南波 あつこ（なんば あつこ）
カモナ マイハウス！
第05巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★（6点）
『隣のあたし』『青夏』の大人気作家・南波あつこ最新作！ ＪＫ・ミーツ・ゲームクリエイター。傷ついた君の、いつも隣に。ゲームクリエイターの樹とようやく両想いになれた陽向。嬉しくてテンションMAX！でも、ハッキリ「付き合おう」と言われていないことに少しモヤモヤしてしまい…。そんな心の内を隠しながら、一緒に花火を見ようと誘うけど、樹は仕事が忙しそう。花火大会当日、樹の家で帰りを待っていると、思わぬサプライズがーー！両想いになった２人の、”きゅん”が満載！でも２人の恋は、まだまだ波乱含みで…！？『カモナ マイハウス！』最高潮の第５巻！
簡潔完結感想文
- 恋人らしいことが出来なくても、貴方が私を好きでいてくれれば それでいい。
- 放置されていた女性ライバル問題は一気に解消。第三者への通達で晴れて公認。
- 陽向のことが好きすぎるから恋人らしい事をしたいけど、好きすぎるから怖い。
高校卒業前に手を出したことで罰が当たった 5巻。
『4巻』が両想いに至るまでの正しい道を描いたのに対し、この『5巻』は その先の交際編と最後の試練を描いている。
本書はRPGを作品の要素に取り入れているだけあって、この恋愛の全てのイベントの進行がキッチリしている。そして悲しいかな今回は神山（かみやま）がトラウマを再発させるまでの手順が しっかり描かれていて、前半から中盤までの2人の浮き立った心があるからこそ、その反転が悲しすぎた。『3巻』で神山のトラウマを陽向（ひなた）共有したことで安心していたが、考えてみればトラウマは ずっと神山の中にある。その消滅を確認しなければ最良のエンディングに ならない。
物語的には これは神山への罰として描かれている。
彼は ずっと高校生、それも高校1年生の陽向に一線を引いていた。最初から陽向の明るさに惹かれていたにもかかわらず、彼女が自分に好意を持っていると知っても、告白をさせなかったり、気持ちを知っても応えなかったり、自制して彼女に接し続けてきた。
だが自分の中から溢れ出る好意に抗えず彼は陽向を受け入れた。それでも大人として社会人としてゲームクリエイターとして、全方向に胸を張っていられる自分でいることに努めた。
一般的な少女漫画作品と違うのは、陽向は そんな現状に文句を言わなかったことだろう。デートらしいデートが出来なくても、自分たちの交際が公に出来なくても、それでも陽向は神山の隣にいられれば それでいい、という最小限の願いの成就だけでも幸せを感じていた。
そんな陽向に少しでも喜んでもらおうと神山が「普通」のデートをしたことで彼のトラウマが再発する事態になってしまう。きっと神山は自分の浮き立った気持ちを、守らなかった一線を分かっているから、原因を自分に求めてしまうのだろう。自分は心に負荷をかけ続けてないと不幸になる。幸福を享受しようとすると失敗する。そんな考えを突き詰めて自己防衛という究極の選択に出る。それは陽向のためでもあるのは分かるが、ここは男性側の身勝手な理論にヒロインが巻き込まれると考えるのが自然だろう。神山が優先しているのは自己愛や現状維持である。
ただし ともすると機械的に話が進んでいく本書で、しかも少女漫画というジャンルの中であるならば、ここからがヒロイン覚醒イベントの始まりでクライマックスであることは自明である。ラスボスを倒せるのも、そしてラスボスをも救うのもヒロインという名の勇者の役割。絶望的な状況ではあるが、この先に希望があることは分かっている。
陽向は これまでの困難という敵に決して怯まなかったし、向き合い続けることでレベルアップしている。だから彼女がラスボスに負けないこともまた既に定められていると思う。
キスをしたけれど何事もなかったように過ごす2人は、そのまま陽向の家まで歩く。陽向が家に帰ると、神山と直接 話すことで彼が陽向にとって重要な人物であることが分かったからか、母親の態度は軟化していた。親子の無駄な争いは回避されたようだ。
こうして母の許可が出てから、キスと交流再開の喜びに舞い上がる陽向だが、今の神山との関係を何と呼べばいいのか分からない。
一方で大橋とは友達になった。彼は陽向に話せるように告白したことで自分の成長を感じていた。彼は まだワンチャンあると思っていて、それは不吉な予言にも聞こえる。
放課後、神山と久しぶりに交流をする。そして陽向は これまで通り、自分から神山と積極的に接点を持とうとして、花火大会に誘う。神山は仕事が立て込んでいるようだが、陽向のために頑張ろうとする姿勢を見せる。それだけで陽向は嬉しい。
ここで初めて陽向は神山の連絡先を聞く。きっと連絡先は名前と同じで目の前にいて、交流よりも優先順位の低いものだったのだろう。それに神山を理解する陽向は、今までなら神山は一線を引いて個人情報を教えるような真似をしないと踏んでいた。では何が変わったかというと、今の陽向は神山が自分を好きだという自信が生まれた。
