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少女漫画と小説の感想ブログです

自分の足で立つこと、経験や理解で歩み寄ること、それが人生を共に歩く貴方との約束。

王子が私をあきらめない!(12) (ARIAコミックス)
アサダ ニッキ
王子が私をあきらめない!(おうじがわたしをあきらめない!)
第12巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

「僕は君を決してあきらめることはない。どうか君があきらめてくれ」。幾多の試練を乗り越えてきた初雪と小梅だが、ここにきて小梅がまさかの記憶喪失!? しかし初雪は変わらない愛を小梅に捧げ続け、2人の絆はよりいっそう深まることに。そして迎える初雪の学園最後の聖誕祭。共に歩む未来のため、とうとう2人は…! 超絶ハイスペック王子×庶民のハイパー格差ラブコメ、大団円の最終巻!最終回のその後が見られる描き下ろし付き! 

簡潔完結感想文

  • 記憶がなくても記録はある初雪との恋愛だから、現実を否定するターンは無意味。
  • 自分の夢のことは言わなかったのではなく、彼が本当に大切だから言えなかった。
  • 最初で最後の「一文字家」との対峙。小梅は自分の能力で道を拓き、歩いていく。

20XX年、地球表面はバラに覆われ あらゆる生物は絶滅した(完)の 最終12巻。

記憶喪失やラスボスとの対決など、一般的な作品なら2巻丸々使うぐらいのエピソードを とっとと終わらせてしまうことで本書は最後までテンポやスピード感を失わなかった。記憶喪失は完全にネタとして消費し切っているし、ラスボスとの対話もトラウマなど持ち出さずに終えたことで、こちらも良い意味で現実感の無さを失わなかった。

だからといって作品として浅いかというと また別の話であって、小梅(こうめ)も初雪(はつゆき)も それぞれに胸中に抱えているものがあって、2人とも それを我慢できるだけの精神力を持ち合わせているから耐えられて、表面上は普通に見える。だけど記憶喪失中の小梅は初雪の情熱に対して忘却したことへの罪悪感や、記憶回復への焦燥感、そして愛され続けた過去の自分への嫉妬まで覚えている。反対に初雪は絶対に あきらめない という方針を掲げながらも、その裏で記憶のない小梅との果てしない距離に不安を抱えていた。そういう大袈裟な表現ではないけれど、1つ1つの細かい心理描写が相手を愛おしいという気持ちを表している作品だった。

連載が6年半続いた『青春しょんぼりクラブ』と同様に、本書も7年以上の連載期間となった。特に本書は掲載誌の休刊、他紙への移籍など様々な環境の変化がありながら、作品内の雰囲気が変わらず楽しいものであり続けた。これだけ長い連載になると初期と終盤で画風が変わったりすることが多いが、作者の画力は良くも悪くも変わらない。常に一定の力を発揮し続け、設定こそ壮大だが、根底には「普通」の恋愛が描かれていて その方針を貫いていることに感謝したい。作中の小梅の手料理ではないが、どこまでも丁寧に、良い塩梅を心掛けて作っていることが様々な場面から伝わる。それがアサダニッキ作品の安心感と面白さだと思う。

学生同士の口約束ではなく、将来について公認を得るために最後に一文字家と対面する。

ストに初雪の実家である一文字(いちもんじ)家と小梅の(作中では)最初で最後の接触がある。けれど それは一文字家の御前である初雪の祖父が小梅と実際に接したいという気持ちで開かれた会合であった。

『8巻』ラストからの留学騒動では、一文字家の横槍は あったけれども、その目的は初雪の出方や成長を見極めるためであって、小梅を否定している訳ではない。作中で小梅は初雪を中心として一文字家に迷惑を被ってはいるけれど、彼女自身が否定されたり存在を無視された、ということがないから楽しい。そして留学騒動で一文字家側による作為的な恋の障害は やっているから、二度は繰り返さないという作者の話の作り方も素晴らしかった。

