《漫画》宇宙へポーイ!《小説》

少女漫画と小説の感想ブログです

復讐相手は没落令嬢の元・高嶺の花。僕以外が君をイジメるコトは絶対に 許さない。

君のコトなど絶対に 1 (花とゆめコミックス)
田中 メカ(たなか メカ)
君のコトなど絶対に(きみのコトなどぜったいに)
第01巻評価:★★★★(8点)
 総合評価:★★★☆(7点)
 

幼少期、老舗百貨店の娘・天真(てんま)にプライドをずたずたにされた成金企業の息子・礼央。復讐を誓ってアメリカで過ごし早10年。帰国していざ再会した天真は、実家が倒産し一文無しになっていて…!?

簡潔完結感想文

  • 復讐に燃えていた相手は10年で没落。ならば恋愛面で有頂天から叩き落すまで。
  • 君を苦しめる特権は僕だけのものだから、遠い親族ではなく僕の家に住もうか。
  • 早くも登場する礼央を苦しめる上位存在。でも復讐と成長は決して止まらない。

イトルの時点で主人公の負けは確定している 1巻。

本書は男性主人公が10年前に受けた相手に屈辱を晴らそうとする「リリカル復讐ロマンス」である。ただし主人公・礼央(れお)の計画は初歩から失敗する。何の苦労も知らずに育った令嬢・天真(てんま)を10年間で努力して獲得した男子力によって夢中にさせようという計画だった。なんと礼央は彼女の死まで望んでいる。その死因は「ときめき死」である。「さあ ときめいて死ね…」という言葉は なかなかインパクトが強い。ただし人を呪わば穴二つ。その呪詛は自分に返ってくるし、早くも礼央の方が ときめいて死にそうである。

習得した あざと男子のテクニックを披露する礼央。しかし彼は こじらせ男子でもある。

この10年で天真の実家は没落していた。人生の最上段から転落させることこそ復讐の醍醐味なのに、彼女は苦労を味わい地べたに ひっそりと咲く花になっていた。それでも彼女という花の天性の輝きは失われていない。そして10年前とは立場も能力も逆転している関係だが、変わらないのは礼央が天真の心を欲しいと願う気持ちなのではないか。


のように本書の主人公・礼央は明らかに「こじらせ男子」である。彼は受けた屈辱を忘れず、この10年 その復讐の手段を得るために生きてきた。それはつまり天真を心の支えにしてきたことと同義である。5歳から15歳の10年間は実は永遠に等しいほど長い時間。それでも彼は天真にされたことを忘れなかった。きっと忘れたくなかった。10年も努力を続けてこられたのは そこに動機があったからだ。

そして こじらせて いるからこそ礼央は天真を守る。それが自分以外が天真をイジメることを許さないという姿勢になって表れる。例えば1話では天真の遠い親族が彼女の縁談を進め、結納金などを中抜きしているのだが、礼央は「天真への復讐」という名目で天真と親族を引き離す。彼女が第三者に搾取されたりイジメられたりするのは許せず、彼女の涙は全部 自分の言動の中で生じて欲しいと願う。それは強烈な独占欲である。

そして この復讐が果たされるまで礼央の成長は続く。メインの舞台となる学校内で自分より地位も能力も高い生徒会長に対しても礼央は反抗する。この10年の努力が少しも通用しなくても彼は天真を諦めたりしない。やはり それだけ礼央にとって天真は生きる強烈な動機になっている。


真の中に お嬢様らしい朗らかさと自分の意思を通そうとする強さがみられるように、礼央は腹黒ヒーローのようで とんでもない純真さを その心に秘めているように思う。色々と理由を付けてはいるものの、彼の行動の全ては天真のため、という徹底した信念がある。そう考えながら再読すると読書の中で見えてくる景色がまるで違ってくる。だから本書は二度読んで楽しい作品だ。

展開が早いのも とても良い。白泉社作品だからセレブ学校の個性的な人々との交流や事件を描く日常回で連載を重ねることは可能だっただろう。そして最後に登場する生徒会長の個性をもってすれば、彼と礼央の小競り合いだけで1巻分は描ける。この作品で通算30冊目となった作者ならば そういう連載形態も可能だろう。

だが作者は あっという間に2人の中にある嘘を暴かせるし、最後には作品の舞台まで変えてしまう。それはきっと本書が復讐の物語なんかじゃないからではないか。礼央は復讐という名目で成長を続けていたし、これからも成長していくだろう。


