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少女漫画と小説の感想ブログです

剣を持たないことが財閥の子女の証。彼らは素手と己の才覚によって道を拓く。

花の騎士 5 (花とゆめコミックス)
西形まい(にしかた まい)
花の騎士(はなのきし)
第05巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

セイを追い落とし、大鳥家の次期当主になろうとする柏崎セン。彼の第一の騎士としてランの前に現れたのは、死んだ筈の兄・レイだった。予想外の事態に混乱するランは、自分の記憶から消え去っていた辛い過去をセイから聞かされる。そして、最後の決闘の時は迫り…!?

簡潔完結感想文

  • 決戦の前に明かす過去の秘密、自身の秘密。これで真の友情パワーが成立。
  • 手加減するような戦い方をする相手の動機を推理。そこで知る相手の真意。
  • ただの概念である「財閥」の解体は描けないからスキップ。未来の大団円。

を伸ばすことは、貴方の愛を受け入れること、の 最終5巻。

作者の企みに満ちた巻で、ある意味で主人公・ランにだけ隠されていた真実や真相が次々に明らかになる。ここまで連載が続いて、無事に最終回を終えられたことに作者は安堵しただろう。でも作品が読者にとって面白いかは別の話である…。

良かったのは最後までイバラが剣を持たなかった点。これはイバラは絶対に騎士ではないという表現なのだろう。騎士じゃないから誰かに忠誠を誓ったりしないし、生き方も縛られない。だからセイのフィアンセでありながらランに恋をすることも出来るし、家の呪縛から最初に解き放たれることも出来るのだろう。ランが両想いになるためにはセイの婚約が破棄されなければならないが、誰も悲しむことなく主要人物たちがハッピーエンドになる道筋が ちゃんと考えられていた点は良かった。
イバラが剣を持つと騎士になってしまい、ランと同じ立場になってしまう。でも2人は違う立場で違う考え方だから相手を尊重することが出来た。その立場の違いを最後まで守っていたことに好感を持った。

色々と短所がある本書だがイバラの器の大きさや愛の深さは ちゃんと表現できていたのではないか。

イバラは財閥の子息。騎士たちは結局 配下なので、剣を持たないことが上流の証。

一方、最後まで物語の根幹である決闘制度が作品に馴染むことはなかった。読者が憧れる世界観のために財閥や学校、決闘制度があるだけなのだ。セイとラン以外に この決闘に信念を持つ者はいない。セイでも疑問視する決闘制度は、そもそも作品上でも最初から変な制度だった。作品は そこに一定の説得力を持たせる努力をするべきだったのに、進行の都合だけで制度は制度と言い張るばかり。出発点から読者を置いてけぼりにした制度だから、それが無くなることに何の感慨も湧かない。

ドラマ性を発生させるためだけにイレギュラーな手法が採用され、ルールに外れた運用もされる。この決闘制度が何十年続いているかは分からないが、何のための監視者まで置いてルールを運用していたのかが分からなくなる。そもそも本場じゃないんだから、開国から約150年の日本において西洋風の騎士という設定は相性が悪い。1世代30年として まだ最高で5回しか決闘が行われていないだろう。そして30年に1度のために壮大な決闘場を用意している点が財閥の頭の悪さを表している。雰囲気を味わうために、ある程度 思考を放棄できる白泉社の上級読者にしか楽しめない作品だろう。

またセイが最終的に目指す財閥の解体は何の具体性もない。もはや大鳥家そのものが作品における概念みたいなものだから、作者も分からないだろう。何から手を付けるのか、どんな弊害が起きるのか、一切 描かずにラスト1ページで、セイの大願が成就したことだけを匂わせる。一番気になるのが、セイに敵対した相手を彼女は大鳥家に加えるのだが、その数年後には大鳥家の解体に着手している。敵にとって中途半端に救われただけで、またセイを恨む口実になるんじゃないかと思った。何かしら後日談を用意しなければ収まりが悪かったのだろうが、この中途半端な救済で財閥の憎悪の歴史が繰り返される予感を覚えたのも確かだ。話の完成度は低くないが、現実感が皆無である。


