満井 春香(みつい はるか)
放課後、恋した。(ほうかご、こいした。)
第08巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
夏生に急接近する桐生くんと、夏生への想いを自覚して変わりたいと思いはじめた渚。そんな2人の間で夏生の気持ちも…!? ますますヒートアップする恋心をかかえながら、ついにはじまった公式戦。そこで夏生に思いもよらぬハプニングが――!? それぞれの想いが急展開する完結巻!
簡潔完結感想文
- 私を救ってくれた、俺を導いてくれた、お兄ちゃんたちに ありがとう。
- 相手と一生 一緒にいる人生の中の初めてのクリスマスに自分の過去を話す。
- 新年度は青春の折り返し地点。1年生時の努力を2年生時の飛翔に変える。
兄に導かれた彼らは、ここからは自分の道を歩き出す、の 8巻。
主に両想いと交際編や後日談(というか次のシーズンの前日譚?)が描かれている最終巻だが、夏生(かお)と久世(くぜ)の人生における兄の役割に気づいて一層の感動を覚えた。
2人の出会いとなったバレーボールに彼らが関わるようになったのは、それぞれの兄が導いてくれたからなのだと今更ながらに気づいた。本書は兄たちのいた世界で、2人が それぞれに為すべきことをしたことで自己を獲得し、やがて兄から離れ、自分の青春を謳歌する物語なのだと分かった。
大きな不満だった中盤の恋愛感情を匂わせるだけの展開も、彼らがちゃんと自己を確立するまでは好きという言葉を口にする勇気が無かったことが今なら分かる。夏生は自分が本当に夢中になれるものを見つけたと自信を深めるまで恋愛に進めなかったし、久世は後悔の中に生きる自分が本気になることを許せるようになるまで彼女に自分の好意を伝えることは出来なかった。
そんな2人のキューピッドは誰かと言えば自分の兄なのだ。久世が兄に憧れバレーを始め、しかし兄を失い、本気になれない自分はバレーへの情熱も冷めかける。そのまま高校に入った久世に声を掛け続けたのが、こちらも実兄からバレーの世界に誘われた夏生だった。2人の出会いのキッカケは、それぞれにバレーに情熱を燃やし、そして夢半ばで その道を断たれた共通点のある兄がいたからだった。
勿論、2人は導かれるままに機械仕掛けの恋愛をしたのではなく、兄によってマネージャーという役割を与えられた夏生が一生懸命に その業務を果たそうとして、頑なだった久世に何度も声を掛け、彼の勧誘を諦めなかったことで未来は広がった。要所要所の久世のターニングポイントに夏生の声が届く、という構成も良かった。
素直に自分の気持ちを発することが出来るようになった2人は想いを重ねる。かつて子供だった久世が兄の渉(わたる)と美姫(みき)の交際を見て「高校生は みんな毎日キスしまくっている」と言っていたが、それから数年が経過し、自分が高校生になったら久世にも大事な人が出来て、割と高い頻度でキスをしているように見受けられるのが良かった。あの時は憧れと同時に恋愛をする兄が よく分からなかったであろう久世だが、今なら渉が美姫を大切にした気持ちが彼にも分かるだろう。そうやって思い出の中の兄と対話しながら、久世は自分だけの青春の日々を過ごしていくのだろう。
そして兄たちが作ってくれた縁は彼らの将来に続く。本編終了後に この学校は一層 強くなるだろうし、久世個人も もしかしたら兄を越える選手になるかもしれない。究極的には2人の兄が義兄弟になるかもしれないという未来も ほのめかされている。本書は徹底的に お兄ちゃん漫画なのかもしれない。
本書で特徴的なのは、ヒロインである夏生が、ヒーロー・久世のの家族問題やトラウマに介入しない点だろう。少女漫画では久世の悲しみをヒロインであり聖母である主人公が救うという展開になりがちなのだが、本書では そこにキッパリと線引きがされていたのが良かった。
この最終巻で夏生は久世兄弟の現状を知るのだが、それは久世が独りで立ち直った証拠として口を開いたからだった。
