くまがい 杏子(くまがい きょうこ)
あやかし緋扇(あやかしひせん)
第05巻評価:★★★☆(7点)
総合評価:★★★☆(7点)
未来の前世の能力を引き出すために、さくらと龍による未来の特訓が始まった。未来が思ったよりも白拍子の舞いのレッスンは、はるかに過酷なものだった! さくらにどやされまくる未来。なのに、一向に未桜のように人を癒し、傷を治癒する舞いは踊れなくて…!? 前途多難な未来。そんなとき、陵と龍に「好きだ」と告白された未来。舞いの練習だけで手一杯なのに…!? しかも、大量の「患者」が桜咲家に運び込まれてきた。どうやら、未来たちと敵対する組織のせいで「患者」が急増しているらしく…!?霊にとりつかれた人々を助けなければいけい未来。今、陵に愛されて、未来自身の特殊な能力が覚醒する!!!!!!
簡潔完結感想文
- 10日以上の修行合宿開始。学校? なにそれ、美味しいの? 祇夕編と違い説明 一切なし。
- 修行の前半戦終了で敵と遭遇し、物語に動きを出す。敵の能力を把握した上で修行後半。
- 予想外に動く恋愛模様。男女ともに頭を悩ます問題を解決して、平等に並び立つ準備完了。
誤解は5巻の内に解いておく、の 5巻。
なんと言ってもヒロイン・未来(みく)の告白シーンが良い。告白を決意したはずの祇夕(ぎゆう)戦なのに、作品は告白問題を棚上げし続ける気配を見せて、このまま最終決戦後まで告白はない、恋愛成就型の作品だと思っていた。だが そんな予想は良い意味で裏切られた。ヒーローの陵(りょう)が生死を懸けた戦いよりも、目の前の人の気持ちが気になるという恋愛脳の持ち主であったため、物語は一気に動くことになった。未来の初キスの相手が知りたくて夜も眠れなくなる陵は完全にヒロインである。


未来は自分を大事にしないことで陵から怒られ、その度に自分のことばっかりの視野が狭い欠点を反省しているが、読み返すと陵も なかなか自分ばっかりではないか。新たな敵と対峙して これから その対策を練らなくてはならない場面で未来を無視するのは、彼女と顔を合わせると彼女の気持ちを知りたい自分が暴走してしまうから。自分の「乙女」を封印することで戦いに集中しようという決意は分かるが、未来に対して いきなり不機嫌になったように顔も合わせないというのは本当に彼女のことを考えられていない。
その意味では本書はWヒロイン体制なのかもしれない。2人とも時に気弱に、時に大胆になるタイプ。だからタイミングが合わないと2人の関係は最悪になる。交際しても、陵の方が乙女で、未来が自分が彼氏よりもガサツであることに自己嫌悪したり、女であることの喜びを感じられなかったりしそうで怖い。今回、陵のパンツ一枚姿のサービスシーンがあるのだが、まるで子供。中学生男子が少し年上の お姉さんに恋をしているように見える。こういうショタ要素(に見えてしまう)が合わない読者もいるだろう。
ただし陵が格好良すぎないことでメリットもあるだろう。それがWヒーロー体制だ。陵が いわゆる典型的なヒーロー像とは違い、少し隙があるから、未来と同じように成長し、手を取り合うことが出来る。2人とも乙女だけど、2人とも格好いいのが本書の良さになっている。
この『5巻』は未来がヒーローになるための修行が続く。ずっと亡き兄や陵に守られヒロインとして扱われてきた未来。そのことに違和感を覚えた彼女が、今度は兄の霊を救け、陵と並び立つ存在になるために修行に励む。
序盤では未来の能力が開花していく様子を描き、終盤では いよいよ その修行の成果を発揮する場面が演出される。私が本書で好きなのは、ずっと前進している感じを失わない点である。それによって敵の後ろに黒幕がいるという もどかしい展開でも、常に希望を感じられるよになっている。今回は それに加えて予想外に早い恋愛成就もあって、ますます目が離せない。
この躍動感や しっかり見せ場を作っていく演出方法は作者の優れた点だろう。前半の修行の成果は さくら と2人で舞うことで見せ、後半は いよいよ独り立ちした姿が見られる構成になっているのも秀逸。ちゃんと さくら がサポート役に回る理由を用意し、同時に さくら も好きになってしまう見せ場を作っているのも良い。全てを託され真打が登場する、という盛り上がりも最高である。作者とファンタジーの相性が ここまで良いとは思わなかった。
黒幕に操られている兄の霊を救うため、未来は自分に眠る前世の自分・未桜(みおう)の力を引き出そうとする。だが運動神経は良くても、穏やかで繊細な所作が苦手な未来。泊まり込み5日目っでも上達は見込めない。
そして合宿中は四角関係も見え隠れする。どちらかといえば重すぎる想いを抱えているのは男性陣。龍(りゅう)は未来へのアプローチを忘れないし、陵は未来が誰とファーストキスをしたのかが気になって仕方ない。陵は建前では未来が誰を好きになろうとも応援するつもりと思いながらも、嫉妬で夜も眠れない。
そんな彼の可愛い姿に未来は、高熱キスの真実を話す。どうやら陵は夢だとばかり思っていたらしいが、うっすら記憶にあるらしい。それだけで未来は嬉しく感じる。
