《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

その剣でも壊すことが出来なかったのは白泉社におけるヒーロー上位という既存の価値観。

花の騎士 1 (花とゆめコミックス)
西形まい(にしかた まい)
花の騎士(はなのきし)
第01巻評価:★★☆(5点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

財閥・大鳥家当主に仕える誉れ高き存在・第一の騎士(ファーストナイト)。次期当主・セイの第一の騎士の座を懸け、少女と少年たちの華麗にして過酷な戦いと絆の物語が始まる――。現在第一の騎士の座に就くのは、古くから大鳥家に仕える黒野家のラン。しかし、ランには重大な秘密があって…!?

簡潔完結感想文

  • アーサー王伝説 × 白泉社の人気メソッド = 余白とオリジナリティのない世界。
  • 普通に表紙の3人の三角関係にしてくれれば良かったのに、と思う主人公設定。
  • 物語を無事に終わらせることが第一の目標で、そこに肩の力が入り過ぎている。

く カッコ良く 生きて行こう…、の 1巻

本書は「アーサー王伝説(と円卓の騎士)」をモチーフにした作品で、それを白泉社流にアレンジしている。そのため構想は最初からあり、やや駆け足で話が進むものの、あからさまな追加要素や打ち切りによる消化不良もなく、作者が用意した駒は全て使っていると言って いいだろう。

一方で残念なのは、その構想を消化することに注力してしまっていることだろう。伏線や布石が唐突にならないように慎重な筆の運びをしているのだが、そこに気を取られてばかりで作品に面白味がない。あきらかに肩に力が入っており、作者にこそ本書のヒーロー・イバラのような遊び心と余裕が必要だと思った。

定型文のような白泉社の学園設定。努力型ヒロインの時点で物語の流れは把握できる。

これは『ヴィーナス綺想曲』でも感じた作者の作品の印象だ。『ヴィーナス』では「…お前のピアノは技術的に優れていたが機械的に音をただ出しているだけ」という作中の言葉が作者や作品の欠点の正鵠を射ていたが、本書は「ちょっと お堅すぎる」主人公・ランが作品を体現している。頭でっかちで融通が利かない。使命を全うすることだけに重きを置いているから、人としての魅力が滲み出てこない。本書でも緩急をつけて もっと人物を多角的に照射できるようなエピソードがあれば良かったのではないか。
序盤は設定の説明と騎士との対決ばかりで せっかくの耽美な世界観が広がるようで広がらないのも惜しい。読者を作品世界に誘うパワーがいまいち足りない。また全5巻の中で20人以上の登場人物が ひしめいており、しかも似たような人ばかりの描き分けなので混乱を招く。もうちょっと人数を削減してはダメだったのだろうか。この辺も あくまで「アーサー王伝説」にのっとる、という頑固な面が見え隠れする。

私は本書を読んでまず「アーサー王伝説」よりも「少女革命ウテナ」が頭に浮かんだ。存在だけは知っている程度だけど、私にとってはアーサー王よりも身近だった。そしてウテナの世界観に比べると本書は常識的すぎて個性がないとも思った。お手本を忠実に なぞった作品では誰かを魅了するパワーは無いだろう。


た少女漫画的側面では、普通に表紙の3人で三角関係モノにしてくれた方が読者は食いついただろう。それではモチーフと合わないのだから仕方ないが、ランの正体が分かった時点で、誰と誰がヒロインとヒーローなのかが分かってしまった。どうして白泉社は同じような設定に作品を押し込むのだろうか。

だから結局 いつもの白泉社作品で、しかも女性は努力しても男性ヒーローの器の大きさや才能には勝てないという「ガラスの天井」を作っているのが気になる。ヒーローとヒロインは最後まで戦うことは無かったが、もしも戦ったら絶対にヒーローの方が強い設定に違いなく、そこまで女性を下にしたいのか、と思ってしまう。

21世紀に入っても結局、過去の踏襲をしている白泉社こそ壊すべき伝統なのではないかと思った。決闘に疑問を感じながらも従い続けた過去が現在の不毛な戦いを呼んでいる。まず白泉社の編集部が古い因習を断ち切る必要性があると思う。女性の方が能力的に優秀である作品は、いつ読めるのだろうか。


台は上級国民だけが通うことが許される学園。いつもの白泉社パターンで、学園の名前を覚える気にもならない。

その中でもトップクラスのエリートが、この学園を運営する財閥の令嬢・大鳥 セイ(おおとり セイ)。そして大鳥家に仕える一族の跡取り・黒野 ラン(くろの ラン)だった。2週間前に行われた入学試験はセイが2位、ランが3位。では1位は誰かというと授業をサボり漫画ばかり読んでいる男・天王 イバラ(てんのう イバラ)である。そして彼はセイのフィアンセでもある。

大鳥家の第一の騎士は黒手袋の着用が許される。そのランの立場からするとイバラはセイに相応しくないと考える。大鳥家は世界を股にかけ、政財界に通ずる権力と財力を持つ、らしい。スケールが大きすぎて言葉が軽い。やはり そういう設定でしかない。

