ヒナチなお
藤原くんはだいたい正しい(ふじわらくんはだいたいただしい)
第09巻評価:★★(4点)
総合評価:★★☆(5点)
彼氏の藤原くんは激アマで……ついに完結! 彼氏になった藤原くんは、想像以上に甘い…♪ 晴れてカレカノになったヒツジと藤原。夢にまで見た藤原くんの彼女ポジは、想像以上に甘すぎて、嬉しいやら、こそばゆいやら…。“恋愛対象”になることに慣れないヒツジは、緊張の連続で―――!? ゆるキャラ女子×悟り系男子のLOVEレッスン完
簡潔完結感想文
- 生徒会長から交際のお知らせと威圧で平和的解決(白滝の時はどうなんだ?)
- 好きな男子に女の子扱いされればもうそれでいい(白滝の時はどうなんだ?)
- 友達にも元カレにも酷いことしたけど 皆と ズッ友でいられるヒロイン特権。
ヒロインと生徒会のお仕事は同じところをグルグルまわること、の 最終9巻。
少女漫画で、紆余曲折のあった恋愛の交際編を描くかどうかは難しい選択である。交際編をダラダラと描いて明らかにピークアウトしてしまった作品も多く思い当たるし、まれに交際編の方が面白い作品もあったりする。交際編こそ作者の力量が試されるといっても過言ではない。
本書の場合、『8巻』中盤からの1.5巻分が交際編にあたり分量は良かったと思う。生徒会長 兼 学校で一番の人気男子生徒の藤原(ふじわら)との交際の余波を描き、ヒツジが平和な学校生活を送るためにも必要だった。女性ライバルのような立ち位置で登場した新キャラによって騒動を起こして、その騒動に乗じて交際を公にするという流れは上手い。
その後も遊んでばかりいられない高校3年生を作中の雰囲気を悪くすることなく1回だけ描き、最後に卒業・卒業後を描くことで この高校でヒツジが獲得した友情と恋愛が永遠になったことを描き切っている。読者の知りたい少し先の未来まで描いてくれたのは痒い所に手が届く感じだ。
…が、大いに失望するのは その交際の描き方である。
作中でヒロインが違う男性と交際する作品は少なくない。私は苦手な展開だけど、そういう作品でも私が上手いなと感心する部分があったりする。その条件は、2人の男性を比べないこと。そして過去の交際を否定しないことだと思う。
前者を回避するために、本命のヒーローとの交際編を割愛するのも一つの手法だろう。これによって作品内では別の男性(当て馬)との交際が唯一の幸せな交際になる。ヒーローとの交際が幸せなのは分かり切っているから描かないことで1回目の交際を偽物にしない、という判断と配慮だろう。そして後者はヒーローへの未練を断ち切れなかった自分をヒロインが認めながら、当て馬を傷つけたことを自覚して、だからこそヒーローとの交際を誠実に進めるという覚悟や心持ちの問題だ。弱かった自分の罪を認めて前へ進もうとする意志が見える。
しかし本書は そのどちらの条件も達成していないように思う。
まず元カレ・白滝(しろたき)の存在を抹消していることに失望と怒りを感じる。彼だって本当にヒツジを大切にして女の子扱いしてくれていたのに、まるで藤原だけがヒツジを愛おしく想っている、というような描き方で疑問を覚えた。結局、ヒツジの中では白滝がどんなに女の子扱いしてくれたって、白滝は自分にとって特別な人間じゃないからノーカウントなのだ。徹頭徹尾、藤原の言動だけがヒツジにとって特別で心を動かす。白滝と別れる時だけ彼に感謝していたが、結局 好きでも何でもなかったので都合よく忘れることにしたらしい。それでいて高校卒業後もヒツジは白滝と交流している。繰り返しになるがヒツジだけ人間関係を少しも壊すことなく この恋愛を享受しているという甘やかされた環境なのが気になる。当初はもっとヒリヒリした痛みの中でヒツジが生きていたと思うが、いつの間にかに彼女が苦しむことのない楽園が成立しただけだった。
