草凪 みずほ(くさなぎ みずほ)
NGライフ(エヌジーライフ)
第08巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★☆(7点)
芹沢の幼なじみ・琴宮が芹沢にキスするのを目撃してしまった敬大! それぞれの関係がギクシャクし始める中、裕真たちは敬大と芹沢をくっつけようと画策する。一方、芹沢を誰にも渡したくないと思い始めた敬大。日毎に募る芹沢への想いと、前世の記憶との間で揺れる敬大は!?
簡潔完結感想文
- 衝撃的な光景を認めたくない防衛本能から素っ気ない態度をとる前世バカ。
- 前世バカなことを芹沢は痛いほど知っているから、彼の言葉が信じられない。
- 記憶を維持のために好きだと言えないのに彼女を誰にも渡したくないワガママ。
どれだけの涙を彼女に流させるのだろうか、の 8巻。
『8巻』は前世バカとも言える敬大(けいだい)によって芹沢(せりざわ)が たくさん傷つけられる巻である。それを裕真(ゆうま)や麗奈(れいな)・朱奈(しゅな)といった現世での友達たちが次々にケアしていく。そして敬大側の相談または非難の相手となるのは凌(しのぐ)と深影(みかげ)である。
この敬大の心の問題は誰にも立ち入ることが出来ず、解決は彼自身にしか出来ないのだが、前世仲間たちが自然に集い、最後まで彼らが互いに影響し合っているという話の展開が良かった。本書には使い捨てキャラがおらず、最少人数で話が上手く構成されている。後付け感の強い途中参入だった人物たちに一定の役割を与えられる作者は凄い。
冷静に見てみると敬大は芹沢を傷つけ続ける酷い男である。ここ最近は彼女を意識する余り、彼女を避けているような状態だし、芹沢を遠ざけるために友達ではいられないと言った舌の根が乾かぬ内にキスをして彼女を翻弄する。その上、自分の大事な前世の記憶を保持するためには芹沢に告白できないという問題が生じ、好きと言わないが大事と訴えて、芹沢にとっては生殺しのような状況を続ける。
少女漫画のクライマックスは別離が問題になることが多く、ヒロインはヒーローの身勝手さに振り回される側である。本書も その例に漏れていない。けれど本書の主人公は敬大で男性視点の話で、翻弄する側の理屈が続く。
読者も特殊な事情を知っているから、敬大の気持ちも分からなくはないだろう。それでも その事情を勘案しても敬大は酷い。前世と現世の二重人格状態で、精神的に不安定なのは分かるが、初期から継続して彼は周囲の人に自分の勝手を押し付けている きらいがある。人格者なようで「デリカシー無し男(なしお)」であるのが彼の本性ではないか。事情があるから仕方ないのだけれど。
敬大が告白できないのは彼の責任感の強さでもある。ポンペイ崩壊の「あの日」のことを忘れないと誓ったから彼は身動きが取れない。
一方で ちょっと漏れた告白を芹沢に信じられなかったのは彼自身の罪である。なぜなら自分が芹沢と恋に落ちると思っていなかった見通しの甘い敬大は、芹沢に前世の妻・セレナのことを語り続けた。それは前世と同じ感覚で芹沢を親友として置いていたからだろう。
ただ前世の記憶を持たない芹沢は敬大のセレナへの愛を聞きすぎて、絶望して、それが呪いとなっていた。だから敬大が自分を好きかもしれないという奇跡を信じられない。芹沢に敬大への不信を植えつけたのは敬大本人なのである。
出会いから3年以上が経過しており、その間ずっと芹沢は敬大の一風変わった「のろけ」を聞いていた。だが唐突に敬大が心変わりして自分を好きだと言ってきたら、芹沢の中で蛙化現象を引き起こしても不思議ではない。敬大は手の届かない存在だったから、切ない片想いも含めて これが芹沢の恋の形となった。なのに急展開が起きても芹沢は戸惑うばかりだろう。
これは最愛の妻を亡くした男性と再婚するような心持ちなのだろうか。芹沢の立ち位置は その夫婦の馴れ初めや愛を見てきた人だろう。再婚することで前妻への罪悪感も生まれるし、男性の前妻への気持ちも濁ったように感じられるのではないか。それなら自分は男性との恋愛に介入しない方が良いと考えても不思議ではない。
