観が浅いまま。

品自体が、学校生活・芸能生活・ファンタジーと舞台が入れ替わっていく 1巻。

作者と編集者の連載を開始するにあたってのコンセプトや、最初に作ったプロット(構想)が どういうものだったのか、是非 知りたい。というのも読了して、「迷走」とか「散漫」とか そういうネガティブな感想が消えてくれないからだ。

私が読んできた作者の3作品の中では初めての幼なじみの男女の機微が描かれていて、その関係を描くことは成功している。が、本書は それ以外の世界が全く広がらない。学校の生徒もヒーローが芸能関係の仕事で関わるキャラも個性的な人はいるのだが、その人たちが物語に深く関わることはない。なぜ ここで登場したのか、この人物で何が描きたかったのか、という人が序盤から終盤まで多すぎる。

入れ替わりモノの中でも2人の距離は物理的 精神的に最短の部類。相手は よく知っている人。

本書は『紅茶王子』に続く作者のファンタジー作品として期待されていたと思うが、主人公たち男女の入れ替わりというファンタジーが人間世界で機能していないのが気になる。他のキャラクタが、2人の秘密に迫る者、秘密を暴く者、秘密を共有する者などと役割があればいいのに、今回 秘密は保持され続ける。作者が そうしないのは、秘密の公然化は『紅茶王子』の二番煎じっぽく なるからだろうか。
ネタバレになるけれど、追加キャラたちは恋愛にも参加しない。全13巻でカップル成立は主人公たちだけ。この少なさは少女漫画界では珍しいのではないか。相変わらずヒロインの周囲には美形ばっかり集まる。


容的にも全13巻を消費する内容なのか疑問符が付く。最も残念なのは、凄く狭い世界でも その奥深さを見せてくれれば十分 楽しめるはずなのに、その奥深さも描けていないこと。例えばヒーローの律(りつ)の父親との関係は、律が目指す将来像に大きく関わり、その衝突と和解によって律の人生が始まるはずだった。しかし作者は父親の存在を途中で どこかに放り投げる。考えてみると これまでの3作品で「父親」という役割の人は不在か他界、もしくは今回のようにフェイドアウトのどれかが当てはまる。作者にとって父親は描きづらい人なのだろうか。
最初は日舞がテーマだと信じて疑わなかったこともあり、芸の道を進む者の葛藤や信念を描いてくれた方が良かった。

律とヒロイン・千尋ちひろ)には それぞれ兄と姉がいるのだが、この人たちの描き込みも不足している。律の兄の弟へのコンプレックスは『1巻』でエピソードが消費されて以降は出てこないし、この大人組とも言える兄姉の関係は子供組の弟妹に比べて何も描かれない。入れ替わりにも気づかない呑気な人間だ、ぐらいの感想しかない。おそらく彼ら兄姉は、弟妹たちが学校と律の仕事場に自由に出入りするための「顔パス」でしかない。

このような主人公たちに強い影響を与えるはずの家族をはじめ、後発の追加キャラたちも含めて十分に作者の愛情と興味が注がれていない感じがするのが本書が残念な部分。特定のキャラがいる意味が分からないし、本書のコンセプトも分からない。私が読み取れる本書で描きたかったことは『1巻』で既に描かれているし、途中の学校や芸能界への寄り道は物語に何の影響もない。白泉社にしては最小限のキャラ数で描かれている作品だが、そのキャラ通しの面白い絡みがない。これなら どこかで内輪カップルでも作った方が盛り上がっただろうに。そういえば作者の作品では内輪カップル(主人公以外のカップルって あまり成立しない印象)。これはヒロイン以外の女性の恋愛を作者が作品内で描きたくないからなのだろうか。この辺、作者のヒロインへの偏愛を感じる。

