響 ワタル(ひびき ワタル)
おいらんガール
第05巻評価:★☆(3点)
総合評価:★★☆(5点)
ついに椿の出生の秘密が明らかに! 有力公家・岩倉から国のため京へと誘われる椿だが、自分の居場所は吉原だと反発。しかし自分の存在が周囲の重荷になると耳にする! 己の運命を受け入れ、真に別れを告げる椿は…!? 豪華絢爛絵巻、堂々完結!!
簡潔完結感想文
連載化する覚悟が無かったから こうなった、の 最終5巻。
『4巻』の感想文で書いた通り、本書で一番 難しいのは色を売らずに遊女の頂点になることだろう。だから作者は その過程を描くことを放棄して、別のハッピーエンドを模索した。連載化が決定したら作品が袋小路に入ることも決定的になり、どうにかヒロイン・椿(つばき)が疵物になる前に吉原からの脱出を図った。
繰り返しになるが結局、吉原という舞台を「私立 白泉社学園」と同等に考えていたことが失敗の根本で、奇抜な設定やキャラ付けが後に仇になったとしか言いようがない。おそらく生真面目な作者は悩みに悩んだだろう。
そこで考えられたのが吉原の放棄。クローズドサークルで脱出不可能な遊郭から、ロケットを発射し、一度 宇宙に出てから地上に戻すような前代未聞の試みのために、とんでもない設定が後付けされていく。
本書は椿は没落令嬢で見習い、鷹尾・真(たかお・しん)は奉公人でトップという二面性があり、その立場によって性格が違うことがコミカルさを生んでいた。そしてラストには遊女で皇女という椿の設定も加わったが、彼らに その複数の立場があるからこそ、芯が見えにくく、ブレブレになっているように思えた。時と場合で自分の立場を使い分けてしまい、その二面性で登場人物が何を考えているのか、何を目的にしているのかが分かりにくくなった。つくづく前半の設定が、後半になって足を引っ張ていたように思う。
こうして何もかも放棄して主人公たちを綺麗な身体に戻して、彼らは自分たちだけのハッピーエンドを掴む。
しかし この結末で浮き彫りになるのは椿たちの覚悟の無さ。何より作中に「本物」を用意してしまったことで、椿の薄っぺらさが強調されてしまっている。これまで遊女の矜持や人生訓など何度となく啖呵を切ってきた椿だが、彼女は何一つ目標や決意を達成できない信じられないぐらい中途半端な女に成り下がった。花魁に成り上がる物語として始まったのに、何者にもなれない無粋な女になって幕を閉じたことには怒りすら覚える。
椿だけのことを考えたら、そりゃ幸せに見える。けれど周囲の人間が自分の責務を全うして、背筋を伸ばしているから、椿の姿勢の悪さが気になってしまう。
例えば本編で禿(かむろ)だった たまこ と ひよこ の双子。彼女たちは28歳まで遊女として生き、自分に課せられた使命を全うしてから新しい人生を選んだ。少なくとも十数年、色を売り、狭い吉原の中の、この妓楼(ぎろう)の中で生きた2人。おそらく2人は「本物」の花魁道中をしただろう。そこに至る前での悲しみ、苦しみ、苦界の中にあった希望、彼女たちが真っ直ぐに生きた、その人生を考えると胸を打たれる。
そして和宮(かずのみや)。そもそもは江戸への降嫁は彼女の責務だったとはいえ、一旦は椿が彼女のスペアとして彼女の人生を背負った。これで自分は幼い頃から想い続けてきた男性と添い遂げられるはずだったのに、椿の職務放棄によって、結局 彼女は仕組まれた人生を歩んでいる。その後、彼女が幸せだったのか、和宮の気持ちは全く描かれない。おそらく作品にとって不都合だからだろう。ここは和宮という人を強引に引っ張り出してきた割に彼女の人生に責任を負わない作品側に呆れるばかり。ページ数の関係でカットしたという理由もあるだろうが、椿と その周辺の幸せしか描かない切り取り方には首を傾げざるを得ない。
和宮の最後の心変わりも全く理解が出来なかった。彼女が どういう心境の変化を見せたのか、どうして自分の願いを切り離せたのかは描かれることが無かった。私としては いるはずのない和宮が、椿の前に現れることで、椿が真のもとに走るというリレーがあれば良かったのに、と思うのだが、椿は和宮が来るとは知らないまま、全ての責任を放棄して男に走った。そこが残念。母子の愛情に続いて、姉妹の絆を描くとクドすぎるかもしれないが、なんで この順序なんだろうと意図が私には分からない。