また白泉社作品の悪口になってしまうけれど、幸か不幸か設定だけで まぐれ当たりした若く未熟な作者の作品は色々と匙加減を間違てしまうから読んでいて痛々しさすら感じてしまう。
セレブ側のヒロインの存在否定が不愉快なレベルになってしまったり、ヒーローにトラウマを用意して、その配分を間違えて冗長な重苦しさが作品を支配したり、その上 トラウマの脱出方法を見失ってグダグダになってしまったり、自作のコントロール方法をしらないままの作家さんだと取り返しのつかない失敗をしがちである。それに対して本書は経験値を積んだ作者が楽しいことだけに特化しているのが良かった。

もちろん、御前が納得したのは小梅の人柄に実際に触れて、彼女の中に芯の強さを見い出したからだろう。そして小梅が御前を前にしても背筋を伸ばしていられるのは、この作中での1年以上の月日の中で、様々な逆風を乗り越えてきて、足腰が鍛えられたからだろう。この面談は小梅が どれだけ変わったかという最終審査で、彼女自身が言っているように最初は戸惑っていた初雪からの求愛だけど、今は自分が それ以上の気持ちを抱くようになった という気持ちの変化も述べられている。記憶喪失中に本書の内容を振り返るような思い出散歩も良かった。

2人の家庭の背景はまるで違うけど、同じ学校の生徒で ただの男女。そういう等身大の彼らの普通の恋心を徹底してくれたから本書は面白い。小梅が初雪の頭を撫でて、彼女だけが初雪の隠された気持ちを見逃さない、という描写は何度読んでも胸が熱くなる。まぁ 読者としては そういえばバラが舞っていない=初雪にわだかまりが、と簡単に推理できるんだけど。バラの使い方は最後の最後まで笑わせてもらった。


梅の記憶がなくなり『1巻』1話時点に戻る。けれど初雪は、一度は小梅に愛を受け入れられた自信も相まって、『1巻』の頃の強引さは影を潜め、大きな愛で小梅を包み込んでいるように見える。

本書の場合、ネタとしか言いようのない記憶喪失展開を象徴するかのように、忘れさられた記憶の全てが一文字家の映像記録班が撮影して、保管しているという設定がある(笑) だから小梅は初雪の一時の心の迷いとかドッキリとか否定せざるを得ない。小梅の初雪との恋愛を信じられない、というターンは映像の前に拒絶権を奪われていると言えよう。こういう部分は初雪の暴力的なまでの強引さを感じる…。

そして「今の小梅」は初雪から愛しい人を奪った自分を気に病むが、初雪は小梅を何度でも好きになるだけ、と現状の小梅を肯定する。そういうところが小梅が惹かれた初雪の実直さなのである。

この記憶喪失期間の小梅への対応が各人違っていて、そこに小梅との関係性や それぞれの性格の違いが出ている。その中でも あかり と不知火(しらぬい)(兄)が抜群の個性を発揮している。あと安定の柿彦(かきひこ)。

記憶喪失中でも小梅には現実を否定する権利すら与えられない。この無力さ、懐かしいのでは?

して小梅は自分の将来の夢も忘れていた。初雪は自分との思い出よりも まず小梅の夢から取り掛かる。そういう自分より他者を優先できる部分が小梅は…(以下略)

そこで1年間の記憶の中に、夢の欠片を探す。あかり との対決で練習したダンス、学園祭での演劇(どちらも『6巻』)、夏休みの絵画(『4巻』)など思い出の場所を巡る。しかし段々と初雪のテンションが上がり、いつも通りの押しつけがましさを発揮して、小梅は距離を置きたいと願い出る。それで大人しく距離を置く訳ではない初雪との交流の中に、今の小梅もまた初雪に惹かれていく。

そんな中、小梅の相談をよく聞いていた桃太郎だけが将来の夢の話を聞いていたことを初雪に話す。結論は、小梅に夢はない。しかし小梅は自分の足で人生を歩く前に、初雪の人生に飲み込まれてしまうのが嫌だと感じていた。そんな焦燥の中に彼女はいたのだ。