書は天真の物語でもあるところが素晴らしい。没落したからこそ彼女は自分の人生を歩み始めている。これまで着せられていた着物の価値を考え、家系ではなく家計を考えて自分で髪形を選ぶ。そして祖父という前時代の人の不在によって、彼女は現在を生きる女性として夢を描けるようになった。大袈裟に言うのなら女性の解放を描いているとも言える。自分の夢のために動き、自分の生活のスタイルを自分で決めていく。15歳の春は天真が初めて一人歩きする季節であった。没落したから彼女は地面を自分で歩く力を回復した。そこから どこへ向かい、どんな高さからの景色を望むのかは彼女次第である。

天然の殺人スマイルの前では、あざとい天使の笑顔は通用しない。負け確定だよ、礼央

天真の成長があるからこそ舞台は動く。礼央だけじゃなく天真も成長している様子は まるで息の合った二人三脚のようで読んでいて気持ちがいい。恋愛面では天然な部分があるが、天真は少女漫画に散見される愛されるだけのヒロインじゃない。そして天真は礼央の善人の仮面を被った時の言葉を信用しない。礼央が「ときめき死」を狙って言う言葉が刺さらず、スルーするのは天真の感覚の鋭敏さが理由ではないか。その代わりに礼央が本心から言う言葉には天真の感情は揺れている。

礼央とは逆で天真は純白に見えて、その心の中に悲しみや屈辱の黒い色があるのかもしれない。それでも それを見せないようにするのが令嬢の高貴さであり彼女の強さだ。そういう部分が しっかり描かれているから私は彼女に好感を持つ。


愛面では、本書は「当て馬の大逆転劇」という印象を持った。自分の気持ちに素直になれず、気持ちに蓋をして、嘘や悪態をついて、時間をかけて気持ちを正直に認めるのが少女漫画における当て馬。自分の気持ちに気づくのが遅すぎて その人のヒーローになれないのが当て馬の背負う運命。同じ作者の作品なら『キスよりも早く』の翔馬(しょうま)が近いか。

だが礼央の場合は こじらせているだけで誰かに後れを取っている訳ではない。上述の通り彼は10年間、そしてこれからも努力をし続ける人である。そんな彼が魅力的でないはずがない。あとは復讐という名目が反転すればいいのである。


校入学のため10年ぶりに日本に帰国した来た橘 礼央(たちばな れお)。人当たりが良い上に大手衣料品ブランドの子息というステイタスを持っている。だが彼の「天使の笑顔」は処世術。内面は黒い感情で渦巻いている。日本での最大の目的は自分のプライドを粉々に砕いた女・石蕗 天真(つわぶき てんま)へのリベンジだった…。

天真は、父の会社の成長により順風満帆な礼央の人生の中の唯一の汚点。だから帰国早々、石蕗家に乗り込むのだが、石蕗家の家業であるデパートが倒産。家は没落していた。この10年で家同士の力関係は逆転していた。

そんな没落令嬢・天真が頭上から墜落してきたことで2人の再会は果たされる。礼央は心と身体の傷を巧妙に隠して天真に あざとく接近する。だが天然の天真に磨き上げたスキルは通用しない。

この天真には最初から獣医という夢が設定されている。この夢は石蕗家が没落して初めて現実味を帯びる。没落は一般的に見れば不幸なのだが、天真にとっては自由の獲得の機会である。夢のためにも彼女は両親と離れて暮らし、石蕗家に残った威光を利用しようとする親戚に世話になりながら通う地元校からの進学を目指している。


讐の相手が最初から没落していることを知った礼央は差し押さえられている石蕗家の家の中の「お宝さがし」に失敗する様子を見届けて、彼女への復讐を終えようと考える。

だが彼女は高校進学の資金が用意できないと親戚が進める縁談に巻き込まれることを礼央は知る。相手は銀行の頭取の息子。この縁談が進めば家の借金にも目途がつく。それは石蕗家の令嬢としての本来の役割なのだろう。
縁談によって天真の自由や夢が奪われる。その絶望の中に彼女がいる。それは礼央が望んだ天真の姿だ。だが礼央の心は晴れない。彼女の禍福をコントロールするのは自分でなければならない。そのために この10年を費やしてきた。だから礼央は天真の見合い相手を遠くに追いやり、そして今 天真を預かる親族の弱点を追求し、礼央の才覚によって用意した お金で天真の自由を奪還する。

手切れ金を貰って天真を扶養するメリットのない親族は彼女に心無い言葉を浴びせる。だが天真は世話になったことを感謝する。この辺が本物の令嬢気質なのだろう。それでも心無い言葉に傷つき彼女は泣いていた。礼央は その彼女の手を取り、辛い現実から連れ出す。

