《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

他人のコトなど絶対に気にかけなかった上級国民も恋を知り 思い遣りを学んでいく。

君のコトなど絶対に 4 (花とゆめコミックス)
田中 メカ(たなか メカ)
君のコトなど絶対に(きみのコトなどぜったいに)
第04巻評価:★★★☆(7点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

自らがかけた「呪い」を解き天真と向き合うため変わろうとする礼央。同じ頃、天真は礼央に対する自分の気持ちの変化に戸惑っていて…。一方、天真を手に入れたい薔薇王と礼央を想う東条会長が共同先生を張り!? 復讐から始まった物語は加速し始める──。リリカル★復讐ロマンス感動の最終巻!!

簡潔完結感想文

  • 恋を知った僕たちは時間差で挙動不審。輝き出す日々と約束された絶望。
  • 興味から始まった薔薇園の想いは本物に昇華する。潔い撤退も彼の成長。
  • 10年前の育ちや力関係の差は今はない。君のコトを絶対に放さないから。

白と成長は少女漫画の重要なエッセンス、の 最終4巻。

繰り返しになるが復讐モノというジャンルの本書の内容が清々しく感じられるのは、作中でずっと彼らが成長しているからである。主人公・礼央(れお)が10年前に復讐を誓った時から彼は自分で運命を切り拓く力の獲得を願っていた。そして復讐相手の天真(てんま)も礼央と10年ぶりに再会する前後から没落令嬢となっており、礼央と再会するまでは流されるままに生きていた。だが礼央と再会し、彼に手を引かれることで自分の人生を自分で切り拓こうとする。家柄や周囲の期待と自分を切り離すことに成功し、彼女は目的に向かって歩き出す。

再会した彼らが互いに感じたのは相手の真の強さではないか。高嶺の花と称えられた天真は、疾風に耐える勁草であった。そして天真も、礼央の素顔が人のために動ける人間であることを知っていく。だから彼らは惹かれ合った。復讐で結びつけられていた2人だが、その相手に好かれようと/相手を好きになろうとする特殊な関係性の中で強さと優しさを知った。そして2人は これからも互いを守れるだけの力を持てるように成長し続けることを誓う。それを見届け立ち会うのはペットの役割である。第三者の目に正しく映ることを誓うから彼らの愛は いつだって清々しく感じられる。


て、本書は このように変わっていく2人を描いた作品であるが、本書は他にも上級国民の変化を描いているのではないかと思った。

それがセレブ校・玄武高校の生徒会長・薔薇園(ばらぞの)である。礼央が悪い人になり切れない善人であるならば、薔薇園は悪い人に見えない悪人だったように思う。天上天下唯我独尊の人で初登場時には天真の弁当箱を手で払うような人の気持ちの分からない人だった。しかし この『4巻』では恋を知り変化して、彼が自分勝手から卒業しているように見える場面が何度もあった。それが人の気持ちを理解するという経験を経て、誰かを庇ったり、大切に想ったり、そして その大切な人の気持ちを優先したり出来るようになったように見えた。今の彼なら絶対に他人様の弁当を手で払ったりはしないだろう。

何かを心から欲すること、それでも叶わないこともあることを薔薇園は この恋で学ぶ。

薔薇園が天真への執着を諦めない限り作品を続かせることは可能だっただろう。でも彼がスッパリ手を引くことが彼の成長を感じさせる、という逆方向から薔薇園の変化を描いているのが大変 面白かった。作品は礼央や天真の成長がメインだから気づきにくいが、薔薇園の変化もしっかりと描かれている。

白泉社作品的には薔薇園こそヒーローに一番 近い男ではないか。この世界の最高権力者と恋に落ちるのが白泉社ヒロインの宿命。生徒会長の他にも音楽の才能やパティシエなど専門分野、はたまた一国の帝など、才能と権力を持つ者のことが白泉社ヒロインは大好きである。
しかし本書の主人公は天真ではなく礼央。だから天真に白泉社ヒロインのルールは適用されない。それは天真が没落令嬢となったから自由を得たのと似た構図である。もし本書が天真ヒロイン(主人公)の作品だったら、恋の相手は薔薇園だっただろう。そもそものスタートが違うし、そして天真は自分の生き方を選び転校し、薔薇園の圧倒的な白泉社ヒーローの影響から脱出している。

本来はヒーロー属性である薔薇園がフラれるという結末も面白かったし、そして上述の通り、薔薇園が天真を想って潔く身を引くという姿勢こそが彼の成長の到達点のように思う。学校生活では何でも出来過ぎて興味の持てなかった薔薇園が天真に興味を示し動き出し、そして薔薇園家の跡取りとして自分の選択に不自由を感じていた彼が何かを心から求めるという経験をしている。
そして最終的には薔薇園もまた自分らしい生き方を選んだようだ。10年後を描いた「特別編」では自分のパートナーは自分で決めたことが描かれているし、そのために ひ弱な自分の精神と肉体を鍛え直している(もうアラサーだろうに)。

