相原 実貴(あいはら みき)
青天大睛(せいてんたいせい)
第02巻評価:★★(4点)
総合評価:★☆(3点)
片寄(かたよせ)先生に子供がいたのを知って大ショックの亜子(あこ)。でも、先生が正直に自分と向き合ってくれたことで、ますます先生が大好きに。そんな時、亜子は夏休みのバスケ部合宿情報をキャッチ。朝から晩まで先生といっしょ…! な、スバラシイ日々のため、真剣に期末試験に臨んだ亜子だけど、がんばりすぎてテスト中にフラフラに…。ところが、片寄先生にムリヤリ連れていかれた保健室で、なぜか先生が亜子にキスをして…⁉
簡潔完結感想文
- 作者が、亜子と片寄を読者から嫌われさせようとしているとしか思えない展開の連続。
- マネージャー業を放棄して先生の周辺事情を探るだけの夏期合宿。仁科に土下座しなよ。
- 失恋後に部活に用はない。恋をしていれば無敵だけど、恋をしていなければウザい存在。
20世紀の教師モノは、男性側の倫理観が崩壊している、の 文庫版2巻。
教師モノや年の差モノというジャンルは21世紀でも少女漫画の人気のジャンルだと思うが、21世紀に入ると、現実世界で成人が未成年者に手を出すことに厳しい視線が送られるようになったことも影響し、彼らが法律に触れないように細心の注意が払われるようになった。強引なキスをしないし、性行為も相手が高校を卒業してから というのが不文律となっているように思う。
だが20世紀は違う。SNSはもちろんネットも発達していない時代においては読者層が限られ少女漫画界は独立していた。だからこそ2000年前後に過激な性描写を競うようになったり、独自の風習が存在していた。しかし その後 行き過ぎた描写の反動とネットの発達によって少女漫画界に第三者の監査が入る状態となると常識的な作品が多く作られるようになった。
このように20世紀と21世紀の少女漫画は常識が違う。そして本書は1999年~2000年の連載の20世紀の作品である。だから現在(2024年)の感覚で読むと、なんで? と思う部分が少なくない。
その代表例が文庫版『2巻』でヒロイン・亜子(あこ)を苦しめる教師・片寄(かたよせ)の戸籍の問題である。『1巻』で片寄は亜子に対し「奥さん」はいない と言っていたが、今回それが事実上いないだけであることが判明する。彼は配偶者と離婚しておらず、亜子は無自覚に不倫をしている状況に立たされてしまったのだ。この展開には驚いた。
おそらく少女漫画的には片寄が結婚を維持していることはヒロインにとって恋の障害として用意されているのだろう。今の亜子は両手に花、の状態で片手に年上の片寄、そして もう一方にタイジという年下の男子がいる。このどちらにも様々な問題を用意することで作者は物語に波乱を巻き起こそうとしたのだろう。タイジの方は二重人格で、自分の思うままに事が進まないと暴れ出して手が付けられない。じゃあ片寄は常識的かと言うと そうではなく彼は二重交際をしていた(しかも不倫)。
片寄との恋を盲目的に信じている亜子の姿も痛々しいが、タイジも片寄も自分勝手であることが分かり、どこに この恋愛に憧れる要素があるのか分からなくなった。
本書が20世紀的なのは、片寄が全ての真実を亜子に伝えないまま、彼女に手を出した、という事実である。21世紀で同じ設定で物語を描くなら、片寄の行動に細心の注意が払われるところだろう。どんな理由があろうとも彼が結婚という法律上の立場がある内は、絶対に亜子に手を出してはならない。それは教師という立場以上に気を遣わなくてはならない部分だ。
なのに彼は亜子に自分から手を出す。自分が言うべきことも言わずに。2回も。教師モノ作品は、年齢差や立場が違うからこそ容易に近づけないことが苦しくなるのだが、本書の場合は、オトナ男子であるはずの片寄も幼稚で簡単に理性を壊す。ただでさえ亜子が嫌いな読者が多い上に さらに片寄まで好感度を下げにきている。これまでの亜子の愚行の数々は恋で暴走したとフォローできる範囲だが、片寄が卑怯であることはフォローすら出来ない。顔が良いだけのテキトー人間と認定して良いだろう。
20世紀の教師モノと、その教師が相手となる生徒のことを全く考えていない点で、上田美和さん『Oh!myダーリン』を思い出した。両作品とも最初はヒロインより大人で、彼女の暴走を生温かく見つめる立場だったヒーローが とんでもない行動をしでかすことで史上最低の存在に堕落していくという点が似ている。
少女漫画の感想なんて仲間内ぐらいでしか共有しない時代だから、リアルタイム読者が楽しめる内容であれば少々の疑問点は無視されていたのだろう。