段々 日舞という軸足がブレる律。作品内でも何巻 日舞の描写がなかったことやら…。

そして律の芸能人としての立ち位置が いまいち分からないのも気持ちが落ち着かなかった。最初は芸事(げいごと)である日舞で注目されていたはずなのだが、だんだん一般的な芸能人になっていく。それに対して律は何も意見を発していない。自分が日舞で生きていきたいのか、演技が好きなのか、芸能人として活躍したいのか。この律のフラフラした生き方に対し父親は衝突するような気がするが、最後まで律はフラフラし、それは作品の迷走と軌跡が重なる。

幼なじみ2人の自己実現が描かれる予感がしたが中途半端で終わっている。それは全部のエピソードがそう。およそ作家デビューから15年以上 経過した人の作品とは思えない。私の中で山田南平という作家さんが好きと言い切れない位置にいる。本書は その気持ちを後押しするような作品になってしまった。


書はヒロインの呼水 千尋(よびみず ちひろ)と その1歳年上の幼なじみ・姫野 律(ひめの りつ)の物語。ヒロインの千尋羽海野チカさん『ハチミツとクローバー』の はぐ(み)ちゃん を連想させる。

男女間の格差が多い白泉社のご多分に漏れず、千尋は庶民で おバカなのに対して、律は16歳にして日舞行谷(なめがや)流の名取。実家は お金持ちで律は踊りの才能もある。律は天才女形として「奇跡の十六歳」のキャッチフレーズで売り出されている。律は あるアーティストのPVに出演してブレイクしたという設定。これは現実で2000年代中盤に大衆演劇からブレイクした役者さんに影響されているのだろうか。

2人には それぞれ同性の兄・姉がいる。
律の兄・鎮(しずか)は彼らが通う学校の教師。でもヒーローの兄が学校関係者って『空色海岸』の時もそうだったよね…。これは配置しておくと色々と学校関連で融通が きくからだろうか。もしかして鎮が教師になったのも、大好きな弟の面倒を見られて、彼を支えることが出来るという視点からなのだろうか。そういえば これまで私が読んだ山田南平作品の3作品は全部 私立の学校が舞台だ。白泉社に登場する学校の私立率は とんでもなく高いと思うけど(今度 調べてみようか)。その内 2作品は中高一貫で人間関係の変化がなく、一層モラトリアム期間が長いような印象を受ける。

千尋の姉・百合(ゆり)は律のマネージャーをしている。元々、大手レコード会社の社員で、律をPVに参加させた張本人。現在は律のマネージャーをしている。鎮が学校方面、百合が仕事方面をカバーすることで、律や千尋が多少の無茶をしても大丈夫ということなのだろう。

この2組4人は四人兄弟のように育ったようだが、鎮と百合の間には恋愛感情が一切 見られない。もう一組の幼なじみといえる兄姉たちが互いをどう思っているかぐらいは描いて欲しかった。全13巻の割に情報量が少ない作品だと思う。


の仕事に対して、日舞の家元である父親は しっかり家を継いでもらいたいからタレント業を快く思っていない。そこで衝突が起きたりするのだが、この問題は最後まで棚晒しになる。律と父親の反目は、家に居づらい律という設定だけで、それが消化したら問題も ほぼ自然消滅していく。
ただし律の家でのプレッシャーを肩代わりしたいと千尋が望んだことから騒動が始まり、父親との関係は律側の入れ替わりの動機に使われるぐらいである。。

ちなみに律の父親は千尋にも踊りを教えている。千尋にセンスはないが、家族ぐるみで仲が良くでも他人なので父親は千尋に厳しくない。この千尋の稽古の場面も序盤だけで、パッタリ描写がなくなる。作者の中では1回設定した彼らの生活行動は その後に割愛できると考えているのかもしれないが、これでは日々の研鑽を感じない。

学校関係者では、千尋が参加する生徒会の鳴(ナリ)会長も特に役割がない。騒がしいが それだけ。千尋にセクハラめいた行動をするのが原因で律のライバル的なポジションになっているが、本当に恋情があるのかも いまいち読み取れない。新入生歓迎会では この人のワンマンな企画で、律が駆り出されることになる。その導入に使われるだけ。