自分の意思を貫けないところが そっくりな双子だ、と悪態をつきたくなる。
このように自分の人生を受け入れ、そして生き抜いた彼らに比べると なんとまぁ椿の人生はイージーなことか。作中で椿より立派に生きた人たちがいることで相対的に彼女の価値は落ちる。特に最終巻でフラフラとしていた椿には幻滅するしかない。
自分の遊女としての生き方を受け入れた後に幸せを掴んだ たまこ の本物感に比べると、椿はイミテーションである。最終的に全員 幸せになりましたという結末にしているが、そこへの過程や苦難は決して同等ではない。
結局、本来 椿が歩くべきだった花魁への道は たまこ たちが踏んでいる。彼女たちこそ読者が読みたかった本来の結末で、この双子に人気が集まるのは当然と言えよう。ここまで何も成し遂げられなかった白泉社ヒロインは初めてじゃないだろうか。
また多くの白泉社ヒロインがヒーローの苦境を救うのに対し、椿は救われる側で あり続けた。最後まで男性に寄りかかって生きているのがダサいとしか言いようがない。ずっと粋を語っていた作品ではなかったのか。吉原だけは江戸において男性より女性が強い世界だったが、そこから抜け出したことで守られヒロインになる運命だったのかもしれない。
あと、真(しん)にも それなりの血筋があることにして、2人とも高貴なお方になってしまったのも残念。これによって一層、口だけのエリート層という構図になってしまい、誰も庶民がいなくなってしまった。
良かったのは、無理矢理 登場させた椿の花魁道中で、彼女を皇女ではなく遊女に戻してから、真と生きる道を選ぶ、という身分の変化を描いていたぐらいではないか。こういう素敵な場面を考え出せる人なのに、全体的に力業で強引に話を進めたことが残念でならない。
幼き日の、椿と真の出会いから全ては仕組まれていたことだった。
椿は先帝・仁孝(にんこう)天皇の第八皇女として生まれた。しかし双生児であったため不吉とされ、世情と相まって片方の存在は無かったことにされかけた。そこに子を死産したばかりの奉公人が椿を攫い、その逃亡中に江戸の商人と出会い、家族となった。この辺は ご都合主義満載だが、こうでもしないと当初の家族設定と辻褄が合わないのだろう。椿には兄がいる設定だったが、この出会いの時にいる子供が そうなのだろうか。椿も、銀月と同じく血の繋がりのない義姉(兄)という関係なのか。
その後の吉原での真との再会も仕組まれたこと。皇女のスペアとして椿は目を付けられており、吉原を隠れ蓑とした(く、苦しすぎる設定…)。
そして今、椿は江戸に降嫁することを拒否する双子の姉・和宮(かずのみや)のスペアとしての役割を果たす時が来た。しかし京に行くことは椿の大願であった花魁になるという夢を捨てること。椿を京に呼ぶことを仕事にしている岩倉(いわくら)は江戸への道中を盛大に誂(あつら)えることを約束して彼女を口説く。
真もまた説得を試みるが、椿が今、聞きたいのは花魁としての目標であり好敵手だった鷹尾の言葉。だから真ではなく彼女の言葉を待つ。うーん、どうも椿は自分の聞きたい言葉を引き出すために真/鷹尾を利用しているように思える。そして二面性が売りだった真も、その二面性があるから どっちつかずで、二枚舌を使い分けているような印象を受けてしまう。
真は岩倉に、椿は遊女であって政治利用できる人間ではないことを訴えるが、椿が必要な岩倉は真の言葉を ことごとく打ち返して、椿の獲得を狙う。既に妓楼(ぎろう)の楼主(ろうしゅ)を巻き込み、既に椿を妓楼に帰すこと、真の偽装問題など、全てが公になれば見世は傾き、遊女は路頭に迷うと真を脅迫する。道理は通っているが、どれも彼らを一定方向に導くために絞り出した言葉で硬さが気になる。
その脅迫に真は屈することはない。彼は上司に逆らっても椿の自由を望む。しかし立ち聞きしていた椿は違う。彼女は遊女であり、妓楼が好きだからこそ、それを守ろうとする。
椿は真に気持ちを質す。それは ずっと聞きたかった言葉だが、今の椿には それを受け止めることは出来ない。だから今度は椿が、遊女ではなく「宮様」の立場で真を遠ざける。かつてのように主従を持ち出し、真を見下すことで格の違いを見せる。それは椿の目的の一つだった、自分を振った真への復讐の成就の瞬間でもあった。手酷く彼を傷つけて、椿は京へ向かう。
