草凪 みずほ（くさなぎ みずほ）
NＧライフ（エヌジーライフ）
第06巻評価：★★★☆（7点）
総合評価：★★★☆（7点）
前世と現世に挟まれて苦悩中の敬大。芹沢とデートすることになり何故かドキドキが加速！ 芹沢父も乱入し、デートは大パニック? 逃げ込んだミラーハウスで芹沢から思いがけないことを言われて!? 一方、前世の記憶に悩む深影。深影がアグライヤを好きだと知った敬大は…!?
簡潔完結感想文
近づく2人の後ろで、密かに離れてばかりの2人、の 6巻。
『6巻』では本書に初めてカップルが成立する。本人たちも あやふやな関係性だったので単なる復縁とも言えるのだけど、深影（みかげ）と朱奈（しゅな）は この現世でも想いを重ねる。それは前世関係者である2人が、前世との向き合い方を最終的に決定するということでもあって、この実例は敬大（けいだい）にとって参考になること間違いないだろう。
不思議なのは敬大と同じ年の朱奈と、その5歳上の深影のカップルなのだけど、彼らのことを どうしても「大人組」と呼びたくなってしまう。これは朱奈の前世のカリスマ性からくる気持ちなのだろうか。それにしても深影という本書のメインキャラで最後に登場した人に最初の恋愛成就をされてしまう敬大の ヘタレっぷりが浮かび上がる。
加えて今回 敬大と芹沢（せりざわ）のデート回のようなものが あるのだが、そこで敬大は芹沢と一生 一緒にいる宣言をしながらも、忘れられない女性がいることも表明している。ここまできて二股宣言をする敬大にも呆れるが、彼が素直になってしまったら そこですぐに作品は終わってしまう。
ただし、敬大はセレナを忘れることはないと誓っている一方で、無自覚だろうが、作中でセレナに関わる時間が どんどん短くなってきている。
『6巻』は基本的に、裕真（ゆうま）というかセレナの出番がない。これは『5巻』の退行催眠によって裕真が自分の中の もう一人の自分に出会ったことが影響していて、裕真が意識的に敬大を避けている。
基本的に自分のことだけで いっぱいいっぱい になってしまう敬大だから、その事実に気づいていない。セレナへの愛は大いに語っているが、そこに裕真を通した幻影を見ていない。もはやセレナは敬大の心の中にいるだけで、現世におけるセレナと裕真は乖離し始めていると言っていいだろう。
この「乖離」というのが深影と朱奈の恋愛にも大切な要素で、それは敬大にも適用されることだろう。今回、深影は自分の最も大切なものを失わないために、自分の固執を手放す。それが彼の価値観であった。
『5巻』で裕真はセレナと別の人生を歩むことを選択しており、深影たちも同じようになった。凌（しのぐ）も他者に前世の生き方を強要するような真似をしないという方針があり、前世に固執しているのは敬大、芹沢、麗奈（れいな）だろうか。後者2人は記憶がないが、ないからこそ記憶を持って好きな人と並び立ちたいという願望がある。彼らもまた前世に足を引っ張られることなく、自分の足で人生を歩く必要性に迫られるのだろう。いよいよ終盤に突入する物語は そこに足を踏み込むはずだ。
そして物語的には『5巻』で願った裕真×朱奈のシーンが早くも見れたり、芹沢×朱奈、×深影など これまで2人きりにならなかったような人たちのシーンがあって、作者は作品内で縦横無尽にキャラを動かしていることが爽快だった。複数人を同時に動かせる、主人公以外のキャラに思考を ちゃんと与えるなど、連載作家として持っていて欲しい才能が見られて大変 嬉しい。
敬大は裕真と芹沢を誘って3人で動物園＆遊園地に行こうと計画するが、前世の記憶が少し残った裕真は敬大と意図的に距離を置く。
嬉しいけれど恥ずかしい敬大との2人きりを回避するために芹沢は朱奈に声を掛けるが、彼女は芹沢の恋心を知っているので辞退する。もっとマイペースな人かと思ったが、意外にも周囲が見えている様子。
そして芹沢と2人きりという状況に敬大も緊張する。裕真が越してくる以前は どこでも2人で出掛けていたが、今は そんな自分の感覚が不思議に思えるぐらい心境が変わっている。
だが芹沢の近くには父親の影が常にあり、デートに邪魔が入る。それでも2人の間に良い雰囲気は流れるし、芹沢も敬大に一歩 踏み込んだ発言をするのだが、お互いに すぐに身を引いてしまう。
このデート回で芹沢が深影と2人きりで話す機会があり、そこで前世の記憶を含めて恋愛をする難しさを思い知る。『5巻』の麗奈に続いて、デート前には朱奈、そして深影と自分以外で恋愛関係になっている前世関係者の話を芹沢は聞いて回っているような状態とも言える。
最後に芹沢の父親は敬大に二股疑惑を問い詰め、敬大はセレナが好きという事実を芹沢の前で発表してしまう。ならば娘は大事に出来ないのではと引き続き敬大を追い込む父親に対して、敬大は「死ぬ程 大事」と言い切る。どんな形であれ芹沢は一生 一緒にいる人だという。その言葉が嬉しくて涙する芹沢だが、それは友情への感動だと敬大には言う。これは間違いなく敬大の本音だし、芹沢の感動も分かるのだけど、どうしても二股を並行させるため2人とも本気で好きとか言い出す男のようにも見えてしまう。