おそらく最終巻でトラウマから解放されるであろう敬大だが、2つの人生の付き合い方を見い出した彼が、どんな人格に落ち着くのか見届けたい。少しでも自分中心の考え方から離れている、という描写が見られれば いいのだけれど。
芹沢と琴宮(ことみや)のキスを目撃してしまった敬大は、その目撃を芹沢に知られてしまうが何事もなかったかのように振る舞い続ける。
それは敬大に防衛本能が働いて、心理的衝撃を通常モードで やり過ごそうとしているのだが、芹沢は敬大にとって自分が そのぐらいの存在価値なのだと落ち込む要因となって、2人とも傷ついてしまう。
この一件から芹沢は琴宮を怖がって敬大の後ろに隠れたりしているのに、敬大は自分の心を守るために彼女の問題に介入しない。以前もそうだったが、コメディ要員として優秀な敬大は、人として かなりデリカシーに欠ける部分が見受けられる。
不甲斐ない敬大に代わって、芹沢と琴宮の間に割って入るのは裕真だった。異変を察知した裕真は芹沢を守る行動に出て、琴宮が事実としてキスの件を裕真に話したことで怒髪 天を衝く。芹沢は裕真を制御し、自分で問題に向き合うことにする。
そこで琴宮が言うには「ラブシーン」と書かれた劇の台本に沿ってキスをしただけだと言い、彼特有の融通の利かなさが原因だと この問題は落ち着く。そして その後に現れた敬大は昼休み中、芹沢を探していたことが発覚し、彼女は救われる。
今度は芹沢は今度は敬大と問題に向き合う。琴宮の動機を芹沢から聞いた敬大だが、彼は同じ気持ちであろう琴宮が嘘をついたことを見抜く。芹沢だけが この恋心を知らない。初めて芹沢を本気で好きな男性の存在によって敬大の中で焦燥が生まれ始める。それは芹沢への執着でもあった。
悩み過ぎて敬大は再び芹沢にデリカシーに欠ける発言をするのだが、その芹沢を麗奈がフォローする。誰にでも優しい敬大がキツい発言をするのは芹沢だけ。それだけ芹沢だけには余裕が無いことが、彼女が敬大の特別であることを証明している。
これまで敬大は前世と現世の二重人格のような状態で、だからこそ落ち着きのない言動が多かったが、今の彼は現世のことで頭がいっぱい。人格が一つ減った状態なので彼は落ち着いている。実際、敬大は現世のことで頭がいっぱいで前世の自分の名前すら忘れかけている。前世オンリーの認知症といった感じか。
それでも何もしようとしない敬大のことを裕真が尋問し、彼の背中を押す。裕真の助言は間接的に敬大と前世との切り離しを示唆しているように見える。
敬大は芹沢が誰かのものになっても諦めると言っているが、裕真は芹沢が誰かのものになるのは嫌だと言える。でも もし そうなるなら芹沢の相手は敬大しかいないというのが裕真の考えだった。自分は芹沢に好きになってもらえないことが分かっている。なぜなら裕真は芹沢が誰を好きか ずっと知っていた。敬大は今更ながら それを知り、自分の中途半端さが裕真を苦しめていたことを知る。
この裕真の痛みをを受け止めるのも麗奈の役割。頑張った弟(?)を慰め、そして心を吐き出させる。
海辺にある麗奈・朱奈姉妹の別荘で行われる演劇部の合宿には新たに部員になった敬大、そして部員にならなかった琴宮も参加する。そこで一心不乱に絵を描く琴宮の姿を見て、敬大は自分が前世の記憶を守るために、現世で夢中になったことがないことを告白する。そんな敬大に琴宮は、人生は限定された時間だから無駄に出来ない、と自分の考えを述べる。
でも敬大は前世のことを忘れたくない。自分の人生を生きれば、前世の大切な人と別れなければならないかもしれない。だから敬大は自分の人生の時間を止め、その一環として芹沢との関係性の維持がある。
そうして芹沢に よそよそしくすることで、自分に歯止めをかけている状態の敬大に、芹沢は喝を入れる。彼女は敬大が何かを考えていることを悟って、友達に自分の位置を戻して、敬大の負担を軽くしようとする。