勿論ここまで久世が完全に孤独だったのではなく、ずっと傍に桐生(きりゅう)がいたし、夏生の兄先生も亡き友人・渉の弟である久世の面倒をよく見てくれた。また夏生も何もしなかった訳ではなく、彼女は久世が辛い時、逃げ出しそうになる時に その心の隙間を埋めるように彼に声を掛け続けてくれた。実は人一倍ナイーブな久世の心を ずっと夏生が支えてくれていたという夏生の気づかない彼女の貢献の大きさが本当に良い。
夏生は お節介ヒロインになることなく、それでも久世を悲しみから何度も救っている。この作者のバランス感覚は非常に好ましく思った。それぞれが相手の存在を活力にするものの、深く入り込み過ぎず依存していない感じが良かった。
そういえば夏生の家に久世や桐生が来たり、桐生の家に夏生や久世が行ったりすることは あっても、久世の家には誰も入っていない(少なくとも夏生は)。これは夏生が兄の遺影を見ないようにするためだろう。ここも久世の問題は久世本人が解決するという姿勢の表れである。
また珍しいのは当て馬の後日談だろう。結果的に当て馬となった桐生だが、彼には失恋直後から新しい恋の可能性が提示され、一定の時間をおいてから、彼が次の恋に進む心持ちになれたことが描かれている。少女漫画読者からすると当て馬は いつまでもヒロイン=読者の分身に想いを寄せていて欲しい部分もあるが、本書では誰もが恋愛を通して成長し、次の一歩を踏み出せたことを示すためにも新しい恋が用意されている。登場人物の数が限られているので どこもここも狭い世界の内輪カップルに見えてしまうが、ちゃんと時間の経過もあるし、彼らを祝福できるように工夫がされていると思う。
また本書では最後までチームが発展途上であることも良かった。作中で大きな試合で優勝するのではなく、その次の大会に向けて戦力を整え、練習を重ねる。そして恋愛と同じで、結果はどうであれ、その目標に向かって動くことが重要で、その過程に人としての成長がある。まだまだチームも彼らも未完成であることが青春っぽく感じられ、伸びしろがあることが未来への原動力になるような気がする。
1年目が終わり、次の1年の、新しい青い春を迎えるという全体的な構成も良かった。
夏生は久世から初めて好意を聞く。その後2人は黙って病院に向かい、診察を受けるのだが、帰りのバス停に着く前に夏生から感情が溢れ、彼女もまた目の前の人を好きだということを初めて伝える。こうして互いが初めて相手への感情を口にすることで気持ちは重なる。すぐに告白の返事をするのではなく、一拍 空白を置くことで、次の大きな跳躍に繋がっているのが良かった。果たして夏生は医師からの診断結果が耳に入っていたのだろうかと心配になる(本人は完治判定しているが)。
こうして大会が終わり 通常の部活動が再始動し、夏生もマネージャーとして動き始める。違うのは彼と両想いだということ。久世は過去を越え、自分を越え公私ともに本気になれるようになったが、基本的な性格は変わらず夏生に対しての意地悪は変わらないように見えるが、「彼女」に対しての優しい部分も見え隠れする。
そして久世は部員の前で堂々と夏生との交際を発表する。その羞恥プレイに夏生は逃げ出すが、どうやら久世は夏生が彼女という立場を嫌がったと誤解する。その誤解を夏生は男女交際に慣れていない自分の緊張のせいだと解くと、久世もまた鼓動が高まっていることを彼女に実証する。部活でも気合いが入るし、幸せで食が喉を通らないし、彼の方もまた地に足がついていないようだ。ポーカーフェイスだが実はビビりという彼の性格を夏生が理解するのは いつ頃になるだろうか。
2人の交際後、それを見つめる桐生視点の話が挿入されるが、ここで夏生への片想いの始まりが詳細に語られる。どうして告白前に この話を用意してくれなかったのだろうか。一目惚れで片付けられてしまって可哀想だったのに。