お金は礼央が用意したのだが、元々 石蕗家の財産というのが良い。天真の「お宝さがし」で実は骨董品が見つかっており、礼央は天真の両親の了解を取り、換金し、親族への手切れ金と天真の高校進学の資金にした。成り上がりの坊っちゃんである自分の立場を使わず、まさに才覚だけで天真の窮地を救った姿が、礼央を親のお金を自由に使う悪い方の お坊ちゃんにすることから救っている。

もちろん天真を自分で泣かせることを諦めていない。だが監禁したお金は見受けと高校生活3年の学費で消失してしまう。だから礼央は天真の生活費は自分からの借金とし、彼女のために世話係という名目を作り、自分の近くに置く。これは これ以上親族に石蕗家が利用されないようにする一手でもあるだろう。

日本での礼央の家は ひとり暮らし。3畳のウォークインクローゼットを令嬢の天真に与え、礼央はご満悦。だが礼央は、不器用で豪胆な天真に振り回される方なのであった。10年経っても、その関係性は変わらない。そして少女漫画において同居は恋愛確定。住む場所を確保するためとはいえ異性を一緒の空間に入れるという決断をしただけで礼央の好意が見える。

下僕と あだ名を付けられるほど天真に振り回されていた礼央が、今は彼女を世話係とする。家業の逆転が立場の逆転になっているのが面白い。そして これによって白泉社作品が目指す、格差恋愛やセレブ学校などの読者好みの設定を変則的にクリアしているのも良かった。


央が10年前に受けた屈辱は、池に落ちた天真を助けようとして自分が池に落ち、そこで亀に尻を噛みつかれたというもの。そのため、亀がトラウマ。実物はもちろん、亀の文字にも拒否反応が出る心的外傷を負っている。だから天真への復讐は亀への苦手意識の克服と繋がっている。

同居して痛いほど理解するのは世話係として天真は無能だということ。だが礼央は怒らない。彼女を転落させるために まずは彼女に信頼感と愛情を芽生えさせようとするからだ。

そんな日々の中、高校生活が始まる。セレブ校の中で没落令嬢の天真は浮いている。だが礼央はそれを好機と考える。彼女の苦境で天真の自分への依存度が高まるからだ。だから礼央は天真のクラス内のイジメも冷静に観察するのだが、悪役令嬢からの毒舌も天然の没落令嬢には通用しない。

礼央も順調なセレブ学校生活を送るのだが、彼の前に10年前の亀事件の目撃者が現れる。天真の尻に敷かれ、そして天真によって尻に傷を負った礼央。その「弱点」を突いてくる同級生だったが、礼央は それに対抗するだけの精神力を身につけていた。しかし彼らが実物の亀を取り出すと形勢は逆転。天真を「ときめいて死なす」はずの礼央が、亀に殺される危機である。

そのピンチを救うのは天真。ここでは1話とは逆で彼女がヒーローになっている。過去の自分が親の立場によって友達を獲得していたことを知った天真は改めて礼央に、今の自分と友達になって欲しいと頭を下げる。それが許されて天真は初めて心からの笑顔を見せる。それは礼央が初めて見る、彼女の本当の素顔ではないか。それは誰をも魅了する殺人スマイル。やっぱり本書で死ぬのは礼央かもしれない。

最後に10年前の目撃者の弱点を握ることで礼央はトラウマを自分と天真だけの秘密に戻す。


3話目から本格的に登場するのが、1話で天真が見合いするはずの相手・蒲生 剛(がもう ごう)。最初は美形という設定だが、その容姿は どんどん地味になっていく。

どうやら蒲生先輩は最初から天真のことを好ましく思っていたらしい。天真は「石蕗の君」として校内でも有名な美少女だった。そして蒲生先輩もまた天真のことを遠くから見つめる一人で、だから礼央の素性や行動を調べていた。自分の周辺を嗅ぎまわる蒲生のことを邪魔に思う礼央は彼を自宅に誘う。

自宅で蒲生と対面した天真は、彼が すっぽかした お見合いの相手だと知り深々と頭を下げる。天真にすっかり赤面する蒲生に接して礼央は不機嫌になり、彼のことをイニシャルから「GG先輩」と呼ぶことにする。蒲生がGG先輩になった時点で彼は当て馬やライバルではなくなったかな。
実際にGG先輩は彼らの同居を天真のために騒ぎ立てない。そして礼央の天真への強い執着の中に好意を見い出す。礼央は否定するものの、天真が没落することで「値崩れ」を起こし、これまで遠巻きに見るだけだった男子生徒が天真に 良からぬ目的で接近することを知ると腹立たしく思う。礼央はそれを天真に絶望を与えるのは自分だという意識からだと思っているが言い訳だろう。


