南波 あつこ(なんば あつこ)
カモナ マイハウス!
第01巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
『隣のあたし』『青夏』の南波あつこ最新作! 昔住んでいた空き家に通う陽向は、ある日、新しい住人でゲームクリエイターの樹と出会う。女子高生を誘拐したと勘違いされたくない樹は、もう来ないように伝えるけど、その言葉を聞かず、家へと来る陽向。そこは彼女にとって、断ち切ることのできない大切な場所だったのです――。大人気作家・南波あつこが描く、初のオトナ男子! JK×ゲームクリエイターの年の差ラブ、第1巻!!
簡潔完結感想文
- 気持ちに名前を付けるのは1巻の最後。相手の名前を知りたくなったのは1話の最後。
- 仕事バカのオトナ男子攻略で大事なのは体調の管理と適度に自尊心を刺激すること。
- 失ったものを補完しようとする気持ちが いつの間にかに人を愛する気持ちに変わる。
作者の心境の変化が、作品に新境地をもたらす 1巻。
最終『6巻』の巻末で作者が語っているように、前作『青夏』の連載中(と本書の連載中の計2回)に産休を取って(2児の)母となった作者の心境を詰め込んだ作品で、これまでの作品とは少し違う、長期的な視点で人を愛することが描かれている(作中が数年に亘るとかではないのだが)。
少々乱暴かもしれないけれど本書を含めた4つの長編作品を読んできて思った南波作品に共通する特徴は、
1.困難な恋愛
2.限られた空間
ではないだろうか。
※以下の番号は①『スプラウト』②『隣のあたし』③『青夏』を意味します。
例えば1の「困難な恋愛」は、①彼女がいる人を好きになった、②恋愛対象からほど遠い、③季節限定の恋愛と遠距離確定、そして④となる本書は年齢差や社会的立場など、またも一筋縄ではいかない恋愛模様が描かれている。
そして2の「限られた空間」は①自宅という下宿、②マンションの隣人、③母の実家である田舎で、④は亡き父との思い出が色濃く残る一軒家が舞台となっている。
そうした共通点に、4作品で初めて登場する仕事をしている「オトナ男子」との年の差の恋愛が描かれ、そして これまでの南波作品では見られなかった「死」が物語に持ち込まれているのが大きな特徴だろう。少々 暴論になってしまうが、死とは少女漫画における「トラウマ」とイコールであり、これまで目の前の恋愛にだけ全力投球していたヒロインに比べて、本書のヒロイン・陽向(ひなた)は喪失感や過去という時間軸が存在している。そしてトラウマによって、本書の男女2人の関係は ただの恋愛というよりも魂の共振といった深いレベルでの理解があるように見えた。
喪失やトラウマを扱っているけれど、2人の基本的な性格が強いこともあり、作品内は そこまで暗くない。むしろ作品数が増えるにしたがって感情の粘着性は低くなっているような気がする。初期のドロドロした作風が好きな人もいるのは分かるが、その頃のヒロインたちの自分だけが傷ついている感じが私は好きではないので、どんどんとヒロインが強くなっているのは悪い傾向ではないと思った。
また本書はヒロインの名前が陽向だからか、作中で晴れの日が多かったように思う。作中の舞台となる家のウッドデッキに憧れた。前作『青夏』は季節的に晴れていたし、そういう雰囲気が作品の明るさの向上を感じさせるのかもしれない。
南波作品らしい障害の多い恋で、らしさを感じながら、過去作とは違う作風を感じられた。また作者が好きらしいゲーム(特にRPG)が作中に登場して、あまり時代を感じさせない(やや古風な)南波作品に初めてデジタルが持ち込まれた印象を受けた。
自分の生活の中にある様々な要素を少女漫画に落とし込んでいるのが斬新で、作者としても忘れられない作品になったのではないか(想像)。
仕事に生きるオトナ男子は、自分の仕事を褒められると態度を軟化するらしい。分かりやすく機嫌が良くなる子供みたいな男性に笑ってしまった。この2人の関係の中に岩下慶子さん『リビングの松永さん』を思い出した。あちらもクリエイティブな仕事をしており、仕事に全力投球していた。そういう人たちには仕事と無縁のところにいる女子高生が心の休まる場所になるのだろうか。一方、オトナ男子だけど無邪気だから年齢以上に簡単に好きになれる部分があると思う。けれど ただの年下趣味のロリコンに思われないように その塩梅を調整するのが難しそうである。
『1巻』で特に好きなのは1話の構成。『1巻』は陽向が樹と出会い、自分の中に生まれた恋心に気づくまでが描かれるのだが、その中でも1話は2人の男女が互いの名前を知るまでが描かれている。1話はラストの場面まで、ヒロインの名前はカタカナで省略された形で表されており、そして男性側の名前はラストシーンまで明かされないまま話が進む。
