南波 あつこ（なんば あつこ）
カモナ マイハウス！
第03巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★（6点）
『隣のあたし』『青夏』の大人気作家・南波あつこが描く初のオトナ男子！ 大反響のJK×ゲームクリエイターの年の差ラブ、第３巻！！ 放課後、昔自分が住んでいた空き家に通う女子高生の陽向は、新しい住人でゲームクリエイターの樹と出会う。はじめは樹に亡き父の面影を重ねていた陽向。けれど樹に対する想いが、恋だったことに次第に気づきはじめ――。好きな気持ちがあふれ、思わず樹に告白しようとする陽向。けれど、そこで樹は「この家に来たいなら、それ以上言うな」と陽向の口をふさいで…。想いすらつげられないのは、自分が子供で、相手が大人だからだと陽向は思っていたけど、どうやらそれだけではない理由が樹にはあるようで…！？
簡潔完結感想文
- 言うこと聞くふりをしてデートするが、自分の釣り合いの取れなさを痛感。
- 願いを叶えるふりをしてデートするが、自分は釣り合うと取り敢えず発案。
- ゴッドが一度 その眼で視た未来は確実に到来する。それが彼のトラウマ。
読者というプレイヤーを楽しませる展開が連続する 3巻。
ゲームという要素を取り入れている本書ですが、そのプレイヤーを楽しませるためのイベントが満載で ずっと飽きないように工夫されていると思った。『2巻』は表面上は ずっと神山（かみやま）が陽向（ひなた）の気持ちに応えられないということに終始していて、いわば陽向は「詰んでいる」状態である。
これがRPGゲームならレベル上げや新たなスキルやアビリティ獲得など退屈な「作業」が始まるところだが、陽向の前向きで諦めない性格が神山との接点を途切れさせない。なんやかんや理由をつけて一緒にいられるように誘導しているし、『2巻』で書いた通り、神山側も結局 陽向を絶対的に拒絶できない。だから いつの間にかに2人のデート回が始まったりする。そこへボス級の新たな女性キャラが登場したり、その後は大橋（おおはし）とのデート回が始まったり、三角関係を陽向が理解したりと忙しくイベントが続く。
面白かったのは神山とデートした陽向も、陽向とデートした大橋も、相手が自分以外の人を向いているとデート中に思わせられている点。そこで高校生組は それぞれ敗北感や失敗をするのだが、そこで物語が停滞しないのも良かった。
もしかしたら これは この『3巻』に収録されている本編の1話目と2話目の間で作者が約1年間の産休を取ったため、これ以上 読者を待たせられないという作者の「巻き進行」が作用しているのかもしれない。本書には1回休みのような回がなく、陽向と神山は どんな状況になっても1話の中で接触しているから満足度が下がることは無いように思えた。
そして驚いたのは後半の神山のトラウマの吐露。
本来ならば これは少女漫画のクライマックス、つまり最終盤に引っ張り出されるイベントである。それを乗り越えるにはヒロインの覚醒が必要で、トラウマを消失させることで恋愛解禁フラグが成立すると言える。
しかし本書は随分と早い段階でトラウマが明かされる。私は完結後に読んで全6巻だと知っているから意外に思ったが、もし連載をリアルタイムで読み進めていたら、作者が物語を畳みにかかったと思っただろう。もし連載を読んで感想を書いていたら、作者が産休中に物語に飽きて、早く終わらせたがっているのでは、と作者の名誉を傷つけるような邪推をしたかもしれない（私なら するだろう）。
陽向がプレイする作中のゲームと同様、中盤に作品内に「死」をもたらした本書。『1巻』の感想で書いたように、ここが これまでの南波作品と一線を画す要素である。そして それが少女漫画のセオリーと外れて、神山というヒーロー側のトラウマや家族問題を描く。
『3巻』で陽向は自分が神山の兄弟構成を知らないことに落ち込んでいたが、一気に彼の情報を得る。これまで年齢や立場など違う部分ばかりが目について望みのない恋愛に悩んでいた陽向だったが、実は お互いに喪失感を抱えて生きているという共通点があった。それは恋愛攻略の大きなヒント。だが神山のトラウマを解放する手順は複雑で、多様なスキルが要る。ゴット神山に絶望以外の未来を見せてあげられなければ、世界は闇に染まってしまう。
神山は既に陽向に恋をしている節が見えるが、彼が本当に陽向を受け入れるには まだまだ時間がかかりそう。もしかしたら本書で一番 厄介なボスは神山なのかもしれない。頑張れ 勇者・陽向！
願った通り、神山に抱擁してもらう陽向だったが、彼から出た言葉は「俺ん中に入ってくんな」という拒絶だった。神山は これで陽向との縁を切るつもりで、最後の願いを聞き入れたのだが、ＪＫの陽向は抱きしめられて そこで終わりなんて現実を認められない。
だから今度は神山とのデートを望む。もはやＪＫに脅迫されているような状態である。ただ神山自身も本当に陽向を諦めさせるだけに抱きしめたのかは疑わしい。彼女の表情や姿に自分の理性が飛んでしまった可能性を否定できない。