ただし それはランのセイへの思慕ではないことが すぐに分かる。なぜならランは女性だから。男装の麗人としてセイを守る。だから自分の顔がキレイだ=女性のようだと言われると すぐに心を乱すのである。
ランが男装しているのは兄の不慮の事故死によるもの。大鳥家の騎士には男しかなれないので、男として生きてきた。兄の死亡時、ランは8歳か9歳だろう。その年まで周囲に黒野家の第2子が女児であることを隠し通すことなど出来るのか疑問である。権謀術数 渦巻く世界なのに、誰も黒野家の家族構成を把握しないなど あるだろうか。ここも大雑把すぎる世界観で、何だかなぁという感じ。

そして物語は どんなに装飾しても白泉社特有の特殊な お金持ち学校と男装の麗人、そして努力家のヒロイン、そして自由奔放で女性より能力の高いヒーローという辟易する設定なのである。


鳥家の第一の騎士は決闘を受ける義務がある。学校施設らしい巨大なコロシアムで、本物の剣による決闘が行われる。
この決闘の仕組みなども説明する気が起きない。結局、学園にいる12人の騎士の中で一番強いのが第一の騎士、それだけ覚えておけば充分だ。

動きのある決闘シーンで文字の暴力が炸裂。じゃんけん じゃダメなのと割と本気で思う。

最初の決闘にランは勝利するが、敗北の後に相手は刃向かってきてセイを守れないピンチとなる。そこにヒーローとして現れるのがイバラ。努力家のランよりもイバラは先に身体が反応しているという白泉社の いつもの男尊女卑である。

しかし決闘は何度でも申し込めるらしい。なら連日 決闘を申し込み、波状攻撃を仕掛け、その内 ランが疲弊するのを待ってもいいのだろうか。しかもランは他の11人の騎士が誰なのかは知らないが、相手は第一の騎士のランを最初から狙うという不均衡な状況にある。決闘における大義が見えないから、空疎な制度にしか思えない。

途中でランの決闘を見守る上位存在が匂わされ、ランの進む道が険しいことが予感される。
またランがセイに対して忠誠を誓う動機はよく分かるが、そのセイが学園内でカリスマ的な存在感があるような人に見えない。お嬢様として立ち振る舞っているだけで、彼女自身の強さや賢さが最後まで見えにくい。


面目なランは不誠実に生きているように見えるイバラが気に入らない。そして何も知らないイバラに講釈することで、この学校やセイの立場の特殊性を語る。

セイは大財閥である大鳥家に反目し対立する家の者とも学園内で争い続けなければならない。学園は試練の場なんだそうだ。だからランにとってイバラはセイの足を引っ張る存在になりかねず、彼を排除することも考える。

気の抜けない学園生活だが、読者にそう思わせるだけの説得力がないから机上の空論である。

そんな試練の場という実例として、ある日、階段付近にいたセイに生徒たちが群がり、その隙にセイが会談に突き落とされてしまう。ランは それを身を挺して守る。これはセイに脅迫状を送ってきた者の犯行なのか。

疑心暗鬼の雰囲気の中、セイは女子生徒だけの乗馬会に誘われて単独行動をする。予想通り、乗馬中に1人の女子生徒がセイの馬を暴走させ、谷底に落とそうとする(この学園は どんな立地に立ってるんだよ…)。セイを助けるのはラン。そして犯人を逃がさないのはイバラ。罪を憎んで人を憎まないのがセイという役割分担が見える。こんな感じで話は進んでいくのだろうか。

しかし この実行犯の女子生徒の背後には黒幕がいた。まだ事件は終わっていない。


うしてランはセイの護衛と学業の両立が難しくなり始める。そこで始まる勉強回。ただしセイは優秀な成績なのでランの個人勉強となる(護衛はいいのか?)。

そこに現れるのがイバラ、そして見知らぬ男子生徒だった。その生徒は数学教師・赤空(あかそら)に頼まれた草田 サイキ(そうだ サイキ)。身体の大きな彼は率直な言葉で誤解を生むこともあるが、根は悪い人ではないらしい。ちなみに出席日数が足りなくて留年中で、実質的には1学年上の生徒。

彼が起こしたという暴力事件の裏にも家族を守りたい気持ちがあることを知ったランは彼の夢を応援する。こうして心を通わせ、友人関係を構築する。しかし彼もまた12人の騎士の1人だった。

これまでのようにセイに恨みをもったり、権力欲に憑りつかれていない、自分の友人との対決が始まる。だからランは いつも以上に心に迷いがあるため劣勢に追い込まれる。だがイバラの喝によって自分の本分を思い出す。決闘後ランは消化しきれない思いを抱えるが、どうやら これはランとサイキの対面を果たさせた数学教師・赤空の狙いでもあるらしい。わー、何者なんだろー。

ランの思いを受け止めるのはイバラ。彼に頭を撫でられてランは赤面する。セイはサイキを連れてきて決戦後も友情が続くことが確認される。そしてランの中でイバラへの評価が変わりつつある…。
派手な舞台装置の割に描かれることが至って普通の白泉社漫画である。