元々、互いを「侵入者」として認識していたから その人個人には興味の無かった2人。だから名前なんて飾りで不必要だった。それが その人特有の優しさや賢さに触れて、ヒロインが彼の名前を知りたいと願うぐらい興味を持った心の動きが名前という形で表れている。1話は その構成が素晴らしいのだけれど、感想文では分かりづらくなるので、2人とも最初から本名で書きます。
小学生の頃に父が亡くなった後、母子家庭の2人家族になった永月 陽向(ながつき ひなた)。日中、誰もいないマンションの一室を出て、陽向は かつて一家で住んでいた平屋に行くのが日課になっていた。その家は祖母の持ち物で、祖母が娘一家(?)と暮らしてからは空き家になっていて、借り手が見つかるまでは庭やウッドデッキなど屋外の使用が陽向には許可されていた。陽向は庭の一角に父と手作りした竈(かまど)で簡単なバーベキューをして過ごすことが多い。
だが ある日、ウッドデッキと家屋を仕切る全面窓が開かれており、そこに男性が寝ていることに気づく。不法侵入者だと勘違いした陽向は騒ぎ立てるが、神山(かみやま)という名の その男は この家の新しい借り手で正当な住人だった。
お互いの事情を話して誤解を解いた後、正当な住人・神山は陽向の排除を目論む。これは神山の意地悪ではなく保身。この家の、自分の居場所や思い出を守りたい陽向は抵抗するが、神山は陽向に男に無防備に近づく危険性を分からせて引き下がらせる。このまま陽向の侵入を許すことで社会的に危険に晒されるのは社会人の自分だということを神山は理解していた。甘い認識で自分や自分の仕事に影響を与えたくない。そこにはプロとしての矜持も含まれている。
しかし それで へこたれないのが陽向。鈍感な振りしてズカズカ入り込んでいるが、この場所を守るのに必死と言える。
こうして無理矢理、いつも通りに この家で過ごす陽向だったが、違うのは神山が屋内で仕事をしている姿が見られること。そして陽向は神山の一生懸命 仕事に向き合っている姿勢に見惚れる。どうやら彼はゲームクリエイターで設定や脚本などを担当しているらしい。
仕事に時間と情熱を注ぎこんでいる神山だが、自分の体調に無頓着で、空腹で疲弊して倒れるまで仕事を続けてしまう。そこで陽向は、禁止されていた屋内への侵入をして、自分のために持ち込んでいた材料で彼に料理を作ってあげる。まず胃袋を掴んだというところか。
食事をしながら神山は陽向の この家への執着の理由を聞く。父の死後、おそらく父の母である祖母に対して気兼ねしてか、母親は娘を連れて この家を出た。といことは この家には祖母を含めて3世代で同居していたといことか。よく陽向が思い返す親子3人の写真は祖母が撮ったものだろうか。その祖母も年齢的な問題で自分の娘と同居して、この家は空き家となった。以前は祖母に会いに来ていたが、祖母が家を出てからも陽向は父との思い出がある この家を訪問し続けていた。
料理のお礼に陽向は、神山の数あるコレクションの中からゲームソフトを一本もらう。陽向が選んだのは神山のデビュー作。これは運命だろう。そして このゲーム攻略が物語の縦軸になっていく。またゲームの攻略法を聞きに来る、という建前が2人の間に生まれたことで この家での逢瀬(?)が合法的になる。
その翌日は、陽向の誕生日。この日だけは忙しい母が早く仕事を切り上げて母子で過ごす特別な日。しかし母は その約束を守れなくなる。
そこで昨日は行けないと神山に告げていた あの家に足が向かう。豪華な肉、特別な日という言葉から男はこの日が陽向の誕生日だと推測していた。そのぐらいの観察力と推理力を持っている。そして2人は並んで竈で料理を作る。男性が隣にいて一緒に料理をすることで陽向は父のことを思い出す。
食後、神山は一度、屋内に戻って、陽向に孤独感を味わわせるが、それは彼がホットケーキを誕生日ケーキとして作っていたからだった。生まれて初めて誰にも祝われない誕生日を祝ってくれる人がいた。その望外の喜びに陽向は我慢していた涙を流す。陽向の語彙ではパンケーキと呼ぶ品を、ホットケーキと呼ぶのは父を連想させたからでもあった。陽向は父を写真という思い出にしないために、父との記憶が染みついたこの場所を訪れている。その彼女の痛切な思いを知った男は またも自分の態度を軟化させる。
そして自己紹介した覚えのない陽向を「JK」ではなく初めて名前で呼ぶ。それは この家の柱に、かつての住人だった子供が身長を測った形跡を見つけていたからだった。この家もまた陽向のことを忘れないで その身に かつて家族が住んでいた過去を刻み付けている。
男が自分の名前を知っていたことに驚いた陽向は初めて彼の名前を聞く。神山 樹(かみやま いつき)。それが優しい男性の名前であった。