巻末ごとにダイナミックな変化が描かれているのが本書の構成の秀逸な部分だったが、もう一つ薔薇園にも静かな変化があった。この3人の(元)セレブ校生徒の成長が ずっと描かれているから本書は楽しいのだと改めて実感した。


れまで『1巻』ラストでは舞台となる高校の転校、『2巻』のラストでは礼央の心境の反転、そして『3巻』のラストには天真の気持ちの自覚と、大きな転換が用意されていた。『3巻』冒頭は自分の復讐が好意であることを自覚した礼央が挙動不審になっていたが、今回は その逆である。

そんな頃に企画されるセレブ校・玄武と公立校・朱雀の合同合宿。礼央は2校の架け橋として、天真は薔薇園への切り札として合宿に参加する。この頃の礼央は意識的な「天使の笑顔」ではなく、その人柄が自然に溢れ出る表情を見せる。その本物感が天真の心を動かすのである。そして以前のように いちいち天真の心の現在地を確かめない。それに礼央は天真への悪逆非道が、彼女が自分を避ける原因だと思っている。

この夏合宿で大事なのは2校の生徒会長同士の密約かもしれない。そして この合宿での薔薇園の行動に彼の変化を強く感じる。天真を意のままに動かそうとして、実際に天真が薔薇園の要求を聞こうとすると彼は身を引く。そして2人が起こした騒動の責任を自分が被る。本当は天真が礼央のために行動しているのに、それを秘匿する。天真に恩を売るなどという打算的な考えではなく、騒動の責任の一端が自分にあるとちゃんと理解しているからだ。薔薇園らしからぬ言葉の濁し方に彼の中に人の心が芽生えたのではないかと思う。


央は亀との距離を縮めることに努める。少女漫画においてトラウマの解消は恋愛の解禁。特に本書の場合は それが直結している。礼央の亀嫌いなことは天真の罪悪感になっており、礼央の克服が天真を呪いから救うことになる。

だが お互いを待っているのは破滅。天真が礼央の自然な魅力に魅了されるように、礼央は恋を知った天真の内面からの輝きに参っている。しかし互いの恋心なんて察知できない鈍感な2人は、告白したら断られる未来しか描けない。

その膠着状態の中、薔薇園が最後のアタックに出る。天真とのデートを申し込んだのだ。そして礼央は それを朱雀の生徒会長・東条(とうじょう)と尾行する。こうして2組のカップルのデートが自然と成立する。これは2校の生徒会長同士の密約でもあった。
デート先は遊園地。両家の子女である2人は初めての体験で盛り上がる。それを見せられると礼央は越えられない「育ち」の壁を痛感するだろう。一方で東条は役得を感じつつも、礼央に勢いで告白する。登場は2人の恋心を見渡せているので、自分に望みがないことは百も承知。告白後は礼央を応援する。


がバランスを崩した東条を礼央が助ける際、抱擁のようになった状態を天真に目撃されてしまう。2人が そういう関係であることにショックを受けた天真は涙を流す。その涙の意味を礼央は理解できなかったが、東条に、礼央のことが好きだから、と教えられて、彼女を追いかける。例え自分でかけた呪いであっても姫の呪いを解くのは王子様の役目である。

天真を発見した礼央は往来の真ん中で、古典的なナンパに引っ掛かったり、両親から与えられたスマホを持ち歩かない彼女に文句を言うのだが、人目が気になり観覧車へ退避する。やっぱり少女漫画の遊園地と言えば観覧車である。
向かい合った2人だが、天真は礼央の幸せを願いながら涙する。それは礼央がかけた呪いそのもの。だから呪いを解くために まず彼女への好意を口にする。そして これまでの自分の心理の推移、嘘、見栄、その全てを天真に話す。

本来なら そうして洗いざらい話した後に天真の気持ちを聞いてハッピーエンドでも良いはずだ。しかし礼央は天真の今の気持ちが自分に操作された感情だと考えていた。だから彼女の心を全てをリセットした現段階から、天真に自由と考える時間を与える。ここは礼央のフェアな部分だろう。そして それでも自分を選んでくれるなら、自分の愛は天真を縛ってしまうことも予告する。かつて天真を支配していた家柄の縛りと同じように、どちらを選ぶかを提示して天真に選ばせる。

告白の儀式を終えた2人が別々に行動したことを間諜のGG先輩から伝えられた薔薇園は最後に天真と向き合う。家柄を第一にする彼にとって天真との恋は最初で最後の自由な恋愛である。自分が好きになった人が、薔薇園家にとって悪くない家柄であることは僥倖と言うしかない。だから彼は天真を諦めない。