そのデート中に神山は同僚女性と遭遇する。丁度 陽向はトイレに立っていたため遅れて2人の様子を発見し、神山の名誉を守るために物陰に隠れる（賢い子だ）。だが神山は遠慮なく陽向を呼び寄せ、同僚の前に出てこさせる。これは自分たちに「後ろめたいこと」がないことを証明するためであって、陽向にとっては とどめの一撃である。オトナ男子は断り方がスマート、なのか？？ むしろ間接的に現実を思い知らせるような遠回しにした言葉が遠心力によって破壊力を増している気がする。
板垣（いたがき）と名乗る女性は神山の会社の広報担当。広報は企業の顔だけあって、板垣は大人で綺麗な女性だった。そんな彼女の姿と神山の態度に陽向は意気消沈し、雨を理由にデートを終了させ、そして奢ってもらうと言っていたスイーツ代を神山に渡す。これは自分が神山に奢ってもらうような立場ではないことを痛感したからか。それでも最後に神山に抱きつき、自分は後ろめたい気持ちがあることを告げる。陽向としては全てを無かったことには したくないのだろう。
大橋のダメ可愛さが描かれる番外編の中の陽向は本編よりも数倍 可愛く見えるのは気のせいだろうか。全体的に大橋フィルターが かかっているのか。
陽向は板垣の存在が気になって仕方がない。広報として配信に出たりする会社の有名人で、彼女は神山の兄弟構成を知っている様子なのも気になる。そんな板垣が配信で期間限定ショップのオープンと初日に神山をゲストに迎えることを発表し、その配信を一緒に見ていた大橋に誘われて行くことにする。
今度は大橋のデート回といったところか。陽向は気まずいから行くつもりが無かったのに大橋に誘われて仕方なくと うそぶき、大橋は陽向と行きたい気持ちを隠して彼女のために誘ったと言い出す。高校生組は素直になれないようだ。
イベントが始まると息の合った掛け合いを見せる大人組。その現実に打ちのめされそうになるが、神山は陽向に気づきリアクションをしてくれる。それだけで陽向は嬉しい。けれど開発者と広報は やっぱり仲良く見えて、周囲の女性客も2人の仲を疑っている様子。そこで自分が あらゆる意味で子供であることを思い知らされる陽向。
大橋は、陽向が8歳という年の差を しきりに気にしたり、神山に向ける表情から彼女の恋心を読み取り、それが成就してしまう前に自分が一気に距離を詰める。つい先日まで長年 無視されていた状態なのに随分と性急である。これは番外編で自分の都合の良い夢を見てしまった悪影響なのだろうか。
突然の告白に陽向は驚きのあまり逃亡する。ただ この事態を神山は予見していて、陽向に忠告していた。
この日一日の様々な現実から逃避するためにゲームに のめり込む陽向だったが、そのゲーム内でもショッキングな出来事が起こる。陽向が気に入っていたキャラが死亡し、陽向は帰ってきた神山に救いがあるか聞く。だが答えはNO。死んだ人間は生き返らない。それが神山の答え。
そこから神山自身の過去が陽向に語られる。
神山の両親は小学校の頃に離婚し、養育の義務を放棄して揃って失踪した。その神山を育ててくれたのが高校卒業を間近に控えた年の離れた姉だった。姉は卒業と同時に弟の生活を守るために真っ当に働きに出る。絶望した神山が売り払って生活資金にしようとしたゲーム機も姉は守り切ってくれた。
そこから働きながら神山の親代わりを見事に務める。自分の前では笑顔を見せ続けていた姉が、どれだけ大変な思いをしていたかを理解したのは、神山が当時の姉と同じ年齢になってからだった。だから高校生の神山はバイト代を全額 姉に渡して、それで彼女の生活を潤して欲しかった。神山も高校卒業後は社会に出るつもりだったが、成績が優秀な弟に姉は大学進学を勧める。学費は奨学金などを利用できるし、姉の周囲は彼女の生活環境を知って好意的に動いてくれる。
そして神山は大学に進学し、就職を念頭にバイト先を探し、ゲーム業界に足を踏み入れた。そして しがないバイトだった神山は崩れかけていたプロジェクトを立て直したことで周囲に認められる。てっきり神山は構成や脚本の分野で育ったのかと思ったが、最初は販売スケジュールの見直しと統括を担当して頭角を現したらしい。それでも直後に脚本を担当しているからマルチに活躍した、と脳内補完するしかないか。
これがGMと呼ばれる神山の伝説の序章であった。今回 陽向が衝撃を受けたキャラの死は神山の担当で、彼は自分にとって大切な人の死を想定しながら脚本を書き続けた。そしてソフトの発売、会社への内定が決まり、神山の人生が始まろうとしていた。
そんな時、姉が男性を紹介し、自分のお腹に新しい命が宿っている と衝撃の発表をした。相手は姉が選んだ男性。神山に異論がある訳がない。苦労が多かったであろう姉の人生が これで楽になれると神山は素直に祝福できた。
しかし製作が難航したゲームの発売日、神山に姉の旦那から一本の電話が かかってきて、その人は姉の死を告げた。自分がゲームの中に落とし込んだ死の物語が現実になった。そして神山はゲーム内のキャラと同じ気持ちを抱き「大切な物なんか もう二度と いらない」と思うようになった。そして それは大切な人を亡くした陽向にも分かる感情だ。
それでも今回、神山が過去を語った理由が陽向には分からない。それに対し神山は自分が面倒臭い人間だからだと答える。続く、好きと言わせないことへの疑問には神山自身の見解は語らない。陽向には選択肢があると神山は思う。その理由は可愛いから。神山は陽向を好意的に見ている。
そして大切なものを失う恐怖で一歩も動けなくなっている彼を陽向は力強く抱きしめる…。
