藤沢 志月(ふじさわ しづき)
僕と君とで 虹になる(ぼくときみとで にじになる)
第05巻評価:★★★(6点)
総合評価:★★★(6点)
富士浪のことが知りたくて、過去を知る謎の男・黒瀬の誘いに乗ってしまった流衣。しかし、向かった先で黒瀬や富士浪に恨みを持つヤツらに迫られてしまい…!?流衣のピンチに富士浪は!?僕×君×奇跡=きらめき度100%!虹色青春連載、感動の最終巻!
簡潔完結感想文
心の底から笑えなかった男女が、満開の笑顔を咲かせる 最終5巻。
最後まで怒涛の展開を見せた本書。やはり もう少し本書のオリジナルの部活「あそ部」の活動内容を知りたかったという思いもあるが、行動力や決断力のある主人公たちの様子は最後まで小気味よかった。最後に何でもかんでも詰め込み過ぎではないか、と思う部分もある。特にラストの展開は、中学時代と高校時代の対比がされる意味があるのに、ちょっとコントチックになってしまった気がしてならない。話も空に虹かけとけばOKでしょ、という感じで軽い。ただ作者としても重いテーマを扱いたいわけではないだろうし、ライトなラブコメだからこそ、皆が仲良くなる大団円になったのも確かだろう。
深く考え、練りに練られた作品ではないが、最初から作者の頭にある設定を全部 使いきった心残りのない作品だと思う。読者の興味を引くためだけの超展開や過剰な演出がなく、等身大の青春が味わえる。
本書ではヒーロー・富士浪(ふじなみ)は最後まで良い働きをしていた。宇佐美真紀さん の作品に代表されるように掲載誌「ベツコミ」の男性は、ちょっとSで ちょっと意地悪。それは頭の回転の速さの違いから生まれる、ヒーローの余裕が生み出す意地悪である。ダダ漏れるヒロインの思考をヒーローが敏感に察知して、その願望を叶えてあげたり、もしくは わざと気づかない振りをすることで、ヒロインを翻弄する。その気持ちの動きが胸キュンに繋がる。私は わざとらしいヒーローの胸キュン行動(壁ドンや顎クイ、または強すぎる言葉の使用)などよりも「ベツコミ男子」のような優しい意地悪の方が好きなので、富士浪に好感を持った。
最後の最後で富士浪よりも、ヒロイン・流衣(るい)が真相に先回りするというのが最終巻の見所で、彼をトラウマや黒歴史から救うヒロインの面目躍如といったところである。関係者双方(富士浪と楓(かえで))から話を聞けるという特殊な立場を利用して、彼らの証言から真実を導き出していた。富士浪なら この答えに辿り着ける気もしなくはないが、現在の楓の言動を全部 見聞きするのは探偵役の流衣にしか出来ないか。
そして そこここに意外な一面を持たせていたのが工夫に思えた。流衣はバカみたいに真面目だけれど、そこまで成績は良くないとか、富士浪は仙人みたいだけど実は喧嘩が強い設定があるとか。他にも『4巻』収録の番外編になっていたけれど権俵(ごんだわら)の双子は4組の双子で8人きょうだいだという話も面白かった。
ラストの富士浪の覚醒も、キスせずに死ねねー、という非常に俗物的な発想なのも笑える。過去の反省から笑顔を仮面にしてきたような節がある富士浪だが、所々で青少年らしい反応も見せていた。流衣の活躍により富士浪は本当の笑顔・素顔を取り戻したわけだが、もしかしたら今後は流衣にグイグイ迫ってくるのかもしれない。ラストでも2人きりでの旅行を計画したり、16歳の欲望が顔を出している。彼は決して仙人ではない。もしかしたら今後は、鼻息を荒くした富士浪に流衣が幻滅するかもしれないし、先回りして流衣に胸キュンを与えていた富士浪が先走って失敗するかもしれない。