頭で「ランにだけ隠された真実や真相」と書いたが、その意味では やっぱりランは この作品のお姫様なのかもしれない。

周囲がランにだけ ある秘密を打ち明けなかったのはランを心配してのこと。更にはセイが大鳥家の解体を進めるのも、親友であるランが危険を伴う騎士として生きなくてもいい道を模索したからではないだろうか。自分が当主になることでセイはランたち兄妹を数奇な運命に巻き込んでしまった。もちろんセイは その前から大鳥家の解体を考えていた。だから全てがランのためではないが、セイの中でランの騎士からの解放は動機として決して小さくないだろう。それに解体の副産物としてイバラとの婚約も正当に解消できるし。

そういえばイバラが急に家を出たのもまたランのためなのか。セイと同様に財閥から解放されることでイバラは好きな人と結ばれる。ランもまた格上の相手ではなく同等の相手としてイバラに向き合える(レイも同じだ)。考えようによっては真実の愛に生きたかった10代の若者が自分の家という足枷を外すために物語があったのかもしれない。

最終回のラストページでラン(と思われる後ろ姿)は髪を伸ばしている。これはランが騎士でなくなった証拠だろう。出来れば手に手袋がないことを明確に示して欲しかったが。恋愛的には誰もが幸せになったようだが、同時に現実的に彼らが何をしているのかも知りたかった。それを描かないのはページの制約ではなくて、作者にも分からないからだろう。イバラだけは いち早く家を出て自活できる能力と収入があるだろうけど、他3人は何をして生活するのだろうか。

サイキたち初期メンバーが もはやランの精神エネルギーの燃料でしかないのも残念だった。いつの間にかにセイの騎士にされて、頭数としてしかカウントされないのが不憫だ。学園祭や体育祭など学校イベントでもやって、彼らの日常を広げて、もっとキャラを味わいたかった。やっぱり本書は徹頭徹尾「遊び」が無さすぎる。


2つの陣営の第一の騎士(ファーストナイト)同士による決闘で、ランの相手として登場したのは死んだはずの兄・レイだった。騎士の証である手袋は持たないが、ここまでセイのいとこを当主にするべく導いたのは兄だったという理由で決闘に参加する資格があるという言い分を、監視者である赤空もレイが勝利した時には それを認めると発言する。そういうルール外のことが許されるのなら決闘制度も監視者もいらないと思う。

決闘開始は2時間後。その2時間をランは混乱を収める時間に費やし、セイは他の者に真実を聞かせる。
ランの兄・レイが死亡したとされる日、レイはセイを襲った。ランがセイを守ったことで兄はセイの命を奪うことなく逃亡。この時、セイはレイが第一の騎士の役目を放棄し、裏切ったことを悟った。
しかし兄に斬りかかられたランは精神的ショックが大きく、記憶を失っていた。そこでセイはランに真実を告げることなく、ランの傷は暴漢によるもので、レイは その暴漢に殺害されたことにする。
それがレイ死亡の真実。レイの友人だった北生(ほうじょう)はレイと闘う意志を見せるが、セイは第一の騎士としてランを指名する。


乱で戦意を喪失しかねないランにイバラは話しかける。ランは騎士であること、この戦いに迷いを持ち始めていたが、イバラの荒療治によって本来の目的を思い出す。ここでランがキスを拒むことが女である前に騎士であることの態度の表明になっている。戦いの前に女になる訳にはいかない。そうしてしまったら兄に代わる生き方を決めてからの5年が無意味になってしまう。
そしてセイに真実を話してもらい、自分の未熟さを謝罪する。真実を隠したセイを決して責めたりしない。彼女に そうさせたのは自分である。

そのセイと、仲間を代表して闘う一戦を前に、ランは自分が隠していた秘密を周囲に話す。それは自身の性別。大鳥家の騎士が他者に秘密を話すことは自分の命を失うことに等しかった。だがランは彼らを信頼しているため、話すことにした。自分の嘘を懺悔し、性別関係なく結ばれた彼らとの絆を再確認してランは決闘に向かう。その胸ポケットにイバラのハンカチを入れて。
兄に聞きたいことが たくさんあるが、ランは この決闘に集中する。

一方、決闘開始後にイバラは別の目的を果たすために決闘場から立ち去る。ハンカチがあるからランの側にいる必要はないのだろう。
イバラが対決するのは静。汚い手を使ってリンに重傷を負わせた男をイバラは許せない。剣を持たない彼は拳一つで静と対決し、そして最後には何とか静に膝をつかせる。イバラが勝利したのも また友情を感じる者の存在が合ったからだろう。端整な画風に対して、友情が全てのパワーの源という人間愛が根底に流れている。


