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「千葉くん」は恋のハンターで束縛魔という幻想は、ヒロインが隠していた自分の本性。

私の町の千葉くんは。(9) (Kissコミックス)
おかもととかさ
私の町の千葉くんは。(わたしのまちのちばくんは。)
第09巻評価:★★(4点)
 総合評価:★★☆(5点)
 

「なんで忘れたふりしてたの?」思い出してしまった、弟・悠人とのキス。口走ってしまった「悠一のよりすごかった」という本音。彼女がいるのに気になって仕方がない弟か。気まずさを抱えながらも大事にしてくれる兄か。ただ、幸せになりたい……。そんなマチが選ぶ、「恋」と「幸せ」の行方は……!? 兄と弟、求め求められてのサンドイッチ・ラブ、ついに完結!!!!

簡潔完結感想文

  • 当て馬も女性ライバルも作品内から排除して2人だけのメリーバッドエンド。
  • カーテンの後ろに投影されるのは、自分が最も恐れる世界、最も憧れる世界。
  • この2人なら自分たちを欲情させるためなら制服プレイも3Pもしそうで怖い。

宮でしか恋してないじゃん、の 最終9巻。

主人公・マチが千葉(ちば)兄弟の どちらを どのような理由で選ぶかは論理的に描かれていると思うが、結末に納得することは難しかった。「女は頭と子宮で恋をするらしい」と言いながら頭は放棄して、子宮で恋をした結果としか思えなかった。※ネタバレすると兄・悠一(ゆういち)は頭、弟・悠人(ゆうと)が子宮担当で、そして結局マチは子宮に支配されて欲情しているだけである。
作者も頭で考えることを放棄したかのように『9巻』は一気呵成に突っ走って異論を封じているような印象を受けた。そんな人間関係を崩壊させながら破滅に向かうような恋愛をする2人の様子は蜜野まこと さん『お迎え渋谷くん』の最終巻と似た匂いがした。これまでに比べると絵も雑さが目立つし、最終的に年下彼氏が どうして この女性に執着するのが分からなくなってくるのも同じ。女性に都合が良すぎる話は、最終的に現実感が薄くなっていく。

特に弟・悠人は人の願望を投影する悪魔のような存在で、人を破滅させ、その絶望をエネルギーにしているような気さえしてくる。例えば恋人・咲(さき)には望外の交際という刹那の幸せを与えるが、彼女が望む悠人の本物の心は預けない。そこに絶望して咲は壊れていく。悪魔というよりホスト気質の方が現実的な解釈な気もする。

そしてマチも結局、この悪魔に魅入られているだけの気もする。悠人はマチが望む「千葉くん」を演じているだけ。悠人がマチが望む100%の姿でいることが本書の恋愛に現実味を感じない部分だろう。兄・悠一の性格の傾向や ちょっとした欠点は描いたのに、弟はヒロインの理想通り。それっぽいことを言えばマチは都合よく解釈してくれるのではないか。物語が悠人エンドに進むにしたがって、悠人が高校生、いや人間に見えなくなっていった。ここまでの異様なキャラは望んでなかったんだけどなぁ…。

マチが成長したのは選ばれる側じゃなくて、ちゃんと選ぶ側に立っている点(悠人の誘導で)。

考えられる悠人の欠点としては、欲情は永遠ではないということだろう。やがて年齢的に それを愛の原動力にすることに無理が生じるのは生物として不可避だし、手に入れられないからこそ欲情を掻き立てられていた2人だから、その特別感が減じた時に飽きという最大の敵に直面するだろう。この2人が年月を重ねて欲情を愛情にスライドさせていくようには思えない。

だから心配なのは この2人なら制服プレイはもちろん、3Pなどアンモラルな行動に走りそうな点である。相手の咲や悠一との交際すら欲情の源泉にしていた節のある2人だから、公認不倫とかも あり得る。そういう特殊な関係性は頭に浮かぶのに、2人が一般的な幸せな家庭を築いている姿は思い浮かべられない。やっぱり それは悠人が悪魔なホスト気質だからだろうか。


人公・マチに関しては、悠一に恋に落ちたカーテンの裏の出来事は彼女の幻想と願望だったことに加えて、マチが「千葉くん」に欲情していた全ての性格は彼女が隠し持っていた本性だと思った。

例えば千葉くんが束縛魔という元カノ・アユミちゃんの情報は「描き下ろしオマケ」でのマチの姿になっている。そうして欲しいことを千葉くんに委ねていたが、それはマチの欲求でもあったのだろう。その意味ではカーテンは自己投影の道具なのかもしれない。激しい野性的なキスも自分がしたかった、理性で抑えていた自分。
またマチは同じくアユミちゃんから悠一が狙った獲物を絶対に逃さない部分があると知ったが、それもまたマチの望んだ通りの「千葉くん」だった。悠一からは結局、最後の最後しか追われなかったが、マチは一生 悠人のことを逃さないために追うのだろう。

これは流されるまま、選ばれるという立場ではなく、マチが自分で選んだ相手で、そして自分の中の「千葉くん」の姿なのだろう。だから あの2人は結ばれた。この辺は この恋愛がナルシシスティックだと思う部分で、あまり受け付けられない要因だろう。恋愛における価値観が合っているといえば その通りなのだが、互いに自家発電している感じで好ましく思えない。


品的に気になるのは、マチが罰を受けることはないという点。2人で壊した数々の関係を2人が引き受ける描写はない。ハッピーエンドに相応しくないのは分かるが、綺麗事すぎる。

