南波 あつこ(なんば あつこ)
カモナ マイハウス!
第04巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★(6点)
『隣のあたし』『青夏』の大人気作家・南波あつこが描く初のオトナ男子! ゲームクリエイターとしての成功の裏にあった樹の壮絶な過去と、それを聞いた陽向。『レジェゴ』に登場するエナのモデルは、亡くなった樹のお姉さんだった。陽向はかつて傷ついていたときに樹に救ってもらったように、今度は自分が樹を守ってあげたいと思うようになる。大切なものを失う怖さを知る2人。自然と寄り添うようになるけど、そこである事件が起きて…!?
簡潔完結感想文
ルートの分岐に差し掛かったと一瞬 思ったけれど、の 4巻。
『4巻』読書中は、作者の過去作のことが次々に頭に浮かんだ。
まず冒頭のヒロイン・陽向(ひなた)の母親が、娘と得体の知れない男・神山(かみやま)の交際に反対する様子を見て、そういえば遠距離恋愛が不可避な前作『青夏』は周囲の大人たちが苦しい恋愛に口を出さなかった点が優れていたことを思い出した。南波作品でヒロインの親が交際に反対するのは初めてではないだろうか。
以前も書いたけれど、これまでは恋愛脳のヒロインが自分の恋愛に思考を支配されて、自己中心的な喜びや悲しみに陶酔していた(嫌な言い方かな)。だから良くも悪くも親という存在が恋愛に介入してくることは無かったが、今回は年齢差がある恋愛なので、恋愛の障害の一つとして親が立ちはだかっている。
陽向の母親は一方的に神山のことを悪く言うが、これは親の立場からすれば当然の心配である。陽向にとって神山は特別で、一生懸命な恋愛をしているつもりでも、世間的には厳しい視線が注がれるのは確かで、母は その世間の代表である。そもそも陽向自身も、自分の恋愛を学校の友人たちに語らないのは、JK的には おじさん の神山との関係を悪く言われる可能性を危惧してのことではないのか。
ただし少女漫画的には好きな人を親と対面させることは婚約の儀式である、と私は思っている。まだ恋人同士でもない2人だが、それは最初から2人の交際が周囲に祝福されて始まることを狙っているのではないか。親に隠して交際が始まってからバレて反対されるのでは母親の神山への印象が悪すぎる。だから神山が ちゃんと一線を画すしていることを示して、それを誠実さの証としている。『4巻』中盤で家出をした陽向は、神山が自分のことを受け入れてくれないと悲しむが、もし ここで神山が避難先として自宅を提供しては、母親に変態だと認定されてしまうところだった。ウッドデッキを境界線に、緊急時以外は陽向を家に入れないことは2人の明るい未来のために必要なのである。
そして もう一つ連想した過去作が『隣あた』である。この2作品は当て馬っぽい人の、純情なクラスメイトという立ち位置が似ている気がして、本書の大橋(おおはし)も『隣あた』と同じような働きが出来るのではないかと一瞬だけ期待した。
今回 大橋が陽向の前に登場するのは、陽向が家出 + 神山からの拒絶と、どん底の状態。そんな時に優しくされたら その男性のことを好きになっても おかしくない。だから ここで まさかの大逆転を期待したのだが、ネタバレすると、そうはならなかった。
そして そこでの陽向の態度が私の好みだった。彼女は自分が辛いからといって大橋の優しさに甘えたりしない。陽向の方も ちゃんと一線を引いて、大橋と恋愛関係に ならないことをキッパリと宣言している。どんな状況でも神山への一途さが途切れないことが良かった。
また作者が上手いのは、この大橋への お断りが、2人の過去に関係していないことを ちゃんと描いている点。陽向は ちゃんと大橋の人格を認め、過去の因縁を水に流した上で、彼に甘えないことを選んだ。それは大橋にとって辛い現実だが、悪くないフラれ方なのではないかと推測する。もし ここで話し合う機会が無いまま ただフラれては大橋は一生、小学生時代の自分の不器用さを恨み、そして自分が嫌いなままだろう。だけど陽向に ちゃんと大橋が「嫌いじゃない」状態まで変化していることを言わせてから、大橋は玉砕する。