結局、神山の仕事は難航し、花火の約束は果たせそうもない。そしてプロジェクトが始動し、彼は上司から不祥事を起こさないように念を押される。これまで女性の影が無かった神山に どうやら女性の存在があるので、恋愛に慣れていると言い難い彼がハメを外しそうなのが心配なのだろう。
花火の約束の返事もないし、浴衣の慣れない下駄で足が痛い。それでもキスをしてくれたことで神山の方から一線を取り下げたことだけで陽向は幸せに包まれていた。花火が終わった頃、ようやく神山は帰宅する。そして陽向に自分たちの現実的な つきあいかた について話す。人目につく場所で手を繋ぐことも躊躇するような関係で、陽向の望みの多くは叶わないかもしれない。シビアな内容を話す神山だったが、陽向は自分たちが つきあっている状態であることに舞い上がる。この場面の陽向は どこかズレていて、不幸を不幸と思わないところが頼もしい。
今更 交際に喜ぶ陽向を見て神山は拍子抜けする。どうやら彼は交際成立で ずっと舞い上がっていたようだ。陽向を悲しませるような話をしたはずが喜ぶ彼女を見て、神山はキスをする。もう神山は陽向に自分の恋心を隠せなくなっているし、隠す必要もない。
学校は夏休みに入るが、その日、課外授業に出た陽向は朝に神山の家の前で彼に遭遇する。その際に彼のファイルを一時 渡され、そのまま自分の鞄に入れてしまい、彼の務める大手ゲーム会社まで届けに行くことにする。
といっても わきまえている陽向は近くまで行って神山を呼び出す。しかし神山と合流する前に、彼の同僚の広報・板垣と再会したことで、彼女に会社内に案内されてしまう。こうして制服のまま会社を訪問したことで ちょっとした人だかりが出来てしまう。
それを目撃した神山は陽向を救い出すために前に出るのだが、そこで2人の関係性を疑うような からかい半分の発言が出る。陽向は自分たちが近所の子で、恋愛相手は他にいると強調することで その場を乗り切り、会社から脱出する。
神山の世界を訪問したことで、社会人にとってのＪＫが どういう扱いなのかを陽向は実感した。自分が当たり前に思っている立場、いつも着ている制服が社会の中では特殊であることを理解し、陽向は早く神山の隣に立てる人間になりたいと願う。現状の立場と恰好では一緒に食事をしているだけでも奇異に見られてしまうのだ。
そこへ板垣が再度 2人を探しに やって来て、彼女の提案で3人での食事が始まる。
板垣は単刀直入に2人の交際の有無を確かめる。陽向は誤魔化そうとするが、神山は肯定する。その表情は真剣そのもの。神山は板垣を信頼しているから彼女には打ち明けたようだ。陽向は それが神山との交際の公認だと思えたようで嬉しさのあまり涙ぐみ、一度 席を立って気持ちを落ち着かせる。
2人になった同僚は話を続け、板垣は神山の どん底の時代も見てきて、ゲームのヒットと共に神山が背負うものの大きさも分かっている。だからこそ神山を支えてくれる人がいることが ありがたい。そんな板垣に神山は再び大事なものを失う怖さを吐露する。
神山が奢ることになり、会計の間 今度は女性同士の会話となる。そこで棚上げされていた板垣と神山の交際疑惑を陽向が打ち明けると、板垣は自分が既婚者であることを打ち明ける。そこから板垣の年齢の秘密などが明かされる。
そして板垣は自分以外の女性社員は若くて優秀な神山を狙っている噂を話すが、これは意地悪ではなく、気後れしそうな陽向に、これから素敵になればいいと助言を送る。
こうして精神的に安定した陽向は神山に これまで通り自然に接する。神山としては切羽詰まった陽向が積極的にアプローチしてくれる方が嬉しいみたいだが。
そんな陽向への好意が溢れた結果、神山からデートを提案し、2人は一緒の時間を過ごす。お互いに相手のことが好きすぎることが溢れ出ていて良い。
そこで陽向は贔屓にしていたキャラが死んでからゲームを あまり進められなかったが、神山の作ったエンディングを見るために再開すると宣言。陽向が自分の要望ばかりを訴えなかったり、ゲーム内とはいえ辛くても先に進もうとするのは素敵な人になるという目標が出来たからだろう。
こうして初めて恋人らしい1日を過ごした2人だが、別れ際、陽向が車と接触して血を流してしまう…。
頭を縫ったものの軽傷で済み、検査の結果も問題はなく、陽向自身は元気そのもの。
だが陽向の命の危機に神山が過剰に反応してしまう。彼は事故後に冷静に対処して、陽向を病院に運ぶ手筈と母親への連絡を果たした。だが その一方で急に大切な人の人生が終わるトラウマを再発させていた。顔色が悪くなるほど不安でいっぱいになり、自分を心配してくれる陽向に対しても声を荒げてしまう。大丈夫だと言い張る神山が大丈夫じゃないことは陽向に分かる。でも彼を支えるだけの力が自分にないことが歯痒い。
心配して訪問した家の前で再会した神山は一見 普通。しかも陽向を家に上げる。そして恋人として家の中で過ごす。といっても神山イチオシの映画を一緒に見ただけだが。けど陽向がゲームの助言を求めて、いつものような関係に戻ろうとしても神山は陽向から離れず、密着し続ける。
彼の様子に陽向も覚悟を決めて、全てを捧げることにする。だが それは陽向の勘違いで、神山は既に ある決断をしており、そのための儀式をしていただけ。どうやら神山の中にいるトラウマが陽向のラスボスのようだ。