ヒロインもヒーローも好きになれない物語も残り1冊(文庫版)。頑張って最後まで読むんだ、と自分を励ましたくなるような作品である。それにしても この文庫版2巻の表紙は誰なのか。右は沖野(おきの)だろうけど、左は亜子の弟の克巳(かつみ)? なぜ金髪なのか。
風邪回で聖母となった亜子は その御礼として片寄と一緒に昼食を食べる権利をゲットする。
看病に疲れ果てて亜子が片寄の家で眠ってしまった翌朝、マネージャー・仁科(にしな)と男子バスケ部員・沖野は早朝から片寄の家の前に張り込んでいた。間もなく亜子が片寄の家から出てくる場面と、彼の家から男児が顔を出す場面に遭遇する。本書は このように隠したいことから周囲にバレていく。そういうシーンが不自然に多い。
実は片寄のことを中学から好ましく思っていた仁科は、片寄の名誉のために、隙の多い亜子の行動を注意する。おそらく ここの仁科の役割は生徒と教師(またはコーチ)ということで一線を引いていた過去の事例で、亜子だけが片寄に接近を許される特別感を演出するためだろう。
片寄と昼食を一緒に食べるというだけでも亜子にとっては特別。まるで命懸けの行動のように彼と会えるまでの苦難に立ち向かう。そんな一途な亜子の態度に片寄の心も少しずつ動き始める…。
夏休み中に男女バスケ部は1週間の合宿を予定している。亜子にとってバスケ部は片寄との交流の時間でしかない。
本書では いつも亜子に試練が用意されており、今回は合宿前にある期末テストで赤点を5つ以上取ると補習となり合宿に参加できない、というもの。試験1週間前にもかかわらず試験の日程も赤点情報も知らなかった亜子。これは試練でもなく亜子のテキトーさが原因。彼女が失敗しても誰も同情しない。片寄以外は。
だが試験日と生理が重なってしまい、亜子は痛みに耐えながら試験を受ける。体調は悪化し続け、それでも亜子は片寄との合宿のために無理をし続ける。そんな彼女の無理と努力を見届けて、試験終了後 試験監督だった片寄は亜子を抱えて保健室に連れていく。相手の体調不良に気づくのは、その人を見続けている証拠。見つめて平時との違いを比べないと出来ない好意からの発見である。
その好意の証のように、片寄は連れて行った保健室で亜子にキスをする。亜子が誘い水を出した形であるが、ずっと一線を引いてきた片寄が動いたことは歴史的な快挙だろう。でも片寄からのキスの真意が分からず、亜子は ずっと片寄のことで頭がいっぱいになる。だから亜子は片寄が接近しただけで大騒ぎ、だけど片寄が いつも通りだと大落胆。って この場面、仁科が近くに居るんだから匂わせるような発言を片寄は出来るはずがない。そういう状況が理解できないで勝手に落ち込むような人間を私は好きになれない。
そして せっかく片寄と2人きりになっても亜子は自分が傷つきたくないから先回りしてキスを「たいしたことない」と自分から その価値を下げる。片寄が それに納得してから前言を即座に撤回するのも無駄なターンだ。それなのに片寄は亜子の真っ直ぐな気持ちに すぐに心が動いている。26歳の片寄からしてみれば いちいち大騒ぎする亜子のような人は子供の代表例に見えると思うのだが、片寄は こういう女性が好みらしい。勝手にしてくれ。
2人の関係の変化に気づくのが、亜子に想いを寄せるタイジ。というか この漫画、情報がいちいち関係者に筒抜け過ぎる。
ただタイジもまた好意から亜子の変化に気づきやすい人なのは確かだ。そういえばタイジの二重人格や暴力性は亜子の弟・克巳(かつみ)は知らないのか。あと片寄に比べて背が低いタイジが「いーじゃん ジャニーズみたいで」なんて言われているが、こんなことが書けるのも20世紀の作品だからだろう。もしネット・SNSが発達していたらファンが集団で作者を力の限り袋叩きにするだろう(匿名で)。
亜子と片寄のキスの情報を知ったタイジは暴力的な一面が出て、片寄に勝負を持ち掛ける。片寄は この勝負に負けると教師による生徒とのキスのスキャンダルをタイジに拡散されてしまう。対等な勝負ではなく脅迫でしかない。男同士が1人の女性を巡って戦う。夢のようなシチュエーションだが、3人が3人とも最低なので いまいち盛り上がらない。
勝負は片寄の勝ち。負けたタイジは自分と亜子のキスの情報を片寄に教えて、亜子の出現と共にキレモードが終了する。タイジがキレるのも戻るのも今は亜子次第なのだろうか。恋が上手くいかないと思うと暴力タイジになり、亜子を目の前にすると天使に戻る。この人も幼稚なのだろう。しかし片寄にはタイジの精神の不安定に亜子が関係していることが分かり、高校生同士の恋を見せつけられて、片寄の姿勢は また一歩 後退する。
合宿に亜子は旅行気分で参加しており、片寄に 良く思われたいため衣装が多い。
そして片寄との距離を感じた亜子は積極的に詰める。そうして会話の機会を設けてみると片寄がタイジに嫉妬していたことが判明し、亜子は有頂天になる。合宿で2回目のキスをする。
