満井 春香(みつい はるか)
放課後、恋した。(ほうかご、こいした。)
第07巻評価:★★★★(8点)
総合評価:★★★☆(7点)
夏生に急接近した桐生くんと、夏生への想いを自覚して、変わりたいと思いはじめた渚。2人からのアプローチに、夏生の気持ちも…!? ノンストップの恋心をかかえて、大事な試合がはじまる――! それぞれの「好き」が高まる第7巻!
簡潔完結感想文
- 告白と返答。恋愛も試合も負けても悔いがないように全力を出すことが大事。
- これまで一番近くで見てきた彼から拒絶されて、心身ともに距離が生まれる。
- いつだって俺を前に進ませてくれるのは、俺に声を掛け続けてくれた君の声。
大事な試合前日に有力選手のメンタル破壊★ の 7巻。
春よりも夏よりも、この秋に青春の匂いは最大になる。辛辣な感想しか出てこなかった中盤とは一転して、終盤は褒めどころしかないんじゃないかと思うぐらい大好きな場面が多い。
中でも やはり恋愛モノと部活モノというジャンルが綺麗に両立していることは称賛に値する。これまで練習を重ねてきた選手たちにとって運命の日というべき試合の日に、恋愛方面でもピークを持ってくるという、作者のピーキングの上手さには唸らされた。試合でも恋愛でも皆 頑張れ頑張れ と強く拳を握って彼らを応援していた。
そして今回は作者の敗戦処理の仕方の巧みさに何度も気づかされた。どうしても恋愛においても試合においても負けが存在する。でも そこで悔いや遺恨を残したりしないよう、作者が配慮していたのが印象的だった。試合でも告白でも その人の全力を出し切らせることで、彼らは結果を受け入れられる。恋愛面で相手に想いは届かなくても この恋や告白にも意味があったと思えるよう、作者は敗者に救済策を用意していた。
特に井波(いなみ)に対するフォローが入念に行われていたように思う。元選手でマネージャーというバレー部員から見たら完璧な女神である彼女が負けるのを前に、作者は様々な救いを用意する。
1つ目がライバルへの称賛。井波が久世(くぜ)に振られる前に、まず井波がライバルである夏生の良いところを知る場面がある。夏生が他校の事情に首をつっこみ、そこで夏生が井波への憧れを述べることで、それを陰で聞いている井波は彼女の大きさを知り、自分の敗戦を予感する。これが失恋という事故の前から作動する彼女のシートベルトやエアバックになっているのではないか。
2つ目が久世が井波のことを少なからず意識していたという事実を用意している点。中学時代から久世を好きだった井波だが、ずっと彼に恋愛対象として見られていなかった。しかし告白を通して、自分が心に引っ掛かっていた思い出を、久世も覚えていたことが発覚し、それだけで井波は彼の意識に上っていた自分を発見し、思い出は美しいものへと変化していく。
そして3つ目が振られた井波を好きな人がいるという事実。単純な手法だが、これによって井波の頭を占めるのが悲しみだけでなくなり、戸惑いや嬉しさが交互に到来する。
このようなフォローは当て馬・桐生(きりゅう)でも用意されている。彼の場合は1つはライバルである久世との関係性を強固にして、恋愛に勝敗がついても友情が継続する下地を作っている。そして井波の時と同様に、自分を振る夏生の言葉の中に嬉しさを潜ませることで彼の心的外傷を軽減させている。
ただ桐生に関して可哀想なのは、失恋が大事な試合の前日になっている点である。これは試合当日の恋愛枠を久世に確保されていることの余波で、いかにも当て馬らしい悲しいスケジューリングである。試合と恋愛のピークが一緒だから仕方ないのだが、夏生も大事な試合の前に選手のメンタルを破壊するようなことを しなくても、と彼女の容赦の無さを恨みたくもなる(影響は出ていないが)。
また一番近くにいるはずの久世とのプチ遠距離の演出も上手かった。
大事な試合を前に夏生は怪我をしてしまい、自分の居場所だったマネージャーの仕事から身を引く。それでも久世の応援をするつもりだったのだが、久世から応援を拒絶される。これは夏生が久世にとって一番 大切な人だという結論が彼の中に出たから起こり得る現象で、実は喜ばしいことでもあるのだが、夏生にとっては拒絶という事実しか残らないので、大切な試合を前に心身ともに2人の距離が離れる。