そんな時、桜咲(さくらざき)家に さくら一人では捌ききれない大量の「患者」が運ばれてくる。そこで未来も白拍子を舞うことを決意。ここで未来の舞いは一応の成功を見せる。さくら の負担も軽減できており、彼女は初めて最後まで詠(うた)えたと達成感に涙する。2人での舞いは互いを補完し、力を増幅させているというのが陵の見解である。彼のお墨付きをもらい未来は初めて陵のために力に慣れたことに感動する。
だが日に日に患者は増加する一方となり、時には乱暴を働く患者には男性たちが対処する。陵は この状況が、未来たちの舞いの中途半端さが徒(あだ)になっている分析をする。憑依した霊を身体から引き離すものの、除霊をしているわけではない。だから霊は別の人に憑依し、戻って来る。見事なリサイクル循環になってしまっているようだ。
原因を探るため、男性陣が能力を使い協力する。そして霊を操る者のいる居場所までは特定し、急行する。
辿り着いた病院の屋上には人影がなかった。だがその上空に1人の男を発見する。浮いているのではなく、蜘蛛の巣のような絃の上に立っているらしい(その糸は空中に張り巡らされているとしか思えないので、その能力で浮いた方が早い気がするが)。
糸は自由自在に使え、男性陣に遅れて到着した女性2人は あっという間に捕縛されてしまう。さくら を守るためにも未来は必死の抵抗を試みるが、それが相手の怒りを買い、暴行されてしまう。それに激怒した男性陣が反撃する。だが それに対し卑怯にも その相手は未来の兄の霊を盾としていた。名を麟夜(りんや)と名乗った彼は蜘蛛の糸で霊を傀儡とすることも出来るらしい。
名乗りと顔見せを終えた麟夜は立ち去る。だが未来は今回も守られヒロインになってしまい自分の無力さを思い知る。成功体験と挫折が 彼女をまた成長させるのだろう。
麟夜の行動に疑問を抱いた未来は ある作戦を思いつくが、それが無茶なものだと予想した陵に提案の前から却下される。陵は未来を少しも危険な目に遭わせたくないのだ。こういう点に未来は陵の愛を感じる。そして不発に終わった告白を、この戦いが終わったら することを決意する。この後の陵の態度も含め、またか、とウンザリする両想い阻止に辟易していたが…。
だが告白を匂わせた途端、陵の態度は 素っ気なくなる。この2人は こういうことの繰り返しだ。打倒・麟夜の本格的な特訓が始まる前に、未来が陵に問いただす。それは陵が未来に頭を占領されて集中できないから、わざと遠ざけていたと分かる。
自分の一方的な気持ちで陵を困らせたことを反省し、未来は発言の撤回をしようとする。だが逃げようとする未来を陵はバックハグで立ち止まらせ、赤面しながら今の自分の昂る気持ちを彼女に伝える。その真っ直ぐな目に未来も自分の「好き」という気持ちを伝える。
祇夕の時のように告白を先延ばしにするとばかり思っていたので、これは嬉しい誤算。作者の同じことをしないようにするという努力が見えて嬉しい。こうして心身ともに満たされて2人+2人は決戦に向かう。
麟夜に対し、4人は ある作戦を練っていた。兄の霊を傷つけず麟夜だけを攻撃するには、物理。4人で一斉に麟夜の顔面を殴打(未来だけはみぞおちを足蹴り)する。敵ながら痛そうな場面である。


こうして陵の術で麟夜を捕縛するが、彼には まだ能力があった。それが蛾の鱗粉による神経攻撃。これでは白拍子が舞えない。麟夜は未来を助けるから彼女をよこせと言う。祇夕・龍との戦いに続き、弱ったの者が取引材料に使われる。陵が自分の無力さを感じているところに、さくら が立ち上がる。彼女は未来の回復だけに自分の全精力を注ぐ。それは さくら が、家の再興など関係のない友情を未来と陵に感じていたからだった。
麟夜戦でも女性は2人並び立って欲しかったが、そうするとヒロイン感が薄まるから、さくら はサポートに回ったのだろうか。いや、2人にしてしまうと未来の独り立ちが霞んでしまうからだろう。ここでは未来の修行の成果を見せなくてはならない。彼女の努力と達成感にフォーカスを合わせるために単独での行動になったのだろう。そして さくら の気持ちを受け取り、未来が舞う…。
「あやかし緋扇 番外編」…
泊まり込みの修行の ある1日、さくら が課外授業を提案する。それは今様(うた)の稽古と称したカラオケだった…。
修行ばかりの毎日に高校生らしい男女の交流が描かれる。これ、本編に入れると緊張感が失われかねないから、番外編にするのが正解だろう。読者にとっては こういうシーンも読みたいし。カラオケシーンでは わざわざ著作権料を払って実在の歌を歌っている。これは音源が欲しいところ。でもドラマCDでもアニメでも、実際に音を使うとなると もっと権利関係が ややこしくなるから実現は しなさそうだ…。
後半は間違って注文した お酒を飲んでしまった未来が大立ち回りを演じるという話となる。龍を「スケベ野郎」と罵倒していることから、彼には少なからず恨みがあることが分かるのが面白い。未来が秘めていた本音を聞いて龍は反省するだろうか。