2話千尋が律になったらいいと 神社で願ったことから、2人の心が入れ替わる。千尋が律の、律が千尋の身体に入ってしまった。階段から転げ落ちない映画『転校生』という感じか。そしてアニメ映画『君の名は。』の公開後は、この手の設定は使いづらくなったか。

入れ替わりに対して取り敢えず律の部屋に戻って状況を確認する2人。そして早くも千尋(in律の身体)に尿意が訪れ、最初の難関となる。でも実は千尋は理解力は低いが順応力が高い。だから意外と この状況は呑み込める。律は逆で動揺が抑えられない。
翌朝、目が覚めると2人は元に戻っていた。律(in千尋)は着替えすらも躊躇ったらしいことが分かる。


こから律は出来るだけ千尋と一緒に居ようとする。それは いつ入れ替わりがあるか分からないから。
普段は連れて行かない自分の仕事場に千尋を連れていくと、初めてのテレビ局に千尋は大騒ぎ。そこで律の所属事務所の社長に出会い、千尋はテレビ局を楽しむ。

だが観光後、芸能人・姫野律の女形の姿を見た千尋が律に憧れを抱いた瞬間、2人に入れ替わりが起こる。これから律にはPV撮影が あるのに、である。

今回は曲に合わせて舞うという仕事で本格的な日舞をやるわけじゃない。そこが律の安心材料で千尋にも こなせると思っているが、踊りの基礎力の違いを分かっている千尋は無理だと判断する。この時、律は三歳から舞っている自分の身体を使えば舞えると千尋を勇気づける。お前の信じる、俺を信じろ という感じか。
人と入れ替わったことがないから分からないけど、他人の意識でも身体は勝手に動くものなのだろうか。

2人1組で理想の精神と技術で舞う。早くも本書の最終到達地点のようである。

尋は律の言葉を安心材料にして、自分が代わりたいと願うほど羨ましい律の身体を借りて舞える機会を存分に堪能する。それを見て律も感動する。自分の動きだが そこには紛れもない千尋の魂が入っている。そこに踊りの違いが出る。

実際、家に帰っても律は千尋の舞いが頭から抜けない。その練習風景を見た律の父親は、律が何かに悩んでいる様子を察し、鎮にフォローを頼む。自分が言うと衝突のもとになるから、弟想いの鎮に頼む。それが家族の形態なのだろう。機を見て鎮は律の悩みを聞き、そこに希望を与える。実は鎮は10歳年下の律の6歳の時の踊りに圧倒され、自分との才能の差を思い知らされ、そこで舞いを諦めた。当時16歳の鎮は彼なりに舞いの道に進み、彼なりに日舞の楽しさを覚えていたかもしれないが、それを全部捨てた。でも だからこそ今も鎮は律を好きでいられるのだろう。

残念なのは鎮が父親から聞かれた「欲しい物」が明かされないこと。先述したけれど、どうも周辺の人たちが飾りでしかない。一定の役割を終えるとフェイドアウトのように触れられないのが残念。

そして実は この6歳の頃の律は、師匠である自分の父親から千尋を お手本にするように言われていた。だからPV撮影の時に千尋が自分の身体を使った舞いは律にとって一つの完成形で理想なのだろう。これは鎮が才能の差を認めた律、その律が唯一手本とする千尋、というヒロインを頂点とするヒエラルキーの完成とも言える。


千尋の純粋さに律は惹かれるのだろう。だから この後から律は千尋にベッタリとなる。律にとって好意が一層 明確になったということか。

そして律は、千尋の交友関係の広さ、人当たりの良さなどを お手本にしたい。千尋が律に、だけじゃなく、律が千尋になりたいと思うことも多々あるのだ。それが律が千尋と一緒にいる理由でもあるのだろう。

入れ替わりは互いの社会的立場になるということでもある。律は千尋に なりきることで、彼女の思考や行動をトレースする。それは手本となる人を真似るということで、律の舞いが新境地に達する準備のようにも見える。