そのことを初雪に告げないまま記憶喪失になっていたが、桃太郎によって間接的に初雪に伝えられる。その言葉は初雪にとって思う所があり、今度は初雪が周囲と距離を置く。


梅は初雪に2度拾われたハンカチを見て大事な事を思い出しかける。そこで初雪を探して学校中を回ると、彼は あの屋上プールにいた(『2巻』のキスなど)。そこで小梅は初雪から自分の夢の真相を聞かされる。初雪は自分の勇み足で、小梅を追い詰めたことを反省しているようだが、その昔の自分の気持ちが小梅は分かる。小梅は初雪が大事だからこそ傷つけたくなかった。悲しい顔をさせたくなかった。言わなかったのは言えなかったから。そこには確かな愛情がある。今の自分なら過去の自分が どれほど初雪を大切に想っていたかが分かる。なぜなら2人の自分は重なりつつあるからだ。

初雪は改めて2人が同じ速度で歩いて、2人の差を経験と理解で埋めることを誓う。2人で歩く世界はきっと今より美しい。その言葉は きっと過去の自分が一番 心打たれた初雪の姿勢。だから小梅は記憶を取り戻す。この人に愛されて、そして この人を愛する自分を認められる。

これからは2人は何でも話し合って、理解する努力を止めないことを決める。黙っていたら、ただでさえある差に飲み込まれてしまう。


梅の焦燥の根底には、初雪からのプロポーズがあった。それは人生的には「あがり」なのかもしれない。そこに到達したら心配はなくなる。でも そこが「小梅」の人生の終わりだと感じていたようだ。自分の成長が早く終わる、その閉塞感を小梅は察知していたのかもしれない。それならば、と初雪はプロポーズを取り下げ、小梅の成長を待って改めてすることにする。

しかし長い時間一緒にいるからこそ小梅は黙っていても初雪のことが分かることがある。そして長い時間一緒にいるのに初雪は この時 初めて小梅に許可を取ってキスをする。

それに今の小梅なら初雪が どれだけ自分の記憶喪失期間に不安だったかが分かる。その孤独や寂寥、彼の気持ちを分かることが世界で唯一の女性である小梅の役目なのである。


休みが間近に迫った頃、小梅は一文字家の弁護士の一人・芹生(せりお)によって初雪の祖父のもとに連れていかれる。

第一印象は至って普通の人。しかも交際に反対するようなことは言われない。祖父はしばらく2人の仲は黙認するようだ。それは初雪の留学騒動があったからだろう(『9巻』前後)。聡明な作者は同じテーマを二度 繰り返さない。

けれど一族にとっては、小梅と出会ってからの初雪は理解が難しくなったのも事実。その祖父の発言に対し小梅は それは自我の目覚めで、成長の普通の一過程だと考える。そして小梅は初雪のどこが好きかという質問に対しても、初雪は権力や能力に頼らず、実直に好きと言い続けた普通のアプローチに負けたという趣旨のことを話す。その答えに祖父は、この普通の恋愛を知る。確かにスケール感こそ違うが、初雪は普通に小梅に恋をしているだけである。

そして料亭の中ながら、昼ご飯は小梅の作った お弁当を祖父と2人で食す。それは普通の幸せ。このお弁当はどれも 小梅の気持ちがこもった丁寧な味つけが されている。そこに小梅拉致の情報で駆けつけた初雪が現れ、神でなくて普通の青春を過ごす孫を直接 見られたことは祖父にとって懸念ではなく安心材料になったのではないか。


終回は2回目の初雪生誕祭。今年は従来通りという感じで、初雪を中心とした催しとなる。今回、小梅は給仕をして祭りをサポートする。それは彼女という特権の小梅様の下々への施しにも思える。

この日、小梅は将来の夢として料理の道を考え始めたことを初雪に伝える。作中の描写や、直近の祖父とのエピソードから こうなることは分かっていました。
そして夢を確定させたことでプロポーズが再開する。初雪が取り出した婚約指輪は簡素な物。それは初雪が、華美ではなく芯の強い小梅をイメージしたから。まぁ ダイヤモンド鉱山の権利書も渡すのだけど…。
この模様は生中継されており、2人は全生徒に祝福される という大団円となる。

おまけ漫画は本編終了から約1年半後、小梅が18歳になった途端、ウェディングドレス(初雪の手縫い)が届いたという内容。ちなみに現在 初雪は海外に進学しているらしい。ラストは初雪にとって至福の瞬間で、彼の精神の不安定さからバラで世界が崩壊するというバッドエンドだろうか(笑)