キスをするにしても せめて片寄が教師でないプライベートな時間にだけ恋愛が発展するとかの徹底した一線が設けられていて欲しいが、皆が本能のままに動く本書に そんな繊細な設定はない。それは亜子のマネージャー業の放棄も同じ。彼女を好ましく描くためにもマネージャー業を放り投げて恋愛に生きる描写は止めて欲しい。そして片寄の場合、プライベートな問題が片付いていないのに手を出したことは大きなマイナスである。片寄が格好良くないのが本書最大の欠点だ。
だが有頂天に達すると、叩き落されるのがヒロインの宿命。この合宿所を使用する別の学校の教師の中に片寄の「奥さん」である燿子(ようこ)が登場する。この燿子は わざわざ言わなくていい情報を自分から言う嫌な女で、彼女によって沖野、そしてタイジが片寄が既婚者であることを知ってしむ。
そして亜子と燿子の初対面となるのだが、亜子の側にいた片寄は「燿子」と呟くものの亜子に説明をしない。これは この後に亜子が「夫婦」2人の会話を立ち聞きしてショックを受けるために必要だからだろう。そして亜子は自分の都合のように片寄は「奥さん」と離婚していると思い込んでいるが、離婚したという話を聞いた訳ではない。その可能性に亜子も思い当たって、少し前に片寄が亜子に言い淀んでいたことが、自分がまだ既婚者である事実なのではないかと不安になる。
不安が渦巻く中、亜子は燿子と2人きりになり、彼女から結婚指輪を見せられるというマウントを取られる。
だが女同士の戦いに亜子も怯んでばかりではいられない。現在 劣勢であるのは燿子という事実を亜子は的確に把握し、彼女に嫌味を告げるだけの芯の強さ(または性格の悪さ)を見せる。そこからの亜子は片寄のプライベートの詮索に忙しく、合宿や部活での務めを果たさない。だから彼女は嫌われる。性格の悪さや意地悪を自覚している分、燿子の方がマシじゃないか?
一度は勝負に負けたこともあり片寄に亜子を任せる気になったタイジだが、彼の既婚情報と、亜子が悲しんでいる現実の前にしてキレてしまうる。そして いきなり片寄を殴る。これもタイジが亜子の幸せを願うからだとは分かるが、間違っている。そして亜子もタイジの気持ちを考えないまま、「よりによって片寄先生 殴るなんて… サイッテェエ!」と片寄の名前を出してタイジを一方的に責めてしまう。どこまで おめでたい恋愛脳なんだ、コイツは。
片寄を良い風に捉えたい亜子は、タイジの忠告も無効化する。それに苛立ちタイジはセクハラめいた発言をし亜子を怒らせる。だが これまでなら亜子に殴られたら正気に戻っていたタイジが変わらない。どうやら亜子を全力で奪いに行くと決めたタイジは もう天使には戻らないようだ。
そして片寄は、人間関係を把握した燿子に脅迫されていた。亜子との関係が露呈して一番 被害を受けるのは亜子。そう遠回しに燿子に関係の暴露を匂わされて片寄は燿子の言いなりになり始める。近づいたら遠のき、遠くからでもピンチには駆けつける。それが本書である。
大きな騒動があった合宿が終わる。
合宿終盤から片寄に会えなかった亜子は部活の名簿を使い、片寄に連絡を取ろうと試みる。その電話に出たのは燿子。彼らが同居している可能性を見せつけられ、亜子はショックを受ける。
そんな苦悩を助けてもらいたいのは当の本人の片寄。亜子は彼に会いに学校に走る。だが この時の片寄は、亜子の安全を守るため彼女と距離を取ることを決めていた。こうして亜子は片寄から確かな言葉をもらえないまま、一線を引かれてしまう。
失恋が確定的になったらバスケ部に用はない。なので亜子はマネージャー業を放棄して遊び惚ける。『1巻』での男子バスケ部にかけた迷惑とか もう彼女の中では存在しないようだ。嫌いだわー、心底 嫌いだわー。仁科が亜子を殴ってくれないかしら。
バスケ部から片寄から距離を取って渋谷で遊ぶ亜子。だが そこで同級生たちにイジメられる片寄の「ムスコ」である潤(じゅん)を目撃し、彼を助ける。潤の前では聖女になれるようだ。超名門私立小学校に通う潤は、父親と同居していないことでイジメの対象になっていたようだ。そして潤を自宅に送り届ける間に、亜子は片寄の半生を知る。両親と死別し、特殊な環境で育った片寄の孤独を知った亜子は、彼を救うと呪文のように聖母になることを誓う。その言葉は潤を通して片寄に届く。やっぱりヒロインの聖母の力は無敵らしい。
片寄の孤独を知った亜子は部活に戻る。一応 罰は受けるが、部員から信用されていない自分勝手なマネージャーなんて退部させればいいのに。ただし今の亜子は片寄のことを あきらめるように努めていた。ちゃんと あきらめられるまで彼と離れないというのが亜子の覚悟みたいだ。こうして2人の距離は また広がる。