天真に話を聞くと彼女は怒っていた。自分に生まれた感情を礼央は「勘違い」だと勝手に認定した。それでも天真は自分の感情を整理してもう一度 礼央に向かい合おうとする。その高潔さが彼女の魅力だ。薔薇園は最初で最後の恋だと言いながら、徹底的に彼女の相談相手に徹している。気持ちを一方的に押し付けるだけではいかないことを彼も学んだのだろう。


セット状態の礼央たちだが、礼央に退学危機が訪れる。それは合同合宿で礼央の尻に「模様」があることを見た玄武側の生徒を発端に、礼央は背中一面に刺青が彫られているという噂と画像が出回ってしまった。
何だかんだで礼央は今をときめく大企業の息子。ライバル会社によって噂が改変され、印象操作で自主退学を余儀なくされる可能性もあった。まぁ礼央が上半身裸になったことは何度かあるし、目撃者もいるので あまり信じられるような内容ではないと思うが。

礼央が復讐の誓いとして尻の傷を消さなかったことが大きな騒動となってしまう。というか礼央にとっては天真との一つの思い出なのだ。だが礼央は それを天真が知ったら どう思うかに思い当たる。想像通り、彼女の罪悪感は倍増していた。
そこで礼央は放送室に侵入し、全校生徒に向けて自分の尻に傷があることを公表する。そして それは恥じることのない「大切な思い出」だと話す。そもそも この頃の礼央は無意識が見せる夢の中で亀はもう恐怖の対象ではない。これは遠からぬ未来に彼が亀への苦手意識を完全に克服することを意味するのだろう。
そしてこの放送を聞いた天真は やっぱり礼央が好きであることを自覚する。彼女にかけられた呪いの茨だが、その茨には花が咲こうとしている。

かつて恋心が復讐心に反転したように、醜悪な傷跡もまた大切な思い出に反転していく。

放送室を使った礼央の行動は騒ぎとなり、礼央は彼らを鎮めるためにも尻を出して目視してもらおうと考える。それを阻止するのは天真。彼に壁ドンをして行動を止めさせ、それを見せたくない独占欲が自分の中にもあることを伝える。天真にとっても礼央との大切な思い出なのだ。天真は彼に気持ちを伝える。礼央がかけた呪いは天真を守ろうとしたもの。そして今度は自分も礼央を守ると美しい呪いをかける。それは呪いではなく誓いだろう。その天真の言葉に礼央は涙する。それは10年前の礼央が自分にかけた呪いが解かれた瞬間でもあるだろう。自分も彼女も騙した あの日の誓いを ちゃんと天真は理解してくれた。あの日 流した悔し涙は、2人の成長によって嬉し涙に変わっていく。
ここで天真も礼央を守ると言っているのが良い。令嬢ではなく一人の人間として歩き始めた天真は一方的に守られる存在ではない。成長すること、自立することは誰かを守る力を得ることでもある。育ちや家柄という違いは克服し、性差なく等しくなるのが良い。


想いになった後、順序は逆になってしまったが天真は薔薇園に自分の気持ちを伝えに行く。薔薇園は天真の本気を感じ、あっさりと引き下がる。だが態度は軽薄に見えても彼の恋心は本物。天真に跪(ひざまず)いて その手の甲にキスをする。それぐらい彼にとって天真への想いが自分を変革させたのだろう。

その後、初めて礼央と天真とのデートが実現。ただし天真の意向でバルゴの散歩となる。デートらしくない日常と地続きな内容に礼央は不満だが、彼女と恋する気持ちが等しいことを知って安心する。こうやって いつまでも2人はドキドキし続けるのだろう。
そして礼央は自分が亀に慣れ始めていることを天真に知らせる。礼央と亀の接近は、天真の中の罪悪感の残量であろう。礼央が亀に触れる時、天真は完全に解放される。

そんな2人の捻じれてしまった関係を見てきたのが飼い犬のバルゴであった。そして これからの2人を末永く見つめ続けてくれるのが飼い亀のリブラの役割になるようだ。最後に天真はバルゴが あの10年前の犬だということを知る。天真を守ろうと思った時にバルゴがいて、天真を愛そうと思った時にリブラが来た。描き下ろしのバルゴとリブラの交流の様子の変化が泣ける。

そして そこから10年後。天真は目標に定めていた獣医になっていた。彼女は両親の訪問販売と一緒に行動しているようで離島にいることが多い。獣医としての仕事を優先するから礼央には会えない日々が続く。だから礼央が会いに来る。ずっと変わらることのない愛を伝えに。