藤沢 志月（ふじさわ しづき）
僕と君とで 虹になる（ぼくときみとで にじになる）
第03巻評価：★★★（6点）
総合評価：★★★（6点）
なにごとも白黒ハッキリとさせていたほうが良い！と考えて、スーパードライだった流衣。けれども「放課後全力であそ部」のメンバーに誘われてから、世界が楽しく思えてきて…！？そしてメンバーに誘ってくれた富士浪のことを次第に好きになっていく。そしてついに！？
簡潔完結感想文
- 元恋人の男女それぞれの気持ちを知っている流衣は、彼らを引き合わせ、自分は涙する。
- 初めての告白はフラれるための告白。…になるはずだったが、答えは保留からのグレー。
- 普段は おじいちゃんの富士浪だが身体は10代。その身体が反応したから 間違いなく恋！
クライマックスみたいな展開だけど、まだまだ中盤、の 3巻。
相変わらず、自分に誠実にあろうとするヒロイン・流衣（るい）とヒーロー・富士浪（ふじなみ）が良い。そして彼らは2人とも行動が速い。悩み事があっても最短時間で解決してくれるから読者はストレスを感じない。本書は彼らの性格の良さに加えて、物事から逃げない強さが読者が彼らの恋に共感と応援をする要素となっているのではないか。
それに加えて恋愛イベントも小気味良く進んで、ずっと彼らの状況が変化し続けているから決して飽きることがない。作者なら同じイベント数で2倍長く物語を続けることも出来るだろうが、そうすると本書のような切れ味は味わえない。長編作品を否定するつもりはないが、長ければ人気や面白さが高い、という訳ではないだろう。掲載誌「ベツコミ」作品はスパッと終わる作品が多いように思えて、そういう作品を渇望している時には非常にありがたい。
2人は互いの率直な部分に惹かれているため、自分も そうであろうとする。彼らの言葉には嘘がなく、例え強がっても それは相手に すぐに見抜かれてしまう、という関係性が心地よい。
また恋愛を「本物」にする過程も良い。流衣はこれまで恋愛感情というものを持ったことがなく、富士浪への気持ちは初めてのもので、例え自分を好いてくれる異性が現れても 富士浪への想いは少しも揺るがない。
そしてヒーロー富士浪には元カノがいるが、今回で その問題も解決され、彼は元カノとの交際での失敗や後悔があるからこそ、次の恋に真摯でいようとする。だから嘘がない交際になっていく。
共通点は どちらも一途、だということ。富士浪にしか反応しない流衣の心、そして次の恋をするのに慎重を期していた富士浪が選んだ流衣、そんな特別感が恋を虹色に演出している。
2人とも、これまでは脇見も振らず頑張ってきた時期があるが、それを続けることを止めた。それによって より広い世界を手に入れた。そんな背景が同じ＝価値観が同じことも この恋愛が特別なものに映る。互いが互いの不器用なところ、失敗してしまうところが分かるから手を取り合って前に進んでいる感覚が生まれている。
引き続き学園祭。占いという形で、富士浪の元カノ・夏紀（なつき）先輩から恋愛相談をされた流衣。この占いの結果次第では、夏紀を富士浪から遠ざけることは出来るが、流衣は嘘をつくことなく、タロットカードで出たままの結果を告げた。
だが占いではなく、流衣は富士浪が夏紀のことを忘れられないままと考えており、その情報を告げないことが流衣にはアンフェアに思えた。富士浪自身も夏紀先輩が来校していることを知っても会うつもりはないと公言するが、それでは彼に後悔を残したままになってしまう。何より2人は今も想い合って すれ違っているだけだと知っている。だが彼らを引き合わせることは、自分の恋が実らない可能性が高くてジレンマに陥る。
夏紀が学校を去れば、2人は二度と会わない。それでも流衣は夏紀と富士浪を引き合わせる（この間の夏紀先輩の移動距離がどう考えても短すぎるが）。2人を引き合わせた流衣は、それぞれに言えずにいた気持ちを代弁し、あとは彼らに任せる。そうして失恋を予感した流衣は屋上で静かに涙を流す…。いつも利他的に行動する流衣の心根が分かるエピソードである。
日も暮れてキャンプファイヤーが用意される頃、富士浪は流衣を探して現れる。もう2人が上手くいってしまったと考えた流衣は、自分の気持ちを成仏させるためにも彼に告白をする。今度こそフラれるために。
富士浪の返事は笑い声だった。今回の話し合いでは夏紀とは円満に別れただけで再交際はしない。富士浪は前の恋をちゃんと終わらせた。だから流衣が恋を終わらせるために告白する必要はまだなかった。それなのに流衣は早まって告白してしまった。間違った未来予測からの告白だったが、遅かれ早かれ流衣は黙っていることが出来なかったのではないか。