その少しの距離を一気に縮めることでドラマ性が生まれ、それによって久世が本当の自分を取り戻すという展開も用意されているのが憎い。部活の加入から夏生は久世に声を掛け続け、届けてきた経緯が、ここに結実しているのも良い。
久世にとって夏生は とことん女神なんだな というのが分かるエピソードだが、全体的に夏生が聖女として描かれ過ぎているのは気になった。上述の井波の夏生の評価も、実際に井波のマネージャー姿なんて見てないし、他校の事情なんて知らないよね、と思ってしまう部分がある。恋愛面でも今回 久世に拒絶されたとはいえ、彼女だけが無敵なのは気になるところ。久世が告白してこない理由は分かるが、夏生が ずっと現状維持をしていたことで物語に起伏が生まれなかったのでは、という中盤の退屈さの戦犯は彼女にあると思うし。告白後の桐生との関係も彼の「いい人」に助けられている部分が大きく、夏生の悩みや苦しみは本当に最小限でしかない。
全体的にヒロインが甘やかされていて、彼女にとっての理想の世界の話だな、と思ってしまう。ここまでヒロインを純真無垢に設定しなくてもと思うし、その点が掲載誌「デザート」ではなく低年齢向けの雑誌みたいに思える部分である。
春高バレーに続く予選大会をバレー部は順調に勝ち上がる。
試合当日、夏生は久世のカバンに夏生の手作りの お守りが付けられているのを見て安堵する。それを見られたことを悟った久世が夏生に照れ隠しの ちょっかいを出す。ナイーブで恋する自分を見せたくないから虚勢を張ってしまうのが今の久世。この試合を通して それが変わるのだろうか。
上述のヒロイン優遇の話ではないが、夏生は学校1,2の男子生徒と一緒に出掛けても 一緒に寝ても他の女子生徒から何も言われたことがないが、同じマネージャー業の井波は他の女子生徒からの やっかみを受けている。失恋する上に見当違いの嫉妬を受ける井波が可哀想だ。夏生って自己肯定感こそ低いけど、実は誰よりも平和に、嫌なこともなく生きているように見えるなぁ。
この程度の低い嫌がらせで井波は私物ではなく、バレー部のスコアブックを廃棄される。それを見かけた夏生が注意をし、夏生が嫌がらせ女子たちに立ち向かっている場面に井波は遭遇する。ここで夏生に井波を肯定する言葉を紡ぐことで、夏生は作品内で聖女になり、その彼女になら負けても悔いはないと井波が思うのだろう。おそらく これは作品内に一切の負の感情を失くすためなのだろう。青春に嫉妬や心残りなどは似合わない。だから恋愛においても誰もが悔いの無い挑戦をして、そして その恋心は様々な形で報われるようになっている。最終盤で怒涛の内輪カップル誕生という展開も、努力は必ず報われる、という作者の考えとスッキリとした後味の青春物語にするためだろう。唐突な内輪カップルは低年齢向け作品じゃないんだから、と思わなくもないが(失恋組の切り替えが早すぎる)。
夏生が聖女となるも、悪女たちは反省せず、夏生にピンチが訪れる。そこに どこからともなく現れるのが久世。ヒーローの使い方は ずっと古典的だなぁ。そして女性がイケメンに すぐに心を奪われる 浅はかな人種のような描かれ方も相変わらず好きになれない。逆だったらルッキズムの助長だと文句を言うだろうに。
久世の登場で夏生はマネージャー業に戻り、井波は久世と2人きりになる。そこで井波は告白するが玉砕。だが既に井波は夏生の聖女としての立場を理解しているから あっさりと撤退する。ただ中学時代に久世が井波との関係を少しでも悩んだ事実が明かされ、それを井波の救済にしているのは良かった。そうして吹っ切れた井波は側に彼女とずっと一緒にバレー生活を送る椎名(しいな)がいることに気づく。
そして久世も井波からの指摘で、自分が夏生に本気になっていることに気づかされる。
一方、桐生は この日、夏生と一緒に変える約束を取り付ける。それは自分がした告白の返事を聞かせて欲しいということでもあった。
近づく桐生の恋愛の決着を前にして整えられるのは男性2人の友情。ここを強固にすることで三角関係が どんな形で終わっても、2人の関係は変わらないことを強調する。そして彼らの絆を再確認するのはコートの上で、試合中に相手を信頼する心が見えることで、彼らの変わらない友情が完成する。そもそも2人は切磋琢磨していくライバルである。だから今回の恋愛に勝敗がついても、これからも高め合っていける。
