あなしん
春待つ僕ら(はるまつぼくら)
第05巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
初夏休み! みんなで遊園地に出かけた美月だけど、観覧車で永久とふたりっきりに!? ある決意をする美月だけど、永久にも変化が…? でもあやちゃんとの約束デートで真剣な想いを聞いてしまい…。大ヒット! 笑えてトキめく青春ラブコメディー☆恋の火花がとびちる第5巻!
簡潔完結感想文
- 目には目を、デートにはデート 花火には花火で リードが移り変わる恋愛バスケ。
- いつだって亜哉は美月が望む自分になる。最優先は美月で自分の気持ちさえ二の次。
- 告白は なかったけれど、今の自分が相手に伝えられることを伝えられた夏休み。
恋愛バスケの第一クォーター終了、の 5巻。
この『5巻』でヒロイン・美月(みつき)の高校1年生1学期と夏休みが終わるが、ここまでが序盤戦という印象を受けた。三角関係の3人それぞれが、今の自分が言える最大限の言葉を紡いでいる。それが彼らの現在の限界であり到達点である。まだ言えない言葉を言うために彼らは それぞれ努力を続ける。


自分の気持ちに鈍感だった永久(とわ)も明確な気持ちを抱いたし、恋愛のアドバンテージとディスアドバンテージの両方を持つ亜哉(あや)も少しずつ美月に自分の気持ちの真剣さを滲ませていく。そして次は これまで絶対に描かれなかった直接対決が待っているようで、今から中盤戦の内容が楽しみでならない。
今回は美月と永久、美月と亜哉の2組の それぞれの共通点が見えた巻になっていた。
美月と永久に関しては2人とも発展途上であることが似ている。そして2人とも この夏で自分が まだまだ自分で胸を張っていられる存在でないことを痛感した。だから成長する機会と期間が必要で、美月は2学期から新しい挑戦をすることが決まり、そして永久は1学年上でスーパースターの亜哉に伍するような実力を身に付けることを誓っている。
だから美月がバスケに没頭する永久に、永久が亜哉の「一番大事なコ」である美月に告白するのは彼らの努力が現実になった時なのである。その努力を続ける姿勢があるから本書は、内容的に特に何も起こらなくても前進し続ける印象を失わない。そして その自己実現のために多くの時間が必要だから恋愛の結果が分かるのは だいぶ先になりそうである。
自分が相手に相応しい人間だと思えない、シビアな自己分析があるから2人とも告白こそ出来ない状況だが、美月と永久は『5巻』で相手に伝えられる精一杯の気持ちを伝えている。この気持ちを伝え終わったことも『5巻』が一つのピリオドに感じられる点である。
そして美月と亜哉は2人の共通の過去が『5巻』になって明かされる。
それは小学生の頃の亜哉が美月に自分の性別を打ち明けられなかったこととも連関しており、あの時の美月には言えなかった亜哉側の事情や過去が初めて明かされる。実は あの頃の2人は同じ気持ちを抱えていたという共通点が生まれ、同時に そういう自分の事情を美月に おくびにも出さなかった亜哉の強さを示すエピソードになっている。
このエピソードや これまでの描写を通して思ったのは、亜哉は「美月が望む自分であり続ける」ということ。そこに自分の事情を含ませないのが亜哉という聖人。亜哉は永久のことを相手を押しのける気迫に欠ける、みたいな(バスケのプレーの)評価をしていたが、亜哉もまた美月に対しては遠慮をし続けている。
過去において美月が あやちゃん に強い人間性を求めているなら その自分を演じ続ける。そして再会した美月が それなりに充実した(異性関係はパラダイスな)生活を送っていると分かってから、あの時の自分の事情を話す。
同じように亜哉は美月が どのくらい男性の「亜哉」を受け入れているかを見極めている。基本的に あやちゃん で い続けながら、少し雄(オス)の顔も覗かせる。そうして美月のボーダーラインぎりぎりを責めて彼女の意識に上がろうとするのが亜哉なのである。
2人きりのデート回でも美月のプランを聞き、それに合わせる振りをしながら、最後に自分のプランを披露する。そうやって緊張をほぐしてから優しく美月に接近する。それが亜哉なのだ。鈍感だけど割とマイペースな永久とは違い、亜哉の攻めのラインは美月の心のライン次第で上がり下がりするものなのだ。亜哉の態度で美月の受容具合が分かるのが面白い。
そして亜哉は美月が そう望めば きっと世界で最高の彼氏になるだろう。バスケの実力、愛の深さは全部 美月の望むまま。彼女が望めば その長い髪を切り落とせるのが亜哉という人だと思う。
しかし2人に比べて美月は自分のことで いっぱいいっぱいで相手の事情を考えられない場面が目立つ。『5巻』では遊園地でジンクスに頼ろうとして人の事情を考えていないし、亜哉に対しても頑なに「騙された側」という意識を持ち続ける。美月は小学校の頃の嘲笑で被害者側に位置付けられているが、視野の狭さや自分本位な性格が原因で人が離れていく原因なんじゃないかと思うところもある。
そういう部分も含めて2学期で美月の成長が描かれると良いのだけど。
遊園地回で一番大事な乗り物・観覧車に永久と乗ることになれそうだった美月。ジンクスもあり告白のチャンスだったのだが、その前に3班に分かれた7人が全員集合して、3台のゴンドラに乗り込むことになった。レイナと2人で乗り込んだ美月は自分の気持ちばかり急いてみんなで楽しむという目的を忘れていたことに気づく。視野が狭くなっていた自分から ようやく脱却できたようだ。
