くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
片翼のラビリンス(かたよくのラビリンス)
第01巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★☆(5点)
ごくフツーのぽっちゃり系女子高生・都(みやこ)。あこがれているクラスメイトの大翔(ひろと)がつきあっているのは都のお姉ちゃんの蛍(ほたる)。そんな都はある日謎の手紙とカギを手に入れます。手紙のメッセージに誘われ、カギを使うと行き着いた先は2年前の世界。もう一度恋をやり直すことになった都の運命は!?「あやかし緋扇」のくまがい杏子が贈るタイムトリップラブストーリー開幕です!!
簡潔完結感想文
片側の翼を もがれたヒロインは いきなり闇堕ち、の 1巻。
前作『あやかし緋扇』から作風をファンタジー路線に舵を切った作者が次に選んだテーマは「タイムリープ」。タイムリープ以外の要素は ほぼ現実に即しているので、本書は正確にはファンタジーというよりもSF恋愛漫画と言うべきなのだろう。
このタイムリープという題材は非常に話の組み立てが難しく、ややこしいが故に読者が付いてこれるかのギリギリのラインを責め続ける技術が求められる。それが成功すれば傑作になり、失敗すれば目も当てられず伏線回収などされないまま打ち切られる恐れがある。
結論から言うと本書は ほどほどに成功している。中盤以降は、前半戦を全てリセットしたのではないかと疑われる牽強付会な部分もあるが、大過なく連載を終わらせられただけでも称賛に値するだろう。その代わり前半は作者も暗中模索の中、慎重に連載を進めているため、どうも1回分の連載の最初の数ページが前回の おさらい に使われているなど、急に話が進み過ぎないように調整している部分が見え隠れする。そのようなブレーキを踏んだ慎重な進行にはストレスを感じる部分もあったが、作者自身のボトルネックを解消してからは、肩の力を抜いて連載が進んでいたように思えた。
当たり前だがタイムリープもの では、真のハッピーエンドは最後に選んだ選択肢だけである。だから その解を見つけるまでは全てバッドエンドになると言っていい。だから前半はバッドエンド集になってしまい、どうしても作品内の雰囲気が陰鬱になることを避けられない。その上、上述の通り作者自身も このタイムリープへの模範解答が見つからないままの連載なので、本来 少しずつ漏れていくような最善策への伏線もない。それが読んでいて楽しくないことに繋がってしまっている。
そしてバッドエンドが第三者によって引き起こされるだけでなく、ヒロイン自身が引き起こすこともあり、最初からヒロインが闇堕ちしている点も彼女に同情や肩入れが出来ず、応援しにくい面を作り出してしまっている。
おそらく『あやかし緋扇』の大ヒットがなければ読者も編集者も、この作品を長い目で見守ろうという気にはならなかっただろう。そういう意味では首の皮一枚で繋がっていた本書を真の救世主は前作のヒロインたち なのかもしれない。
また過去作との関係で言うと、掲載誌が低年齢向けの「Sho-Comi」だから という面もあるけど、作者の作品は低身長の男性がヒーローと相場が決まっている。逆に高身長の男性への逆差別と言ってもいいぐらい、高身長の方は当て馬か悪役が多くて、ヒロインがベタ惚れすることを疑問視してしまい、彼女が言うほど格好良く見えない。最初から誰がヒーローなのか一目瞭然なのは、この後の展開が全く意外じゃないことになり、楽しみを奪っている。なぜ作者の作品は こんなにも男性の凹凸が明確なのか。ここで2人の男性が同じ身長なら もう少し面白さを付加できたのに(本書の場合、身長がタイムリープした傍証になっているけど)。
この低身長=ヒーローという構図は作者の定番の設定になっているので、たまには その読者の思い込みを利用した どんでん返しを試みて欲しい(読者の反発が大きそうだけど)。
『1巻』『2巻』は同時発売で、そこまでが序章なので、ある程度 話を進めるまで立ち止まることはない。そのスタートダッシュが読者の心を一気に奪っていく反面、本来は もう少し検証するべき部分が割愛され続ける。ヒロインが少し賢くない設定だからもあるが、彼女は時系列順に物を考えない。だからタイムリープなのに行き当たりばったりで行動しているし、またタイムリープの事実を友人に伝えるタイミングも、その友人が事実を消化するのも異常に早い。ここはスピード感を優先したのと詳細を描かないことで疑問を黙殺する意味があるのだろう。