そもそも「女の子扱い」のレベルが低すぎる。以前も書いたが、ヒツジは学校内での自分の地位向上、望まないキャラクタからの脱却を目指していたのではなかったのか。それが好きな男に女の子扱いされれば、もう自分の問題は解決した、というレベルで止まっているのが残念でならない。
周囲からの嫉妬を買ってでも藤原(または白滝)と交際するヒツジの姿が見たかったが、白滝との交際は誰にもバレることはなくて、作品は彼との交際を抹消したかのような描写に終始する。そして藤原との交際も、藤原のカリスマ性によってヒツジは治外法権扱いされる。精神的な浮気も、学校内のトップ2を渡り歩いたことも誰からも やっかまれず彼女は恋愛を謳歌する。
『1巻』で確かに立ち上がったはずのヒツジだったが、結局 男に寄りかかって生きているように見えるのが残念。ヒツジがなりたかったのは男受けの良い女、という狭い意味だったのだろうか。小さい親切は重ねて彼女の善良な存在にしたいようだが、それ以上のヒツジの良さや芯の強さが全く見られない作品だった。序盤に少し辛い目に遭ったことを全ての免罪符にしている節がある。被害者であることは覚えているが、加害者になったことは都合よく忘れるという価値観の歪みを感じた。
生徒会の活動による青春や達成が全く描かれないのも気になる。そもそも『1巻』では教師・学校側が人気のある生徒による学校運営で学校の人気回復を図ったのに、その結果は少しも描かれない。私は作者の こういう部分が苦手だ。新年度や卒業時に藤原たちの代の成果を描くことは出来なかったのか。大傑作と比べても仕方ないが矢沢あい さん『天使なんかじゃない』のような青春を期待していただけに、恋愛ばかりの展開に失望した。
白泉社作品のように最初の1年間に生徒会の運営による学校イベントが続いたが、その成果すらも描かれていない。体育祭でのアイデアが生徒から好評だったとか、急遽 立案された修学旅行の肝試しが大いに盛り上がったとか そういう描写は ほどんどなく、いつの間にかヒロインの恋愛イベントとして利用されているだけだった。唯一 バレンタイン企画(『8巻』)は大盛り上がりでフィナーレを迎えていたが、これもヒツジと藤原の両想いの演出のためだと考えた方が良いだろう。
役目を果たしたキャラが退場していくのも残念な流れだった。カレンとの名ばかりの友情は本当に薄っぺらい。女性同士の友情エピソードなんて1つもないのに、卒業後も彼女たちはヒツジのために動いてくれる。この世界はヒツジを中心として回っており、登場人物たちは彼女のご機嫌を取るために存在している、と考えてしまうほどだ。
前作でも思ったけど、作者は複数の人間を動かすのが苦手なのかなと思った。私が好きな作家さんはキャラ1人1人に思考を与えているが、作者は どうもそうではなさそうだ。恋愛の障害として、背景のない友情を利用するから空回りしていく。藤原と白滝が どうしてあんなに仲が良いのかは最後まで謎だった。
序盤は面白くなる予感を抱かせつつ、恋愛的には王道展開で、そして徐々に主役の2人にアレっ?と思う部分が多くなった。それは作者に対しても同じ。ヒロインに甘いし、恋愛以外の側面を動かせていない。この作品が人気を獲得したのも分かるけど、作品として深みを全く感じられなかった。もっと広い意味での学校生活が描けるようになると読者の楽しみも増えるのに。
新キャラ・桜(さくら)に翻弄される付き合いたてのカップル。
だが桜は藤原に近づいたのではなく、ヒツジに憧れて行動していた。憧れのヒツジの交際相手として藤原を見定め、同じくヒツジを好きな者同士 ヒツジについて語り合いたいという連帯感と欲望を持ったという。だから動画を脅迫材料に桜は藤原と語り合う時間を作りたかった。拡散された動画の撮影者は やはり桜だったが、そこに悪意はなく、藤原と交際するヒツジの凄さを世に知らしめたかっただけ。