数か月後。椿は、宮様として京で暮らしていた。そこにいるのは実の母と実の姉。だが母は自分を娘として扱わない。飽くまでスペア。本物ではない。
姉である和宮は純真無垢。悪く言えばデリカシーがない お姫様。そして彼女には ずっと年長の婚約者がいた。だから婚約を破棄して江戸に降嫁する政略結婚が嫌でたまらない。だからこそ椿が必要。でも和宮に罪悪感は見られない。
岩倉は、和宮の降嫁による公武一和を推進する側。この政略結婚で朝廷の権力拡大が彼の目的。政略結婚には好きでもない男に その身を捧げるという意味で遊女であった椿は最適。しかも和宮と違って願いがない、はずだった。しかし今の椿には想い人がいる。そして その想いは既に成就している。誰も彼女の苦しみを理解しないから、彼女の孤絶は極まっていく。
岩倉と連れ歩く途中、彼の政敵に襲われる。無理矢理 担ぎ出されて、危険な目に遭うことに諦観を覚える椿だったが、そこに真が登場する。彼だけは自分の味方、と椿は安堵する。
うーん、味方なのかなぁ。椿も真も やっていること、覚悟が中途半端で残念に思う。ここまでずっと遊女としての粋や矜持を繰り返してきただけに、一番最後が一番軟弱なのが本書の大きな欠点である。
真が実際に動くまでは8か月の間があるが、この間、鷹尾は椿の不在で腑抜けていた。鷹尾は男性であるし、これまでの実績もある。事態を理解している楼主は鷹尾に自由を与える可能性は高い。だが真は岩倉によって江戸の情報収集を引き続き命じられ、椿の身柄は岩倉が全て引き受ける。
腑抜けた彼を、これまで出会った人々が それぞれに叱咤する。鷹尾が男性だと知る唯一の遊女や、椿を巡って争った龍巳(たつみ)の役目となる。特に龍巳は真に欠けていた自分の欲望を、本音をぶつけ合うことで目覚めさせる。
真は これまでの人生において望みを許されなかった。だから絶望した際に起き上がる方法を知らないのだ。ここでまた真に過去が作られ、彼の母親は京都の遊郭の太夫、そして父親は公家であると設定される。遊郭生まれの男児は価値がなく 蔑(ないがし)ろにされてきたが、母を亡くしてから、岩倉に拾われる。岩倉は真の義理の兄だった。それが縁で拾われるが、岩倉家にとって真の存在は不名誉であるため、出自を語ることは許されない。そこで密命を受け、皇女を探し出すことを命じられ、椿と出会う。
そして逡巡しながらも あの雪の日に椿との出会いを仕組んだ。奉公人に誘拐された彼女の運命を、再度 変えてしまったのは真だと言えよう。
龍巳に発破をかけられて真は自分が椿を諦めきれないことを思い知る。それは真の人生で生まれた、初めての切望だった。
だが花魁・鷹尾の引退は 余りに影響が大きいため、周知させる期間とイベントが必要。そこで鷹尾は花魁を身請け出来るだけの財力を持つ龍巳を脅迫し、彼を操ることで偽装結婚が計画される。
この数か月は、椿と真、彼らが互いに離れがたい存在であることを再確認する時間となった。
だが8か月目に椿を助けて以来、真は姿を見せず、10月の ある日「和宮」は関東への移動が開始されようとしていた。その挨拶に岩倉が訪れ、椿に対して、真が主人に牙を剥いたこと、次に岩倉の前に現れたら始末することが伝えられる。まだ自分の周辺に真がいる可能性を聞かされ、椿の心は波打つ。
そんな時、京に残る和宮が、自分の実母や世話係や「和宮」に同行し、今度は自分が「影」となるべく尼寺に入ることを嫌がる。自分を幕府に差し出して、幸せな結婚が望めるかもしれない彼女のワガママを椿は一喝する。そして幸せは自分で掴む、自分の足で立つことの重要性を諭すのだった。
更に和宮は御所に潜入した真と椿の会話を聞き、妹にも離れがたい人がいることに初めて考えを巡らせる。
その会話で覚悟を決めた真は椿との逃避行を提案するが、椿は和宮のために拒否する。たとえ10か月ほどであっても、ここには本物の家族がいた。だから椿は姉のために自分を犠牲にしようとする。