レイは強い。だが同時にレイはランに致命傷や、女性だとバレるような服の破損を避けるような攻撃を続ける。どうやらレイが望むのはランの命や惨敗ではなく、彼からの敗北宣言、そしてセイの次期当主の権利の剥奪のようだ。

レイの闘い方から彼の目的に思い当たったランは、過去にレイがセイと自分に剣を向けた時も、セイの自由のために行動したと思い当たる。その推理をレイは首肯しないが否定もしない。レイは誰よりもセイを大切に思うからこそ、大鳥家という血生臭い環境から彼女を解放したかった。だがセイはリスクの大きさを熟知しながら、大鳥家の解体という大望を成就させるために前進し続けた。そんなセイの悲壮な覚悟を知って、レイは強硬手段に出たらしい。

大切な者を危険から遠ざけて守ろうとしたレイ。だがランは大切な者の側で自分の使命を果たすことにした。その覚悟と、仲間たちの信頼がランを強くする。これまでの経験と関係が彼をレベルアップさせていた。
そして遂にランはレイの剣を折る。強固な信念が それを可能にしたのだろう。


分の信念が折られたことでレイは剣を鞘に収める。新しい剣を今の主に与えられても それを使うことはなかった。こうしてレイは敗北を認める。

だが試合を放棄した形となった騎士を主は認めなかった。レイは後ろから主に刺される。しかしレイは主を利用した罰だと それを受け入れる。彼にとって主は心酔する相手ではなく、セイを守るために利用した駒だったのだろう。

傷を負ったレイを仲間たちで分担して介抱する。そしてセイはレイの手を取り、彼もまた自分の騎士だと認め、レイも その手を握り返し謝罪する。2人の瞼からは涙が流れていた。セイが ここまで感情を露わにするのは珍しい。セイが心から想っていたのはレイだったのである。


の後レイは3回目の登場となる大鳥家の病院に運ばれるのだが、すぐに脱走する。もちろん アチラ側に戻った訳ではなく、ランたちの前から自分の存在を消したかったのだろう。そしてセイは いつかレイが自分の力になってくれることを信じていた。

全員が揃った空っぽの病室でセイは自分の願いを話す。それが当主就任後の大鳥家の解体。そして いずれはイバラとの婚約も解消する方向で動くつもりである。それはイバラとランとの恋に障害がないことを意味していた。セイは自分が想いを伝えなかったことでレイが独善的な行動に走ったのかもしれないという反省があった。だからランに想いをとどめないでいて欲しい。それはランの主人としてより、親友としての願いなのではないか。

セイが願う大鳥家の解体も作品的には不義の恋愛を解消するため。何もかもランのため。

こうして周囲の気遣いによって病室に残された2人。ランは その雰囲気を誤魔化そうとするが、イバラは率直に想いを告げる。その気持ちはランも同じ。でも同時にセイのために騎士として生きることも変わらない。それはイバラが好きなランの姿であるから、そこに異論を唱えない。ランが騎士として生きなくても良くなるまでイバラは待つという。
病室を出て騎士に戻る前に彼はランにキスをする。


後にランはイバラに一つの願いをする。それが兄弟間の話し合い。これはセイの恋と同じく、ランには自分の経験があるから、イバラの兄弟に思い残すことのない関係でいて欲しい。だからイバラは実家に立ち寄り兄に家を出ること、この家と縁を切ることを宣言し、自分が兄を慕っていることを真っ直ぐに伝える。
兄はイバラの決断を承諾する。イバラは家を失っても兄を失うことはないだろう。でも兄が次期当主になるのなら、セイの婚約者も兄に移行するんじゃないだろうか。そうなると婚約解消が難しくなりそうな気もするが。その辺、作者が考えているか怪しいところだ。

セイに反旗を翻した いとこ の男は幽閉されているらしい。だがセイはいずれ大鳥家の義兄として迎え入れられるように話し合うつもりらしい。上述の通り、いずれ解体する大鳥家に迎え入れた後に放り出すのは無責任なような気がするが…。また恨まれそうである。

そして物語は数年後の未来を少しだけ語って幕を閉じる。ラストはセイの大願が成就し、ランが使命から解放されたことが匂わされる。大人になった彼らは社会的立場や仕事を失ったのだけれど大丈夫だろうか。