高校3年生の小栗 都(おぐり みやこ)は成績は平均以下、体型は ぽっちゃり、ゲーム好き。それに比べて姉の蛍は都が不合格だった高校から良い大学に通う美人と評判で、彼氏と幸せな交際をしている。
あと10か月で終わる都の高校生活だが、大学でも憧れの時原 大翔(ときはら ひろと)と同じ大学に行くためには勉強をしなくてはならない。頭が良くてスポーツ万能、イケメンで みんなに優しい。大翔とは共通の趣味であるゲームを通して仲良くなった。しかし彼には違う学校に超美人の彼女がいる…。
そんな不毛な片想いをしている現実を逃避するために都はゲームに没頭する。ヒロインなのに ここまで良いところが何もないクズである。
大翔は悪態ばかり つく彼の友達・城田 司(しろた つかさ)と違い、気遣いも出来て、いつも都の胸をトキメかせてくれる。しかし都の自分への反応を見て、大翔は困惑した表情を浮かべているものの、都からの好意に勘付いても大翔は態度を変えない。彼が変わらずに優しいのは都の属性、大翔にとって大切にすべき人だからもあるのだろう。
放課後、都は司と一緒になる。自分を嫌いっぽい司に都は どう接していいか分からない。緊張していると司が自転車の二人乗りを提案してきて、その唐突さと意外性に都は戸惑う。落ちないように身体に接しながら、自分のことを嫌いだと思っていた と都が告げると、司は都のことを嫌いだなんて一度も思ったことがない、と返答してくる。
だから都は自分の被害妄想で司に不快な思いをさせていたことを謝罪する。司の方は何も思っていないようで、都の熱量と同じものは返ってこない。だが その直後、視界に ある光景を捉えた司が、それを遮断しようと急いで都の視界を塞ぐ。それは大翔と、都の姉・蛍(ほたる)のキスシーンだった。
都は自分の好きな人が実姉と交際していることを知っていたが、敢えて現実を直視せず、大翔への思慕を保持し続けていた。都がゲームに逃避するのも、姉と大翔の通話を聞きたくないからで、もしかしたら それが成績低下の一因になっているのかもしれない。彼らが交際していなければ都は姉と同じく優秀なポテンシャルを発揮した可能性はある。
改めて失恋を痛感し、泣きはらした目で登校した都は、自分の下駄箱の中に封筒を発見する。そこには今を変えたいのなら片翼のカギを使え、と書かれていた。
大翔に、蛍と同じ大学に一緒に行くという約束を蒸し返され、この先 大学でも辛い現状が続くことを予感した都は人目の付かない場所で涙する。そこに司が現れ、何もしなかったくせに後悔していると態度を責められる。
都が大翔を諦め切れないのは、自分は蛍よりも ずっと前から大翔を好きだったという思いが捨てきれないから。何もかも優れて幸せな姉に対する劣等感を ずっと抱き続けるから、ずっと苦しい。
そう司に心情を吐露したはずが、それを忘れ物を届けに来た姉と大翔に聞かれてしまう。2人に罪悪感を覚えさせてしまった自分に絶望した都は、ひとしきり泣いた後、登校時に発見した鍵の存在を思い出す。都が その鍵を使って屋上の扉を開くと、扉の先には空が広がっていた。引き寄せられるように扉の向こう側に進んだ都は、空中に放り出され、落下感で目を覚ます。
学校にいたはずの自分は自宅に戻っており、そして登校すると そこには違和感が広がっていた。そもそも自宅でも都は視界に入れていなかったが、大学生であるはずの蛍が高校の制服を着ている という違和感が潜り込んでいる。学校では下駄箱の場所が違うし、親友のはずの華ちゃん こと華本 桃子(はなもと ももこ)は都のことを初対面の人として扱う。
大翔だけは変わらない態度で接してくれて、昨日(都が扉に入る前の大翔への間接的な告白)のことも無かったかのように振る舞う。この大翔の態度から都は姉妹で同じ人を好きになったことで起きた破局が夢であると考えた。
しかし大翔の後ろから司が現れ、彼の背が縮んでいた。それが時間が2年戻っていたことの一つの傍証で、高校3年生だった都は高校1年生の時点に戻っていたのだ。
段々と自分が2年前の過去に飛んだことを理解し始める都。混乱もあるが、周囲を悲しませた絶望的な状況から逃れたことは都の希望ともなる。