でも、そんな富士浪の新しい顔も彼の知らないこととして流衣は楽しめるかもしれない。そういう安定感があるからこそ、本書を閉じた時、幸せな気持ちが残るのだ。
富士浪の過去を知るため、楓についていった流衣。辿り着いたのは富士浪が「空白の1年間」に多くの時間を費やしていたバーだった。富士浪は その1年間、ケンカに明け暮れていたらしい。仙人だとか じいさん だとか言われる富士浪だが、血の気の多い日々を送っていたのは意外だ。その容姿を利用して女性関係を派手にしなかったのは流衣にとっては救いか。
流衣は富士浪の過去が どんなものであっても彼への好意や評価は何も変わらない。それを楓は認める。
だが そこに柄の悪い、富士浪に恨みを持つ者が入ってきて、流衣が富士浪の彼女だと知り暴行を加えようとした。それを助けるのは、武井(たけい)からの目撃情報でここに現れた富士浪。富士浪が ここを特定する伏線があるのが良いですね。少女漫画のヒーローは理由もなくヒロインの居場所が分かる場合が多いので。こういう作者の冷静さというか話を理路整然としようという姿勢が好きです。
流衣を救出した後、富士浪は危険を顧みない流衣を珍しく怒る。だが 富士浪の過去を知りたかったという流衣の涙に、今度こそ富士浪は彼女の問いに誠実に答える。
富士浪が空白の1年間で楓と接近したのは、楓が それ以前の自分を知らないから。まだサッカーのことも怪我のことも、進学や恋愛など自分の中で消化できない富士浪は、何も知らない楓といる方が精神的に楽だったのだろう。ただ楓と一緒に歩いていると喧嘩になり、それに応戦していると名前ばかりが独り歩きした。
だが、2人が この街で最強になった頃、楓は富士浪奪還を何度も試みる権俵の双子をシメていた。人を殴るのに理由がいらない楓。その考えに納得できないなら、自分の世界に帰れ、と富士浪に告げる。そうして辛い時期を支えてくれた楓とは没交渉になった。
一方で権俵の双子のお陰で、富士浪は高校進学することを決めることが出来た。こうして流衣と出会う前までの富士浪が完成する。話がややこしくなるからだろうが、少女漫画に憧れる六花(ろっか)が富士浪に恋をしなかったのは なぜなのだろうか。容姿は勿論、サッカーの才能、性格の良さなど富士浪を王子様と思う要素は いっぱいあったと思うが。六花から見た富士浪という人の評価を もう少し知りたかったかな。
富士浪は自暴自棄になって不良とつるむような自分が情けなくて、流衣には知らせていなかった。封印したい、羞恥を伴うからこそ黒歴史なのだ。
だが流衣は、空白の1年間を、知らなかった富士浪のことを知れて うれしいとさえ思う。そこに流衣は自分の傲慢を感じる。好きだから、という理由で何もかも知ろうとして、彼の辛い過去を思い出させてしまったのだ。
しかし富士浪は その流衣の反応が嬉しいという。それは流衣が、黒歴史も含めた自分の全てを受け入れてくれたから。そうして富士浪は心の底から安心したような笑顔を初めて見せる。仙人や じいさん でもない、年相応の、色々な面がカラフルに混じり合う富士浪本人の笑顔なのだろう。
こうして流衣は富士浪のトラウマを共有することで、彼との一体感を高めた。いつだって相手のために正直に心の内を話す2人。そんな2人だからこそ長年寄り添ってきた夫婦のような空気が出せるのではないか。
だが、流衣には一つの疑問が頭に浮かぶ。それが楓の目的。彼が自分に近づいてきた理由は何か。そして過去の楓の言動を読み取ると意外な推論が浮かんでくる。
それを富士浪に話そうとするも、彼は一足先に楓とカタつけてくるといって出て行ってしまっていた。楓と対面した富士浪は、話し合おうとしない楓を殴る。そこから殴り合いが始まるが、流衣が割って入ることで休戦となった。