その後、無欲になった美月を今度は永久の方から観覧車に誘う。これは恋愛マスターの恭介(きょうすけ)の、美月の願いが汲み取れない今の永久では亜哉に勝てない という助言が影響している。
永久との観覧車で永久には過去に彼女がいたことが判明。ただし懇願されて付き合い3日で別れたという彼女。その時の永久は恋愛よりもバスケの事ばかり考えていたけれど、美月と乗るとバスケのことを一瞬 忘れられるぐらい。顔も登場しなモブを踏み台にしてヒロインの優位を描くという えげつない手法である。しかも美月は永久にとってバスケが人生に不可欠であることも理解しているという懐の深さまで表現する。実際、永久は元カノとの経験を比較対象の材料にして、美月への特別な好意を意識し始める。天然な人には3日間の元カノとの比較ぐらい分かりやすい事例がないとダメなのかもしれない。
美月は告白する勇気は出なかったが、永久に これまでの感謝と これからの関係の継続を述べる。その返事のように永久が土産物屋で物色していたキーホルダーを貰う。これは4人組が お揃いで持っている物で、美月も その一員になれた証拠の品のような物である。永久がクーポン券を使用したのではなく自腹で自発的に美月に あげようと思ったということも大事なポイント。そのキーホルダーが招いた密室ならではの急接近ハプニングもあったりして遊園地回は終わる。
亜哉はインターハイで優勝し、そのインタビューで「大事なコに会いたい」と答えた。
その大事なコである美月との一日が始まる。美月にとって これは今の亜哉を受け入れる作業である。美月の予防線のような亜哉の気持ちを無視するような勝手な発言も亜哉は受け止め、ジェントルに接する。
出逢った頃の昔のように過ごすために2人は思いつくままに近隣を散策する。亜哉は高校入学の時、つまり1年半前に日本に帰国していたが、その頃 中学生だった美月は引っ越しをして、その家の周辺で過ごしていたため亜哉に出会うことは無かった。1年遅れになったが会えたのは美月もまた同じように思い出を大事にしていたからに他ならない。ちなみに2人が一緒に行動しているのはナナセという目撃者によって永久にも伝わる。
美月に合わせてノープランを装っていた亜哉だったが、実は一緒に花火を見るという目的があった。近隣を散策したのも この辺りで花火が見られるから。デートっぽい雰囲気を出すと美月の心理的負担になるから黙っていた、それが亜哉の優しさである。そして亜哉にとって美月と一緒にいる時間は一番楽しい時。永久とは違い、亜哉は美月が最重要事項なのだ。
亜哉の考えの一端を知り ようやく美月は この日が亜哉にとって貴重なオフであることに思い当たる。どうも美月は自分自分の人である。
そして自分の辛さばかりを聞いてもらっていた過去とは違い、今度は あの頃の亜哉の話を聞く。髪が女の子のように長かったのは母親に髪を切ってもらいたかったから。でも多忙な母親(のちに医者と判明)と時間が合わず伸び放題になった。バスケもまた父親の影を求めるように、父親が好きだったことを続けていた。でも外見は周囲の からかいの対象になった。亜哉は精神的に強かったから やり返したりもしたが、美月と同じように寂しさや悩みを抱えていた。心配をかけまいとして親に相談できないことがある というのが2人の共通点だろうか。
亜哉が美月に性別のことを言えなかったのは、美月の思い込みに沿おうとしたからと、亜哉が自分の全てを曝け出すことは弱さを見せることになり、それでは美月を守れないと考えたから。子供の頃から亜哉は美月のために虚像の中で生きていたのだ。自分が あの頃から亜哉に守られていたことを知り美月は胸が苦しくなる。
そして亜哉の これまでの全ての言葉が冗談ではなく、本当に真摯に美月を想い続けてきたから生まれる言葉だということを美月も理解する。そして亜哉も その美月の理解を感じ取ったからか、あやちゃん より亜哉に近い自分の表情を彼女に見せる。


後日、美月が亜哉と花火を見たという情報を本人から聞いた永久は(聞き出したのは瑠衣だが)、美月に花火をしないかと提案する。これは永久の焦燥による行動。美月にとっての亜哉の存在の大きさに思わず行動してしまった。
花火をしてても美月の中の亜哉の存在が気になる永久は不注意から火傷をしてしまう。冷やしに水道に向かった永久を美月が追いかけ2人きりになり、永久は その時間を伸ばそうとする。その際の会話で美月が文化祭の委員になるかどうかという話になり、永久に背中を押される形になり、同じクラスの永久が楽しくなるためにも、自分を変えるためにも委員を引き受けることにする。その自分の新たな挑戦を前に美月は永久に手をギュッと握ってもらい勇気を貰おうとする。これはインターハイ予選の前に美月が永久にしたこと。
こうして美月は新たな一歩を踏み出そうとしている。また永久も亜哉に追いつけるよう努力することを美月に宣言する。これは観覧車で美月が永久に言った精一杯の宣言と同じ意味があるだろう。これが彼らの今の限界の言葉なのだ。だから自分に自信を持つこと、それが2人の共通の目標となる。一緒に2人で写る写真を撮るのは まだ時間が かかりそうである。