この一言があるのとないのでは大橋の心境がまるで違う。単なる拒絶では今度は大橋にトラウマが生じかねない。陽向は男性の痛みに そっと寄り添えるところが長所で、男性からモテるのも分かるような気がする。だから神山は そんな陽向の無自覚な魅力が心配なんだろう。
少女漫画における「当て馬」はヒロインのモテ度を向上させ、読者の自尊心を満たす重要なアイテム。ただし使い方を誤るとヒロイン自体の魅力が下がる。最初から三角関係モノとして描くのなら ともかく、途中から路線変更して優柔不断に男性間をフラフラしているのは みっともない。それが今回は どん底でも自分を好きと言ってくれる男性に少しも揺るがないことで、陽向の神山への強い気持ちが強調された。
丁寧に手順を踏んで、真のハッピーエンドに彼らを導こうとしている作者の愛が 良く伝わってきた。
陽向は神山の過去を聞いて、また少し彼のことを知る。
だけど彼の言うように、大切な者を失う経験を二度としたくないから、大切な人を遠ざけるという姿勢には共感できない。だから神山に会うために この家を訪問し続ける。そして神山を少しでも元気にするために自分の出来ることをする。それは神山と毎日を過ごしたいという彼女の意思表示の一環。人を好きになること、大切に想うことは人生を豊かにする。自分にとっての神山がそうであるように、陽向は神山にとっての大切な人になりたい。
そういう陽向の前向きさや考え方に どうしても神山は惹かれてしまう。
そうして2人の距離が縮まったところに、かつて大橋がそうしていたように、陽向の母親がウッドデッキの様子を見ていた。この家の塀は特に低く、プライバシーというものがない。だから第三者が介入しやすくなっている。
陽向の母親は、神山のことを変態として扱う。
放置気味だった娘が男性の住む家に通い続けている事実を母親は受け入れられなかった。低い塀は周囲に2人の様子が筒抜けで、平日の日中から男女(1人は制服のJK)が仲良さそうにしていれば それは近所で噂になるのも仕方がない。
これまで神山は肩書一つで陽向や大橋の警戒心を解いてきた。だが母親は陽向が神山の名刺を取り出しても彼を信用しない。それは娘を守る たった一人の親としての母親の愛情と責任があるから。それは簡単に ほだされるものではない。だから これまでの自分の責任も感じて、親子の時間を作ること、そして神山の住む家への訪問禁止を言い渡す。
その通達に呆然とする陽向だったが、それに加えて学校で遭遇した大橋に改めて告白される。
ただし彼は先日の陽向の神山への熱視線で陽向の心を理解しており、今すぐの交際を望んでいる訳ではない。それでも諦めないという宣言である。これは もし このまま神山との接触が禁止されて、彼もまた陽向を忘れる方向になった時、陽向を受け止めてくれる人がいるという現実があり、今後、辛くて仕方ない時は大橋を選ぶという選択肢が陽向に提示されたということだろう。
母は宣言通り、これまでより早く帰ってきて、陽向が家にいるかを確認する。そして主に陽向が担当していた料理を代わったり、娘の負担を減らす。だけど監視されていることで陽向は不自由。もし毎日 料理をすれば神山に会えるというなら そちらを選ぶだろう。
暇になった陽向がプレイするゲームが神山から受け取った物だと知り、母親の態度は一層 硬化する。どうやら物で釣ってJKとの接点を確保しようとする手法だと考えているようだ。
そして陽向が前の家に囚われていて そこから解放されて欲しいとも願う。これは神山が陽向の心を尊重して、思い出を大事にしてくれたのとは正反対の態度だった。
神山を悪く言い続ける母親に陽向も堪忍袋の緒が切れる。そして母が守ってくれなかった誕生日の約束を神山は救ってくれた。その全てを否定しようとする母親に失望し、陽向は家出をする。行き先は もちろん彼女が向かうのは神山のいる場所だった。