凌（しのぐ）が深影に連絡を取り、男性たちは朱奈の記憶がなぜ消えたのかを改めて議題に出す。だが場所が榊原家であったために麗奈によってイベントが開催され、話は中断。7人が集まって楽しい時間を過ごすことで、敬大は深影が前世の彼と違う人格であることを認める。
朱奈は、深影が ずっと自分の後ろの前世を見ていることに苦しんでいることを訴える。前世という縁は運命にもなるが呪いにもなる。それぞれの関係において前世が邪魔をし始めているように思う。
その会話を物陰で聞いていた敬大は、深影が前世からずっと朱奈が好きだったことを初めて知る。これは凌のような記憶の欠落ではなく、敬大は前世で2人の関係を見抜けなかったことによる新事実である。
そして その想いがありながら前世で深影は朱奈を裏切り、その余波で芹沢の前世が死んだ。だから敬大は深影を信用できない。だからといって全てが深影と重なるとは限らない。敬大自身も含め過去と現在で重ならない部分は どんどん大きくなっている。
裕真を除いた男子会で深影による、朱奈との出会いが回想される。
15歳の深影は、前世の記憶を保持する10歳の朱奈に出会い、そして毎日 彼女に会いに行く。
再び巡り合えたことに運命を感じる一方で、前世で朱奈を裏切った深影は その償い方を知らないまま。奇妙な関係性が継続する中、数か月前の深影は朱奈に手を出し、その直後に記憶が消えた。だから深影は自分の行動が原因で朱奈が意識して記憶を消したと思っている。それは前世と同じく自分への憎しみを抱いた結果で、深影は現世と前世の2回 朱奈を殺したと思っている。
深影は朱奈の前世に固執するが、その彼の態度に凌は憤る。相手が覚えていない相手の前世を追求することは、現世の彼らの存在を否定すること。特に深影は記憶喪失後の朱奈にも前世の名前で呼び続けている。それは不安定な記憶と感情を抱える朱奈を追い詰めていると凌は糾弾する。この今の深影が抱える想いは敬大にも痛いほど理解できるだろう。
特に深影は、前世と現世の2人の朱奈に恋に落ちた完璧なパターンだろう。なのに前世の記憶を失った朱奈は、未だに「パーフェクト朱奈」を望む深影を拒むようになった。どちらも相手にとっての加害者であり被害者。そして それぞれに痛切な思いがある。
深影は朱奈を苦しめないよう自分の気持ちに区切りをつけようとするが、そこへ朱奈が行方不明という情報が入る。
朱奈には裕真が同行しているらしいという情報もあるが、裕真は電話を携帯していないため、公衆電話から朱奈が探し物をしている、という抽象的な情報しか入ってこない。
深影は興味のない振りをするが、結局 全員が手分けをして朱奈を探し始める。そして それぞれに朱奈が現世の深影との記憶を辿る「思い出散歩」に出たのではないかという結論に達する。
その推理をしたのは芹沢。彼女は自分に記憶がないことを残念がって図書館で資料に あたっていた（『2巻』）。それは記憶を思い出して敬大を精神的に安堵させ、彼の役に立ちたかったからで、それが朱奈にも おおよそ適用されるのではないか、というのが芹沢の根拠。
川に朱奈の服らしき布を発見した敬大は、万が一を考え川に入る。その布に同時に手を伸ばしたのは深影。彼もまた朱奈のためになら川の中に入れるのである。そんな深影を見て、口では色々 言いながら朱奈を好きでい続ける彼に敬大は迎えに行けと発破をかける。
朱奈と裕真という珍しい組み合わせは、相手が自分ではない誰かを見ているという点が似ている。そして裕真は とことん朱奈の思い出散歩に付き合い、朱奈が手放してしまった記憶は、朱奈に必須ではないから欠けたのではないかと助言をする。むしろ記憶を捨てたことで朱奈は どこへでも行ける自由を得た。そういう考えを裕真が出来るのは『5巻』でセレナに出会ったから。
その後に一人で報告のあった公園に到着した深影は、裕真に席を外させ、朱奈と2人きりで話をする。
それは数か月前の、朱奈の記憶が欠落した月の夜の話。再び自分ではない話が始まったことに朱奈は深影の口を塞ぐが、彼は これを最後だと言う。その言葉に痛みを覚えた朱奈は、自分にとって何が一番 大切なのかに答えを出す。
大事なのは ずっと深影で、その気持ちは前世のものではなく今の自分自身のものだと朱奈は訴える。深影もまた その朱奈の気持ちを受け止め、前世を切り離し彼女だけを愛する。それは朱奈が ずっと聞きたかった言葉で彼女は涙を流す。敬大と現世での年齢は変わらないが大人組の恋は こうしてハッピーエンドを迎える。元々 記憶を持った者同士、惹かれ合った者同士であった2人だったが、記憶が欠落して関係性が変わった。そして2人が出した結論は目の前の人を一途に愛するということ。本書で初めてのカップルは そういう結論に落ち着いた。