しかし1年生の都は友人関係に恵まれず、大翔と仲良くしていることに因縁をつけられて恨みを買っていた。その場面から助けてくれるのも大翔で、都は大翔への気持ちを止められない。同じ場面だから冷静に対処できた都は、この時、大翔を現場に派遣したのは司だったことを知る。大翔とも司とも新しい関係を築けるかもしれないと都は この特殊な状況で全てが好転する予感を覚える。
ただし都の目標は大翔との両想いではない。彼に告白できずに終わった勇気の無かった自分を克服すれば、同じ結末に達しても達成感は得られる。
過去から到来した都の存在は少しずつ未来を変えており、本来 2年生で仲良くなる華ちゃん とも1年生の時から仲良くなることが出来た。
華ちゃん は初対面の自分に話し掛けてきた都に理由を聞き、都は自分の身に起きたことを華ちゃん に全て話す。聡明な華ちゃん は都の話から、彼女がタイムリープしたと推測する。タイムリープは意識だけが飛ばされることで、タイムスリップは身体ごと飛ばされること。だから後者では複数人の自分が存在するが、前者では1人だけ というのが2つの時間跳躍の違いである。
華ちゃん が都を未来人だと信じる手段として、彼女が好きなBL作家の新連載情報を教える。これで華ちゃんは あっという間に状況を呑み込み、都の友人となる。都を孤独にさせ続ける訳にもいかないし、相談役が必要。レギュラーメンバーを早々に固める意味でも華ちゃん との仲は早急に強固にする必要があったのだろう。
2010年代に入るとヒロインの友人がBL好きというのも公言できるキャラの特徴になっている。これは この友人は絶対に三角関係=ヒロインと同じ人を好きになりません 安心して下さい、という読者への分かりやすいメッセージになるからなのだろうか。
こうして孤独から解放され、相談者が出来ることで都は いよいよ自分改革を始める。
都の告白にはリミットがあって、大翔と蛍が初めて会う、1週間後の文化祭までに済ませなければ元の木阿弥となってしまう。文化祭で蛍と運命的な出会いをした大翔が恋に落ちる様子を都は間近で見た。
あの惨めな思いをを回避するために都は1回目とは違う行動を敢えてすることで未来を変えようとする。また司のアシストもあり、これまでと違う大翔とのイベントが発生する。それが告白。展開が早くて助かる。
告白に対しての大翔からの第一声は「ごめん」。これで都の目的は達成できたので、友達エンドを望むが、何と大翔は都を恋愛対象として考えるから返事を保留にさせて欲しいと謝ったのだ。
信じられない気持ちで家に帰り、姉に対面するが、そこで都の頭に罪悪感が生まれる。姉が幸せになる未来を自分が奪ってしまったかもしれない。そのことを華ちゃん に相談すると この機会を利用するべきだと言われる。だから都は華ちゃん の言う通り、大翔と蛍を絶対に合わせないようにすることが第一と考える。ただし華ちゃん は大翔よりも司の方が都のことを よく見ていると、彼の恋愛感情を推理する。
司が都を好き、華ちゃん の推理を補強するかのように、司は眠っている都の髪にキスをして、その好意を匂わせた。
そこで もう一つ都に罪悪感が生まれる。大翔が蛍しか目に入っていなかったように、都は大翔しか目に入らず、司が自分に好意を寄せていることを気づかなかった。都の罪悪感は元の時間における3年生までの2年間の蓄積である。都の記憶と違う司の行動に対して、華ちゃんは司もタイムリープ経験者だと推理する。
その真偽が分からないまま都は大翔と会話をし、思わず自分から告白した事実を忘れて、自虐で大翔が自分の姉と出会ったら好きになる、と予言めいたことを言ってしまう。この時の都の失敗は、姉の存在を明かしたことではなく、大翔を見た目だけで人を好きになるような軽薄な男、と彼の尊厳を傷つけたことだった。
そのことを司から指摘され、そして彼に背中を押され、都は大翔を追いかける。その前に都は、自分と大翔のキューピッドみたいな言動をする司に感謝の気持ちを述べる。それに対し赤面する司は やはり都が好きなのかもしれない。
こうして都は司に謝罪し、そして大翔への独占欲を理由に蛍との遭遇を阻止しようとする。こうして都は1回目とは確実に違う道を進む。そして それは司の願いでもあるようだった。まだまだ この世界には都には見渡せていない部分が残っているようだ。