そこで流衣は楓の真意を披露する。楓が流衣に近づいたのは富士浪の彼女として相応しいかを見極めるため、そして あの空白の1年間の最後に富士浪を遠ざけたのは立ち直らせるためだった。どちらも楓にとって富士浪が大事な友達だから取った行動だった。
楓は富士浪が また恋愛で傷つくのではないかと思って、流衣が富士浪を表面的に好きかどうかを見定めた。そして あの日は権俵双子を人質に取るような真似をして自分から富士浪を遠ざけた。楓は いつも富士浪を思ってくれる「いい不良」だったのだ。それが分かり、権俵双子は楓に懐く。無邪気で可愛い双子である。
こうして富士浪の過去は完全に救われる。トラウマの消えた富士浪とキスをする雰囲気になるが邪魔が入り「こんど」と言われてしまう。残る問題は、2回も未遂に終わったキス問題だけ。
キスのことが気になって眠れない流衣は姉に相談し、傾向と対策を練る。だが姉の極端な情報に流衣は振り回される。基本的に単純な子なのだ、流衣は。
流衣は富士浪と2人きりになる度に身構えるが、富士浪はキスをする気配がない。何度も何度もドキドキさせられる流衣は、我慢が出来なくなり「今度」はいつなのか聞く。
それに対する富士浪の答えは笑い。以前もこんなことありましたね(『3巻』の学園祭の告白の時)。富士浪は流衣が身構えるのを見て楽しんでいた。心に余裕が生まれたからか富士浪の意地悪が再発動している。
そして いよいよキスをすることに決めた2人だが、その直前で富士浪から貰った指輪が指から抜け、車道に飛び出してしまう。それを追う流衣に、車が迫ってきており、富士浪は身を挺して彼女を守るが…。
富士浪は外傷こそたいしたことないが、意識不明の状態。流衣は夜通し彼の病室で彼の目覚めを待つことにする。病室で不安に押しつぶされそうな流衣に声を掛けるのは見舞いに来た楓だった。前向きな言葉で流衣と富士浪を励まし、去っていく。新キャラだけど 最後まで良い味を出している。
そして流衣は、看護師から渡された富士浪の所持品の中に、流衣が渡したビーズで作った指輪があることに気づく。急遽 作ったものを肌身離さず持っていてくれた富士浪に愛おしさが募り、天に富士浪の回復を祈る。
夜の間に降った雨は明け方には止み、そして流衣の願いが届いたのか富士浪は目を醒ます。目を覚ます富士浪と、ベッドの横で眠る流衣という構図は『2巻』の風邪回以来2回目ですね。
そして富士浪は現世の忘れ物である流衣とのキスを交わす。交通事故後に起きてすぐ そんな行動が取れるなんて、無意識状態でも余程したかったのか(笑)改めて2人は指輪を交換して、将来を誓い合う。2人がキスを交わす病室の外には虹がかかっていた。
富士浪にとって交通事故は2回目だが、その2回では全く意味が違うという対比が素晴らしい。1回目は現世に執着はなく、起きてからも絶望の日々だったが、2回目は現世に未練があり、起きてから即、願望を形にする。1話から人格が出来上がっているかのように見えた富士浪だが、彼も流衣との交流を通して大きく変わっているのだ。
季節は秋になり、あそ部は北海道旅行を計画していた。次は2人で行きたいと言い出す富士浪に振り回されながら、流衣の青春は続いていく。
ここで お話が終わるのは、秋冬は雨が少なかったり、突発的に降ることがなかったりで、空に虹をかけるのが困難になるからと考えるがどうだろうか。1話もプールが使えるような季節から始まってますもんね。本書は初夏~残暑の夏漫画と言えるかもしれない。でも ひと夏で燃え上がった恋、というと急に冷めるような気がしなくもない…。