試合後、緊張が弛んだことから安堵で涙を流す夏生。それを久世に見られて焦るが、久世は泣いている夏生に弱い。そして久世も内心では安堵していたからか、それとも体力的な限界で精神が弛んだのか、笑った顔が好きだと夏生に告げる。これは桐生への返事の前に、夏生の気持ちを確かに久世に傾けるためにも必要だったのだろう。
しかし この日、桐生の約束は果たされずに終わる。試合の記録係をしていた夏生が選手と接触し怪我をしてしまったのだ。この時、夏生を助けるのが桐生になるのは、久世は もう この日のヒーロー活動をしてしまったからだろうか。
夏生は全治2週間の怪我を負う。試合を勝ち上がって来週も試合が控えている大事な時期に夏生はマネージャーとしての業務を全力で果たせなくなる。桐生をはじめ部員たちは夏生の安静を第一にするが、夏生は それが自分の役割を奪われたり、無意味に思えてしまい落ち込む。
しかも久世に試合に来るなと言われて気持ちは どん底に。これは夏生が自分の犠牲で部員たちの安全が守られたと考えていて、自分の治療よりも試合のサポートをしたいと願ったからだった。しかし大切な人に試合に見に来てもらう約束は、久世にとってトラウマ。とても大切な存在だと気づかされたばかりの夏生が、兄のように目の前から消えるかもしれないという恐怖に囚われ、久世は夏生が試合会場に足を運ぶことを許さなかった。兄の死で久世が泣けなかったのは自分の責任だという責め苦があったからだろう。
試合を前に部員たちに余計な心配をさせていることを自覚する夏生は兄先生に頼み、臨時のマネージャーを立てる。これはマネージャーである自分が好きになり、ここが自分が夢中になれる場所だと思いはじめた夏生にとっては存在意義を手放すような一大決心だろう。
夏生が臨時マネージャーにしたのは、女子バレー部員で中学時代からの親友の ちはる。バレー経験者で気心の知れた彼女に後を任せる。そして自分は しばらく部を離れることにした夏生だったが、兄先生に向けた顔は晴れやか。これは根底にチームのために最善のことをするという意識があるからだろうか。
それでも夏生は不安なわけじゃない。だから気づかれないように部員の練習中に部室の掃除などをしていたのだが、桐生だけは それに気づく。試合の前日、彼に声を掛けられ、バックハグされた夏生は やんわりと彼を押し戻し、彼の気持ちと自分の気持ちが重ならないことを伝える。
なぜ試合の前日に選手を傷つけるようなことを言うのか、と思う部分もあるが、これは試合当日が久世のためにあるからなのだろう。運命のその日に2人の男性をハシゴするようにしないために、桐生は前日が割り当てられたのだろう。そして桐生にも一片の悔いの無いように、彼には夏生に初めて告白した男の称号を与える。精一杯のフォローだが桐生は それも笑って受け入れる。
そして試合当日。部員たちは夏生のためにも全力を尽くすことを誓う。久世も夏生の お守りを握りしめて勝ち進むことを誓う。夏生は当初の予定通り通院するが、病院は待ち時間が長く、報告のない試合のことが気になって仕方がない。
決勝進出がかかった試合で、久世は中学の引退試合のような自分のサーブで試合の流れが決まる場面に立つ。今回 越えるのは中学時代の自分ではなく(これは解決済み)、かつて この舞台に立った兄。そんな大事な一球を前にして、久世に大切な人の声が届く。いつも彼の精神を安定させる彼女の声は、今回 初めて久世を名前で呼んだ。その声が久世を完全に覚醒させる。
しかし試合は惜敗。悔しがる部員たちだが、今回 誰よりも泣いているのは久世だった。兄の葬儀でも泣けなかった彼は自分の感情を本心を本気を開放していた。その鍵となったのは やはり大切な人の声だろう。こうして久世は兄を亡くした あの日から一歩前に進んだ。誰よりも その変化に気づいたのは ずっと一緒にプレーしてきた桐生だった。彼は久世を抱きしめ、再出発を誓う。
試合会場を後にしようとする夏生に声を掛けたのは桐生だった。夏生が診察を受けていないことを知った桐生は彼女を病院へ送り届けようとする。夏生は遠慮するが、桐生は振られた立場を巧妙に利用して、夏生の反論を封じる。桐生からの後腐れはないことを示すことで、この男女の関係も変わらないことが示される。
そして「いい人」である桐生は自分の代わりを久世に夏生を託す。
病院行きのバスを待つ中、久世は今の自分の心境を全て夏生に伝える。応援が嬉しかったこと、試合が楽しかったこと、この学校で桐生とバレーが出来る喜び、そして夏生への好意を初めてハッキリと口にする。