響 ワタル(ひびき ワタル)
おいらんガール
第04巻評価:★★☆(5点)
総合評価:★★☆(5点)
吉原で新造が姿を消す事件が発生! 不穏な空気が流れる中、椿は真と銀月の過去を知る男・隼人に出会う。昔話に花を咲かせる真達の一方、椿は何者かに誘拐されてしまい!? さらに椿の意外な正体とは──!? 読切「銀狼の櫻」収録、急展開の第4巻!!
簡潔完結感想文
- 『3巻』から過去編が続いていたが最後にヒロインに驚愕の過去・真実を用意。
- かつての自分の目標であり嫉妬の対象は、今は哀しみと憎しみの対象である。
- 怪我の治療で妓楼を出た 僅かな時間が両想いの思い出。今度は妓楼は出るが…。
私立白泉社学園と吉原は根本的に違った という現実、の 4巻。
『3巻』の感想文でも書いたけれど、おそらく本書で一番 難しいのは色を売らずに(性行為をしないで)遊女の頂点、花魁を目指す その過程そのものだと思われる。だから現・花魁である真(しん)が鷹尾(たかお)に成り上がっていく過程は絶対に描かれなかった。それは椿(つばき)も同じ。
白泉社作品らしい努力型ヒロインの彼女は元・令嬢だった自分が没落していたことに囚われず、自分の置かれた世界での頂点を目指す。そこにNo.1の鷹尾(男性)がいて、ヒーローに負けたくない「二位さん」という立派なヒロインの定位置に収まっていた。
これがセレブ校「私立白泉社学園」ならば椿が一位になるまで描くことが出来たかもしれないが、本書の世界は吉原という閉鎖空間である。そこでは男性を接客し、彼らからの支援や応援で地位が上がる。扱うテーマが水商売だったら その成り上がり物語として成立したかもしれないが、吉原、そして遊女は そういう存在ではない。
椿が このまま遊女として成り上がっていく過程で避けられないのが、肉体関係を求める客との攻防戦。しかし それを描くと、椿が男性客の欲望を防ぐ、かわす、誤魔化す、という内容になってしまい、白泉社らしい快活ヒロインと かけ離れた言動が要求される。これまで その口では啖呵を切って、遊女としての覚悟や矜持を示しながら、肉体関係を回避し続ければ結局 椿は何の覚悟も出来ていないまま、ということに陥る。
作者は それが早い内から分かっているから椿、そして鷹尾のキャリア向上は描かなかった。きっと一番 現実的で穏便な椿の遊女生活の終了は『1巻』で鷹尾が椿にした、鷹尾による身請け(みうけ)だろう。鷹尾が これまでの遊女人生の貯蓄などで椿を救う。
けれど これは向上心の強い椿によって否定され、その貯蓄も事件の被害者に施されてしまった。『1巻』時点では飽くまで椿は この吉原で生きていくつもりでいた。読切作品では それがヒロインの強さの表現になったが、連載化すると一転して、唯一ともいえる平和的脱出方法を自ら潰す結果となった。
1話ごとの内容が短編ミステリだった序盤から、連載化して作者は長編として椿たちを吉原というクローズドサークルから出すという難題に ぶつかったのだろう。
彼らの身体が清いままで、そして2人同時に吉原を出るためのトリック、それが『4巻』最後に炸裂した驚天動地の設定だろう。それを成立させるために江戸ぐらいの ぼんやりとした設定を一気に幕末に固定し、そして歴史と絡めることで椿に数奇な運命を与えた。
ハッキリ言って『おいらん学園ホステス部』ぐらいのノリで読んでいた読者としては呆気にとられるばかりで、なぜ こんなに望んでいない内容を読まされるのかと、ここからページを めくる手が重くなった。伏線もないし、前半との矛盾も見受けられるしで、炸裂したトリックは好評を博す、とは言い難いものだろう。