やがて真が御所の者に見つかり、彼は椿を抱えて逃げる。御所を出た真だが、やがて岩倉らに囲まれる。その大ピンチに助けに入るのが銀月。これで形勢逆転かと思われたが、銀月は幕府側の隠密として、朝廷側に情報を流し続けた鷹尾花魁を始末に来たのだった。だから銀月は真を刀で突き、更に斬りつけ、真は そのまま堀に落ちていく。ここは、いつも通りの救出劇だとばかり思っていたから意外な展開に驚かされた。特に銀月の行動は読めず、『4巻』登場の隼人(はやと)を含め、高度な情報戦の上に成立していた男性間の友情を実感させられた。
真の遺体は鴨川の下流で見つかり、かつて真が椿に贈った櫛と遺髪が、岩倉によって届けられた。その絶望の中、椿は江戸に向かう。
岩倉は「和宮」となろうとする椿の心の強さを見直す。和宮より和宮らしく自分の運命と責務を椿は理解している。そんな岩倉に、椿は かつて岩倉がした盛大な道中を誂(あつら)えるという約束を果たさせる。
それが椿の一世一代の花魁道中。江戸で鷹尾がしたように「自分を選んでくれた大事な男を旅に出る覚悟で迎えに行く」ことを表すイベントだ。椿は自分の覚悟をそこで示し、江戸での人生を決める。心情的には これほど花魁道中が似合う場面はない、というベストタイミングである。
でも、読者が見たかったのは この花魁道中ではない。1話からの願いだから椿が花魁道中をする必要があったのは分かるが、これでいいのか、という落胆も大きい。実施したのは美濃 赤坂宿だが、花魁装束などは現地や その周辺からの調達なのだろうか。聡明な作者のことだから おそらく場所にも意味があったりするのだろうが、そういう細かすぎる配慮が見えなくなるほど雑な展開としか思えないのが残念。
ここで再び、真が馬に乗って椿を貰い受けに参上するヒーローイベントが発生する。銀月は そのアシスト。おそらく、椿を「宮様」ではなく遊女の姿にすることで、一種のシンデレラストーリーを成立させるため、ここで花魁道中をする必要があったのだろう。男性に色を売ることなく、頂点に上り詰め、栄華を極めた花魁が、本当に愛する者に迎えに来てもらい、花魁道中で彼のもとに向かう。そういう見立てを成立させるために、この急ごしらえに思える花魁道中はある。
花魁姿の宮様、という混乱と偽物疑惑の中、ただ一人、椿が本物の皇女であることを訴えるのは実母だった。これまで和宮に比べて つれない態度だった彼女だが、実子を誘拐された悲しみと、奇跡的な再会に彼女は母として椿を守ると誓っていた。その心に触れた椿は、初めて彼女を「お母さま」と呼び、そして真のもとに走る。
岩倉は責任放棄を訴えるが、椿は止まらない。残された岩倉は自身が襲撃者の関係者だと疑われるが、あの日 切りつけられた真の死を強調することでその場を乗り切る。しかし「和宮」が不在という大問題にぶつかる。そこで登場するのが本物。椿に触発され、彼女は自分の本分を思い出す。岩倉の言うように「少々できすぎ」である。
真と銀月の刃傷沙汰は打ち合わせ済みの やらせ。だがプロのスパイである銀月は中途半端に演技するとバレると踏んで本当に斬りかかった。だから真は再起に時間がかかった。『4巻』で隼人に拳銃で撃たれてから、月日は経過しているものの、作品上は真は傷が絶えない。
銀月はそのまま江戸へ帰り、真は椿の育ての親のもとに行こうとする。居場所が判明したため、彼らに夫婦になることを許してもらいに行く。これは2人にとって一生に一度巡り合うか分からないような恋。だから2人で乗り越える。その後、しばらく追われる状況となった2人は龍巳に世話になり、匿ってもらうようだ。当て馬というか咬ませ犬属性で可哀想になってきた。
描きおろしまんが は、その後を描く。連載スケジュールに余裕があれば、この後日談に1話使って欲しかった。
しかし ほぼ20年後の世界の割に椿と真の子供が小さすぎる気がする。そして幸福に水を差すような発言になるけど、平均寿命が50歳ぐらいの江戸時代において、銀月は今 いくつなんだという問題が悲しい。飽くまで平均で、長寿の人もいる。でも現在の感覚でのアラフォー、アラフィフとは完全に違うだろう。
また史実の通りであるならば和宮は31歳で亡くなっている。椿は誘拐の憂き目に遭ったが、だからこそ自由があった。しかし和宮は、中途半端な椿の後始末したことで望まぬ人生を歩み、妹よりも短い生涯を終える。描きおろしまんが でヘラヘラ笑っている椿が好きになれそうもない。