だが敬大は その友達もやめると言い出す。
芹沢の心象風景のように降り出した雨から逃れるため2人は海岸沿いを歩く。そこで芹沢が足を怪我して、敬大はハンカチを彼女の足に巻く。その一幕は、前世での彼らの出会いと重なる。それが前世での友情の始まりだったが、今度は友情の終わりのような儀式となる。
芹沢は友達でもいいから敬大と一緒にいたいが、敬大は自分の過去の大切なもののために今の大切なものを手放そうとしている。それでも芹沢への想いは消えないから、敬大は芹沢にキスをする。なんという矛盾した存在なのだろうか。
こうして一気に動こうとする敬大だが、続けようとする言葉を芹沢が拒否する。芹沢には敬大の心の動きが分からないのだろう。そして琴宮の一件が ちょっとしたトラウマになっていて、男性は好意とは関係なくキスするという考えが芹沢に生まれてしまっていた。
こうして変わりゆく2人の前に「大人組」が登場する。敬大を尋問するのは凌と深影。混乱する芹沢には朱奈が対応する。
芹沢は恋愛対象外だとばかり思っていた自分への敬大の行動が分からなかった。そして彼がセレナを忘れられる訳がないことを知っている。大好きな敬大からのキスだからこそ、琴宮と同様に それが無感情で無意味な行動だったら心が潰れてしまう。
敬大は敬大で、今度は自分の好意が相手に届かないことに悩む。自分を押し殺してきた敬大を奮い立たせたのは裕真、そして琴宮という奇しくも芹沢を好きな人たちの存在。彼らの言動で芹沢への気持ちは溢れたが、別の女性(セレナ)への愛を語り続けてきた芹沢には信じられない。過去の自分の痛々しい発言が、敬大の足を引っ張っている。敬大は自分で芹沢に呪いをかけているのだ。
それでも敬大は改めて芹沢に向き合うのだが、気持ちをちゃんと伝えようと前に進もうとすると、彼から前世の記憶が一時的に欠落する。自分の中の大切な人たちが消えていく感覚に敬大は恐怖を覚える。
敬大は子供の頃から、自分の愛した前世の人々を忘れないことを誓っていた。その強い意志は強烈な自己暗示となって作品内で発揮されていた。
前世の記憶を自分の存在理由のように思っていた敬大には記憶が不安定なことは大変な恐怖なのだ。しかし記憶を維持しようとすることは、芹沢の気持ちに応えないこと。これは二者択一の問題なのだ。
敬大の前世への執着は、前世への自分への罰でもある。自分の後悔がある限り、誰かから恨まれる限り、記憶は消えない。そして自分の記憶の不安定さを体験して、敬大は朱奈の記憶喪失の経緯と、彼女の考え方を知っていく。彼女は深影への思いから現世に重心を置いたのだ。
敬大は凌に この話をするのだが、裕真が それを聞いてしまう(裕真は お子ちゃま扱いされているから間接的に知ることばかり)。
敬大は芹沢を傷つけると分かりながら、彼女にハッキリとした意思が示せない。好意を伝え、伝わってしまえば、そこで前世の記憶は消えるかもしれない。だから好意を伝えずに、芹沢が どれだけ自分にとって大事かだけを遠回しに伝える。これが敬大のギリギリのボーダーラインなのである。これ以上、踏み込んだら記憶は イッちゃうかもね。
主に男性陣に記憶が残されているのはポンペイを愛し、そして その崩壊を受け入れられなかったからなのだろう。
ここからポンペイ最後の日々を描いた前世の回想となる。新しい個人名が頻出するのを回避したいし、あまり前世に興味が無いので感想は ほぼ割愛。大事なのは敬大の前世が何を悔やんでいるか、ということだろう。前世の記憶を持っている人は複数いても、そこに戻れる訳じゃない。だから敬大自身が けり をつけるしかないのだ。
権力闘争のために殺人事件が起こり、そこに敬大の前世の主人となった朱奈の前世が巻き込まれる。そして ここで深影の前世の「裏切り」が発覚する。そんな事件に敬大の前世は対処しようとしている最中、火山が噴火する…。