ただ面白いと感じたのは、商家の娘である椿を、没落令嬢にすることで本来は縁のない吉原に閉じ込めた序盤に対して、その脱出方法として、今度は椿の地位を とんでもない所まで持ち上げた。こうして椿を吉原というクローズドサークルから脱出させた、という その地位の乱高下と、物理的や金銭的な面ではなく社会的立場で脱出不可能な場所から抜け出すという叙述的な、というのが正解なのか分からないが、心理的、社会的な変化によって密室が密室ではなくなるという大技トリックは、ミステリ好きとしては面白く読めた。
その代わり作者自身の前には、椿を吉原で花魁にするという当初の目標を、掲載誌の制約、説得力の問題など現実の壁が立ちはだかっただろう。比較的平和な椿たちなんかより、作者の方が よっぽど吉原という閉鎖空間に苦しめられているように見えた。
『3巻』で椿の幼なじみ・龍巳(たつみ)が登場したが、今回は鷹尾と銀月(ぎんげつ)の幼なじみ・隼人(はやと)が登場する。正確には銀月の義姉である先代の鷹尾の幼なじみ。そういえば銀月の叶わぬ恋を描いた『3巻』でも隼人の名は出ていた。かつては同心だったが、今は行商人をしているという。
鷹尾が龍巳の登場で自分だけ身分が格下であることを気にしていたように、今回は男3人の昔馴染みが顔を合わせることで椿に疎外感が生まれる。その上、椿は鷹尾が花魁以上に何かを隠していることを察知していた。それが寂しい。
その疑問に答えるように鷹尾は自分が その情報収集能力で捕り物の手伝いをしていると白状する。『2巻』で新しい妓楼を出そうとしていた金持ちもそうだったが、遊郭には秘密が集まるのだろう。そして花魁ともなると その内容もディープになる。
きっと銀月が同心になったのは、義姉が慕った隼人と同じ立場になることで、彼女の視界に入りたい、その地位を手にしたいという気持ちなのかもしれない。
基本的に本書ではイケメン新キャラと事件はワンセットになっていて、以前と同じように椿は鷹尾からの伝言に誘われ、そして捕まる。ちょっと展開がワンパターンである。
椿が行方知れずになり足抜け(脱走)の噂が流れ始めるが、隼人の目撃情報により椿は誘拐された線が濃厚になる。実際に隼人の証言通り、人身売買未遂は起きていたが、その対象は椿ではなかった。真相は隼人こそ椿を狙っており、彼は騒動に乗じて吉原という密室から脱出していた。
しかし鷹尾にとって それは意外な真相ではなかった。鷹尾と銀月の2人は旧交を温める振りをして ちゃんと隼人の動向に目を光らせていた。けれど隼人の脱出ルートが分からない限り椿の所在地は分からない。そこへ銀月が可愛がっている猫が彼らを誘導する。
間一髪のところで いつも通りヒーローとして登場する真。今回は拳銃という飛び道具を出すことで、時代設定が江戸時代でも後期であることを匂わせている。そして この時代設定が椿の運命にも大きく関わり、ここで椿は2つの意味で お嬢様であることが何となく匂わされた。
真と隼人とのバトルは途中で終了。だが お互いに拳銃で撃たれ傷を負う。真は椿が無事なのを見届けて倒れる。その脇腹は血で濡れていた。
他に行く当てもないから椿は そのまま自分の妓楼に真を運び込む。妓楼の従業員からすれば正体不明の男性が運び込まれたのだが、楼主は手早く対処する。その後の妓楼内での騒ぎも彼によって収拾された。
鷹尾の処置は終わったが、流血が多く体温が下がるばかり。この時代に輸血など無い。だから椿は自分の肌で彼を温め、その生命力を取り戻そうとする。やがて目を覚ました鷹尾は主人である椿の行動に恐縮するが、椿は同じ立場の人間として真への愛を宣言する。その言葉に打たれた真は椿に口づけを交わす。