がGG先輩は この学校の生徒会長には自分の天真と礼央に関する情報を与えていた。ライバルかと思われたGG先輩は早くも誰かの下僕になっている。その一方でGG先輩は礼央に秘密を洩らさない代わりに、天真の お宝写真を貰っているのだから、なかなか策士である。二重スパイの片鱗が見える。

ある日、2人は学校で友達として自分で選んだお弁当箱で食事をしようとする。だが それを打ち壊すのが生徒会長で薔薇王の異名を持つ薔薇園 雅臣(ばらぞの まさおみ)だった。印象的な初登場シーンを作りたいのだろうけど、お弁当箱を放り投げる演出は気分が悪い。この時点で彼はヒーローの資格を失っている。
もちろん天真は怒る。相手が誰であれ、どんな立場であれ悪いことをした人には反論する。それが天真だろう。そして彼女が怒るのは この以前と比べたら粗末な お弁当箱と中身に価値を見い出しているから。この学校の生徒が気づかないことに彼女は気付いて、人間として生き始めている。

そんな彼女に興味を惹かれた薔薇園は、理事長の息子でもある立場を利用して天真の身を預かる。それを やんわり阻止しようと礼央は動くが、暇人を自称する薔薇園は彼らの関係性も調査済み。礼央最大の弱点である尻の傷や、彼が本当は天真を嫌っていることも理解していた。真実を見抜かれた礼央は動けず、薔薇園から天真を奪還できなかった。更に薔薇園は実力行使で、礼央の家から天真の荷物を引き上げる。


讐の相手を横取りされた礼央は本気で薔薇園に対抗する。礼央は薔薇園邸の内部を探るために何でもする。だが そんな礼央の行動は薔薇園に筒抜け。薔薇園は礼央より一枚上手なのである。

だから礼央が薔薇園邸に潜入しても、彼はすぐに捕獲される。そして屈強な男に捕まった礼央は天真の前で尻を丸出しにされ、彼女が残した遺恨をまざまざと見られてしまう。その後、協力者の援護で2人は脱出する機会を得る。面白い光景が見られた薔薇園は彼らを執拗に追わない。

こうして1話目と同じように礼央が天真の手を引いて走るのだが、彼は天真の顔を見られない。今の彼女の表情には後悔や絶望の色が浮かんでおり、それを自分は見たかったのだが、今回は自分が与えた絶望ではない。

薔薇園の追及から逃れる安全圏に入って初めて、礼央は天真の顔を見る。彼女は自分の罪の大きさと償いを考えていた。ちなみに天真が礼央の尻の傷を知らないのは、事故直後から天真が風邪を引き、その間に礼央が渡米してしまって会えなかったからである。

礼央は天真にこうして彼の秘匿していた尻の傷は強制的に天真に知られ、彼は自分の計画と心を洗いざらい話す。そして礼央は天真を解放しようとするのだが、天真は礼央のそばにいることを望んだ。高校入学前後の生活で天真は礼央に恩がある。それを自分をイジメることで返して欲しいと自分の身を捧げる。

こうして2人は嘘のない関係の上に立つ。礼央は天真に目的を伝えた上で、彼女を虜にして、そして捨てる。天真も努力で彼を好きになるよう努める。ここから相手に復讐の目的も内容も知らされたオープンな復讐劇が始まる。天真からすれば相手に惚れることと振られることが同義という奇妙な恋愛である。

もう天真は天真爛漫でいられず、罪の意識をもって礼央に接する。復讐は第二ステージに移行する。

どうでもいいけど、礼央が人に抱えられたままパンツを下ろされる体勢だと お尻の傷よりも秘部の方を見えてしまうのではないか(天満視点では特に。彼女が何を見たのか その映像が知りたい(笑))。礼央がメイド服で変装しているのは潜入のためもあるが、この一連の行動で尻が丸出しにならない目隠しのためにスカートが必要なのだろう。さすがに大人バージョンの尻は見せられないか。作者の初期案では、噛まれるのは尻ではなく「局部」だったらしいが、その傷を天真が見るという状況を作るのは難しいだろう。礼央としても恥ずかしさが勝つだろうし。でも18禁作品として制作して、完全に礼央に心を奪われた天真が、いざ その時になって、礼央の傷を見て自分の罪を知り、礼央に愛される資格がないと絶望する展開も面白かったかも。いざ性行為に至ろうとすると互いにトラウマが爆発して、永遠に清らかな関係の2人。