改めて陽向は神山の存在を気にせず、これまで通りに この家で過ごす。割と神経は太い方なのだろう。違うのは彼女が この家のウッドデッキでゲームを始めたこと。神山のデビュー作だから一世代前の携帯ゲーム機で借りたゲームをプレイしている様子が描かれる。
神山は社会的な立場を考えて再び陽向を遠ざけようとするが、自分のゲームに感情を揺さぶられている陽向を見て、彼女に寛容になる。オトナ男子は仕事のことを「すご~い」とか「さすが」とか言っておけば態度を改めてくれる生き物なのかもしれない…。
実際、陽向の方は神山を男としては見ておらず、お父さんみたいだと思っており、彼との距離が割と近い。そして警戒心が無いから神山のことを樹という名前からニックネームの いっくん と呼ぶ。身体的にも精神的にも距離が近すぎて男性側が勘違いしてしまうパターンだ。
急に入った神山の仕事が一段落する一週間後を目途に、神山への誕生日のお礼を考え始める陽向。
そうして迎えた一週間後、陽向は山場を越えた神山が以前のように倒れているのではないかと、返事のない家に窓を割って侵入しようとする。まるっきり強盗の手段だが、神山が間一髪で帰宅して、大きな騒ぎに ならずに済んだ。
一週間の期限をいきなり設けられたことで、仕事の過労を心配していた陽向だが、神山は自分の才能と有能さを知っている。ここで神山がWikipediaっぽいサイトに名前が載るほどの人物で、24歳のゲームクリエイターということが明かされる。仕事のキャリアもあるみたいだから、てっきり30前後かと思っていたが意外にも若い。それでも陽向と8歳差あり、JKだからアウトはアウトなのだろうけど、思ったほどの年の差ではないので てっきりセーフに感じてしまう。想定より値段が低いと お買い得と思ってしまう心理に近いのか。
陽向が考えていた お礼は「肩もみ券」。まさに父のためのプレゼントである。こうしてスキンシップが始まるが、神山はお金を渡して、彼女の誠意を無駄にする。それは金で解決して自分の心が動くのを制御したかったのかもしれないし、父親扱いされることへの反論だったのかもしれない。
自分の気持ちを お金に換算されたことに泣き出す陽向を見て、神山は課金システムという名目で彼女にプロの本気と技術を望んだと方向性を改める。
そのままマッサージは続行され、本当は疲弊していたらしい神山は途中で寝てしまう。毎度、限界がきているが、体調が心配だ。まだ若いから体力で乗り切っているのだろうが、いつか身体が壊れてしまいそうだ。
そして交流は続く。神山は距離感の近い陽向に戸惑いながら、仕事=ゲームのことになると彼女のために動いてしまう。
今回はゲームを進めている陽向のためにコラボカフェに連れていく。それは神山とユーザーを結ぶ数少ない機会で、神山は嬉しそう。その表情を見て仕事に対する情熱を感じる。またファンが集まる場所でもあるので、神山は尊敬と注目を集める。これは高校生ヒーローの、モテモテシーンに近いもので、男性側の価値を上げる大事な儀式となる。もし神山が分かっててやっているなら あざとい。
ファンの女性から自尊心を刺激され、満足げな表情を浮かべる神山。しかも初心者の陽向には立ち入れない領域での会話に疎外感を覚えて、陽向は先に帰ってしまう。ちゃんと神山は会話を適度に切り上げて、陽向のために行動してくれたのに、それが無駄になってしまった。
神山は帰宅後、ウッドデッキにいる陽向に文句を言うが、陽向は拗ねている。彼女が少しでも早くゲームを進めるのは神山と深いトークがしたいから。多くの共通項があれば、もっと多くのことを喋れる。それは相手に近づきたいという精神的な欲求に見える。
そんなウッドデッキでの2人の様子を、陽向の幼なじみの男子高校生が見ていて、彼に対して恐怖を覚えている陽向を神山が守るような言動をしてくれることで、陽向は神山の中に男を感じる。
神山が取り出したのはゲーム内に登場する剣の模造刀。それで幼なじみを威嚇する神山は狂気。JKを連れ込んでいることよりも、こちらの方が通報されかねない。神山にしがみついて幼なじみが去るのを待っていた陽向に、神山は距離感が近すぎると注意する。彼に父親じゃないと言われて、陽向は自分の神山への気持ちに気が付くのだった…。
「青夏 Ao-Natsu 番外編 ~セカンドサマー!~」…
『青夏』の映画化に合わせて発表された番外編。吟蔵(ぎんぞう)が来て、2人が東京にいる夏が到来する。けれど都内でも微妙に遠い距離に住み、吟蔵は仕事がハードで、理緒(りお)は不満が募る…。
作品内に登場したキャラが次々と総登場している(役割が思い出せなくて誰だっけ??な人もいたけれど)。『青夏』を読んでいる時は そう思ったことがなかったけれど、吟蔵が仕事を始めているので、年の差が如実に表れていて『カモナ』と同じくオトナ男子に見える。