改めて富士浪の告白の返事を聞きたいが、「ありがとう」の一言以降の会話は他生徒によって遮られた。
富士浪の返事の意味が分からないまま、テスト期間に入り、答えは保留される。しかも流衣はテスト結果が芳しくなく追試を受けることになる。なんと流衣は勉強家ではあるが、人の倍 努力してやっと人並の成績が取れるらしい。あまり要領は良くないらしい。その上、今回のテストでは、これまでの人生ではなかった部活動や私生活の充実、富士浪の件があったため、勉強時間が確保できなかった。
そこで追試のための勉強回が開かれる。教師役は富士浪。富士浪もサッカー一筋で勉強家ではないはずなのだが、1年間のアドバンテージがあるのだろうか。彼の成績がいかほどかは分からないが、高校では学校生活を楽しむことに全力を注ぐと決めた彼は勉強も頑張っているのではないか。富士浪の態度は至って平静。それを どう捉えて良いか分からない流衣。
勉強会は流衣の家で開かれることになった。孤高の流衣が友達を連れて来たことに家族は目を丸くする。ここで富士浪と弟の再会が果たされる。流衣の強い所も弱い所も知っている2人の男性同士の会話は可愛い場面であった。
そんな勉強回を経て、富士浪の答えを聞くことになる。富士浪も流衣からの告白以降、色々と考えてくれたらしいが、精神力で平静を装っていたらしい。
今度の富士浪の答えは「わからない」。一緒にいて流衣の言動に好感を持っているが、それが流衣が自分に向ける気持ちと同一のものか「わからない」らしい。それが何日も考えても それが彼の中の答え。曖昧な答えだが、しっかり考えてくれたことに流衣は感謝する。これまでの質問と同じように、富士浪は どこまでも真摯に答えてくれた。いつだって富士浪は自分に嘘をつかない。それが彼の美点であろう。
白か黒しかなかった流衣にとっては、限りなくグレーに近い回答。だが それも受け入れるだけの余裕が流衣の中に生まれてきた。世界はカラフルで、色々な考えがある、それが流衣には分かっている。
恋愛が保留状態となった物語を動かすのが、新キャラ・武井（たけい）。イケメンでモテるけど すぐフラれ、同じことを繰り返す人。そんな武井に流衣が目をつけられた。
流衣の恋愛事情も踏まえた上で武井はアプローチを始める。そのことは富士浪も承知している。だが、流衣に近づく武井の姿を見ると富士浪の胸に異変が起きる。その気持ちの正体が富士浪には分からない。彼は珍しく考え、悩む。
だが部室の棚の上から物が落ちる際、流衣を庇って抱きしめるようになった時、富士浪の中で答えが出る。友情ではありえない胸の高鳴りを感じたのだろう。あんまり悩まないでお馴染みの本書だが、答えが秒で出るのには笑ってしまった。しかも頭で考えるよりも身体の反応を重視するという即物的な判断だったし。
そして富士浪は、自分の混乱が落ち着いた明日ちゃんと告白すると流衣に予告する…。
こうして富士浪から告白されるのを待つ、という最高に幸せな1日が始まった。これまで白と黒で描かれていた流衣の絵は、綺麗な色で塗られている。この違いで流衣の心情を表しているのは良いですね。
その美術の授業で制服が汚れたため、流衣は告白を前に綺麗な格好になるべく一度 帰宅する。
だが そこで事件が起こる。仕事を探していた父が職を見つけ、久々に家に帰ってきていた。両想い間近で、家族問題も解決しそうな大団円を予感させるが、それは裏切られる。父は北海道で農業を始めるといい、家族で北海道に行くことが決定されていたのだ。
いきなり遠距離恋愛の危機。富士浪や この学校生活と離れる、と考えると流衣の足は動かなくなってしまった。こうして この日、告白は達成されなかった。流衣の恐怖は、彼女が ここ数か月で育んだ関係を終わらせなければいけないから生まれた。楽しいからこそ輝いていたからこそ離れたくない。流衣はそんな自分の恐怖心を認め、それでも前に進もうとする。
一方、富士浪は、落ち着いていた。告白の約束を破られても傷つくことも相手を責めることもせず、流衣が理由もなく約束を破る人ではないし、自分に言えないことを抱えていて時間が必要だと彼女を信頼していた。この信頼感は付き合う前から彼らの関係が盤石であることを予感させる。
流衣は告白した文化祭の日と同じく富士浪と学校の屋上で対面し、富士浪とは つき合えない、と自分から身を引く。これは遠距離で彼を悲しませるぐらいなら、最小限の悲しみで終わらせた方が良いという流衣の判断だった。
だが そんな流衣の強がりを富士浪はちゃんと分かっていた。そして流衣の本心が別にあるのを知っているからこそ、富士浪は それを口に出させる。