逃げのびた隼人と決着を付けるのは因縁の深い銀月。
彼が恋した義姉、先代の鷹尾は隼人と恋仲だった。しかし隼人が欲したのは鷹尾の持つ情報。それを使って隼人は裏稼業で有利な地位を築いていた。隼人の悪行に勘付いていながら先代は彼に奉仕した。そして彼の双子の子供を産んで命の火を燃やしきる。最後に、こちらも勘付いていた銀月に対して果たせぬ約束をすることで彼を救おうとしたのだった。
銀月は、彼にとって姪である双子の父親の隼人と決着をつける。隼人は銀月にとって目標であり嫉妬の対象である複雑な人。彼が義姉を幸せにしてくれたら、いつか銀月の恋心は消化されただろう。だが小悪党であったために銀月は消化不良の気持ちを抱えて生きることになってしまった。その相手を討ち倒したことで、銀月は前に進めるのだろうか。
傷を負った鷹尾は吉原から離れた寮で療養する。待遇が手厚いのは鷹尾が花魁だからである。鷹尾、椿、そして鷹尾の真実を話して双子の たまこ・ひよこ の関係者だけで過ごす日々。それは2人にとって性別や想いを偽ることのない、ほんの僅かな両想いの時間だった。
真と並んで街中に出た際、再び椿は何者かに つけ狙われる。逃亡する2人だが、真は手負いのため実力が出せない。そして犯人グループは真を助けたはずの岩倉(いわくら)だった。彼と面識のあるらしい真は頭を下げる。どうやら これが2人の力関係らしい。しかし真は主人格である岩倉に異を唱える。それは椿が運命に巻き込まれないようにするため。その反論に岩倉は真の傷への足蹴りをもって応える。
我慢ならず物陰に隠れていた椿は飛び出す。そして自分の運命を受け入れると宣言する。すると一行は椿に頭を下げ、「宮様」と椿を呼ぶ。岩倉、そして出会ったばかりの頃の真は どこか上方のにおいがした。それが自分の出自と関わっていることを椿は強く予感する。
「銀狼の櫻」…
明治時代、ヒロインは人間と狼の姿を使い分ける人狼族を仕留め、その報酬で病の弟を助けようとした。しかし返り討ちに遭い、弟を遺す無念を抱えて死を覚悟する。その勇敢さに最後の人狼である銀狼は興味を示す。彼は人間への復讐えはなく人間との子供を望んでいた。それが人狼族としての種の本能なのだろう。それに抗う彼女に対し銀狼は薬を与え、里に帰す。
すぐに薬草は効き、弟は回復した。そして それから銀狼による貢ぎ物が始まった。彼は弟の回復が彼女を その村から、彼女の生き方を縛るものから開放すると考えたようだ。
だが人と人狼の交流や村で噂になる。これは幼なじみでヒロインとの結婚を望んでいた村長の息子の計略だった。ヒロインは銀狼に逃げろと叫ぶが、銀狼は現れる。彼の口から語られるのは人の子が人狼を宿し、その人狼による人への復讐計画。ヒロインは その手駒に過ぎなかった。ヒロインは村人の前で銃を構え、自分が人狼を仕留めることで名誉を回復するが…。
良い話であるが、全体的に どこかで見聞きしたことのある異種族婚姻譚でしかないような気もする。外国設定ならヴァンパイアで同じ内容が出来るだろう。権力者や資産家の息子との望まぬ結婚という本編との共通点も既視感になっているのかもしれない。
最後までヒロインの名前が明かされない構成も良かった。そして結末まで読むと作品の題名は これしかないと思わせられる。
しかし弟は彼女の慈悲の象徴であり重荷。その弟が姉の手を離れることで彼女は新たな人生を歩む。なんか弟が余計な荷物に見えちゃうのは気のせいか。ハッピーエンドだが、人狼に慈悲を向けるヒロインは異種族との暮らし、そして純粋な人間ではない2人きりの子供など、彼女の行動で後々また新たな負担が生まれるのではないかと思ってしまった。