例えば悠一に関して言えば、彼はマチを責めない。精神的に二股をしていてもマチは そのことに関して非難されないし、最終的に別れる日も自分を綺麗に見せる狡猾さを見せている。そして兄弟仲は崩壊するだろうが、物語を幸せで満たすために千葉兄弟がどうなったかは描かない。結婚を前提に挨拶をしに行った千葉兄弟の母親のことも黙殺。本当に2人が生涯 添い遂げるなら問題は山積しているが、そこは無視。
あと最終的に悠一がマチに追ったように見せているのも卑怯だと思った。マチが悠一を裏切っているのに、その裏切りは責められず、本当に離れていくマチを悠一が引き止めることでモテモテヒロインで あり続けている。結局、一つも自分の罪を背負わないのがマチだよね、と また彼女を嫌いになりそうである。

そして悠人の恋人だった咲。SNSの噂を流したマチの敵であるからか、精神的に病んだ咲の自滅で別れたようにして、マチは悪者にならない。そして咲を救ったりもしない。彼女は物語から姿を消し、救われることなく消滅する。これならマチを恨んでナイフでも取り出してくれた方が存在意義があっただろう。2人の恋愛に都合の悪いことは ことごとく無視することで平穏を保つ。

マチの友人・坂下(さかした)とも関係は崩壊しない。モラルを重視する坂下が、応援できない恋をするマチを何事もなかったように受け入れている(「描き下ろしオマケ」)。そもそも この2人は どうして仲が良いかも よく分からないが、考え方が違うはずなのに、マチは友情を維持する。なんだか ご都合主義である。

迷惑をかけた人々の心を無視することで2人の幸せは成立する。社会に生きる大人ヒロインの話なのに、最終的に社会から隔絶して恋愛脳で生きているように見える点も『お迎え渋谷くん』に似ている。メリーバッドエンドというか割れ鍋に綴じ蓋というか。皮肉を込めて「お似合い」としか言えない点がマイナス評価である。


室で2人きりになったマチと悠人が同級生ごっこで互いの欲情を昂らせた後、悠人は咲と別れる。それは咲が望んだようなキスを悠人はしてくれないから咲が別れを切り出した。マチと悠人のキスは感情がぶつかり合ったキス。悠一とマチのキスが想像と違ったように、悠人と咲のキスも違う。

その事実や悠人との関係で頭が混乱し呆然としていたマチは事故に遭う(相手の運転手が悪いが)。距離を置かれてからも毎日スタンプだけは送っていたマチが悠一に連絡を入れなくなって10日目の出来事で、悠一はマチの同僚・坂下(さかした)経由で事故のことを知る。

マチの怪我は命に別状はないのだが かなり重症。しかし怪我よりも彼女は精神的混乱で憔悴している。そのため悠一が保険の対応などをしてくれる。そして彼はマチのために病室を個室に移動させようとする。個室なら見たくない物を投影するようなベッド周辺のカーテンがないからだろうか。

人はカーテンに意識を投影する。高校生のマチは理想を、悠一はマチが離れていく恐怖を。

こにきて悠一はマチを追う。それは かつてマチが望んでいた悠一のハンターの本能が働いているように見える。だがマチは もう自分の感情に気づいている。だから悠一に追われても嬉しくないし、謝るばかり。
そして自分が誰を想っているかを口にする。だが悠一は それに気づいていた。特に悠人の気持ちは。でもマチの気持ちは悠一という「千葉くん」起源のものだと彼は訴える。そうして目を覚まさせることで自分の方に振り向かせようとしている。悠一にしては強い執着である。

同日、坂下が見舞いに来た時には大人は状況と本心が別、と言われ、悠人への気持ちを自制し続ける方向を促される。

その夜、悠人は窓から病室に忍び込む。窓から というのが悪魔や死神みたいである。そして彼は最後の選択の義務はマチにあると告げる。これはマチが流され続けないためだろう。そして悠人もまたマチと同じく、相手にハンターとしての本能を見せて欲しいのだろう。


退院後、マチは悠一の部屋を出るために荷物整理をする。その際に卒業アルバムが床に落ち、マチは悠一のことが ずっと好きだったと、綺麗に別れるための言葉を並べる。恋に落ちたのは教室で当時の彼女とキスをしているのを見た時から。だが悠一は そんな事実はないという。

カーテンの裏はマチの見たかった光景が広がっていただけ。乱れた髪を起点にしてマチの妄想が広がった。あの時、恋に落ちたスコーンという音も、抱き続けた初恋もマチの妄想の産物。悠一のことを よく知った今なら悠一は教室でキスなどしないことが分かる。

マチが怪我から復職すると年度が変わっていた。もうマチは悠人の担任ではない。彼女は悠人を忘れるために推し活に励むが、スコーンは到来しない。そして悠人にとって初恋が綺麗なものであるように願い、距離を取る。

だが ある日、教室の窓辺で女子生徒とキスをする悠人を地上から見つけて、マチは欲情する。階段を駆け上がり、悠人を呼び出し、そして2人きりになった教室で欲情をぶつけ合うようなキスをする。結局、本質的に似ている2人なのだ。本能と言われてしまえば もう色々と言えなくなってしまう。

「描き下ろしオマケ」は悠人が大学生になった未来の話。2人は交際しており、マチは束縛魔になる。しかし こういう作中で2つの交際を描いた時、ヒロインの、本気の方と当て馬の方での交際の態度が違うのが残酷だ。悠一の時は こんなことしていない。