ただ これは当て馬の悲劇を描いただけでなく、桐生にも春が到来する予感を感じさせる。桐生のお相手は ちはる。夏生の親友で、臨時マネージャーをしてくれた女子バレー部員である。彼女は桐生と夏生の告白の顛末を聞いてしまったので全てを知っていて、今回のクリスマス回も桐生を元気づけるために誘った。
後から入部した親友に自分が先に目を付けていた彼女を奪われた形となった桐生だが、それでも桐生は2人の幸せな様子を見ても それほど辛くない。それは夏生の相手が久世だからだろう。そう笑って話す桐生の優しさに ちはる は顔を赤くする。もう彼は立ち直りかけているという第三者による点検だろう。これは今の夏生には出来ない役目だ。夏生が桐生くん大丈夫?なんて言った日には読者から嫌われるばかりだ。
久世は夏生の兄先生に呼び出され、大学生に混じって数日間 練習をすることを勧められる。そこは兄先生と自分の兄・渉の母校。兄の足跡を追い、そして いつか兄を越えるために久世は その道を進む。また兄先生は夏生の兄として妹を泣かすなと忠告する。それに対して久世の答えは一生 大事にする。久世にとって夏生の声だけが自分を羽ばたかせる。もし本当に久世が その誓いを叶えるのなら、兄先生と渉は義兄弟になるのである。そうなれば彼らの絆は一生 消えない。
夏生たちが2人だけで過ごすクリスマス回。2人は一緒に出掛け、ツリーを見たり、食事をしたり恋人らしい時間を過ごす。久世の空気が柔らかくなったことを夏生も実感する。
この日、久世はクリスマスのプレゼントも用意していて夏生にハートのペンダントトップがついたネックレスを贈る。対して夏生は手作りクッキー。その不釣り合いに夏生は焦り埋め合わせを考えるが、それではと久世は また「渚」と呼んでほしいと願う。夏生が恥ずかしがっていると久世は その空気を察して場所を移動する。
そこは久世が小さい頃に兄に連れてきてもらった場所。そして思い出の地で久世は夏生に初めて兄が3年前に事故死したことを話し始める。事故は久世が兄に試合を見て欲しいと ねだった日に起きた。本来なら病院に行く予定だった兄が行き先を変えたことで事故に遭った。だから久世は『7巻』で夏生が病院よりも観戦を優先しようとしたことに対して猛烈な拒絶を見せた。事故の再来が怖かったのだ。この時間差の種明かしも面白い構成だった。
兄の死から久世は それから泣くことも出来ず 何かに本気になることも出来なかった。だけど夏生が高校バレーに勧誘してくれたお陰で一歩が進めて、兄を越える決意も固まった。
この話をしたのは夏生を泣かせたかったからではない。そのことを話せる、大丈夫になった自分を彼女に見せたかったから。プレゼントが束縛の象徴であるネックレスなのも、自分の本気を表現できるように なったからかもしれない。
そんな久世に接して、夏生は彼を名前で呼ぶ。自分は久世と ずっと一緒にいることを彼に誓い、そして2人はキスをする。自分が この世界に必要とされていること、相手をこんなにも求めていること、彼らは部活と恋愛を通して それを学んだ。
最終回は時間が経過して、新年度の入学式の部活紹介の場面から始まる。そして早くも この2か月後には先輩たちが引退していまい、男子バレー部は新体制となる。そのキャプテンは桐生、部長は久世という布陣が発表される。
女子バレー部の次期キャプテンは ちはる。2年生で桐生と同じクラスになった ちはる は女子バレー部の試合での優勝後に桐生と出掛ける約束を提案する。それに対して桐生は笑顔で快諾。失恋から約半年という時間の経過で彼も次の一歩を踏み出そうとしている。当て馬に次の恋が発表されるのは少女漫画では珍しい。
夏生はマネージャとして今年も新入生の中から有望な人を部活に勧誘する。久世は それで去年の自分のように恋愛が始まることを恐れているが、夏生の心はずっと久世にある。部員もマネージャーも順調に集まり、男子バレー部は厚みを一層 増すようだ。
バレー部の挑戦は、そして彼らの青春は まだまだ続く。