こうして初めて陽向は この家で一夜を過ごそうとする。それは神山に何をされてもいいという覚悟だった。
だが神山は理性が働いており、陽向を家にあげた時点で自分が通報され、逮捕案件になり、ゲームの継続中止もあり得ると考えた。だから陽向は家に入れられない。陽向が どういう訴えをしようが、ここは陽向の家ではなく、陽向には帰る家も心配する家族もいる。
けれども今の陽向は そういう常識的な言葉を神山から聞きたくない。自分を抱きしめたり、陥落したような言葉を言いながら、何度も拒絶する神山に いい加減 腹が立っている。
ただ陽向は追い返されるシミュレーションをしていた。駄々をこねた自分だけが子供で、大人たちが本当は自分を大事に思っているから守るために行動してくれているのも、陽向には本当は分かっている。それでも一縷の希望をかけて、神山のもとに走った。分かっていた結果だが、それでも傷つく。
失望の中で夜道を歩く陽向は縁石に躓いて倒れそうになる。
それを助けるのはヒーローではなく大橋。彼との会話中に部屋着のままでの家出や空腹が発覚し、大橋は陽向を自宅での食事に誘う。こうして陽向は大橋家に向かうのだが、その後ろには神山が迎えに来ていたことを陽向は知らない。
後に自宅に訪れた陽向の母親に神山は、陽向の行き先を伝える。こうすることで母親が安堵し、少し落ち着いて話が出来るのだろう。だから大橋の誘いは神山にとっては許し難いが、母親との会話が出来たという点で悪くないのだろう。
神山は誤解を与えた自分の行動を謝罪する。これは神山自身が陽向に心を動かされており「後ろめたいこと」が少なからず あるからだろう。ただ仕事の責任感、ゲームファン、この道に進ませてくれた姉のためにも神山は「悪いこと」は絶対にできないと言い切る。そのぐらい守るべき一線を理解している。
腹を割って話す神山に、陽向の母親も態度を軟化させて、2人は会話を続ける。そして陽向は父親が亡くなってから精神的に不安定で母親に しがみついて離れられなかったが、その時期を越えて、親離れして自分で選んだ人と人生を歩む時が来たのでは、と母親は予感する。
大橋家で陽向は、大橋の部屋で食事をする。彼の家族と食事をしないのは家族の追及から大橋が逃げたかったからだろうか。まさか大橋が『3巻』の番外編での夢の再現を狙ってのことではあるまい。
大橋と家族の話、そして これまでの2人の話をした後、陽向は大橋の告白に お断りの返事をする。これは今の陽向の、神山から救いの手がもらえなかった どん底の状況でも大橋は寄りかかるようなことはしない。やっぱり ずっと彼を好きな気持ちが変わらないということだ。その気持ちを母親に時間をかけて分かってもらわなければならなかったのに、腹を立てて一方的に話を中断させ、彼女を困らせた。そのことに気づいた陽向は自ら家に帰る。そんな彼女を大橋は笑顔で見送る。無自覚に母親がツンデレを発動してプリンを渡す場面が良い。10数年後の作者も息子に同じようなことをするのだろうか。
落ち込みかけた大橋の携帯に陽向から着信がある。だが声は神山のもの。陽向が頬内したスマホを母親が持ち歩き、それを神山が借りた。そして大橋に自宅の住所を聞き出し、陽向に会おうとしていた。
2人が会ったのは結局 神山の家の前。陽向は自然と あの家に足が向いていたのか、それとも自宅までの通り道の一つだったのか。神山の近くにいられれば それでいい。それが今の陽向の心境だった。陽向は そういう長いスパンで神山との関係を考えている。
陽向を発見した神山は、大橋に付いていく陽向の無防備さを責める。そして陽向の母親に彼女と合流したことを連絡する。そこで陽向は母親と神山に接点があることに気づき、母親から嫌なことを言われなかったか心配する。自分が神山のことを何年かけても理解してもらうと必死に訴える陽向に神山は…。