ここで桜を通してヒツジに良い人エピソードが追加される。確かに これまでヒツジは人の困ったことを助けてきた場面もあったが、それがキャラクタにまで昇華していない。ヒツジに関しては今更 良い人と言われても説得力がない。
桜は自分の予想外の方向に事態が進み、ヒツジを傷つけてしまったことを謝罪する。藤原に謝罪を促されての行動だが、藤原にこそ謝んなきゃいけない人がいるんじゃないか(白滝)、と冷めた気持ちになる。
この騒動は2人の交際を学校中に公にする前段階として用意されていた。
全校集会で生徒会長として壇上にいる藤原が、ヒツジの顔色を察知し、彼女のために交際を公にし、そして第三者の冷やかしや やっかみを牽制する。この場面は藤原だけがヒツジの心情を察知できた『1巻』の再現になっていて良かった。
『1巻』に戻ると言えば久々に冬也(とうや)が登場しヒツジと普通に喋っている。失恋しても失礼しても男たちはヒツジを放っておけない世界ですか。そうですか。冬也の再登場は最終回間際だからという意味もあるし、藤原が分かりやすく嫉妬するために軽薄な男が必要だったのだろう。ここでヒツジが冷静に冬也に対処して『1巻』とは全く違う力関係を示せていれば良かったのだが、彼女は藤原に守られるだけ。自立とは全く遠いヒロインになったことが重ね重ね残念だ。
そして気になるのが、藤原の一言で、ヒツジの望む「女の子扱い」が完了しているのか、ということ。ヒツジは自分から一歩を進むことで苦しくても成長することを選んだはずなのに、男たちは何も変わっていないヒツジを唯一無二の女性として扱う。この後も読者が望んでいたのは そういうことじゃないんだよ、という展開が続く。
あっという間に夏になりプールに来た2人。進路とか受験とか ないの この世界は。この時間の経過は、交際から半年ほど過ぎても2人に「進展」がないことを描きたかったのだろう。そのことを岩田(いわた)と「進展」しているらしい明宮(あけみや)に指摘されて、ヒツジが空回りしてしまう交際後の一騒動を描く。ヒツジの頑張りが届かないと思いきや、ちゃんと届いて藤原は悩殺されているところまでが少女漫画の王道展開である。
明宮に操られ、ヒツジは親のいない藤原の家に泊まりたいと言い出す。「着ぐるみ」だったヒツジの到達地点は彼氏にちゃんと性的に見られることで、これが女の子扱いされたと言うことなのだろうか。それでいいの? 好きと言われて、発情させれば女の子なの?? ヒツジって何か頑張ったっけ…。
結局 お決まりの「するする詐欺」になるのも微妙な展開。最終巻だし すればいいのに。ここで何がストッパーになっているのかが全く分からない。この先を描くことで白滝との交際との違いを鮮明にしても良かったのではないか。
最終回は高校生活のラストと その先を描く。進路決定の頃まで生徒会として活動しているようだが、任期が こんな時期まで来るなんて普通は あり得ないだろう。彼らの進路はヒツジは岩田・明宮と同じ大学で、藤原は白滝と同じ大学らしい。後者の方がレベルが高いのだろう。
そして卒業から半年後。大学生活となった一同。この頃には白滝には彼女が出来たらしい。失恋から1年半以上 経過しているから こんなもんだろう。最後の最後に1コマだけ彼女らしき女性の姿が見られる。最後に白滝に彼女が出来てヒツジが完全に彼への罪悪感を消せる、ということなのかな。
岩田と明宮は同棲しているらしい。同じ大学のヒツジが一人暮らしを始めた描写はないから通えない距離ではないはずだが。最後もヒツジがみんなから愛されているという お話で終わる。ここで白滝が「みんなと一緒なら怒られねーし」というのは藤原に、なのか新しい彼女に、なのか微妙なところ。
半同棲をハッピーエンドにするぐらいなら、ラストは卒業式で生徒会メンバーでイベントを企画するとかじゃダメだったのだろうか。最後の思い出と青春の集大成で それで良かったのでは? 作者がラストで何を描きたかったのかが分からない。どうも呼吸が合わない。